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◆ Die Schwertkaempfer(剣客)
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「…!」
剣客の初撃は、冷徹な先制攻撃というよりは、むしろ半ば怒りに任せたものだった。
銀色の大剣が空を裂き、ぎゅん、という音を立てて天空から大地に降りかかる。
エルレーンは横っ飛びに逃げすさり、その一撃を悠々とかわしたものの…
それでも、恐竜帝国の刺客が突如現れたこの状況は、彼女を多少なりとも困惑させていた。
―ともかく。
彼女は右手を、腰に帯びた剣の柄にかける。
(角には角、牙には牙…剣には、剣)
引き抜く。
キャプテン・ルーガに贈られた片手剣を、彼女ははじめてその鞘から解放した。
彼女の親友が贈った、「敵」を屠るための剣…
エルレーンも得物を構えたことで、相手も少しばかり落ち着きを取り戻したようだ。
お互いに距離を取り、間合いを計っている。
じりじりと。
そのさなかで、彼女は―改めて、今眼前に在る男の姿を見た。
…かなり上背がある。
黒い鉄の鎧のようなものを着ているが、その重さすら彼にとっては紙子細工ほども感じないのではと思えるほどに筋肉質な肉体。
彼が手にする大剣も、相当の重量があろうが…先ほどの一撃の鋭さからすると、油断はできない。
こちらのほうが遥かに身は軽いだろうが…逆に言えば、相手の間合いに捕まったらおしまいだ!
「…」
わずかに、ほんのわずかに。
彼女はその時、後ずさりをした。
彼女を押し返したのは、一体何か…
戦うための「兵器」として造られ、そして今まで「ハ虫人」をあやめてきた彼女を。
―それでも、彼女は逃げるわけにはいかない。
柄を握るその手に力を込め、返礼に男をねめつけかえす。
びゅおお、という、低い風の音が、唸った。
「…はあああああああッ!」
「く…ッ!」
先に静寂を破ったのは、男の咆哮だった。
雄たけびとともにうちかかってくるその剣撃を、エルレーンは刃で受け流す!
「…!」
その得物が大業物ゆえ、男の動きは…思ったとおり、俊敏ではない。
しかし、その一撃はやはり豪腕の放つもの。
エルレーンの両腕に伝わる強烈な衝撃が、びりびりと伝わる振動となって彼女の筋肉にダメージを与える。
だが、彼女に怯む隙など許されない。
次々に襲ってくる大剣から必死に身をかわし続ける…
「…ッ!」
十数回の切り結び。
剣と剣が交錯し、火花を散らす…
十数回の切り結び。
繰り出された大上段からの剣撃を、エルレーンは受け止めた―
だが、その最後で、とうとうエルレーンは体勢を崩してしまった。
その機を逃すことなく、キャプテン・ラグナはその強力を剣に加える…
勢いにのまれ、エルレーンの右ひざが地を擦る。
なおも押しかかってくる重圧に、彼女は必死で耐える…!
「ふ、ふははは…どうした、No.39…もう終わりかああ!」
「…〜〜ッッ!!」
ぎりぎり、と、剣がか細い悲鳴をあげている。
キャプテン・ラグナの剣が、じりじりとエルレーンに近づく。
エルレーンは、その剣を押し返すように、決死の表情で耐える。
全身全力でそれに抗する―!
…と、男の表情に、わずかな変化が生まれた。
「…ほう、粘るな。潔くこの刃にその首差し出せばいいものを」
「そ…そんなこと、ッ…で、きない…!」
「…『できない』、だと?」
その途端、だった。
キャプテン・ラグナの形相が―変わった。
そこに生まれたもの―壮烈な憤怒。
エルレーンは、その唐突な変化に驚くことすらできなかった。
剣にかかる重圧が、さらに増したからだ。
「…ッ?!」
「『できない』…貴様は今、『できない』と抜かしたのか…『できない』、と!」
「く、くああッ?!」
「『できない』?!死ねないというのか?!貴様は死ねないと抜かすのか!」
「…!」
怒号が、エルレーンを罵る。
頭上から、怒りに満ちた男の声が、降る。
血を吐くかのような、それは凄まじい怒り。
歴戦の戦士たるエルレーンを怯ませるほどの、気迫に満ちた…
その声音には、どこかやりきれなさめいたものも込めて。
キャプテン・ラグナは、とうとう吐き捨てた―
「…ルーガ先生を!ルーガ先生を死に至らしめておいて!当の貴様は死ねないと抜かすのかッ!」
「!」
鈍い、激痛。
吐き捨てると同時に、男の爪先が、エルレーンの腹部を思い切り蹴り飛ばしたのだ。
軽量のエルレーンは、まるで人形のように勢いよく吹っ飛び、地面に転がる。
砂埃にまみれながら、強烈な痛みをこらえながら、エルレーンは立ち上がる…
しかし、今の一撃は、相当に彼女を傷つけた。
えぐられたショックが、後から追ってくる―
大地に再びくずおれる。咳き込む。唇から、胃液がこぼれ落ちた。
異種族とはいえ、自らより明らかに幼くあどけないか弱い少女が身をよじらせ苦しむさまを、キャプテン・ラグナは―
何の感情も浮かべない瞳で、ただ、見ていた。
「…」
「…」
何とか立ち上がり、口をぬぐうエルレーン。
先ほどの男のセリフが、彼女の脳裏にいまだ鮮明に残っている―
男は、言った。
「ルーガ先生」、と。
「あ…なたは、ルーガを…」
「…」
「!…そうか、あなたは、あの時の…!」
「…ふん、覚えているのか。そうだ、貴様とは一度、会ったことがある。…ルーガ先生の御前でな」
「…」
至極つまらなそうに、キャプテン・ラグナは言い放った。
そう。
そうだ。
その、「ラグナ」という「名前」は―聞いたことが、ある。
あの昔、遠い世界、あの恐竜帝国マシーンランドで。
かつて、あの場所で―
キャプテン・ルーガと訓練をしていたときにあらわれた、あの「ハ虫人」の若者だ!
だが、今目の前に在る男は、それよりかなり齢を経ていた。
そしてその分、強くもなったのだろう。
エルレーンの消えない記憶の中に在る姿とは、ずいぶんと変わってしまっていた。
大剣を弄びながら、ラグナは淡々と告げた。
「ならば、わかるな。何故私が貴様を殺さねばならんか、が」
「…」
エルレーンは、答えられなかった。
「さあ、No.39。その四肢、その頭蓋、この剣で皆断ち切ってくれよう。
臓物をぶちまけ、野ざらしに朽ちるがいい。…それが、」
ぎりっ、と、エルレーンをねめつけるその眼光の鋭さ。
それは、まさしく―殺意そのものだった。
「『裏切り者』の『兵器』の分際で、ルーガ先生を再び死に追いやった貴様にふさわしい死に方だ!」
大剣の刃が、ぎらついた。
風が、耳鳴りのようにごおごおとやかましく響く。
―男が、一歩、前に出た。
思わず―少女は、一歩、退いていた。
「う…!」
「ふん…!」
嘲りの笑みを憤怒の上に塗りつけ、キャプテン・ラグナが得物を射すくめる。
そして―剣を、大きく振りかざした。
「さあああああこれで仕舞いだ!死ねNo.39ッッ!!」
「…〜〜ッッ!!」
激しい金属音。
受け止めた剣に、凄まじいGがかかる。
再びじりじりと押されていくつばぜりあいに、少女の劣勢が見える。
エルレーンの顔に、恐怖と焦りが走り抜ける。
彼女の透明な瞳に―涙が、浮かんだ。
しかし、その瞬間だった。
「エルレーンさんッ!」
突如鳴り渡った、焦りと緊迫感に張り詰めた、その声。
鋭いその叫びは、確かに…彼女の「名前」を呼んだのだ!
「?!」
突然の横槍に、キャプテン・ラグナは思わずそちらに視線を走らせた―
エルレーンを押す剣の力が、一瞬弱まる。
明らかな、明らか過ぎるその隙を見逃すほど、エルレーンは迂闊ではない。
「ぐ…ッ!」
「!」
一瞬、そのわずかな瞬間にのみ、全身の力を凝集させる。
しなやかな身体のばねを最大限に働かせ、彼女は大きく跳ねるようにして、全力で剣を振り払った!
キャプテン・ラグナがそれに気づいた時には、もう遅すぎる。
自分を押しつぶし斬ろうとしていた大剣から逃れたエルレーンは、素早く後方に跳ね飛んでいた。
キャプテン・ラグナは再びその剣の切っ先を彼女に向けんとしたが―
「!」
自分の足元を鋭くえぐった銃弾が、それを阻んだ。
銃を突きつけ、油断なき目でキャプテン・ラグナを睨みつけているのは―剛健一!
「動くな!」
「…」
健一はそれだけ短く言い放ち、なおも白煙をたなびかせている銃口を、まっすぐキャプテン・ラグナに向けて威嚇する。
キャプテン・ラグナは、不快そうにかすかに眉根を寄せたが…それでも、静止したままでいる。
「大丈夫ですか、エルレーンさん?!」
「健一君…!」
「…」
「動くなと言っているッ!…さあ、エルレーンさん、こっちに!」
「…」
思わぬ助勢に、エルレーンの表情が戸惑いと喜びの混ざったようなもので彩られる。
健一の言葉に、はじかれたように彼女は健一のほうに動いた。
―その視線だけはキャプテン・ラグナから外さず、一定の距離を保ちながら。
…と、キャプテン・ラグナの顔に、別の表情が生まれる。
嘲笑じみた笑みを唇の端に浮かべ、彼は手にしていた大剣を再び鞘の中に収めた。
「ふん…よかろう。この場は退いてやろう」
「…」
「そのうち、戦場で合間見えることになるからな」
見下す視線には、余裕の色。
キャプテン・ラグナは、薄く笑みながらそう言った。
「な…お、お前、何を言ってるんだ?」
「我らは、」
惑う健一に、男は不敵に笑み―
そして、高らかに宣言した。
「我ら、『ハ虫人類』は…『大気改造計画』をほぼ完成した!」
「?!」
「…!」
「後は、マシーンランドを地上に浮上させ…実行するだけだ!」
「…な、んだって…」
「とうとう…!」
「くっくっく…この地上が我々『ハ虫人』のものになる日も、遠くはないということだ」
「大気改造計画」。
「ハ虫人」たちの最終目的、地上進出を可能にするための大計画。
地球の大気を「ハ虫人」たちに都合のいいモノに造り替え、「人間」を抹殺するための―!
彼らが秘密裏に進めていたその計画は、とうとう実行する段階にまで為ったのだ。
青ざめる健一とエルレーン。
もしその計画が実行されたら―その時こそ、この世界は…!
が、その時。
キャプテン・ラグナの表情から、にわかにその勝ち誇った笑みが消え失せた。
エルレーンを見やる。
その眼光の鋭さは、そのままに。
「…だが、忘れるなNo.39。貴様は、私の手で必ず殺す。…それが、」
押しつぶされたような、低い呪いの声。
死刑宣告。殺意の楔。
「…ルーガ先生から受け継いだ、『正当なる』!恐竜剣法の伝承者としての義務だ!」
「!」
「正当なる」、というフレイズに、キャプテン・ラグナは吐き捨てんばかりの勢いを込めた。
その時、エルレーンに投げた彼の視線の尖鋭さ―
「ハ虫人」が「人間」に向ける憎悪と嫌悪のそれであり、そしてそれ以上の何か。
自分がまともに息を吸っていない、それにエルレーンがはっと気づいた時には、もうすでに彼女は悟っていた。
―彼女は、怖じたのだ。
「!…ま、待て!」
「だめッ!」
「え、エルレーンさん?!」
だから、去り行く男を追おうとした健一を、惑いすらせず引き止めた。
「追っちゃ、だめ…殺される」
「…エルレーンさん、あいつは一体…?」
「…」
健一の言葉にも、エルレーンは何も答えない。
何も答えないまま、彼女は去り行く男の背中を間断なく見つめ続けている―
やがて自分を殺しにあらわれる、その男の背中を。




その姿が吹き荒れる砂嵐に消え失せるまで。
確実に、その姿が消え失せるまで―





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