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◆ A sweet Pain(…あるいは、リョウの悔恨)
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「…なんだわさ〜」
「へえ…!すごいねぇ!」
アイアン・ギアーのデッキ。
どこまでも広がる青空の元、その端に腰掛けて、何やら楽しげに語らいあっている者たちがいる。
アイアン・ギアー隊、盗賊団サンドラッド所属…唯一のちびっこ隊員、チル…それに、エルレーンだった。
…と、そこに、チルの姿を見つけて駆け寄ってくる二人組。ジロンとラグだ。
「お、何だこんなところにいたのか、チル…ん?!」チルの背中に声をかけるジロン。
…が、そのセリフの最後が、驚きで変な風にひずむ。
ジロンの声に、チル同様振り向いたのは…
隣に座っている、ゲッターチームのリーダー、「流竜馬」。
「?」だが、きょとんとしてこちらを見つめている彼は、とんでもなく露出度の高い格好をしている…
まるで、どこぞの女海賊のような。
…一瞬の空白。
「あ…そ、そっか、え…エルレーン、のほうだよな」
「そうだよ、私…エルレーン!」困惑しながらも、二人はなんとかそれが「エルレーン」であることに納得できたようだ。
「や、やっぱ、何かさあ…すっごい、ミョーな感じだよね…」
「おう…」
「??」が、やはり彼女から受ける奇妙な感じはぬぐいきれず、そんなことを言いあっている。
そうなる理由も事実も知っていても、それでも「彼」と「彼女」のあまりに大きい隔たりには、いつも混乱させられてしまう。
「と、ところで、エルレーンさんは、何でこんなところに?」
「あのねえ、チルさんに、いろんなこと教えてもらってたのー」
「…ち、チルに?!」
「そうだよ、ジロン」得意げにチルはにかっと笑う。…自分が、エルレーンの「先生」なのだ。
「チルが?一体、何を教えられるってんだい」
「むー!ラグったらアタイを馬鹿にしてー!」小馬鹿にしたようにいうラグに、今度はぷうっとふくれるチル。
そういうしぐさが、すでに「先生」然としていないのだが…
仕方があるまい、彼女はまだ8歳なのだ。
…が、そんな彼女に助け舟。
「生徒」のエルレーンが、口添えしてくれた。
「『うぉーかーましん』、とか、『ぶれーかー』のこととか、教えてもらったの」
「へ、へー…」にこにことそう言い添えるエルレーンの言葉に、えへん、と胸を張るチル…
どうやら、エルレーンにとっては、教わる相手の年齢などどうでもいいことのようだ。
「そういやジロンたち、アタイになんか用だったの?」…と、チルが自分を探していたジロンたちの用件を聞こうとする。
「あー、いや…バザーに行ったときにさ、菓子もらったからチルにあげようと思ってね」
そう言いながら、何やらラグが取り出したのは…小さな何かが入った、巾着状になった袋。
そこから透けて見える何かは、どれもセロファンに包まれている。
「お菓子?!わーい、ありがと!何、何?」「菓子」という言葉に、ぱあっと顔を輝かせるチル。
ラグからそれを受け取ると、さっそくその袋の口を開けて中を見てみる…
「チョコレートみたい」
「『ちょこれーと』?!」
…と、ぱあっと顔を輝かせたのは、今度はエルレーンだった。
「?!」
「え、エルレーン…?!」
「!…エルレーンもチョコレート好きなのか?」
「うん!だいすき!」ジロンの問いに、こっくりとうなずくエルレーン。
彼女の興味をひいたのは、どうやらチョコレートらしい…
おあつらえ向きに、バザーでもらったチョコレートの袋は一つだけではなかった。
「…じゃあ、ちょうどいいや、あんたにもあげるよ」
「!…ありがとー、ラグさん!」
「い、いえいえ…」にこおっ、と心底うれしそうに、極上の笑みを浮かべるエルレーン。
ラグたちを見つめるエルレーンのきらめくような瞳には、天上のモノなる美味を与えてくれた彼女に対する感謝。
…普段は「流竜馬」としてみている「人間」が、そんなふうに自分たちに笑いかけてくるのを、ラグとジロンは…どこかこそばゆいような、奇妙な、だが決して気分は悪くないといった感じで見ていた。
「…」受け取ったチョコレートの入った袋を、しばしうれしそうに見つめていたエルレーン。
手渡されたチョコレートの袋には、個包装されたコイン大の大きさのチョコレートが、10個入っている。
…と、あることに気づく彼女。
がさがさとその袋を開け、その中から…2個、セロファンに包まれたチョコレートを取り出した。
「…はい!」そして、それをラグに渡そうとする。
「?…なんで、2個返すんだい?いらないの?」
「ううん…8個で、十分だから」
「?」何故か、10個のうち2個だけ返そうとするエルレーンに、不思議そうな顔をしてラグが問い掛ける。
…すると、エルレーンは微笑ってこう答えた。
「…私と、リョウとー、ハヤト君と、ベンケイ君…みんなで、2個ずつするの…☆」
「…!」
そう言って、にこっとかわいらしく小首をかしげ、笑ってみせるエルレーン…
その時ジロンには、きゅううん、という効果音が、確かにラグの胸のあたりから聞こえたような気がした。
「…く〜っ!かわいいこと言うじゃないのさ、あんた!…よし、これも、これもやるよ!」
エルレーンのかわいいセリフに胸打たれたらしいラグは、彼女の肩をばんばんと叩きながら笑う…
そして、その2個のチョコレートのほか、もう一つ同じチョコレートの入った袋を彼女に押し付けた。
「え、で、でも…」
「…ほら、これと…もう一袋。これで全部で20個だから、皆で5個ずつ分けられるだろ?」
「!…うん!…でも、いいの?もらっちゃっても…?」
「いいさいいさ〜!どうせもらいもんだし!」おずおずとそう問うエルレーンに、からからと笑いながら快諾するラグ。
ジロンも異存はないようだ…こんなにエルレーンが喜んでくれるというのなら、何よりだ。
…ファットマンにやるよりは、ずっといいだろう(許せよ、ファットマン)。
「よかったねー、エルレーン!」
「うん…!」自身もチョコレートの袋を手にしたチルが、にこにこと笑っている。
エルレーンも、チョコレートを大事そうに手で包み、うれしそうにうなずくのだった。

気づくと、自分の身体は…いつものベッドの中に転がっていた。
目覚めたばかりにもかかわらず、頭が嫌に重い…いや、痛いのだ。
それは頭痛。
「…」それはつまり、先ほどまではエルレーンの時間だったということだ。
不承不承上半身を起こす…と、ずきん、と途端に痛みが頭に走った。
軽く顔をしかめるリョウ。
…何はともあれ、頭痛薬を飲もう。
リョウはベッドから出て、小さな机のほうに向かった。
「ん…?」と、リョウの目に、見慣れないものが飛び込んできた。
…机の上に散乱している、チョコレート…全部で5個ある。
「チョコレート…?」
こんなもの、自分が気を失う前にはなかったと思うのだが。
おそらく、それはエルレーンのものじゃないかと彼は推測した。
この部屋にある、自分のモノでないモノ…それはひとえに、彼女のモノに他ならない(だろう)からだ(この間の、ねこのぬいぐるみ事件のこともあることだし)。
(そうだ、「交換日記」…)ふと、「交換日記」のことを思い出したリョウ。
それは半ば、新しい習慣のようなものになっていた…
唐突な意識の断裂、その後の目覚めの後の。
いそいそと机の引出しを探す。
…果たして、ノートはいつも通りその場所にあった。
さっそくそれを開き、ページを繰ってみる…
自分の字と、エルレーンの文字。その両方が、交互に白い空間を埋めている…
その一番最後に書いてあるのが、エルレーンが自分に書いてくれた返事だ。
それに目を通していくリョウ。
彼女の文章を読む彼の表情が、ふっと柔和なものになる…
エルレーンの丸っこい文字が伝えてくるのは、彼女の想い。声ならぬ言葉。
彼女が綴るその文章からは、エルレーンがハヤトやベンケイ、プリベンターの仲間たちや未来世界の仲間たちと楽しい時間を過ごしていることがわかる。
…と、その文章の最後まで読み進んだ時だった。
そこに書かれてある言葉に、はっとなるリョウ。
自分のパートの最後、付け加えるようにエルレーンが書いていた文章は…

『ラグさんにチョコレートをもらったよ。
あまくって、とってもおいしいチョコレートだったの!
つくえのうえにおいてあるのは、リョウの分だよ。
おいしいから、たべてね!』

…どうやら、机の上に転がっているチョコレートは、エルレーンが自分にくれたモノらしい。いうなら、おすそわけという奴だろうか。
ありがたくその好意は頂いておくことにしよう。
リョウは、そのうちの一つを無造作につかみ、包み紙を取って…口の中に放り込んだ。
強い甘味。
「…!」
チョコレートが口内で溶けていく。
その強い甘味が、何故か突然…ある風景を思い出させた。
鮮明な既視感。
そして、その既視感すらも…すでに一度、経験したことがあるもの、そのままだった。
その時、リョウの脳裏に瞬時にひらめいた。
それは唐突なまでの理解。
(…それじゃ、あれ、あの時の…あの時の、板チョコも?!)
いつかの不可思議な出来事。意識が吹っ飛んだ後、次に寮の自分たちの部屋で目覚めた時…何故か、自分の机の上においてあった、半分に割られたチョコレート。
ハヤトもムサシも「知らない」といった、あの板チョコ…
今なら、すべてわかる。
あれは、エルレーンの仕業だったのだ。
それはおそらく、どこかでチョコレートをもらった彼女が、自分にもそのおすそわけをしてくれようとしたのだろう…ちょうど、今日みたいに。
…だが、きっとそれだけではなかったのだろう。
半分に欠けたチョコレート…それは、否応なく自分に思い出させるモノだからだ。
かつての青空、緑の草原、夏の終わりのある日。エルレーンと自分とで、半分こしあったチョコレート。
まだ、エルレーンと自分が、二つ身に分かれていた頃…そして、ゲッターチームと恐竜帝国の「兵器」として、引き裂かれていた頃の…
「エルレーン、お前…ッ」
お前は、「自分はリョウの邪魔になるかもしれない」と言いながら、それでも本当は俺に気づいてほしかったのか?
わざとあの時のことを思い出させるようなことをしたのも、そのためだったのか?
そして…俺はやっぱり、そのメッセージの意味には気づけなかった。
(やっぱり、俺は…お前を傷つけてばかりだったんだな…!)
自分はまたエルレーンを哀しませてしまったのだろう。
結局、彼女のメッセージを受け取りながら、その意味を悟ることすら出来なかったのだから…!
しばらく、愕然とした気持ちでノートの文章に目を落としていたリョウ…
が、突然彼は、がしっとチョコレートをもう一つつかみ、乱暴に包装を引き裂いて投げ捨て、口の中に放り込んだ。
強い甘味。
がりがりと、歯に力を入れてそれを一気に噛み砕く。
破砕されたチョコレートのかけらが、口の中で溶けていく。
本当に甘いミルクチョコレートだった。
だが、今のリョウにとっては…それは、つくづく苦みばしったチョコレートに感じられた。


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