--------------------------------------------------
◆ Revelation
--------------------------------------------------
「くっ…囲まれたか?!」
「大丈夫か、ゲッターチーム?!」
「え…ええ!」
母艦、アーガマからの通信にそう答えるリョウ…
だが、形勢は不利極まりない。
いくら強力な機体、ゲッタードラゴンであっても、機動力のある敵多数に一気にかかってこられては…回避力には劣るドラゴンでは、攻撃を受ける一方だ。
ある日、機械獣たちの群れに遭遇したプリベンター。
各機出撃し、人工知能による自動操縦で襲いかかってくる機械獣どもと戦う…
その戦場で、リョウの駆るゲッタードラゴンは危機に陥っていた。
5体もの高性能爆撃機型機械獣・ジェノサイダーF9に、ゲッタードラゴンのまわりを取り囲まれてしまったのだ。
「リョウ!ライガーに変形して、離脱しよう!」
「!…そうだな!…よし、オープン・ゲェェット!」
ベンケイの案に応じ、合体解除するリョウ。
…ここは一旦、スピードに優れるゲッターライガーになって離脱し、仲間たちと合流しておくのが得策だ、と。
「チェーンジ・ゲッターライガーッ!スイッチ・オォオォンッ!」
そして、今度はハヤトが自身の操縦するゲッターライガーへの変形を行おうとした。
が、その合体の瞬間…合体完了したばかりのライガーめがけて、5体のジェノサイダーF9が…一挙に大量のジェノサイダーミサイルを発射した!
「?!」
「しまっ…」
ハヤトが操縦桿をぐっと押し倒す。緊急回避の姿勢をとろうとする…が、その刹那。
閃光が走った。強烈な振動がゲッターライガーを揺さぶる…
「がぁあぁぁああぁっ…?!」
そして…ライガー号、ポセイドン号の通信機を、苦痛にあふれた絶叫が揺さぶった…!
「?!…リョウ?!リョウッ!」
「こ、コックピットを直撃したのか?!」
そう、その避けきれなかったミサイルの一発が、ゲッターライガーの脚部を…
しかも、その脚部を構成するドラゴン号のコックピット、まさにその部分に着弾したのだ!
「べ、ベンケイ!リョウを!」
「あ、ああ!」
すぐさまベンケイはポセイドン号のコックピットから出、ゲッターライガー内の内部通路をつたい、リョウのいるドラゴン号のコックピット…ライガーの脚部に向かう。
「リョ…?!」
ドラゴン号のコックピットに飛び込んだベンケイは、目の前に広がる光景に思わず言葉を失った。
…コックピットの右側面に、風穴が開いていた。
ミサイルがぶち当たった壁面は砕け、無残な様子をさらけ出している。
その衝撃で破壊されたコンソールからは、ところどころでばちばちと火花が散っている…
あまりの惨状にしばらく放心していたベンケイであったが、ようやく為すべきことを思い出した。
操縦席に駆けより、彼はリョウの安否を確認しようとした…
彼の目に映ったのは、意識を失ってシートにぐったりともたれこんでいるリョウの姿。
爆発のあおりで吹き飛んだ破片が、彼の身体を数箇所切り裂いている…
しかし、彼は確かに生きていた。
それに、その切り傷もほとんどはかすった程度。あれだけの被害にしては奇跡的とも言えるほど、軽症だった。
だが、最もひどいのは、右胸の傷。
何かのパイプらしき細い鉄片が、ざっくりと彼の胸を刺し貫いていた。
そこからは、ぽたり、ぽたり、と、鮮血が滴り落ち、床に赤い水たまりを作っている…
慌ててベンケイがそれを抜こうとする…
すると、そんなに深くまで達してはいなかったのか、拍子抜けするほどあっさりとそれは抜けた。
とがったパイプの先から10cm程度、彼の血でべったりと濡れている。
…だが、その途端、リョウの身体がびくんと跳ねる。全身に走ったショックで。
「り、リョウッ?!」
「…」
大声で呼びかける。だが、彼はそれに答えることはおろか、目を開くことさえせずに…
「は、ハヤト!早く、早く離脱してくれッ!リョウが、リョウが…!」
ベンケイが必死になってハヤトに叫ぶ。
腕の中で気を失っているリョウ。
右胸の傷からは、今だ止まることなく血が流れつづけている…

その場から離脱し、母艦に帰還したゲッターチーム。リョウはすぐさま医務室に運ばれた…
「リョウ、しっかりしろ!」
移動用ベッドに横たわるリョウに、甲児が必死に呼びかける。
…が、彼からは何の反応も返ってこない。
忍や豹馬たちも、険しい表情で彼を見ている。
彼の容態が心配で医務室に集まった仲間たちは、皆不安げな顔で彼の様子を見守っている…
そして、今医師によって彼の傷の治療が行われようとしていた。
「とにかくこの傷だ!早く縫わないと…」医師が、傷の縫合を行うために、彼の着ているパイロットスーツを取り去ろうとした。
傷口の周りは、既に固まりかけた血がこびりつき、赤黒いしみが広がっている。
「…!!」
ベッドサイドにいたハヤトは、その作業を一旦手伝おうとした…
だが彼は、そうしようとして…はっと気がついた。
その事態が、とてつもなく都合の悪いことに。
医務室には今、リョウの「秘密」を知らない仲間がたくさんいる…
このままでは、彼の「秘密」を見られてしまう!
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
唐突に、慌てた声が医務室に響いた。
…それは、ハヤト。
彼は、パイロットスーツを脱がせようとする医師の手をつかんで止めている。
リョウの治療をしようとする医師を止めるハヤトに、皆がいぶかしげな視線を向ける。
「な、何だよハヤト?!」
「い、いや、その…」
が、ハヤトは理由をどう説明していいものかわからず、惑った。
…このままでは、リョウの「秘密」がバレてしまう。だが…どうすればいい?!
しかし、彼の「秘密」の事などなにひとつ知らない甲児たちは、何故ハヤトがそんなことを言い出すのかまったくわからない。
ベンケイも同様だ。
何故ハヤトはリョウの手当てをするのを止めようとするのか、彼も理解できない。
「早くリョウの傷の手当てをしないと!」
言いよどむハヤトにそう怒鳴りつけ、ベンケイは率先して医師の手伝いをし始めた。
ハヤトが止めようと手を出そうとしたが、振り払われる…
そうこうしているうちに、医師とベンケイは血まみれになったパイロットスーツの上半身部分をなんとか脱がせた。
…が、その下に、何故か彼はスポーツ用のサポーターをつけている。
その右胸部分には、突き刺さったパイプで出来た傷口から染みた血液で、赤い模様が出来ている…
一旦戸惑ったものの、医師はそのサポーターのボタンをてきぱきとはずしていく。
一つ、二つ、三つ…
そして、最後の四つ目をはずした時だった。
ぱちん、と軽い金属音がして、サポーターは外れた。
その途端、彼らの目に…とんでもないモノが飛び込んできた。
そこにあるはずのないモノ、「男」にはないモノ…だが、明らかに、それとわかるモノ。
拘束を解かれた途端、ゆらっ、と、それは揺れ動いた。
「…?!」
一瞬、皆息を飲んだ。
サポーターの奥に隠されていた、リョウの身体…
その胸は、「男」ではありえないほどのふくらみを持っていた。
いや、そうではない…それは、「女性」の乳房そのものではないか?!
「え…?!」
「…な…こ、これは…?!」
絶句するベンケイたち…その目は、リョウの白い胸乳に釘付けになっている。
「…」
ハヤトは、何も言えず…ただ、目を伏せた。
「…な、なあ、ハヤト、ベンケイ…」
「ど、どうして…リョウに、おっぱいが…あるんだ?」
「…さ、さあ…お、俺にも、さっぱり…」
ベンケイは、心底わからない、というふうに首をふる…
困惑しきった彼の視線は、リョウを見下ろしている。
彼の呼吸に合わせて、ゆっくりと上下するきれいなバスト。やわらかそうな、二つのそのふくらみ。
…自分と同じ「男」のはずの、ゲッターチームのリーダー、自分の親友の…ありえない姿。
「…」
「…!…と、ともかく!男どもは出てってくれ!さあさあ!」
…と、患者が「女性」であることがようやく理解できたのか、手を叩きながら大声を出す医師。
男を医務室から追い出そうとする。
「え、あ、ちょ、ちょっと…?!」
「治療の邪魔だ!さあ!」
「は、ハヤト…」
「…ハヤト君、ベンケイ君。君たちもだ」
「…はい」
医師に促され、ハヤトとベンケイも医務室をでた…背中でドアがぱしっと閉まる。
「は、ハヤト…」
「こ、こりゃあいったいどういうことだ?」
「リョウの奴…」
「『女』だったのか?!」
ざわめきが、追い出された男たちの間で広がり始めた。
はじめは小声で、だがそのうち興奮と動揺のあまり、どんどんその声が大きくなる…
「…」
ハヤトは沈痛な面持ちで、彼らが困惑しきりにその事実をしゃべっている様を見ていた。
この様子では、もはやダメだろう。
リョウの「秘密」は、すぐにこの艦内全ての人間の知るところとなる…
そのことをリョウが知ればどうなるか、彼の痛々しい反応はすぐに思い浮かぶ…そう、昔のように。
その彼のそばで、ベンケイはただ立ち尽くしていた。
ゲッターチームでありながら、このことについて何も知らされていなかった彼。
今自分が目にしたモノ、今まで一緒に暮らしてきた「仲間」の…とんでもない姿。
彼は立ち尽くしていた。
頭の中がいろいろな思考でぐるぐる回って、もう何もまともに考えられずにいた…

それから…数時間後。治療を施されたリョウは、あれからそのまま医務室のベッドに寝かされていた。
一番深かった右胸の傷も、幸運にも当たり所がよかったのか、割とスムーズに処置が済んだ。
「…ん…」
「!…気がついたか、リョウ」
医務室に響いたのは、ハヤトの声だ。
「…お…俺、いったい…」
「さっきの戦闘で怪我して気ィ失ってたんだよ、お前さんは…」
「そう、なのか…?」
「…」
「くっ…」
何とか上半身を起こそうとするリョウ。身体に走る軽い痛みに顔がゆがむ。
「お、おい!…大丈夫なのかよ?」
「あ、ああ…」よろめいた彼の身体を、ハヤトが支えようとする…
だが、その手を払い、何とかリョウは上半身を起こすことが出来た。
だが、その拍子。
ばさっ、と衣擦れの音をたて、彼の身体にかけてあった毛布が落ちる…
彼は、負傷した部分にふと目をやった…
「?!」
さあっ、と血の気が一気に引いていく。
負傷した箇所はもちろん、胸全体を包み込むように、ぐるぐると包帯が巻かれていた…
自分の上半身を覆っていたのは、ただそれだけ。
…当然のことながら、いつも身につけていたあのサポーターは取り外されている。
そして、そのサポーターが隠してくれていた、自分の「女」の部分が…包帯に覆われてはいるが、はっきりと外からも見て取れる!
ゆるやかなカーブを描く身体。
もともとそんなに大きくもなく、包帯がまとわりついてはいるが、それでも…見た者はそれを「乳房」だと言わざるを得ない、胸元…
「男」であるはずの、流竜馬にはあってはならないモノ。
「…」
動揺の様子もあらわなリョウをちらりと見やり、ハヤトは…何も言えず、目を伏せた。
「なッ…こ、これ…!」
「…リョウ君」
「!…ブライト、艦長…!」
ベッドサイドからかけられた声に気づき、顔を向ける…
ベッドの脇に置かれた椅子には、いつのまにかブライトの姿があった。
「…リョウ…」
「ベンケイ…」
…そして、その隣にはベンケイ…ゲッターチームでありながら、彼の「秘密」を知らなかった、知らされずにいた仲間がいた。
「…」
「…バレちまったんだよ、リョウ…」
「ハヤト…」
「すまねぇな、俺にも何とも出来なかった」
「…」
そう言ってため息をつき、詫びるハヤト…
だが、リョウは力なく首をふるだけ。
もはや、自分の「秘密」は明るみに出てしまったのだ。
…まさか、こんなことでバレるとは…
「リョウ君…」
「…はい」
困惑を隠し切れない様子のブライトが、穏やかに彼に問い掛ける…
リョウも、覚悟が出来たのか、それとも諦めがついたのか、弱々しいながらも彼を見返し、うなずいた。
「皆、先ほどから大騒ぎだ…私も、いまだに信じられない」
「…」
「聞かせてくれるか?…何故、『男性』を装って…」
「…装ったつもりなんてありません」
「…?!」
「…俺は、『男』なんです。…ただ、身体が『女』ってだけで」
「え…」
「俺は…俺の実家は剣道の道場やってるんです。だから、父はどうしても後継ぎが…『息子』が欲しかったんです。
…でも、なかなか子どもが出来なかった。だから、父は…子どもが生まれたら、とにかく『息子』として育てようとしたんです。
…生まれてきたのが『女』だろうが、ね」
そうして、リョウはぽつぽつと話す…自分の出生の秘密を。
「…」
「それで…一番最初に生まれたのが、俺。…だから、俺は…『流竜馬』。『男』として戸籍も作られてる、流竜作の長男ですよ」
「戸籍上も…それでか」
それで、ブライトは納得がいったというような顔をした。
…ロンド・ベル隊に入隊する際、彼らクルーの経歴チェックが行われていた。
それにもかかわらず、「彼」が「彼女」であったことがバレずにいたのは…つまり、データ上では彼はれっきとした「男」だったからなのだ。
「ええ…俺は」
大きく息を吸い、リョウははっきりと言った。
まるで、宣言するように。
彼らに、そして自分自身に言い聞かせるように。
「子どもの時からずっと『男』として育てられてきたし、これからだってずっとそうです。…だから、それだけのことです」
「し…しかし」ブライトが戸惑った声をあげる。
「…そのままでは艦で生活していく上で、何かと不都合も…」
「ありません」だが、リョウはすぐさまそれを否定した。
「そ…そうか?!」
「…ええ。…だって、誰も気づかなかったじゃないですか」
思わずすっとんきょうな声をあげたブライトに、くすり、と彼は笑って見せた。
「!」
「今までだってそうでしたけど、バルマー戦役の時だって…誰も、気づかなかった。
…それに、俺は今までもこうやって暮らしてきたんです。
誰にもわからないようにすることなんて、そんなに難しいことじゃない…多少、気は使いますけどね」
そう、自分が今のように、他の仲間と同じ艦で長期間生活するのは、これが初めてのことではない。
以前のバルマー戦役でも、かなりの長い時間をそうやって過ごしたが…誰も、自分が「女」であることに感づくことはなかった。
流竜馬は「男」である、という皆の(当然ともいえる)思い込みと、後はちょっとした生活上の工夫…
それさえあれば、何も難しいことではなかったのだ。
「…そうか…君自身がそういうのなら、そうなのだろう…」
「ブライト艦長。…俺は…」
「…リョウ君」リョウの表情に、再びふっと影がさす…
しかし、彼のセリフをさえぎって、ブライトは真剣な目で彼を見つめ、静かに口を開く。
「私も…やはり、困惑していると言わざるを得ない」
「…はい。わかっています」
「だが…当の君が、そういうのなら…その意思を最大限に尊重するつもりだ」
しかし、ブライトは不安げなリョウを安心させるように、きっぱりとそう言った。
…「男」であれ、「女」であれ、彼…流竜馬は、ゲッターチームの有能なリーダーであり、勇気あるパイロットであることには変わりないのだ…
それに、彼の思いを否定したところで何になるだろう?
それこそ、リョウを追い詰め苦しめるだけに過ぎない…
「!…ありがとうございます」
「だが…本当にいいのか?…何も、手を打たなくても?」
「ええ。…特には何も、必要ないです」
「そうか…」
リョウの言葉に、うなずくブライト。
彼が現状維持を望むなら、その希望を通してやるのが一番いい…
…と、今まで黙ったままに彼らの会話を聞いていたベンケイが、ようやく口を開いた。
「…なあ、ハヤト」
「…」
「あの時、止めたってことは…お前は、知ってたんだな」
「…ああ。…前にも一回、リョウが意識不明で入院したことがあってな。その時に」
それは、自分たちゲッターチームが恐竜帝国と戦っていた最中の出来事だった。
悲劇的な、あの戦い…リョウがあの戦いで意識不明に陥ったことによって、自分たちは彼の「秘密」を知ったのだった。
そして、それは当然、その時はゲッターチームではなかったベンケイの知るところではない。
「そうかよ…」
「…ベンケイ」
リョウが、ベンケイの顔をまっすぐ見つめ…彼の名を呼んだ。
「…」
だが、ベンケイは床に視線を落としたまま、答えないままでいた。
「…悪かったな、今まで黙ってて」
「…」
小さな声で、今まで自分の「秘密」を隠していたことをリョウは詫びた。
それでも、ベンケイは顔を上げないまま…
だが、ふっと目を上げた時、飛び込んできたリョウの表情を見て…胸を突かれるような思いがした。
リョウは、ひたむきに自分を見つめていた。
そして、真剣なまなざしで言い放つ…
「でも…これが、俺だから」
これが自分なのだと。
「女」であり、「男」…これが、流竜馬なのだと。
「…!」
「気持ち悪いと思われても仕方ない。おかしいと思われても仕方ない。でも」
かすかに震える声で、しかしそれでもリョウは言う。
まるで独り言にも思えるような、そのセリフを…
「でも、これが俺だから…」
「…」
リョウは、自分をまっすぐに見つめていた。
きっと唇を結び、ただひたすらに。
…リョウの目に、うっすらと涙がうかんでいるように見えたのは、きっと気のせいではないのだろう。
だから…まるで、哀願しているように見えたのだ。
「俺を見捨てないでくれ」
そう言っているように見えたのだ…

「…」
「…!」
「ねえ…」
「…ああ…」
食堂、カレーライスの乗ったトレーを手にしたリョウ。その場にいる誰の視線も、彼に集中していた。
それは疑惑の視線、当惑の視線、驚愕の視線…そして、好奇の視線。
適当な席につき、食事をはじめようとしたとき…ようやく、リョウは自分の身体が緊張でがちがちに強張っていることに気づいた。
「…」
痛い。
突き刺さるような、皆の視線が痛い。
当然のことだろう、と自分に言い聞かせる。
自分だって、今まで「男」だと思っていた友人が、実は「女」だったなんて知ったら…とうぜん、そうなっちまうだろうから。
だが、もう隠しとおすことなど出来ない以上、自分にやれることはただ一つ…
落ち着いて、堂々としていることだけ。
ゆっくり息をつき、緊張に高ぶる鼓動を落ち着かせようとする…だが、スプーンを持つ手が、どうしても震えてしまう。
…そのリョウの姿を、誰もが遠巻きに見ていたが…やがて、甲児がおずおずと彼のそばに歩み寄った。
「…おい、リョウ君」
「…何だい」
「あ、あのさあ…お前、本当に…」
「…」
ぐっ、と息が詰まる。どう答えればいいのか、一瞬頭が真っ白になった。
だが、何とか答えようと口を開いた、その時だった。
がちゃん!
いきなり響いたその派手な音に、皆そちらのほうに目をやる。
…それは、ベンケイだった。いつのまにかやってきたのか、食物がいっぱい乗ったトレーをテーブルにおき、リョウの向かい側の椅子に陣取る。
その隣に、ハヤトも腰掛ける…
「!…ベンケイ…」
「いやー、お前一人で飯喰いにいっちまうなんて、薄情だぜ。俺たちも誘ってくれりゃいいのに」
「お、おいベンケイ!…お前は、知ってたのかよ?!」
「…いいや。今日、知った」
「?!」
その言葉に、まわりがどよめく。
「何でお前、そんな普通にしてんだ?!…お前の仲間が、『女』だったってんだぜ?!今まで『野郎』だって思ってた奴が!」
「…」
豹馬のストレートな、だが事実そのものの言葉に…いたたまれなくなったリョウは、ぎゅっと目を閉じた。
…ベンケイの反応、ベンケイの顔に浮かぶモノを…見たくなかったから。
真っ暗になった視界。
食堂のざわめき、そして目を閉じても感じられるどこかはりつめた空気の中、ベンケイがこういう声が聞こえた。
「…あー…そりゃあ、驚いたさ」
だが、それに続く言葉は、聞く者全てを本当に驚かせた。
「で…それが?」
「?!」
「え…?!」
思わず、リョウは再び目を見開き…ベンケイを見た。
…彼は、いたって普通だった。
いつもどおりの、のんきでマイペースな彼の顔。
「そ、『それが?』って、お前…だって」
豹馬は彼の言葉に心底驚いている。
いいや、彼だけではない。彼らの会話を遠巻きに聞いていた者たち、皆が驚いていた…
あまりにあっさりと、この受け入れがたい事実を受け止めているベンケイに。
だが、彼らの驚きなど何処吹く風、というふうを装って、彼はのんきな口調で続ける。
「リョウ自身が『自分は<男>だ』って言ってんだから、それでいいよ俺は別に。何か文句があるわけでもないし」
「…」
「ゲッターは性別で操縦するもんじゃないだろ。…少なくとも、俺よりゃ立派にゲッター動かしてるし、いいんじゃねえのそれで?」
当たり前のことだろう、とでもいうように、ベンケイはそう述べた。
…聞いている野次馬皆にそれが聞こえるくらいの大き目の声で。
「べ、ベンケイ…」
「それに」
と、ベンケイは、いたずらっぽい笑顔を見せ、こう言って見せた。
「…俺はリョウと恋愛したいってわけじゃないんでな…どうだっていいさ、そんなこと!」
「?!」
「…ふふ、あっはははは!」
唐突に、からからと快活な笑い声がおこる。
リョウが、笑っていた。
ベンケイのセリフに、冗談めかした彼の言葉に笑っている。
「り、リョウ…」
戸惑う周囲。だが、リョウはくすくすと笑って、ベンケイに言い返す。
「はは、ベンケイ…俺も、お前と恋愛なんてごめんだよ!」
「それはこっちのセリフだっての!俺はなんつーか、おしとやかでやさしい子がタイプなんだし」
「…ふふ…違ぇねえや!」
と、今まで黙って聞いていたハヤトもそれに加わる。
「ハヤト…」
「ま、そうだよな、ベンケイ…俺も」
「お前は『ボインちゃん』好きだからってんだろ」
「お前はミチルさんとよろしくやってろよ」
何か言いかけたハヤトの意見を先んじて封じる二人。
彼が言うであろうお決まりのセリフを先に口にして、たたみかけるようにそう言って…にやっ、と笑うリョウとベンケイ。
「!…お、お前らなあ…」
「事実だよなあ…なあ、ベンケイ?」
「なー」
「…」
…いつのまにやら、チーム内でわきあいあいと会話が進行していくのを、ぽかんと見ていた周囲。
「お、おい…」
「…で?…まだ、なんか文句ある奴ぁ、いるのかい?」
「…!」
ハヤトの言葉に、みなの顔つきがはっとなる。
…そんな彼らをぐるりと見回しながら、ハヤトははっきりと呼びかけた。
「…俺たちのリーダーに、なんか文句ある奴ぁいるってのかい?
…いるんだったら、遠慮なく言えよ。…俺たちが、相手になってやるぜ?」
「そうそう!」
ベンケイもにっ、と笑ってうなずく…
「!…ハヤト、ベンケイ…!」リョウの目に、自分の「仲間」が映る。
好奇の目で自分を見る彼らから、守ろうとしてくれている…!
二人に面と向かってそう言われ、どよめく野次馬たち。
…おずおずと、まるで言い訳でもするみたいな声が誰ともなくもれてきた。
「…い、いや…」
「文句があるってわけじゃ…」
…確かに、リョウが「男性」であろうと「女性」であろうと、彼がゲッターチームのリーダーであることには変わりないのだ。
それに、本来、他人がどうこういう問題でもあるまい…
そう真っ向から二人に指摘され、誰もが言葉に詰まってしまった。
「そうかよ?…なら、いいのさ」
ハヤトが彼らの反応を見ながら、軽く笑んでそうしめくくった。
ならば、その話はもう終わりだ…
やがて、彼らもざわめきながら…三々五々、散っていく。
リョウのほうを見やるものもまだいたが、それでも三人の周りを取りまいていた人の群れはばらばらに消えていく…
「…やぁれやれ、だ」ふっ、と短いため息をつき、ベンケイはトレーの食事に手を付け出した。
「…すまない、ハヤト、ベンケイ…」
「気にすんなって。…そりゃあ俺だって驚いたけどさあ。…でも、お前はお前だろ?」
ベンケイは、先ほどリョウが言った言葉を繰り返した。
そうして、人なつこい、人のよさそうな笑顔を見せる…
「!」
「ま、そのうちみんなも慣れるって。そう気にすんな?」自分の左肩に、すっと彼の右手が伸びてきた。
ぽんぽん、と、軽く肩を叩いてやる…心配するな、と。
「…あ、ああ…!」
「…おいおい、泣きなさんなよ、リョウさん」
彼らの言葉、やさしさが…じいん、と胸にしみる。
思わず涙ぐんできてしまったリョウを見て、ハヤトは先制してからかうように言った。
「…お前、泣くとまるっきり『女』っぽくなっちまうからな」
「!…へ、へへ…泣かねぇよ、バーカ!」
一瞬、そのからかいにきょとんとしたリョウだったが…
やがて、ハヤトの意図を理解したのか、こみ上げた涙をぐっとこらえて…そして、そう言ってにっと笑い返して見せるのだった。

そして、その日の夜。
自室のベッドに倒れこんだリョウは、今日一日のことを思い返していた。
…とうとう、皆に知られてしまった。
心に満ちるのは、虚脱感と…拭い去れないかすかな恐怖。
…だが、心のどこかが軽くなったことも、また確かだった。
ベンケイも、あっさり常識外れの…しかも、相手は今まで自分を欺いていたにもかかわらず…
自分を、親友として…そして、ゲッターチームのリーダーとして認めてくれた。
…こちらがむしろ驚いてしまうほどに、あっさりと。
今まで自分は、彼を偽ってきたというのに。
そのことは、彼に決して小さくはない希望を与えてくれた。
…今日は、好奇の目で自分を見つめていた、プリベンターの仲間たち。
彼らも、そのうち、いつかは…自分を、このままの自分を受け入れてくれるだろう。ベンケイのように。
だから、ショックと虚脱感はあるものの、ずいぶん冷静でいられる…
そして、もしそうでない時、自分が「女」であることに苦しまねばならなくなる時があったとしても、きっと自分は耐えられるだろう。
かつてあの女が自分に言ってくれた、あの言葉を信じていられれば…




『…リョウは、リョウだよ』

『…リョウが、<男>か<女>か、そんなことよりも前に…みんな、リョウが好きなんだよ…』





back