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◆ A Photograph
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それから、十数日。
はじめのうちこそ、誰もがリョウに好奇の視線を向けていたが…それもだんだんと薄れていった。
そして、今ではすっかり、皆以前と同じような態度を取るようになっている…
内心はどうあれ、少なくとも表向きは。
結局、彼が彼であるということには変わりがないのだから…
リョウも最初のうちは神経を張り詰めさせていたようだが、自分を受け入れてくれたハヤトやベンケイの存在もあって、徐々に落ち着いてきた。
そして、全てがもとのように落ち着き始めた…
変わらない事実は、依然として残っていたけれども。

そんなある日。遅めの食事を終えたハヤトとベンケイは、連れ立って自室に戻るところだった。
…と、ベンケイの目の前に、少し前を歩くハヤトのズボンのポケットから、何かがぽとっと落ちてきた。
それは、黒っぽい革の札入れ。
「…ん?…ハヤト、財布…」
何気なくそれを拾うベンケイ。
その端をつまみあげると、二つ折りになるタイプのその札入れはぱらりと広がった。
その札入れの右側はカード入れになっている…そして、定期が入れられるようになっているスペースが、左側に。
カード入れには何枚かのカードがささっている…
そして、その中に三枚ほど、カードではないモノが混じっていた。
…どうやら、写真のようだ。
(お…これって、ハヤトの姉さんとオヤジさんの写真か)
その三枚を取り出してみる…
一枚は、ハヤトと女性、そして壮年の男性が三人で写っている写真。
以前彼は父親とは仲が悪かったらしいが、ある事件がきっかけで和解したのだ。
それは、そのときの写真のようだ。
(で、…うわ、こいつ、こんな写真いつ撮ったんだろう?!)
二枚目は、何とミチルの写真…
椅子に腰掛けた夏服のミチルが、こちらに向かって笑いかけている…カメラ目線で。
好きな女性の写真を戦場に持ち歩くとは、何となくハヤトのイメージにあわないが…まあ、ほほえましくていいかもしれない。
普段クールすぎるくらいクールだから。
そして、三枚目…
ぺらりとミチルの写真を繰った次の瞬間、ベンケイの目は点になった。
「…お、おぉぉぉおぉぉぉおっっ?!」
「?…どうした、ベンケイ?」
いきなり後方であがったベンケイの叫びに、振り向くハヤト。
…彼は、自分の財布片手に(いつの間に?!)、もう片方の手にはその中に入っていたはずの写真をもち、固まっていた。
「え、こ、こ、こ、これ…」
震える指で、三枚目の写真を…その中に映っている人物を指差す。
まんまるになった目が、彼の驚愕ぐあいをよくあらわしている。
その写真には、紺碧の夜空。そして、緑の草原。
それらをバックにして、一人の人物を写したモノだった。
その人物の顔は、彼のよく知っている人物…ゲッターチームのリーダー、リョウのものだった。
…が、とんでもないことに、彼は…恐ろしいほど露出度の高い、色っぽい格好をしていた!
胸を覆うのは、まるでどこかのイケイケ姉ちゃんが着ているような、黒いビスチェ。
もちろん、その丈は短く、おへそはまるだしの上、細いウエストがさらけ出されている。
そこからゆるやかなカーブを描く腰には、黒いショートパンツ…やはり、それも太ももの半分くらいまでしかない。
後、彼が身につけているものといえば…黒いショートブーツ。
そして、奇妙なことに、腕には手甲のようなモノを身につけている。
この間見てしまった、彼の半裸姿がフラッシュバックする。
…その身体のスマートさ、スレンダーさを強調するようなこの格好…
あまりに奇抜で過激、そして「俺は『男』だ」と言っていた彼自身の言葉に思いっきり相反する、どうしようもなく「女」の色香が際立ってしまう格好だった。
「…!」
「り、り、リョウだよな、これ?!な、なんちゅうカッコしてるの?!」
「あー、それは…」
上ずった声でそうまくし立てるベンケイ。
ハヤトがそのことについて説明しようとした矢先にも、興奮と混乱の言葉を口走る。
「あ、あいつ、『身体は<女>だけど、自分は<男>だ』っていってたじゃん!
何?!こ、このカッコ何?!…お、お、俺、もう、あいつのことわかんねー!!」
「落ち着けって、ベンケイ…これはリョウじゃねえよ」
そんなベンケイの狼狽ぶりを見ながら、そう言ってハヤトは軽く微笑った…
「へ?!…だ、だって…」
「リョウじゃねえよ、本当…ふふ」
「そ、そっか…じ、じゃあ、ふ…双子の、『妹』さん…とか?…でも、そんな話聞いてなかったけど」
「…まあ、そんなかんじなんだけどな」
ベンケイの言葉に、あいまいに答えるハヤト。
「?」
ベンケイの手から財布を取ったハヤトは、その写真を取り出し…ベンケイに見せながら、軽く笑って見せた。
「こいつは…俺たちの、昔の…『トモダチ』さ」
「『トモダチ』?」
「ああ…もう、いない、いや…もう、会えない…けどな」なつかしむような調子で、ハヤトは静かに言う。
写真の女を見つめるその視線には、どこか哀しげな色が混じっている。
「…そうなんだ」
「ああ。…はは、色っぽいだろ?こっちのお嬢さんは」
と、ハヤトは急におどけた風になり、そうベンケイに持ちかけた。
「え?!…そ、そうだな。すっごい腰くびれてるし…で、でも」
唐突にそんなことを言われたベンケイは、思わず写真をまじまじと見てしまう。
確かに、その写真に写るリョウそっくりの少女は、とびきり露出度が高いその服装に加え、そこはかとないお色気をふりまいていた。
特に、きゅっと締まったウエストがなまめかしい…
が、一旦は同意しかけたものの、彼にとっての不満な点を付け加えた。
「何だ?」
「…何か…胸がちょっと淋しいかなって気がする」
至極率直に感想を述べるベンケイ。
…そう、残念ながら、その少女は彼好みのグラマーさんではない。
おそらく、彼の見立てでは…あってもBカップ、なければAが関の山といったところか。
「?!…お、お前…はっきり言うな」
「お前だってそう思わねえ〜?…なあ、『ボインちゃん』好きのハヤトさん」
にやっと笑い、そう言い返すベンケイ…
何よりそういう「シュミ」なのは、お前のほうだろうと。
「…まあな!ははははは!」
指摘されたハヤトも、やがておかしそうにげらげら笑い出す…
「だっろ〜?!あっはははは…!」
ベンケイもつられ、大声で笑う…
廊下に二人の笑い声が響く。
「…楽しそうだな?何しゃべってるんだい?」
『?!』
いつのまにか、リョウがそこに立ってこっちを見ていた。
「あー、リョウ、おま…いで?!」
「…別に。何でもないさ」
にやにやと笑いながら、その写真の女のことを持ち出そうとしたベンケイ。
…だが、彼の言葉は途中で悲鳴とともに断ち切れた。
…ベンケイの左足の甲をぎりぎりと踏みつけながら、しれっとハヤトがとぼけてみせる。
「…?」
「な、何すんだよぅ、ハヤト…」
「いいから、黙っとけ」
思いっきり足を踏まれ、苦情を申し立てるベンケイ…
しかし、ハヤトは押し殺した小さな声、リョウには聞こえない程度の声で、ボソッとそう命令しかえすのみだ。
「…??」
話を流されてしまったリョウは、いぶかしげな顔をしている…
(リョウ…この写真を見れば、お前は、きっとまた泣くんだろうからな)
そんな彼を…あの、写真の女と同じ顔をした彼を見つめるハヤトの瞳に、またかすかに哀しみが入り混じる。
(「俺はあいつを救えなかった」と言って、泣くんだろう…それとも)
その写真を、すっとポケットに隠す。
彼から見えないように。
(お前は、まだ…一人で、泣いているのかもしれない。…エルレーンを思って、泣いているのだろうか…)
昔、自分がとったこの写真と同じモノを、彼も持っているはずだ。
自分の分身の写った写真を…
エルレーン。
ハヤトは今だに、彼女のことをリョウには打ち明けないままでいた。
それは彼女の望みだったから。
しかし、それが…リョウを永遠に続く自責の苦悩に落とし込むのだということを、エルレーンは知っていたのだろうか?
そのことをしっかりと彼女と話すその前に、自分たちは恐竜帝国との戦いの中に埋没した…
そして、その戦いが終わった途端、エルレーンは二度と出てこないと言い放ち、それ以来リョウの中で眠ったままだ。
恐竜帝国が無くなったのだから、もはやゲッターチームとの戦いに、自分の記憶は…自分はもう、必要ないだろう、と。
あの少女のことを、彼は忘れずにいる。
忘れられるはずもない、自分たちの「トモダチ」のことを。
ポケットに隠した、三枚目の写真。エルレーンの写真。
あの夜、月夜の晩に撮ったその写真…彼女の、月光のような穏やかな微笑み。
今目の前に立つ、彼女のオリジナル…リョウの顔を見ながら、ハヤトは…再び、その少女のことを想った。
彼の中に眠る、エルレーンのことを。


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