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◆ It's A dynamite Smile!
  (アーガマでの日々―
   「炎ジュン」の瞳に映る、エルレーン)
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「リョーーーーウッ!」
「!…エルレーン!どうしたんだい?」
背中にかけられた声に振り向く流竜馬。
隣にいた神隼人と車弁慶も身を翻す…
見ると、廊下の向こう側から、彼らに向かって一目散に走ってくる少女の姿…エルレーンだ。
「あのね、あのね!…ディアナさんにぃ、『まろんぐらっせ』っていうー、お菓子もらったのー!」
「へえ、『マロングラッセ』…」
「リョウたちにも、あげるー!」
両手にマロングラッセの入った皿を持って、懸命にこっちに駆けて来る…大好きなお菓子をもらって、本当にうれしそうだ。
「はは…おいおい、そんな急いで、転ばないようにな…」
…と、リョウが言いかけた、まさにその時だった。
「!」
…べしゃっっ!!
こんな派手な音とともに、エルレーンは前のめりに床にすっ転んだ。
…一体、このまったいらな廊下のどこにけつまづいたというのだろうか。
走ってきたその勢いのままに、まさに真正面から地面に激突していた。
…あまりのタイミングのよさ、彼女の見事すぎるこけっぷりに…一瞬、時が止まった。
「…言うなり、かよ」
「…」
うつ伏せになり、両手両足をまっすぐ伸ばしきったまま床に倒れているエルレーン。
相当痛かったのか、ぴくりとも動かない…
「だ…大丈夫か、エルレーン?」
「う…?!」
リョウが慌てて駆け寄り、彼女を助け起こしてやる。
ようやく立ち上がったエルレーン…
だが、突如彼女の瞳がかあっと見開かれる。
「ああーっ?!」
「?!…ど、どした?!」
いきなり大声で叫ぶエルレーンに驚き、困惑するベンケイ。
…が、そう問われた彼女は…ショックのあまり、へたへたと座り込む。
その視線が見つめているのは、床のある一点…
そこには、転んだ拍子にエルレーンの手からこぼれおちた皿がひっくり返っている…
当然のことながら、中に入っていたマロングラッセは全滅していた。
「ま…『まろんぐらっせ』がぁぁ〜〜ッ?!」
そう絶叫するなり、ショックのあまりか…エルレーンはいきなり泣き出しはじめた。
大粒の涙を惜しげもなくぽろぽろこぼし、自分のミスでマロングラッセを失ってしまった悲しみにうち震えている。
「…」
「お…おいおい、な、泣くなよ、そんなことで…」
いきなり泣き出したエルレーンに一瞬あっけにとられたゲッターチーム。
お菓子程度のことで泣いてしまうエルレーンに半ば呆れつつも、涙に暮れる彼女の背をなぜ、慰めようとするリョウ。
ハヤトとベンケイは、頬をかきながら、困ったような顔でそんな彼女を見ている。
…と、そこにちょうど、エルレーンにマロングラッセをおすそ分けしてくれた当人がやってきた。
彼女はエルレーンを探していたようだが、やっと見つけたその彼女が床にへたり込み、哀しげに泣いているのを見て、不思議そうな顔をしている。
「…あら?どうなさったの、エルレーンさん?」
「でぃ、ディアナさぁん、ごめんなさぁい…!」
ディアナを涙の浮かんだ瞳で見つめ、しゃくりあげながら詫びるエルレーン。
「?」
「あ、あのね、うっく…せ、せっかくもらった、『まろんぐらっせ』をね、私…お、落としてダメにしちゃったの…」
「あらまあ」
ちょっと驚いたように、軽く目を見開くディアナ。
…と、哀しげな顔でうつむいてしまったエルレーンの肩を優しくなで、彼女はにこっと微笑んだ。
「泣くのはおよしになって、エルレーンさん。…ちょうど、余ったマロングラッセを持ってきたところなのですよ…ほら」
「…!」
そう言いながら、手にしたモノを彼女に示して見せる…
その上にかかっているチェック模様のかわいらしいナフキンを取り去ると、そこにはつやつやと輝く、こげ茶色の宝石が幾つも幾つも並んでいる。
それを目にしたとたん、エルレーンの表情が一変する。
ぴょこん、と立ち上がり、きらきら輝くような瞳でその宝石を間近から見つめている…
「うふふ…あなたは相当、お気に召していたようだから…」
「…うん!じゃあ、みんなでわけっこして、食べよー!」
すると、先ほどまでの涙はどこへやら…けろっ、としたエルレーンは、きゃらきゃら笑いながらそう明るく言うのだった。
その変わり身の速さに、思わず笑いを誘われるゲッターチーム。
「ふっ…本当に単純だな、エルレーンさんよ…!」
「はは、今泣いたカラスがもう笑った!」
「えへへ…!」
リョウたちにそうからかわれながらも(意味がわかっていないのかもしれないが)、マロングラッセがもう一度食べられるという幸運に上機嫌になったエルレーンは、また先ほどの太陽のような笑顔を見せるのだった。
「…」
そのわきあいあいとした輪から、少し離れたところで…そのまぶしい笑顔を、そっと見ていた者がいる。
「炎ジュン」…どこか懐かしむような目で、笑うエルレーンを見つめている。
その笑顔は、彼女にまた昔のことを思い起こさせる…
いつのまにか、彼女はあの日の回想の中に入り込んでいた。

『…あ、あの…』
どこか怯えたような、誰かの声が…自分の近くで、ぼそぼそと聞こえた。
緊急の書面に目を通していた時のことだった。
その書類に集中していたので、その声はすっと聞き流していたのだが…何やら自分に集まる無言の視線が感じられる。
そこで、ようやくその声の主が呼んでいるのが自分であるとわかった。
…顔を上げると、そこには恐竜兵士が二人、直立不動の姿勢をとって、こちらを見ていた。
『?…何だ?私に何か用なのか?』
『は、はい、…あ、あの、ば、バット将軍が、ルーガ様にこれをお渡しするようにと』
左に立っていた恐竜兵士が、やはりぼそぼそと小さな声でそう言いながら、大判の茶色い封筒を差し出してきた。
どうやら、バット将軍からことづかってきた書類らしい。
『ああ、わかった。そこに置け』
『は、はい…』
自分自身を呼びつけはしないのだから、そう緊急の用件ではあるまい。
むしろ、今取り掛かっている仕事のほうが重要だ…
そう思い、その書類は後で読むことにした。
手にした書類に再び視線を戻し、恐竜兵士たちにはその封筒をテーブルの上に置いて帰るよう指示した。
…が。
しばらくしても、目の前に立つ彼らの気配が消え去らない…
そのことを妙に思い、再び視線を上げる…
と、何故か、彼らは自分をじろじろと見つめていた。
穴があきそうなほどに、こちらの様子をじいっと見つめている…
『…』
『…何だ?まだ何かあるのか?』
その無遠慮な視線が気に喰わなかったのももちろんだが、用が済んだというのに帰ろうとしない彼らを不審に思い、軽く怒鳴りつけた。
『!…い、いえ!何もないですッ!すいませんでしたァッ!』
『そ、それでは、失礼致しますッ!』
…途端、鞭で打たれたようにびくっと飛び上がる二人。
全身一気に強張らせ、礼をするのもそこそこに、泡を喰ったように駆け出していった…
『…?』
まったく、わけがわからない。
まあ、どうせたいしたことではなかったのだろう…
三度(みたび)、書類に集中する。
…それから、数分もした頃だったろうか。
『…ルーガー!』
『!…エルレーンか』
と、今度は、少女の明るい声が思考の流れを断ち切った。
顔を上げると、入り口から誰かがこちらに駆け寄ってくるのが見えた…エルレーンだ。
…そう言えば、もう結構夕食時にも遅い時間だ。
自分が食事を持って来るのを待っていたのだろうが、あまりにそれが遅すぎるので…様子を見に来たのだろう。
『お仕事終わったの?』
『ああ…』
苦笑しながら、それでもそう答える。
…まあ、いい。この書類は、明日片付けることにしよう。
『じゃあ、一緒にごはん食べよ?…ね、いいでしょ?』
『ああ、わかったよ』
『えへへ…!』
そう言ってやると、うれしそうに微笑んだエルレーンが隣に寄ってきた。
ちょこん、と椅子に腰掛ける。
…と、何故かそのエルレーンが、自分の顔をじいっと見つめてきた。
『…』
『…ん?何だ?』
真顔でまじまじと顔を凝視され、彼女にその理由を問う。
先ほどのこともあるので、「顔に何かついているのか」と思ってしまったくらいだ。
『ねえねえ、ルーガって…<名前>が二つあるの?』
『はあ?!』
まったくわけのわからないことを聞かれ、思わず目が点になった。
『だってねえ、さっきすれ違った恐竜兵士が言ってたよ』
『…何を?』
…何か、嫌な予感がする。
一旦言いよどんだが、エルレーンは…その異能、超人的な記憶力を発揮して…先ほど耳にした恐竜兵士たちの会話を、一字一句違えることなく再生してみせた。
『んっとねえ…<やれやれ、まったくおっかねぇぜ!あぁのそっけない態度!…まさしく『鋼鉄の女龍騎士』だぜ!>
<おう、本当ルーガ様にはうかつに近寄れないな…怖くってさ。あんなきりきりしてちゃあ、せっかくの美人がだいなしってもんだぜ!>…って』
『…』
…あの、馬鹿どもめ。
人の顔をじろじろ見ておいて、言うことがそれか。
「美人」と言われているのが、やはり少しうれしいのが…また、気に触る(誉めるか、けなすか、そのどちらかにしておけというのだ)。
『ねーえ、この<こうてつのおんなりゅうきし>っての、ルーガのことでしょ?ルーガの別の<名前>なんだねえ』
その会話の内容よりも、そこに出て来た自分の通り名のほうに興味があるらしいエルレーン。
そんなことを言って、一人でうなずいている。
『…違う。それは…まあ、二つ名というか、通り名というか…要するに、私のことには違いないのだが』
『?』
自分がそう言うと、エルレーンはちょっと不思議そうな表情を見せた。
「では、どういうことなのか?」とでも言いたげだ。
『…つまりな、エルレーン…その通り名は』
一呼吸おき、そして…説明として、その通り名が意味するもの…今まで散々言われてきた自分の欠点を一挙に羅列した。
『…私が無愛想でそっけなく愛嬌の無い上近寄りがたい笑い顔の一つも見せない可愛げのない女、という意味だ』
『…?!』
一気に言い切ったそのセリフに、エルレーンが目を丸くするのが見えた。
…正直、自分で言って、自分で少し傷ついた。
自分でも、それがはっきりとした欠点だと言うことはすでにわかっている。
母親からも「せっかく綺麗に生んであげたのに、そんなぶすっとした顔をしていてはもったいないじゃないの」と再三言われたし、そのせいで部下たちに「近寄りがたい」と言われていることも十分理解している。
…が、おかしくもないし、楽しくもないのに、にやにやしている者の方がよっぽど変ではないか。
真顔でいて何が悪い…
…そう、自分の中で理屈付けしていても…やはり、少し哀しいものがある。
『ふ、ふふ…まったく否定できないのがつらいところだがな…』
『…えー、それじゃあ、その<トオリナ>ってのは、間違ってるよぉ』
『え…?』
『だって、ルーガは』
自分のことでもないのに、ちょっと胸を張り、自身満々な態度でとうとうと語ってみせる。
『…ルーガは、いっつもやさしいもの!やさしく私に笑ってくれるもの!笑い顔も見せないなんて、だから嘘なの』
『…はは、お前…』
『私、ルーガが笑ってくれる顔、だいすきぃ…☆』
そう言いながら、小首を傾げて…にこおっ、と音がしそうなほど、鮮やかな笑顔を見せる。
…そうだった、自分には欠けているといえる…愛嬌のカタマリのような子が、こんな近くにいたな。
『ふふ…でも、お前には負けるよ、エルレーン。私にも、お前の半分ほどでも愛嬌があればな…』
『えー?』
『お前は…笑っているほうがいい。ずっと、かわいい…』
そう言いながら、しあわせそうに笑う彼女の頭をかきなぜると、エルレーンはうれしそうに目を細める…
そのしぐさも、かわいい。
『えへへ…でもぉ、確かにぃ、』
…と、ちょっといたずらっぽい目になった彼女が、おどけた口調でからかいをかけてきた。
『ルーガ、一生懸命お仕事してる時とか、時々怖い顔してるもの…それじゃあー、恐竜兵士も、怖がっちゃうよね?』
『ふふん…!悪かったな!…だけど、あの時のお前に比べたら、まだマシだよ!』
だから、自分も笑って言い返す…
『えー?』
…が、エルレーンは自分の言葉に首を傾げる。
あの時のことなど忘れ去ってしまったのか、そう言われてもぽうっとしている。
『…あの日のことだ。覚えているか?私たちが、一番最初に会った日の…』
『!』
『ふふ…本当にあの日は参ったよ。…何しろ、お前は何もしゃべらないし、ほとんど笑いすらしなかったからな』
『あ…』
そう、一番最初にエルレーン…いや、その時はまだ「No.39」だったが…に出会った時のこと。
彼女の管理を命じられ、ガレリイ長官に引き合わされたその日…
その時のエルレーンは、驚くほどに無表情だった。
能面のような顔に、生気のない瞳。
そして、重く閉ざされた唇(結局その日、彼女は一言も口をきかなかった)…
「無愛想」というモノを遥かに通り越し、「本当に血の通う『イキモノ』なのか」と疑ってしまうほどに。
まるで、魂無き「人形」のように。
しかし、それにもまして驚かされたのは、その次の日…彼女のあまりの変わりようだった。
翌朝、彼女の自室のドアを開けた途端…笑顔で自分の胸に飛び込んできたのは、他でもないそのNo.39、エルレーンだった…
そのきらきら輝くような笑い顔は、今彼女が見せているものと同じモノ。
そう、たった一日を境に、無感動で無表情な「人形」が、快活でかわいらしい「エルレーン」になってしまったのだ。
きっとその時からだったのだろう、この子がだんだんといとおしく感じられるようになってきたのは…
『だから、次の日は余計に驚いたぞ。はは、お前…がらっと変わってしまったんだものな!その前の日にあった時とは、別人だった!』
『そ、そっか…』
『何故また、あんなにころっと態度を変えたんだ、エルレーン?初めの日は口すらきこうとしなかったのに…』
それは前から不思議に思っていたことだった。
彼女の態度の変化は、一夜の変化にしてはあまりに大きすぎた。
人格が入れ替わってしまったのでは、と思ってしまったくらいだったのだから…
『ん…あのね…私、考えてたの』
『考えてた?』
『うん…ルーガが、<敵>なのか、<仲間>なのかって』
『!』
『はじめは、わからなかったから…どうしていいかわからなかった。怖かったの。
…えへへ、でもね…ルーガ、やさしかったから。
だから、<仲間>だって思えたから、きっと大丈夫って思ったから、しゃべることにしたの!』
『…な、何故?私はそんなたいしたことを何もしてはいないが…?』
初日に口を開かなかった理由は、彼女の説明で何となく理解できたが…自分を「仲間」と認めた、その理由がわからない。
「やさしかった」と言われても…自分はそう言われるにふさわしい、特に親切な行為をしたつもりはない。
いや、むしろ…「人間」という「敵」たる異種族、しかも無表情で黙りこくったままだったエルレーンを多少もてあまし気味だった、というのが正確なところだったのだが…
だが、エルレーンははにかみながら…うれしそうにこう言ったのだ。
『えへへ…だって、ルーガ、笑ってくれたじゃない』
『?!』
『そんで、身体をキレイにさせてくれて、ご飯食べさせてくれて、そんで…私に、<名前>までくれたじゃない!
ナンバーじゃない、私だけのモノ、<名前>…』
『…』
『で、私を…その<名前>、…<エルレーン>っていう<名前>で呼んでくれた。…だから。だからなの!』
『そ、そんな…』
そんな程度のことでか、と言おうとして、不意に気づいた。
だからその言葉を出す前に、口をつぐんでしまう。
…この恐竜帝国では、彼女を「名前」で…「エルレーン」という「名前」で呼ぶ者は、自分以外に誰一人としていない、ということに。
『それに、いっつも…私に、笑ってくれるもの!だから、ルーガは<仲間>!だいじなだいじな、<トモダチ>なの…!』
『…!』
この恐竜帝国で、彼女に笑いかける者は、自分以外に誰一人としていない、ということに…!
食事を与え、身奇麗にさせ…「名前」を与え、その「名前」で呼ぶ。
当たり前のことではないか。
しかし、エルレーンにとってはそうではなかったのだ…
自分にやさしくしてくれた、それだけのことが、彼女にとって何よりも重要だった。
…無理もない。生まれてすぐ彼女が受けたのは、純然たる「殺意」と「悪意」という洗礼だったのだから…
あの後、ガレリイ長官に聞かされた。
製作された、流竜馬のクローン…そのモデュレイテッド・バージョンは、全部で50体。
しかし、ガレリイ長官が欲したのは、1体。
彼は、己の手を汚すことなく、その50体のうちから最良の1体を選び出す方法を選んだ…
それを聞いた時、怒りとおぞましさで思わず吐き気すらこみ上げそうになったことを、今も覚えている。
…ガレリイ長官は、彼女たちをお互い殺し合わせたのだ。
そして、生き残った1体。…それがNo.39、エルレーンだった…
その上、そのすぐ後にやってきた恐竜兵士は…死闘で疲れきった彼女に怒鳴りつけ、食物の入った皿を彼女の頭めがけて投げつけるなどという乱暴なことをした。
張り詰めた彼女の神経は、それに耐えることは出来なかった。即座に彼らを「敵」とみなした。
だから、殺した。49人の自分の兄弟を殺したように。
そして、次に自らに近づいてきた者…この私も、当然自分を傷つける者、「敵」と考えたのだろう…だから、間髪いれず襲い掛かってきたのだ。
…その最初の疑心と恐怖を拭い去るのに必要だったモノ…
当たり前に与えられるはずのモノ、笑顔、食事、世話…「名前」!
そこまで考えが至って、ようやくそのことに気がついた。
…エルレーンは、恐竜帝国マシーンランドでは…自分以外の前で、決して笑わない。
それは、彼女が恐れているから。怯えているから…
誰もが彼女に冷たい視線を投げる。言葉をかけることもなく。
笑顔のかわりに在るのは、憎悪と無視。
「エルレーン」という「名前」を呼びすらしない…!
そんな最低限の友愛すら、エルレーンは自分以外の「ハ虫人」から見出だし得ないのだ…そして、それは今も!
…ああ。
誰か、この子に笑いかけてやってくれ。
一回だけでもいい。それだけでいいのだ。
きっとエルレーンはその者を「仲間」と感じるだろう。
そうすれば、今度は…エルレーンが、笑う。
一度見れば愛さずにはいられない、心揺り動かす、あどけない笑顔。
それを見れば、必ずこの子を信じられるのに!
エルレーンはこんなにかわいらしいのに。
エルレーンはこんなにけなげなのに。
エルレーンはこんなに素直なのに…
誰も彼女を「仲間」として見ない。
いくらエルレーンがゲッターチームとの戦いで武勲を上げようと、その功績は誰にも省みられない。
それどころか、その功績は…むしろ煙たがられ、無視される。
ただ、彼女が「人間」というだけで。
何故なら、「ハ虫人」にとって「人間」は憎むべき「敵」、忌まわしき異種族…残酷で凶暴な「同族殺し」なのだから。
例え自分たちのために造りだされた「兵器」とはいえ、「人間」は「人間」…
それゆえ、エルレーンは「ハ虫人」が「人間」というイキモノに向ける悪意を一身に受けていた。
彼女に降りかかる悪意の視線は、「人間」に対する「ハ虫人」の憎悪と恐怖、嫌悪を全てあらわにしている。
その視線は、さぞ痛いだろう。つらいだろう。哀しいだろう。怖いだろう…!
…だから、エルレーンは笑わないのだ。自分以外の者の前で。
こころを閉ざしたあの表情、何もない、空っぽな表情を向けるだけ…
…だが、同時に…自分の中にある優越感が、もやもやと湧く。
エルレーンが笑顔を見せてくれるのは、こころを許した、私だけ。
その考えのあまりの醜さに、自分自身嫌気がさした。
振り払うように、先ほどの思いを掘り起こす。
くだらない感情にとらわれ、真実を見ない自分の「仲間」たち。
その彼らのこころも、必ず変わるに違いない…
エルレーンの、この笑顔を見れば、きっと…
今、目の前でにこにこと微笑んでいるエルレーンを見つめながら、そんなことを思った。
…今すぐ、さっきの恐竜兵士でも連れてきて、この子が楽しげに笑う様でも見せてやろうか?
そう思ったが、それはエルレーンを怯えさせるだけ、また彼女をあの日の彼女に戻してしまうだけだ、と考え、踏み止まった。
…深いため息が自然に出てきた。
あまりに馬鹿げた、自分たちの種族が持つくだらない意識が巡らすこの悪循環、その哀しさ情けなさに、出てくるのはそんなものぐらいだった。

(そうだ…だから、あの子は、お前たちゲッターチームを…)
しかし、恐竜帝国ではない場所…地上で、彼女に笑いかけた者たちがいる。
ゲッターチーム…同じ種「人間」である彼らは、自分たち「ハ虫人」がエルレーンに対して抱く悪意を持ち得なかった。
例え、始めのうちは「恐竜帝国のパイロット」であるエルレーンに敵愾心を燃やしていたとしても…それは、「ハ虫人」が彼女に取った一貫した差別的な態度とは、性質が違う。
汚らわしき存在たるエルレーンを徹底的に無視し、関わろうとしない「ハ虫人」とは…
だが、ゲッターチームは違った。
エルレーンは、地上に出てからというもの、自分からたびたび彼らに会いにいっていたようだ…
そのエルレーンに対し、最初彼らはもちろん不審がっただろうし、不快に思ったかもしれない。
しかし、少なくとも、見て見ぬふりをし、完全に拒絶することはしなかった。
…そして、彼らは「名前」を呼んだ。「エルレーン」という、彼女の「名前」を…
そこにこそ、エルレーンはかすかな光明を見出したに違いない…「ハ虫人」とは違う、「人間」というイキモノに対する。
やがて、彼らの敵意の炎は、少しずつ少しずつ消され、最後には燻りすらせず消滅してしまった。
それを消したのは、おそらくは…エルレーン自身。
あどけない笑顔、無邪気で幼い子どものような、彼女の笑う顔…
その笑顔が彼らの警戒心を溶かし、こころを変えてしまった…
ちょうど、自分やエルレーンがそうであったように。
「炎ジュン」の瞳には、今、ゲッターチームの面々が映っている。
流竜馬が、笑っている。
神隼人が、笑っている。
車弁慶が、笑っている。
そして、彼らに囲まれ、エルレーンも笑っている…
(そうだ…笑っていろ、エルレーン)
「仲間」に囲まれ、笑っているエルレーン。
その笑顔は今も昔も変わらず、見る者のこころを惹きつけている…
(私も…お前の笑ってくれる顔が好きだよ…)
あの時何故自分はそう言ってやらなかったのか、今さら彼女はそれを悔やんだ。


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