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◆ 転向・転身・もしくは…天命
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キャプテン・ルーガの挑発を皮切りに、戦場の空気は一挙に緊迫した。
そう、今にも…刃と刃の切り結びがはじまらんとするほどに。
「あ…」
…が。
「…あ、ああ、ッ」
小さな、小さな声が、少女の唇を割って、漏れた。
「…ッ!」
恐怖と不安の感情が、彼女の胸を締め上げる。
肺腑の空気を、凍らせる。
だが…それでも、少女は無理やりに身体を叱咤し、胸のうちにある言葉を、ありったけの力で解き放った―
「…待って!」
戦場を鳴り渡る。
少女の制止の声が、鳴り渡る。
その声が、プリベンターたちを我にかえらせた…
…そうだ。
これは、彼女のための場面(シーン)。
この冷酷でふざけた三文芝居を、傲慢で卑怯な脚本家の思惑ごとつぶしてしまうための―
…果たして、プリベンターたちはその場で静止したまま待つ。
少女の言葉を、聞いている。
…女龍騎士は、無言のままそれを見ている。
「ま、待って、ルーガ…ッ」
「…」
「わ、私の、私の話を聞いて…」
「…」
怖じているのか、少女の口から出るのは…通信ノイズと聞きまごうほどの弱々しげな声。
しかし、それもやがて…少しずつ、その力を増していく。
少女がその友を想うきもちの強さの分だけ、その力を増していく。
「る、ルーガは…ルーガは、本当は、わかってるはずだよ…
こんなの、こんなのおかしいってこと、本当はわかってるんだよねルーガッ!」
「…」
「ガレリイ長官の言うことなんか聞かないで…!
あの人は、私だけじゃなく…ルーガもおもちゃにしてるんだよッ!
そんな人の言いなりになんてならないで!」
「エルレーン…」
懸命に言い募る少女の姿を、女龍騎士はかすかな哀しみを浮かべた表情で見つめている。
その哀しさがつらくて、その哀しさが恐ろしくて、なおも少女は懸命に言葉を継ぐ。
「ね…だ、だから」
「…」
「だから、お願い…私たちと一緒に、行こう…よ、ルーガ。そしたら、私…」
「…何だ?」
まるで、泣き出しそうな「子ども」みたいな顔をして。
エルレーンは、何処までも真剣に―無敵の、「鋼鉄の女龍騎士」に向かって、こう告げた。
「…ルーガのことは、私が…守るから」
「!…ふふ、っ」
思わぬその申し出に、軽く苦笑するキャプテン・ルーガ。
自分の剣の師匠に対して、えらく強く出たものだ―この弟子は!
…なかなかどうして、驚かせてくれるではないか。
「お前が…私を、守ってくれると言うのか?…お前が?」
「そ、そうだよ!だって、ルーガは私の大事な『仲間』で、…『トモダチ』なんだから!だから、私…」
「…ふふ…!」
が、少女はあくまでも真剣だ。
その姿が、やっぱり愛らしかったものだから―先ほどまで装っていた厳格な表情が、不覚にも崩されてしまった。
「キャプテン・ルーガさん…俺たちからも頼む」
そこに、割り込むもう一つの回線。
真・ゲッター1、流竜馬からの回線だ。
「昔みたいに、あなたとまた戦うのなんて、俺たちはごめんだ。
…同じ過ちだけは繰り返したくない。それに…あなたも、エルレーンと戦うことを望んでないはずだ…」
「…」
「だから、ルーガさん…俺たちと、一緒に…」
「ルーガ…」
「はは…そうできたら、いいのにな?」
「そうできたら、いい」。
女龍騎士の言葉に、わずかに動揺するエルレーンたち。
「そうする」ではなく、「そうできたら、いい」。
では、彼女をそうさせないものは、彼女を阻んでいるものは何なのか…?!
「え?!」
「ど、どうして?!だって、俺たちは…」
「…お前たちは、忘れているのか…?」
「え…?!そ、それって、どういうこと…」
「…エルレーン」
「…」
突然、女龍騎士の表情が、真剣なものに切り替わった。
一切の甘さすらない、まるで「敵」に対峙するかのごとく厳しい表情に―少女は、一瞬怯んだ。
だが、それでも目はそらさない。
キャプテン・ルーガの視線を、彼女は真っ向から受け止める。
「…ずっと、考えていた。…昔、死ぬその前から、ずっと」
「…?」
「…我々は、一体…何を造ったのだろう、と」
「…」
キャプテン・ルーガのせりふを聞くエルレーンの瞳に、わずかな影が刺す。
女龍騎士は、なおも言う。
「『人間』、流竜馬のDNAから…造った、クローン。…だが、お前は『人間』なのだろうか。
素体たる流竜馬自身の資質もあるだろうが…
さらに、その上に人為的な強化(ブーステッド)を施されたクローン。
一度見た相手の動きをそのままトレースすることができるほどの異常な記憶力。
確実に『敵』を殺すための戦闘術。
そして…生まれた意味すら、初めから植え付けられた」
そう。それが、彼女。
「人間」でありながら、「人間」でない、それが彼女だ。
「だが、お前は…もともと、我々のために造られた存在だ。…我々、『ハ虫人』の。
お前は恐竜帝国に属し、戦った…
それでも、お前は『ハ虫人』ではない。
『ハ虫人』のために戦いながら、お前には…赤い、血が流れている。
『ハ虫人』のモノではない、…真っ赤な、血が」
そう。それが、彼女。
「ハ虫人」でありながら、「ハ虫人」でない、それが彼女だ。
「…恐竜帝国の『兵器』として造られた…
だから、お前は戦いの宿命を生まれながらに負っている。
だから、お前は戦わねばならなかった。
我々の『道具』…『兵器』として。
…だが、お前には意思がある。感情もある。
そのような『兵器』があるだろうか…?」
そう。それが、彼女。
「兵器」でありながら、「兵器」でない、それが彼女だ。
穏やかに、だが厳然として問いかける。キャプテン・ルーガが問いかける。
「それでは、お前は一体、何なのだ?
…『人間』、『ハ虫人』、『兵器』。
その全てに片足を突っ込みながら、その全てと違っているお前は」
「…」
エルレーンは、無言のまま。
穏やかに、だが毅然として聞いている。エルレーンが聞いている。
「ずっと考えていた。
お前が、泣きながら、『自分は一体何なのか』と私に問うたその時から」
「…」
「…エルレーン。今度は、私が問おう」
そして。
キャプテン・ルーガは、最後に―もっとも根源的な問いをもって、その長独白を言い終えた。
「お前は、一体、何なのだ?
…『人間』か、『ハ虫人』か、それとも『兵器』なのか?!」
―せりふの余韻が、わずかに残響となって鼓膜を揺らした。
「…」
少女は、動かなかった。
かすかにうつむいたまま、少女は動かなかった。
「…」
誰も、動かなかった。
動かないまま、彼女の言葉を待っている―
「…」
「…」
彼女の「答え」を、待っている―
空白の時間。
…しかし、やがて。
少女は、再び閉ざされた唇を開く。
「…わたし、は…」
声を紡ぐ。言葉を紡ぐ。
自分の意思を、自分の存在価値を、自分の存在証明を紡ぐ。
「私は、」
瞳を上げる。顔を上げる。
―そこに、彼らは見た。
透明な瞳の輝きを。
何色にも染まりうるがゆえに純粋、だがそれ故に何色でもない、唯孤の色。
その瞳は意思の光をたたえ、前を見据えている…
己の運命を、己の過去を、己の枷を見据えている、真正面から!


そう、だから、
リョウのハヤトのベンケイの鉄也の甲児の豹馬達の健一達の忍達のアムロ達のジロン達のガロード達のフォッカー達の万丈達のキッド達のそしてキャプテン・ルーガの前で、
彼女ははっきりと、こう答えたのだ―!


「私は、『人間』だよ…!」


「もしかしたら、『人間』じゃないのかもしれないけど!それでも、私…決めたんだ、『人間』として生きていくって!…だから!」


「私は、『人間』なの…」


それは、
必死に声をあげる赤子の産声
高らかにうたう勝利の賛歌
希みを託す聖女の祈り
生命としての誇り。


そして、それが彼女の「答え」だった―


「…」
女龍騎士は、微動だにせず―それを聞き届けた。
そして、その後に。
静かに問うた。
「それが、お前の『答え』なのか」
「…うん!」
「…そう、か」
少女は、惑うことなく、揺らぐことなく、逃げることなく、きっぱりと答えた…
キャプテン・ルーガは、それを見届けた。
そして、それこそが…それこそが、彼女が本当に欲しかったものだった。
「人間」を装い敵艦に潜入し、確信したかった、彼女が本当に欲しかったものだった。

エルレーンは、示した。
自分の「答え」を、示したのだ。

だから…キャプテン・ルーガの表情が、かすかにやわらいだ。
「それでいいんだ」
そして、微笑んだ。
やさしく、微笑んだ。
「…?!」
「それでいいんだ、エルレーン」
繰り返す。もう一度。
金色の瞳が、微笑っている。
それは許しだと、きっと許しなのだと、少女には感じられた。
「…!」
「ふふ…エルレーン、お前…変わったな」
「!…そ、そう…なのかな?」
「ああ…」
キャプテン・ルーガは、うなずいた。
そして、昔どおりの、やさしい微笑のままで、ささやくように告げる。
「お前は、変わったな。…それでいて、昔とちっとも変わらない」
「…?!」
「ふふ…昔どおりに。
お前は…強くて、もろい。とてつもなく冷酷で、やさしい…」
「る、ルーガ…ぜ、ぜんぜん、わかんないよ。言ってること、みんな…ムジュンしてるよ!」
奇妙で不可思議、矛盾そのもののキャプテン・ルーガの言葉に、困惑するエルレーン。
その困り顔を、女龍騎士はいとおしそうに見つめている。
「…ルーガのいうことは、いっつも、むずかしすぎるの…」
「はは…すぐにわかれ、とは言わん。そのうち、わかるようになるだろう…」
「!…そんで!ルーガはいっつも、そう言うの!…そうして、私には、『答え』を教えてくれないまま…」
「そうだな。だが…いつか、わかるときが来るだろう。…だから、それまで」
そこで、一呼吸おいて。
キャプテン・ルーガは、ゆっくりと…噛みしめるように、エルレーンに告げた。


「だからそれまで、できる限り…生きていろ、エルレーン」


「え…?!」
「生きていろ、エルレーン。お前は、」
龍の瞳が、深い情愛と哀切をたたえて、人間を見る。
はかなく散るほかなかった、いのちとして生き抜くことすら許されなかった、少女を見る。
「お前は、それでよかったんだ…本当は!」
「ルーガ…?!」
「そうあるべきだったのだ。本当は…!」
そうあれなかった過去を憂い、そうあれなかった彼女を、そうあれなかった自分を憂い、
そして、
そうあるべき未来を望み、そうあるべき彼女を望む。
女龍騎士は、静かに微笑んでいた。
「る、ルーガ…」
エルレーンの瞳に、うっすらと涙が浮かんでくる―
ぼやけた視界の中、通信画面の中に、あの「トモダチ」の微笑。
あの月光の下。自分を抱きしめてくれた、たった一人の「ハ虫人」の「トモダチ」の―!
…だが。
唐突に、その穏やかな微笑が―凍てついた。
「…」
「?!」
次の瞬間、キャプテン・ルーガの身体がかすかにけいれんするのを、エルレーンは見てとった。
同時に、彼女の唇から、何か真っ青な液体が…それは、「ハ虫人」の鮮血…散ったのも。
「る、ルーガ!ルーガァッ?!苦しいの?!…ねえ、ルーガ?!」
「…」
動揺するエルレーンの声が、通信機のスピーカーコーンを震わせる。
その声を聞きながら、キャプテン・ルーガはゆっくりと口元をぬぐった。
…ぬぐった手の甲、なめらかな美しい深緑の肌に、こびりつく蒼。
見飽きた色だった。
こんなことは、もう数日前から続いていたのだから…!
「だ、大丈夫?!今、そっちに…」
「…来るな!」
「?!」
思わずメカザウルス・ライアに近づこうとしたエルレーンに、怒声が飛んだ。
「…おいでなすったようだ…私が倒すべき真の『敵』がな」
「え…」
問い返そうとするエルレーンの言葉の先を制し、レーダーのアラームが鳴り響く。
けたたましく、近づきつつある危険を知らせる。
「!」
全機のレーダーが、一斉にその存在を主張し始めた。
高速でこちらに近づいてくる物体―それも、異様に多数!
あっという間に、レーダーの一角が無数の光点で埋め尽くされる。
プリベンターたちの間に、緊張が疾走する…!
「!」
「あ、あれは…」
「メカザウルスかッ!」
「…」
高速でレーダー画面の上を滑っていく光点は、すぐさまにこの地点へと収束する。
すなわち、彼らは肉眼でもすぐに確認できるようになった…
青空の向こう、地平線の向こうよりやってくる雲霞の群れ。
こちらに近づきつつある黒点の群れはやがて、機械蜥蜴の大群に変わった。
そして、しばしの空間をおき、静止する…!
それは、中央の母艦と見える巨大な飛行戦艦を囲む、幾多ものメカザウルス群。
母艦は褐色の鱗を光らせる、醜悪な恐竜を改造したもののようだった。
その恐竜は格納庫を持ち、滑走路を持ち、そして艦橋(ブリッジ)を持っていた。
そこには、長大なパラボラアンテナの姿も見える―
…恐竜の紅い瞳が、不気味にぎらついた。
その途端だった。
何かが、目に見えない何かが―無色の空間を、貫いた。
「?!」
刹那、リョウの目に信じられない光景が映る。
―真・ゲッター1の計器が、一瞬で沈黙したのだ。
「げ…ッ?!」
「な、何だ?!何か、計器がおかしいぞ?!」
だが、それは真・ゲッターだけではない…
マジンカイザーやグレートマジンガー、ダンクーガ…
通信機を突き抜ける、パイロットたちの混乱。
その空間に在る全ての機体が、同様の異常状態に陥っていた。
「そ…それだけじゃない!」
「う…動かないッ?!」
「な、何だとぉ?!」
しかも、計器どころではすまなかった。
それどころか、彼らの機体は、その場からぴくりとも動けなくなった―
まるで、見えない鎖にがんじがらめにされたように!
「くくく…ひゃははっ、はっはっは…!キャプテン・ルーガよ、またせたのぉお!」
「!…ガレリイ!」
動揺激しいプリベンターたちの耳に、あの老人の高笑いが耳障りに響く。
そう、それは、あの醜悪な母艦からの通信だ!
「ひゃははは、どうだ無能な『人間』どもよ…我が発明、『マグネットアンカーウェーブ』のお味はどうかね?!」
「ま…マグネットアンカーウェーブ?!」
「強力な電磁波を利用して、貴様らの機体に干渉!戦闘はおろか、正常な起動も不可能じゃ!」
「な、何だって…?!」
ガレリイの嘲笑に、顔色を失うリョウたち。
この機械の異変は、全てあの老爺の仕業だとは…?!
「ふひひ…このグダ搭載のものが初の試作品じゃが…思った以上の成果じゃわい!」
「く…っ!」
とうとうと語るガレリイの驕慢に、歯噛みする「人間」たち。
しかし、いくら切歯扼腕したとて、それが何になるというのだー
彼らの機体は今まさに、あの老爺の手になる新兵器によって、指一本すら動かせないまま…機械蜥蜴たちの的になるしかない状態なのだから!
「さあ!動けぬまま、我らに嬲り殺しにされるがいいわ!」
下卑た笑い声をあげながら、勝手なことを言い続けるガレリイ。
「…」
そのガレリイ長官を、キャプテン・ルーガは見ている。
「行け!キャプテン・ルーガ!お前の『恐竜剣法』で、あ奴らを叩っ斬れい!」
ガレリイが命じる、キャプテン・ルーガに命じる。
「人間」たちを殺せ、と命じる。
「…」
…だが、キャプテン・ルーガは動かない。
彼女は動かないまま、メカザウルス・ライアは動かぬまま―
メカザウルス・グダと、金縛られたプリベンターたちを隔てる空間の中に、静止したまま―
「どうしたキャプテン・ルーガ…遠慮はいらん!殺して、殺して、殺し…」
その奇妙な様子にいぶかしみ、再三指令を飛ばすガレリイ。
矮小な体躯の、その老爺のけたたましい声をあげる様は…通信モニターの中で、なおさら矮躯に見えた。
「…るな」
刹那。
キャプテン・ルーガの唇が動いた。
「な…」
何といったか聞き取れず、問い返そうとした彼の先を封じ、なお彼女は厳然と告げた。
「私に命令するな、ガレリイ」
キャプテン・ルーガの瞳が動いた。
「あ、あぁ…?!」
「あなたが私に命じるというのか?」
「な、何を言っておる、キャプテン・ルー…」
「私は」
その声音を形成するのは、氷結した怒りと揺るがぬ闘志、そして明らかな敵意。
キャプテン・ルーガははっきりと吼えた―!
「私は、あなたの『兵器』ではない!」
「…?!」
彼女の突然の反抗に、老爺の濁った眼球が今にも飛び出んばかりに開かれる。
傲慢さに曇った水晶体の向こう…機械蜥蜴を駆る女龍騎士は、なおも糾弾する!
「私の斬るべき『敵』は、エルレーンたち『人間』ではない!…私の『敵』はッ!」
闇をも貫く眼光が、槍撃のごとくガレリイを見据えた―
そして、彼女は咆哮する!
「私の『敵』はあなただッ、ガレリイ長官ッ!」
空気が、奇妙に揺らいだ―
『…?!』
「え…?!」
「る、ルーガ…?!」
その咆哮は、その場にいた全ての者を動揺させた。
プリベンターも、ゲッターチームも、エルレーンも…ガレリイ長官をも。
「な、何を、ッ」
「聞け!あなたを滅ぼす者の『名前』を!…我が名は!」
高らかに響き渡る、誇り高き龍騎士(ドラゴン・ナイト)の雄たけびが。
鳴り渡る、「人間」と「ハ虫人」たちのこころを貫いて―




「我が名は、ルーガ・スレイア・エル・バルハザード!…我が名は、キャプテン・ルーガ!」

「誇り高きキャプテン、正龍騎士の名に賭けて!私はあなたを滅ぼそうッ!」





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