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◆ 我、贄となることを望む、我は彼の女(ひと)を殺めた罪びとゆえに
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真・ゲッター1・メカザウルス・ライアの一撃を両肩に受け、そして地面へと墜落したゲッタードラゴン。
その破損は外見よりもひどく、内部の機器が多数損傷していた。
しかし、それにもかかわらず僥倖だったのは…パイロットがたいした怪我もなく、無事生存していたことだった。
ゲッタードラゴンのコックピットに駆けつけたリョウたちの目に映ったのは、パイロットシートにぐったりと横たわり、気絶している彼女の姿だった。
かぶっていたヘルメットにこそ大きなひびが入っていたものの…
(だが、このヘルメットがなければ、間違いなく、砕けていたのは彼女の頭だっただろう!)
戦闘は、あれから程なくして終わりを迎えた。
恐竜帝国の機体をいくつか破壊する事が出来たとはいえ、こちら側の機体もいくつか撃墜され、大きな被害を受けていた。
敵はそれを見ると早々に引き上げていったが、痛みわけのような形で戦闘が終わった事は確かだった。
…何よりも、プリベンター側に被害を与えた者。
それはやはり、あの女戦士…エルレーンが、「ルーガ」と呼んでいた女性だった。
グレートマジンガーを一太刀で倒した彼女は、自分に一斉に襲い掛かってきた機体を次々と薙ぎ払い、戦闘不能にしていったのだ…
その後、すぐさまにエルレーンはアーガマの医務室に運ばれた。
外傷が見たところないとはいえ、いくら呼びかけても目を覚まさない彼女の容態は、リョウたちを否応なく不安にさせた…
そして、リョウたちはアーガマのブリーフィングルームに呼び出された。
「仲間」たちが集ったブリーフィングルームで、彼らは語ることを要請された。
エルレーンの過去を。
キャプテン・ルーガの過去を。
自分たちの過去を。
そして、自分たちの罪を。

誰も、口をきかなかった。
きけなかった。
あまりに、重すぎて。
リョウたちが語った彼らの過去は、どうしようもなく重かった。
矛盾と対立、確執と受容をくるみこんだゲッターチームとエルレーンの関係。
そして、その間に存在する…あの、龍騎士(ドラゴン・ナイト)。
「仲間」たちは悟った。
エルレーンの混乱と慟哭の理由を。
あれほどまでに追い詰められた状態の彼女を見るのは、彼らにとって初めてだった。
あの光景は、「仲間」たちの胸に突き刺さるほどに鮮烈で―痛々しかった。
彼らとて、何かしてやりたかった。何か自分たちに出来ることがあるなら、何かしてやりたかった。
だが、当のゲッターチームですら、リョウですら、ハヤトですら、ベンケイですら何も出来ないのに、
自分たちに何が出来ようか?
…だから、必然的に。
誰も、口をきかなかった。
多くの人間が集っているにもかかわらず、驚くほどに静かなブリーフィングルーム。
数分、いや十数分、いや数十分だったのか…その不快で、だがどうしようもない沈黙の時間は続いた。
続いた。
続いた。

続いて…ふと、途切れた。

途切れさせたのは、囁き声よりも小さな、つぶやきの言葉。
そんな小さな音すら誰もがとらえられるほど、静まり返っていたのだ。
「…もう、いい」
唐突に鳴ったその音は、諦念と決意に満ちていた。
「?!」
「リョウ…?!」
そのセリフの主は、リョウ。
驚きの視線を走らせたハヤトとベンケイに、彼は弱々しく笑んで見せた。
「もういい、ハヤト、ベンケイ」
「な…何が『もういい』んだよ、リョウ?!」
「もういいんだ」
「だから、何が!」
「…俺は、決めた」
そう言って、微笑む。
薄暗い目をして、微笑む。
「何を…」
ハヤトが問い返そうとした、その刹那。
リョウの唇が、震えた。
「…俺が、」
リョウの瞳が、震えた。
「俺が、あの女(ひと)を、…もう一度、殺す」
そしてリョウの喉を震わせて発されたその音の連なりは、文字通り…それを聞く者の精神をも、大きく揺さぶり震わせた。
『?!』
「な…あ?!」
「り、リョウ?!」
途端にざわめくブリーフィングルーム。
先ほどまでの静寂が嘘のように、どよめきが波のように駆けていく…
リョウの言葉が、その波を叩き割る。
衝撃的で悲壮で残酷な、彼の決心を持ってして。
「俺が、あの女(ひと)をもう一度殺す」
「…!」
「だ、だがよ?!…そ、そうしたら、エルレーンは?!エルレーンは、どうするんだよ…?!」
「…」
「リョウ!」
悲鳴のようなベンケイの問いかけ。
だが、リョウはそれに対して…上から叩きつけるような、裁判官の下す槌のような重さの言葉で返した。
それは、厳粛さすら感じさせるような、有無をも言わせぬ口調だった。
「殺せばいい」
「…?!」
「俺を、殺せばいい」
どよめきの波が、その高さを増した。
半ば混乱状態にも陥ったブリーフィングルーム。
動揺するプリベンターたちの中心、彼らの視線の集まる先には…向かいあうリョウ、ハヤトとベンケイの姿。
「な…」
「お、お前、何言って、」
「あの女(ひと)を殺した俺を、あいつは許さないに違いない。…だから、それでいい」
「な、何がいいんだよ?!」
「俺は、エルレーンに殺されてもいい…もともと、そうされるべきだったんだ俺はッ!」
どんどんと、リョウのセリフのボルテージが上がっていく。
険しい目をして、語気も荒く言い放つリョウの様子は、どこからどう見ても尋常でなくなってしまっている。
困惑するハヤトとベンケイに向かい、彼はなおも言う。
「り、リョウ…ッ」
「エルレーンにあんなことをさせるくらいならッ!エルレーンが壊れてしまうのを、このまま黙ってみているくらいならッ!」
リョウの唇が、奇妙に歪んだ。
それは、諧謔に満ちた、まるで笑みのような表情を形作る…!
「…あの女(ひと)を殺して、俺も…ッ」
「…〜〜ッッ!!」
誰も止められなかった。
周りにいた者はみな、ただそれを驚きの目で見ていただけだ。
次の瞬間、リョウは大きくよろめいた…
リョウの半ば狂気じみた自己犠牲を望むセリフ、それを無理やり止めさせたのは、ハヤトだった。
いきなり左頬を思い切り張られたリョウ…
状況がつかめず一瞬目を白黒させていたが、やがてその焦点がハヤトにあうにつれ、彼も事態を理解する。
「…!」
「ば、馬ッ鹿野郎…お前、正気なのかよッ?!」
「ハヤト…!」
ねめかえすリョウ。だが、ハヤトも譲らない…
両眉を吊り上げたハヤトの表情には、困惑が怒りの様相を装って浮かんでいた。
「お、お前は、そんなことが正しいなんて、本気で思ってるのか?!」
「思ってるはずないだろうがッ!…だけど、他にどうしろって言うんだッ?!」
「お前をエルレーンが殺せるはずがないだろう!…だから、あいつは昔、死ぬほど苦しんだんじゃねえかよッ!」
「…だったら、ハヤト!お前は、このままでいいと思ってるのか?!」
リョウは、怒鳴り返した。絶叫した。
凄みすら備えたその怒号には、それ故に…追い詰められた者の哀しみがあった。
「?!」
「このまま、エルレーンが!俺たちとあの女(ひと)との板ばさみになって苦しんでるままで!
…あいつは、きっとまた同じことを繰り返す…俺たちも、あの女(ひと)も選べなくて!
このままじゃ、あいつのこころが壊れてしまう…!」
「…だ、だがよ!」
「それぐらいなら、俺がッ…!」
それぐらいなら、自分が生贄となる、と。
彼女を壊す彼の女(ひと)を殺し、その咎を負う、と。
その咎を負い、彼女の復讐の刃を甘んじて受ける、と。
切迫したリョウの、そのあまりに痛々しい覚悟…
その言葉は、もはや聞いていられなくなった。
ベンケイは、思わず叫んでいた―声の限りに。
ブリーフィングルーム中に響く声で、リョウの動転した理性を呼び覚ますほどの声で。
「…もう、止めてくれぇッ!!」
「!」
「…ベンケイ」
悲痛な彼の声が、リョウとハヤトを撃った。
―にわかに静まり返るブリーフィングルーム。
誰もが口をつぐみ、視線をベンケイに向けている…
うっすらと涙を浮かべ、首をふりながらつぶやくベンケイに。
「やめてくれ、二人とも…畜生、こんなの…何か、間違ってる!」
「…そんなこと、わかってる」
「リョウも、はやまるなよ!そんなことしたって、結局誰も苦しいままじゃねえかよッ!」
「…」
「何とか、何とか出来るはずなんだ!…だから、やけになったって仕方ねえじゃねえかッ!」
「ベンケイ…」
「何とか」、と。
「何とか」と、ベンケイは言う。
その「何とか」する方法を思いつけないまま、それでも…「何とか」できる希望を捨てるな、と。
薄甘い、甘っちょろい、現実味のない希望。
だが、それは紛れもない希望。
すがりたい、できることならすがりつきたい希望…
…と、静かな声が、ゲッターチームの間に割って入った。
「…ベンケイ君の言うとおりだ」
「…」
アムロの言葉は、穏やかにリョウを諭す。
「リョウ君、君が彼女と相打ちになったからといって、エルレーン君の苦しみがなくなるわけじゃない。
…逆に、信じられる人を失ったショックを抱え込んで、なおさらに哀しむことになる」
「…」
リョウは、無言のまま。
無言のまま、うつむいたまま…その言葉を噛みしめている。
と…今まで、黙って事の成り行きを見つめていた人垣が、ぽつり、ぽつり、と口を開いた。
「な、なあ、リョウ…俺たちも、どうにかできないか、何か出来ないか…考えるよ」
「そうだぜ、リョウ」
「俺たちも、何か…」
おずおずと、弱々しい。
だが、それでも自発的に。
自分たちも何か力になれないか、と。
「…」
「…」
「…」
自分たちを取り囲む「仲間」たち…彼らを見回すゲッターチーム。
ともに苦難を乗り越えてきた彼ら。
彼らは、今もまた…力を貸してくれようというのだ。
リョウたちゲッターチームのために、そして…エルレーンのために―!
その気持ちが、何よりうれしかった。
リョウの顔に、わずかな笑みが戻る。
支えていてくれる人たちがいることに対する、安堵の笑み。
「…ありがとう、みんな…」
「リョウ…」
「リョウさんよ…道は、一つだけじゃないはずだぜ」
「…ハヤト」
「そうだよ。俺たち、『仲間』だろ?…少しは頼ってくれたっていいんじゃねえの?」
「ベンケイ…!」
そう、そうだ。
自分には、こんなにたくさんの「仲間」たちがいる。
だから、きっと今度は変えられる…きっと、何かが出来る。「何とか」出来る。
自分は、自分たちは、ひとりではないのだから―!
「すまない、俺…どうかしていた…」
「気にするなよ、リョウ」
「何とかみんなで考えようぜ、どうするか…」
…だが。
その時だった。
希望の兆しが見えかけた空気が、突然の叫び声で破かれた。
「…た、大変です!」
ブリーフィングルームに割り入ってきたのは、さやかたち。
何故か、彼女たちは焦りの色を見せている…
「!」
「どうした?!」
「あ、あ、あの…」
「え、エルレーンさんが!」
彼女たちの放った「エルレーン」という言葉は、リョウたちの耳を瞬時に貫く。
すぐさまに彼らの表情は、堅く強張った。
「え…?!」
「エルレーンがどうした?!」
動揺があらわになったその声色は、張り詰めすぎていて痛いほどだった。
彼らの焦燥に急かされ、さやかたちも荒い息の合間から、何とか言葉を紡ぎだす…
それは、思いもかけない報告だった。
「え、エルレーンさんが、エルレーンさんが…」




「エルレーンさんが、何処にもいないの…医務室から、いなくなって!」





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