--------------------------------------------------
◆ reminiscence
(ゴールの回想…在りし日のキャプテン・ルーガとエルレーン)
--------------------------------------------------
「ははははは…!如何ですか帝王ゴール様!」
ガレリイ長官の誇らしげな声が、帝王の間に大きく反響する。
戦いの後、恐竜帝国マシーンランドは帝王の間。
憎きNo.39を打ちのめした快感に酔うガレリイは、ここぞとばかりに驕っていた。
「うむ…」
その得意げな様子を見ながら、帝王は短くそれだけ言ってうなずいた…
「しかし、驚くべきはキャプテン・ルーガ…
まさに剣聖、その剣の鋭さはいささかも衰えてはおりませぬな」
バット将軍も感嘆したようにそう口にする。
…だが、その当の功労者、キャプテン・ルーガはその帝王の間にはいなかった。
この戦闘で、最も多くの武勲を上げたのは彼女だと言うにもかかわらず…
「ん?…そう言えば、そのキャプテン・ルーガは何処に?」
「さあな…あの御仁のことじゃ、次の戦闘に向けて剣の訓練でもしているのではないか?」
「ふむ…」
ガレリイ長官に答えに納得したようだ。バット将軍は満足そうにうなずく。
「No.39め!『兵器』の分際でわしに逆らおうとするからこんなことになるんじゃ!思い知ったか!」
なおもNo.39…エルレーンに対し毒づきつづけるガレリイ長官。興奮のあまりか、息が荒い。
…そのままずっとそれが続きそうだったので、帝王は手でそれを制しながらこう言う。
「…ガレリイ長官よ、ご苦労であった…だが、奴らへの油断は禁物だ」
「…は、はい」
その帝王の言葉に、少々我にかえったガレリイ長官。
慢心をいさめられたことに気づいてか、表情が多少引き締まった。
「バット将軍、ガレリイ長官。次なる戦闘に向け、準備にかかるがいい…
我らには、無駄にしている時間はないのだ」
『はっ!』
下された帝王の命令に、二人は応じ…すぐさま帝王の間を出て行った。
それで、帝王の間に残されたのは帝王ゴールだけになった。
「…」
途端、人気を失った帝王の間。
そして、その玉座には無言の帝王。
彼が考えていたのは…やはり、先ほどの戦闘のことだった。
(No.39よ…)
こころの中だけでつぶやかれたそれは、何故か嘆息に似ていた。
(お前は、やはり…泣きながら戦うのだな…)
先ほどの戦いで、キャプテン・ルーガを前にしたNo.39…あの「兵器」の、あの絶望に満ちた絶叫…そして、涙。
彼はその涙に、かつてのNo.39を思い起こされていた…
自らのオリジナル・流竜馬と、泣きながら戦っていた、あの時の。
帝王ゴールの中に思い浮かぶNo.39。その全ては…悲痛な泣き顔ばかり。
泣き叫びながら、戦う姿ばかりだった。
だが。
帝王ゴールには、ぼんやりとした確信があった。
(だが…あの「兵器」は、笑ってはいなかったか…?)
それは、ゲッターチームとの最後の戦いの前…
メカザウルス格納庫で、あの「兵器」が最後に見せた微笑みではない。
哀しみを押し隠して、それでも笑うような…そんな哀しい微笑ではない。
もっと素直な、無邪気な子どものような笑い顔。
あのNo.39のそんな表情を、どこかで見たことがあるような気がしていた。
(わしは、それを見たような気がする…あの「兵器」は、どんな風に笑っていた?)
帝王はそれを思い出そうとした。
いつの頃だったか、それを見たことがあるはずだった…
そして、数分の後。
「…!」
彼の記憶は、ようやくそのことを思い出した。
(そうだ…あの時だ。あれは…)

それは、帝王の間から自室に戻ろうとしていた時のことだった。
夜はかなり更け、帝王は重い疲労感を感じながら廊下を歩く…自室で早く休もうと考えながら。
…と、訓練所の前を通りかかったときだった。
「…?」
こんな夜遅くにもかかわらず、扉の隙間から…誰かの声や、何かを打ち付ける音が聞こえてくる。
それに興味をひかれた帝王ゴールは、少しだけその扉を開いて中をのぞいてみた…
その広い訓練所の中にいたのは、たった二人。
キャプテン・ルーガと…そして、流竜馬のクローン、No.39だった。
二人は訓練用の剣を片手に、休むことなく剣を打ち合わせる。
「ていっ!はぁっ!」
No.39が、軽やかにステップを踏みながらキャプテン・ルーガに斬りかかる…
それを受け流しながら、指示を飛ばすキャプテン・ルーガ。
「…まだまだだ!私の動きをよく見ろ!…ほらっ!」
そう言いながら、彼女は鋭い突きでNo.39を牽制する…
「くっ!…いくよ、ルーガ!」
「ああ、来いッ!」
一旦その突きにひるんだものの、すぐさまNo.39は体制を立て直し、再びキャプテン・ルーガに向かっていった。
彼女もまたそれに応じる。
二人の間で無数の斬り、突きが交錯する…
(…ほう…)
帝王は思わず感嘆の吐息を漏らす。
こんな時間にすら訓練をしているというのも感心すべきことであったが、No.39があの剣聖、完全なる恐竜剣法の伝承者であるキャプテン・ルーガと互角に渡り合っていることにも驚いた。
さすがは「ハ虫人」より思考スピードにおいて勝る「人間」といったところだろうか。
「…よしッ!これで、最後だ!」
…と、キャプテン・ルーガがそう言い、右手の剣を振るう。
びゅん、と空を斬る大きな音をたて、No.39に向かう…
「たあッ…!」
真上から降りかかるその一撃を、No.39は剣をかかげるようにして見事に受け流した。
「…は、ぁあぁぁ…」
…その途端、気の抜けるようなため息とともに、へなへなと床に座り込むNo.39。
先ほどまで全身にみなぎらせていた闘志はあっという間に霧散し、さっきの戦いぶりがまるで嘘のように、ぽうっとした表情を浮かべている。
「…やはり、お前はどうも焦りすぎる気があるな…
いいか、エルレーン。
『人間』であるお前は、もともと『ハ虫人』の私などより、ずっと先を読んだ攻撃ができるはずなのだ。
だが、お前は少し…勝負を早めに決めてしまおうとするきらいがある」
そんなNo.39に向かい、アドバイスをするキャプテン・ルーガ。諭すような穏やかな声が訓練所に響く。
「…『きらいがある』…?」
「そういうクセがある、ということだ。
だから、まずは落ち着いて、相手の動きをよく見るんだ。
そうすれば、相手が次にどう動くかわかる…
そして、その攻撃を防御し、出来たその隙を突くのだ」
「…」
No.39は不思議そうな顔をして、キャプテン・ルーガを見つめている。
「完全なる防御、そこからの反撃…それで、相手を討つ。
それこそが、恐竜剣法の真髄なのだ」
No.39の瞳をまっすぐに見つめながら、語りかけるキャプテン・ルーガ。
己が剣、恐竜剣法の極意を伝えようとする…
「…完全なる、ぼうぎょ…」
「わかったか、エルレーン?」
「…え、えへへ…」
…だが、No.39はよく理解できなかったようだ。
問い掛けるキャプテン・ルーガに向かい、あいまいな笑みを浮かべてごまかした…
「…はは、まあ…すぐにわかれ、とは言わん。そのうち、わかるようになるだろう」
キャプテン・ルーガが、思わず軽く苦笑するのが見えた。
彼女は、自分を見上げるNo.39の頭にぽんと右手を置き…微笑みながら、くしゃくしゃとその黒髪をかきなぜた。
すると、そのNo.39は、実にうれしそうににっこりと笑った…
「…ふう…」
…と、ふっと身をひるがえし、ため息をつきながら身体を伸ばすキャプテン・ルーガ。
「ねえねえルーガ、この剣もう片付けていい?」
「ああ、いいぞ…」
No.39の言葉に背を向けたまま答える彼女…
それを聞いたNo.39は、床に転がっていた訓練用の剣を二本とも腕に抱え、保管場所に持っていこうと駆け出した…
…が。
「?!」
その足がうっかり踏んだのは…キャプテン・ルーガの尾の先端だった。
「つうッ…?!」
急所を踏まれたその途端、脳天まで激痛が駆け抜けていく。
悲痛な声をあげ、全身を強張らせるキャプテン・ルーガ…
その美しい顔が苦痛にゆがむ。
彼女は歯をくいしばってその痛みに耐えている…
「!…ご、ごめんなの、ルーガ!」
No.39は慌てて剣を放り出し、激痛にしゃがみこんでしまったキャプテン・ルーガに駆け寄った。
とてつもなくすまなそうな顔で、キャプテン・ルーガの顔を覗き込んでいる。
「え、エルレーン…お前なあ…
お、尾の無いお前にはわからんかもしれんが、尾は…は、ハ虫人にとっては急所の一つなんだぞ…」
「ご、ごめんなさい、ルーガ…」
痛みをこらえながらつぶやかれた彼女の言葉に、うなだれたまま小さな声で詫びるNo.39…
もはやNo.39は目に涙すら浮かべている。
「…ふふ」
が、その時。
何故か、キャプテン・ルーガが軽く微笑う声が聞こえた。
そして、No.39ににやっと微笑いかける。
「…?」
その表情の変化に、No.39が首を傾げたその途端だった。
「?!」
ひゅん、とNo.39のまわりを何かが取り囲んだ…
そして、それはくるりと身体に巻きつき、軽くNo.39を締めあげる。
それは、キャプテン・ルーガの長い尾…
その尾につかまり、身動きが取れなくなったNo.39はあっけに取られたような顔をしている。
そのままキャプテン・ルーガのほうに引き寄せられるNo.39…
いたずらっぽい顔をしたキャプテン・ルーガが、にやっと微笑った。
「!…きゃ、きゃははは!くすぐったい!きゃあ、あはははは!」
突如、はじかれたようにけたけた笑い出すNo.39。
…よく見ると、身体に巻きついたキャプテン・ルーガの尾…その先端が、No.39のうなじのあたりをくすぐっているのだ。
その感触に、たまらず身をよじらせる。
「ほらほら、どうだ?」
そのNo.39の様子を見ながら、からから笑うキャプテン・ルーガ。
「きゃは、あははは、やぁん!ご、ごめんってばあ!許してえ!きゃはははは!」
相当くすぐったいのか、目には涙すら浮かべながらNo.39は悲鳴をあげつづける。
だが、その顔には笑顔が浮かんでいる。
笑いながら泣くNo.39…
「反省したか、エルレーン?…?!」
そんなNo.39の頭をなでながらそんなことを言っていたキャプテン・ルーガ…
だが、何かを感じたのか、突如彼女の身体がびくっとなる。
刹那、No.39を捕まえていた尾を解き放ち、入り口のほうを振り返る…
「!」
…どうやら、自分がいたことを気づかれてしまったようだ。
「?!…て、帝王、ゴール様…?!」
彼女のほうも、帝王がいつのまにかそこにいたということに心底驚いているようだ…
というよりも、先ほどの自分の姿を見られてしまっただろうことに狼狽してしまっているようだ。
普段の冷静さが嘘のように、慌てた様子が外から見てもはっきりわかる。
「?」
突然解放されたNo.39は、床に座り込んだまま、そんな彼女の様子を不思議そうな目で見ている…
「て、帝王ゴール様…」
すぐさま片ひざをつき、慇懃な礼をするキャプテン・ルーガ。
だが、その声にはどうしようもなく困惑の色が混じる。
「…こんな時間にも訓練とは…熱心なことだな、キャプテン・ルーガ」
「は、はい、…そ、その…あ、あの、私は…」
「…?」
「こ、こら、エルレーン!お前もゴール様に礼をせんか!」
ぼうっとしていたNo.39に気づいたキャプテン・ルーガが、慌ててその腕を強く引いて礼をするように促す。
「!…は、はぁい!」
はっとなったNo.39は、急いでキャプテン・ルーガにならって礼の姿勢をとる…
が、どうやら帝王である自分の反応が気になっているようだ。
上目づかいでちらちらとこちらを見てくるのがわかった。
…その子どもじみた様子に、思わず帝王は苦笑した。
「…まあ、武術の訓練に怠りないのは感心なことだ。励むがよいぞ」
帝王はそれだけ言って、すっとその場から離れる…訓練所を後にした。
「はっ…」
キャプテン・ルーガの返答を背中で聞きながら。
「…」
廊下に立つ帝王ゴールは、背中越しに訓練場から響いてくるこんな会話を聞いていた…
「…ルーガ、どうしたの?」
「い、いや…な、何でもない…」
「ねえねえ!もう一回さっきのやってえ!」
無邪気な幼な子のような調子で、No.39がそんなことを言った。
「さ、さっきの、って…」
「しっぽで遊んで!あれもう一回やってえ!」
「き、今日はもう、勘弁してくれないか、エルレーン…
」そのおねだりに、弱りきったキャプテン・ルーガの声…
きっと、先ほどの自分を…No.39と戯れていた…見られた恥ずかしさと困惑で、その整った顔を染めているのだろう。
帝王ゴールはそんな彼女の表情を思い浮かべ、思わずふっと忍び笑いをもらしてしまった。
(…あの、キャプテン・ルーガが…あんなことをしておるのを見るとはな)
キャプテン・ルーガ。5つの奥義を全て会得した、完全なる恐竜剣法の伝承者…
若くして恐竜剣法を身につけた彼女は、異例のスピードでキャプテンの位を得た。
トップクラスに位置する実力、だがそれでいて奢り高ぶらない…誠実かつ気高い戦士。
それに加えて、その美貌…
そんな彼女は、一般兵士だけでなく、キャプテンたちからも憧れの的とされる女性だ。
しかし、彼女は己に課す厳しい規律を、どうしても他人にも当てはめてしまう。
それゆえ、彼女は誰からも尊敬されるが、同時に畏怖される「切れ者」として周りから見られていた。
その美しい容貌はそれに拍車をかけ、彼女に憧れる者をとりこにする。
だが、誰も彼女においそれとは近づけない。
強く凛々しい、高嶺の花。
結婚適齢期を迎えているにもかかわらず、なにひとつ彼女の浮いた噂を聞かないのは、そのせいなのだろう。
また彼女も色恋などにはまったく興味が無いらしく、淡々と職務、そして剣の道に励むのみ…
だが、先ほどのキャプテン・ルーガは、そんな彼女のイメージとはかけ離れていた。
No.39を相手に、楽しそうに戯れるキャプテン・ルーガ…
まるで、「母親」が「子ども」をあやすかのように。
(…兵士どもが見たら、さぞかし驚くであろうなあ…!)
そう思うと、帝王ゴールは笑いがもれてくるのが止められなくなってしまった。
どうやら、あの「兵器」をキャプテン・ルーガに託したのは…彼女自身にとっても望ましいことだったようだ。
はじめ、No.39の管理をするように命令した時は(No.0のせいもあり)戸惑って嫌悪感を示していたが…
今ではむしろ、彼女のほうがあのNo.39に入れ込んでしまっているようだ。
そのことに、思わずくすりと笑みがこぼれる。
帝王ゴールは、自分の部下の変わりよう…
そして、その原因であるNo.39、その二人の先ほどの光景を思い出し、心の中でこうつぶやいた。
(そうさのう…すっかり、あ奴の「母親」みたいなものになってしまっておるのう、キャプテン・ルーガ…!)

「…!」
その光景を思い出したゴールは、ようやくそのことに気がついた。
キャプテン・ルーガは、あのNo.39の「母親」同然…いや、「母親」そのものではないか、と。
そうだ。
はじめから、そうだったではないか…
あのNo.39の世話をしつづけていたのは、彼女。
地底で生きられないNo.39のため、「地上に自由に出られる許可を欲しい」と直訴してきたのも、彼女。
No.39に戦う術を教えたのも、彼女。
そして…No.39に「名前」を与えたのも、彼女…!
(何と、いうことだ…わしらは)
ゴールは嘆息した。
今まではっきりとは気づかずにいたその事実が、今やはっきりと胸に迫ってきた。
(「母親」をその「子ども」と戦わせ…戦えぬと泣くその「子ども」を見て、悦にいっておるのだ…!)
帝王はその事実をかみしめながら…沈痛そうに、瞳を閉じた。
そして、彼はそのまま黙考しつづける…
…数分の時が流れ、とうとう帝王は「答え」を出した。
それは、苦渋に満ちた…だが、正しいといえる、正しいと信じられる「答え」…「帝王」としての「答え」だった。
ばさっ、と暗紫のマントをひるがえし、帝王ゴールは玉座から立ち上がった。
そのまま彼は入り口へと向かう…帝王の間を後にする。
その瞳には、ある決心を浮かべて。
そして、後に残るのは静寂。
主のいなくなった帝王の間は、しいんと静まりかえっている…


back