--------------------------------------------------
◆ 薄暗闇に沈む、過去
--------------------------------------------------
暗黒の敷布に散りばめられた、無数の白光。
それが「星」というモノ、そう呼ばれるモノだということを、彼女はかつて本で読んで知っていた。
だが、実際に自分の目で見るのは、これが生まれて初めてだった…
星だけではない。この地上に出て、彼女が見るモノ…その全てが、No.0にとって初見。
何もかもがものめずらしく、変わっていて、面白くて、そして…美しかった。
今、星々の中できらめいている、ひときわ明るいまるっこい光…「月」は、ひときわ彼女の興味をひいた。
白銀の輝きがシャワーとなって、岩場に寝転ぶNo.0の上に降って来る…
「…」天空高く輝くその天体を見上げながら、No.0はゆっくりと目を閉じた…
すると、幕が下りるように視界が狭まり…やがて全てが闇になる。
その闇の中で、No.0の意識は拡散していく。
そしていつの間にか、彼女の思考はとりとめのない回想へと向かっていった。

自分の意識、というものを、いつから持っていたのだろう。
よくはおぼえていない。
ただ、思い出せる一番昔の記憶は…揺らめく液体の中、ガラスの容器…培養機に閉じ込められていた記憶だった。
培養機いっぱいに満たされた羊水に浮かび、身体中にコードがつながれている…
そこから、様々な情報が自分の中に流れこんできた。
自分は、流竜馬…「人間」、流竜馬のクローン体。
恐竜帝国に仇なす、早乙女研究所ゲッターチームのリーダーの…
自分の存在意義。
それは、ゲッターチームを抹殺し、ゲッターロボを破壊すること…
そして、自分は一体何なのか。
その答えすら、すでにプログラムの中に組み込まれ、情報として頭の中にインプットされた。
自分は、「兵器」。
流竜馬のクローン、その試作品…「No.0」だ。
その情報を核にして、止まることなく流され続ける情報がつながりあい、記憶のネットワークとなる。
敵の破壊の仕方、格闘術、機械に関する知識。
戦いのために必要な情報はふんだんに用意され、自分の中に送り込まれた。
…それでいて、その他のことは何一つ与えられなかったのだが。
その培養機の扉が開かれたのも、一体いつのころだったろうか。
そうして、俺は「ハ虫人」どもの中に、
…投げ捨てられた。

俺がはじめて会った「ハ虫人」は、作製主のガレリイだったが、二番目は…その男だった。
ガレリイ長官のもとにやってきた、俺の管理役をおおせつかったという男。
その管理役の「名前」は、キャプテン・ビクトといった。
とはいえ、俺が奴の顔を見たのは、数えるほどしかない。
今思えば、最初に引き合わされた時から、奴は…俺を、拒絶していた。
キャプテン・ビクトは、薄ら寒い目で、俺を見下していた。何の表情もない顔で、俺を見下していた。
だから、はじめに会わされた時…俺は、一言も口をきく勇気がもてなかった…その目が、怖くて。
その視線で俺を見据えたまま、奴はこれだけ言って、とっととその場を後にした。
「…俺が貴様の管理役、キャプテン・ビクトだ。貴様の部屋はこの階層、東部エリアの端…D-3エリアの、廊下の奥の突き当たりの空き部屋だ。
バトルスーツももう数着そこに置いてある。食事は俺が毎日部屋に置いていってやる。
訓練室の使用許可は取ってあるから、いつでも勝手に使え。…じゃあな」
連絡事項だけを淡々と一気に言い放った。俺に、言葉を継ぐ間も与えないほどに。
その投げやりな口調からは、奴がこの押し付けられた職務…俺の管理という仕事が相当嫌で、心底うんざりしているのがわかった。
奴は、極力俺と顔をあわせないように努力しているように思えた。
訓練にも顔を出さない。
最初の頃は、ちょっとでも見てくれるんなら…と思って、懸命にやっていたのだけれど、そのうち奴ははじめから俺の訓練などには付き合う気がさらさらない、ということに気づいて、むなしくなった。
だから、俺は気ままに訓練するようになった。
効果なんて知ったこっちゃない、ただただ操作のシミュレイションに没頭するだけ。
そして、訓練から自室に帰ると、そこにはたいてい…ベッドの上に、1日分の食料が放り投げられているのだ。
ブロック状の固形食糧2本と、水が1本。
それだけを喰って、俺は生きていた。
俺は、つまり、徹底的にほったらかしにされていた。
管理役ですらそうなのだから、他の「ハ虫人」の態度はもっとひどかった。
罵倒するだとか、殴るだとか、そういうことじゃない。
それすらない…まったくの、無視。
いいや、そうじゃない。
声をかけはしないものの、俺が通りすがるたびに奴らの誰もが視線を投げる。
薄ら寒い、冷たい視線。
見下しの視線。侮蔑の視線。嘲りの視線。「人間」である俺に対する、敵意丸出しの視線。
それは無言で俺を威圧する。
だから、俺は…誰にも、近づかなかった。近づけなかった。
怖かった。
奴らの投げつけてくる視線も、そうやって俺を見る「ハ虫人」も、みんな…!
俺がいつも入り浸っていたのは、だから…酔狂な奴しか足を運ぶことのない、第三資料室と呼ばれている部屋だった。
「資料室」とは名ばかりの、価値のない古い本とデータが雑然と押し込められただけの部屋。
年中いつでもほとんど人気のないそこに、俺は閉じこもっていた。
そこなら、俺をそんな目で見る奴は誰もいない…
それに、そこは楽しかった。
そこには、世界があった。
第三資料室に放り捨てられていた本たちを、俺はむさぼるように読んだ。
それくらいしかすることがなかったから、といってはそうなんだが。
それでも、本を読むのは楽しかった…はじめ、文字がだらだら並んでるだけかと思ったら、そうじゃなかった。
最初はわけがわからないだけだったけど、そのうち意味することがだんだん理解できてくると…俄然、楽しくなってきた。
それは、俺に教えてくれた。
この世の中には、さまざまなモノがあるってことを。
その第三資料室は、軍機密の保管場所というよりは…むしろ、兵士どもの紙ごみ捨て場みたいな場所と化していたんだろう。
適当に放り込まれた不用品の本たちは、ジャンルもばらばらでまったくといってまとまりがなかったが、むしろそうだからおもしろかった。
報告書。伝奇物。恋愛小説。御伽噺。実用書。判例集。
まったく知らないことばかり。
俺は文面からいろいろと想像する。
あれはこういうことなのか、それともこういうことなのか…と。
おかげで、ずいぶん言葉も覚えた…
何でも読むなり、すうっと頭に入っちまうんだから。
だから、本を読むのは大好きだった…
本を読めば、いつもどきどきわくわく出来る。
だけど、ある時…そのうちの一冊を読んでいた時だった。
それは、何の本だったろうか…たぶん、ガキ用の絵本だったと思うが。
その本の最後のページ、たくさんのトカゲ野郎のガキどもが手をつないで一列になって、どいつもこいつもにこにこと笑ってやがる挿絵の上に添えられた最後の一文。
「こうしてずうっとつながってるんだ、だれかがいなくなっちゃあかなしいもんね。
だいじななかまだもん、なくさないように、ずうっとつながってようね。」
その文章の中に出てきた、「なかま」という言葉。
その言葉が、俺に不意に思い出させた。
そうだ。
俺は、「なかま」を守らなきゃならねえんだ。
「仲間」を守って、そいつらを傷つける「敵」を殺さなきゃならねえんだ…!
それは、生まれたときからずっと、こころの奥底深くに沈み込んで在った信念だった。
いや、それは信念じゃない…
きっと、それは俺が必ず守らねばならないルール、掟、不可避の絶対的事項…
…だけど。
俺は、思った。
あいつら「ハ虫人」が、俺にとって…本当に、守るべき「仲間」なのか?
俺の事を顧みない、「人間」の俺に声すらかけない、やさしくもしてくれない、あいつらが?
自分を見ろよ。誰も、俺にかまってくれないじゃないか。俺にやさしくしてくれない、あいつらは笑ってもくれない。
そうして、俺は今も一人ぼっちじゃないか。
…俺は、そんな奴らのために戦わなきゃならないのか…?
自分の、いのちを賭けてまで?
そこまで思いが至るにつけ、俺はどうしようもなく不愉快になった…
そして、なんだかわからないが、すごくいらいらした。
俺は、思いっきり壁にその薄っぺらい本を投げつけた。
壁にぶつかった表紙の角は衝撃で丸く折れ、絵本はばさばさという音を立てながら床に落ちていった。
それでもめくれたページの隙間で、あのトカゲ野郎のガキどもは、楽しそうにうれしそうに、ニコニコと笑ってやがった…
手をつなげたまま、誰かとつながったまま。

俺が唯一、こころを許したモノ。俺に唯一、こころを許してくれたモノ。
それは、俺の専用機…メカザウルス・ロウだった。
「人間」である俺が自在に操れるよう、俺の能力にあわせカスタマイズされた専用機…
俺のDNAを掛け合わせ、「人間」には及ばないが、従来のメカザウルスよりも遥かに高速の神経伝達スピードを誇る。
だが、そんなことを飛び越えて、俺はロウと何か通じ合えるモノを感じた。
はじめのうちは、訓練もなかなかうまくいかなかったが…そのうち、不思議とロウのきもちがわかるようになってきた。
そうじゃない、痛い、それは嫌だ、…うん、そうだよ。
そして、奴の要求するとおりに操縦してやると、ロウは…るうううん、とうれしそうにうなって答える。
ロウは、ぜんぜん言葉をしゃべらない。
饒舌な俺のもう一つの「トモダチ」、本とはまったく反対だ。
…なのに、何故か…俺には、ロウがそう言っているように感じられるようになった。
でも、それはもしかしたら当たり前のことかもしれない。
メカザウルスは、俺と同じ…「イキモノ」なんだから。
メカザウルスは、完全なメカじゃない。生体である恐竜を、サイボーグ化したものだから。
ある時、訓練の後…コックピットから降り、疲れた俺はロウの足元に座り込んだ。
俺以外、誰一人としていないだだっ広い訓練室。
「ハ虫人」どもは誰もいない、一人きりだ、という安心感から、俺は…思わず、ぽつり、と、本音を漏らしてしまった。
「…意味ねぇ、な…はっ、こんなことしてたって、誰が見てくれるってんだ…?!」
その時。
大きな尻尾が、どすん、と自分の目の前に落ちてくる。
その衝撃で、俺はちょっと飛び上がってしまう。
驚いて、見上げると…ロウがちょっと小首を傾げて、俺を見下ろしていた。
俺なんかより遥かにでかい図体、言葉を知らないメカザウルス。
そのメカザウルスが、俺に向かってこう言ってくれたんだ。
るうん、という低いうなり声で。
…だいじょうぶ、いっしょだよ。
僕が、ちゃんと見てる…君のこと。
その鳴き声は、確かにそう言ってくれたんだ。
少なくとも、俺にはそう聞こえたんだ。
思わず、俺はロウの尻尾に抱きついた。
手を回そうとしてもまわしきれない、大きな尻尾…冷たい感触。
でも、俺はその感触が大好きだった。いとおしい「トモダチ」に触れる時の、その感触が。
ロウは、俺の大事な「トモダチ」だった。

そんなふうに、俺は本とロウとだけ過ごした。
眠る時と訓練の時は、ロウと一緒に。そうでないときは、第三資料室に。
その繰り返しの日々は、いつかの実戦という晴れ舞台のためにあるはずだった…
ゲッターチームとの決戦の日のために。
だが、その日を迎えることなく…終わりの日は、突然に来た。
それは、俺が生まれてから…三ヶ月もした頃だったろうか。
その数日前から、何だか身体中が重く感じるようになってきたことには気がついてたんだが…
ある朝、ベッドの中で…俺は、動けなくなっていた。
身体中が不快なほどに汗ばむ。ぬぐってもぬぐっても、サーモスタットが壊れちまったみたいに、汗はどんどん出てくる。
身体が燃えるように熱い。吐く息までも、異様な熱を持っている。
思うように動かない俺の手足。何とか立ち上がろうと思っても、両足に力は入ってくれない…
その時は、わからなかった。
だけど、今は…それが、何だったか、俺は知ってる。
それは、俺が「人間」だったことの、証明だったんだ。
「ハ虫人」どもが平気で暮らす地底の世界、マシーンランド…だけど、太陽の光がささないそこは、「人間」の俺には生きていけない場所だったんだ。
…モデュレイテッド・バージョンの、No.39…
生まれつき6ヶ月しか寿命がなかった、弱っちいあの女も、同じような「病気」になったことがあるらしい。
ガレリイの話によると、奴はたったの20日程度で音を上げやがったらしい。
…所詮、出来そこないだってことだ。その程度しか持たなかったなんて。
だけど、オリジナルと変わらない寿命を持つ俺ですら、結局はそれには勝てなかった…
No.39ほど短くはないが、それでも…三ヶ月という時間で、太陽を知らない俺の身体は悲鳴をあげ始めたというわけだ。
けれど、そのときはそんなことは知らなかったから…俺に出来ることは、ただそれに耐えることしかなかった。
俺の全身は、恐怖に震えた。
ひやりとした冷たい手で、心臓をぎゅうっとつかまれているような。
このままじっとその場所にいれば、あっという間に奈落へと落ち込んでしまうというような。
身体が言うことをきかない。怖い。恐ろしい。
このままこんな状態が続いたら、俺は…!
その時だった。
部屋の扉が、いきなり開く。
そこからぬっと姿をあらわしたのは…キャプテン・ビクトだった!
いつもどおり、食事を放り込みにきたのだ…
何てタイミングのよさだろう。
俺は必死に身体を起こし、ベッドからはいずり出ようとした。
俺のその異様な様子に、奴がぴくり、と眉をひそめるのが見てとれた…
だけど、俺にはそんなことに構う余裕なんて既になかった。
ただ、ただ、必死で。
この苦しみを取り除いてくれ、と。
この管理役に少しでも近づこう、と。
ふらつく視界の中に見える奴の姿が、高熱で歪んでも…それでも、俺は必死に奴に近づこうとした。
俺の管理役、俺を世話してくれる人、俺を助けてくれるはずの人…
俺の、この苦しみを、きっと取り除いてくれるはずだ。
…本当に、俺は馬鹿げていた。
その瞬間まで、…本当にその瞬間まで、俺はこころのどこかで…まだ、「ハ虫人」どもを信用していたんだと思う。
普段は俺のことを冷たくあしらっていても、追い詰められた時には必ず救いの手を差し伸べてくれるはずだ、と。
だって、俺はあいつらのために造られたんだから。それが当然じゃないか、と。
ベッドから這いずり出る。身体がよろめき、俺は肩口から床になだれ落ちる。
鈍い痛みに顔をしかめる。だが、それでも何とか上半身を立て、体勢を立て直そうとする。
床にへたり込んだ俺を、キャプテン・ビクトは見ている。何も言わないまま。
途端、自分の喉を吐息じゃないものがさかのぼってきた。
俺はそれを抑えきれず、手で口を押さえたが…遅かった。
ごぼり、というかすかな音とともに、俺はまるで壊れた蛇口みたいに熱い液体を吐き出した。
口に当てられた手のひらを伝い、腕を伝い、胸元へ、脚へ、床へ、びちゃびちゃと粘質の音を立てて、俺の真っ赤な血が零れ落ちていく。
その赤を見た時、俺の目の前でも、同じほど鮮やかな赤がはじけた…
同時に、一挙に恐怖が俺の中で荒れ狂う。
ぼろぼろ涙が勝手にこぼれてきやがった。
涙でひずむ視界の中に、揺らめく赤。
赤の奔流は、残っていた俺の理性すら吹き飛ばし…俺の中に、ただ一個の言葉だけが、こみ上げる強烈な衝動と恐怖とともに満ち溢れた。

死にたくない。

死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。

…死にたく、ない…!

俺はもはや立ち上がるほどの気力さえなく、へたり込んだままキャプテン・ビクトを見上げる。
困惑したような奴の顔。
俺は必死に…赤く染まった右手を伸ばす。
必死に助けを求めようとするが、俺の喉からは言葉は出ず、その代わりに血がごぼごぼと音を立てて出てくるだけ。

なんとかしてよ。
こわいよ。
こわい…しにたくないよ!しにたくない!
たすけて、ねえ…おねがいだからぁッ!

だが、自分のそんなかすかな望みさえ、かなえられることはなかった。

「…うえっ。きッたねぇ」

それが、助けを必死で求める自分に対する、キャプテン・ビクトの返事だった。
その途端だった。
…自分の中で、何かがぷつりと切れる音が…確かに、聞こえた。

気がつけば、自分の右手には青い血の滴るナイフが握られていた。
朱いバトルスーツ、そして自分の身体も青く染まっていた。
そして、目の前には…キャプテン・ビクトだったらしきモノが転がっていた。
「…ひゃはは、っ」
なんだか、おかしくなってきた。
笑い声が自然に漏れ出てきたなんて、初めてのことだった。
「ひゃは、あはは、ははっ、ひゃはははははっ!」
そうだ、そうだ。
何で今まで俺は気づかなかったんだ。
こいつは、「ハ虫人」は…自分を守ってもくれない。自分を助けてもくれない。
それどころか、こいつは…死にそうな俺を放り捨てようとした!
ぐらぐら視界が揺れ動く。頭の中が熱で煮え繰り返る。
だが、それでもおかしくて仕方なかった。
笑った。笑った。笑いつづけた。
「あはは、ひゃははははっ、ふふ…あっははははは!」
どうして今まで我慢してたんだろう。どうして、今まで…!
こいつら「ハ虫人」は、俺の「仲間」じゃない!
こいつらは…「ハ虫人」は、
俺を傷つける、俺を苦しめる、俺を殺す…
だ か ら 、 こ い つ ら は
お れ の 「て き」 だ !!

揺れる。揺れる。世界が揺れる。
ふらつきながらも、俺はまっすぐにメカザウルス格納庫に向かった。
血に染まった俺を見て、ぎょっとした顔を浮かべる「ハ虫人」ども。
そいつらなど無視して、俺は一直線に格納庫に入る。
…そして、俺の…たったひとつの、信じられるモノに近づいた。
…メカザウルス・ロウは、俺を待ってくれていた。
呼吸が苦しい。心臓が異常に速く脈打つ。
だが、俺は興奮していた。楽しくて仕方なかった。
ロウは、俺の望みをわかってくれていた。
無言のまま、俺は――
炎熱マグマ弾を、格納庫の天井向けて打ち放った。
ぶち抜かれた天井…そこからいっせいに流れ込む溶岩の赤い光。
高熱のマグマは、触れるもの全てを溶かし、炎に変えた。
美しかった。
コックピットの中まで、うざったい悲鳴が響いてきたが…俺は、そんなことは気にしなかった。
俺はマグマの海に飛び出した。
そこから、俺ははじめてマシーンランドを外から見た…紫色の、大きな…気色の悪い、楕円形のカタマリ。
俺を閉じ込めていた世界。
そこから少し距離を取る。十分に狙えるように。
そして、俺はメカザウルス・ロウの砲門を、まっすぐマシーンランドへと向けた。
…俺の、「敵」に。
ミサイルを嫌というほど発射した。粘性の強いマグマの海を突き進むミサイルは、マシーンランドのそこここにぶち当たり、破壊する。
そのうち、俺がぶち開けた穴から、わらわらとメカザウルスが出て来た。
俺は笑った。
遅いんだよ、と思った。
穴から先を争って出てこようとするそいつら目掛けて、ミサイルをお見舞いしてやる。
メカザウルスたちが…あの、「ハ虫人」のキャプテンどもが乗っているはずのメカザウルスたちが、その場で爆散するのが見えた。
…その時、ほんの少しだけ…胸が痛んだ。
お前らを壊したいわけじゃない、俺は…「ハ虫人」たちを殺したいだけなんだ、と。
俺と同じモノ、俺と同じ「兵器」…メカザウルスたちに、心の中でそうつぶやいた。
通信回線が複数開く。画面に映るキャプテンどもは、どいつもこいつも焦りまくっている。
強張った顔で何かを俺に叫んできているのが見えたが…そのどれもが意味を成さない。
どうだっていいからだ。…少なくとも、俺にとっては。
だから、その代わりに。
俺は、にいっ、と、笑ってやった。
ざまあ見ろ、と笑ってやったんだ。
俺は笑った。
メカザウルス・ロウに搭載されている武器の残弾数が、もう少なくなってきていることを計器は示していた。
だが、俺は笑った。
…俺の、一体何が間違っていたというんだろう?
俺が、一体何をした?
考えても、考えても、わからない。
だから、もういい。
俺はただ殺そう。俺の「敵」を。
そして、最後に俺が見たモノ。
被弾したロウのコックピットガラスが砕け散り、火の粉を巻き上げながらマグマの嵐が俺に降りかかってくる光景…
熱い、と感じる前に、俺の意識は飛んでいた。
ロウ。
すまねぇ。俺、お前まで…巻き添えにしてしまう。
それが、俺が最後に思ったこと。
紅蓮の海の中、マグマに焼きつくされながら、俺の身体はロウと一緒に沈んでいった…

「…」No.0は再び目を開く。眼前には星の海が静かにさざめいている。
その海は、波もないのにゆらゆらと揺らめいた。
無数の光点が、ぼやっとぶれてにじむ。
…と、今まで自分のそばに静かに息づいていた巨大な恐竜…メカザウルス・ロウが、かすかに、るるん、とうなり声を上げた。
ロウの赤く光る目が、No.0を見据えている。
「だ…大丈夫だ、なんでもない」ごしごし、と涙をぬぐい、No.0はロウに微笑いかける。
すると、ロウも少し安心したように、先ほどよりずっと小さな声で…るうん、と鳴いた。
「なあ、ロウ…キレイ、だな、…地上は」天空に視線を移し、No.0はそうつぶやいた。
また、るうん、という返事。
「絶対に勝とうな。俺と、お前と、『あいつ』とで…ゲッターチームに、必ず勝って、そして…」
月を見上げながら、No.0は静かにその決意を口にする。
その瞳には、リョウたちの前で見せた狂気の色などひとかけらもなく、在るのは…ただ、きらめく純粋な希望の光だけだった。
「俺たちは、絶対に『自由』になるんだ…!」


back