--------------------------------------------------
◆ 「乗っ取り」
--------------------------------------------------



私の戦う理由。
私のあるべき姿。
―私の望む「未来」。

帝王は、私に諭された。
私がすでに自由である、と。
それは、No.39…エルレーンと同じく。
ならば。
ならば、私は―結局のところ、何を望むのだ?



私が望むもの―私の望む「未来」とは何だ?



―ああ。
わかる気がする。
いや、わかっていたのだ…あの時、あの子と対峙した、あの瞬間に。
こころの奥底で、私は悟っていたのだ…
にもかかわらず、それを排した私の愚かさ。
それを償うために、
それを贖(あがな)うために、
それを補うために、
私ができること…



だが。
それをする前に。
それを実行する前に―私には、どうしてもやっておきたいことがある。



訓練所を飛び出したキャプテン・ルーガ。
彼女がまず飛び込んだのは、武器庫だった。
銃火器などの棚を素通りし、彼女が向かうのは…白兵戦用の武器保管場所。
そこには様々な近接戦用の武器が棚に保管されていた。
斧、槍、棍棒、ナイフ…だが、キャプテン・ルーガが求めているのはそのうちのどれでもない。
やがて、彼女の足はある棚の前でぴたりと止まる。
…それは、長剣の棚だった。
様々な長剣がそこに並べられている。彼女はそれらにさあっと目を走らせていく…
そして、キャプテン・ルーガはそのうちからちょうどよさそうな剣を一振り見つけ出した。
棚から取り出し、その柄を握る…
しゃっ、と静かな音を立てて、彼女は皮で出来た鞘から剣を引き抜いてみた。
薄暗い武器庫の中、きらりときらめく刃…鋭いその刃は、銀色の美しい光を放っている。
その見た目とは相反し、意外にその剣は軽かった。
どうやらこの剣は、非常に高い硬度を誇る鉱石、白竜岩から作られた剣のようだ。
白竜岩は、希少なために大量の材料を必要とするメカザウルス製作にはめったに使われないものの、その硬度の高さ、そして軽さから、時折剣や槍などを作る材料にされるのだ。
この剣なら、大抵の者を軽く斬り払うことができるだろう。
(…これなら、あの子にちょうどよかろう)
再び鞘に剣をしまいこみ、それを片手にキャプテン・ルーガは武器庫を後にした。

次に彼女が向かったのは、居住エリア…
それも、その端も端、「安息の場」と呼ばれる場所であった。
そこは、要するに…「墓場」といえる場所だ。
とはいえ、そこに安置されているのは死者の骨ではない。死者の遺したモノたちだけだ。
この恐竜帝国マシーンランドは、地上とは違ってスペースが非常に限られている。
死者を埋める「墓場」などは存在しないのだ。
そのため、全ての死者は棺に入れられ、マグマの海に流されるという葬られ方をしているのだ。
そして、死者を悼む者たちはこの「安息の場」に故人の思い出深いモノをおさめ、ここに来て彼らを思い起こす…
静謐さが保たれたその場所に、キャプテン・ルーガは入っていった。
そこには、キャビネットがずらりと立ち並んでいる。
そしてそのキャビネットにはたくさんの引出し…
その一つ一つに故人の名が刻まれたプレートがついている。
キャビネットの合間をすり抜けるようにしながら、彼女はある引出しを探す…
「…!」
…と、彼女の目がある場所で止まった。
キャプテン・ルーガの金色の瞳に、うっすらと涙が浮かぶ…
…一面に並んだ棚、その中のある列。
その引出しのいくつかに、彼女の知った名前が刻まれていた。
それは、キャプテン・ルーガの父親、母親、そして妹・リーアの名前だった。
「…」
途端に、全身を襲う虚脱感を感じた。
あれから、あの時代から、すでに遥かなる時が過ぎ去ってしまっているということ。
それなのに今、自分がここにいるということ…
そして、家族の「死」の証拠を、目の当たりにしているということ。
(…冷凍睡眠中に何かの事故が発生したのか、それとも、活動期にあたっている時に亡くなられたのか…)
キャプテン・ルーガはその理由を考えようとしたが、途中で止めた。
そんなことを考えても、意味はないからだ。
…そして、彼らの名が刻まれた引出しの上に…探していたモノはあった。
「キャプテン・ルーガ」と刻まれた、金のプレートが張り付いた引出し。
それが、自分の「安息の場」だった。
「…」
自分の「安息の場」を、自分のこの目で見ている。
その皮肉さ、奇妙さに、思わず彼女は微笑ってしまった。
彼女は、看守に借りた鍵をその引出しの鍵穴に差し込む。かちっ、という軽い金属音。
すぐにその鍵は開いた…
引出しをそっとあけ、中をのぞいてみるキャプテン・ルーガ。
大判の本ほどの大きさの引き出し…そこには、様々なものが入っていた。
愛用していたペン。手紙。武術大会で優勝した時の勲章。宝石飾りのついた小銃…
ふっと懐かしさがこみ上げてきた。
…自分が死んだ後、私室にあったモノを家族がこうして「安息の場」に保管したのだろう。
(…だから、きっとあるはずだ)
そう心の中で一人ごちながら、中を探ってみる。
すると、それはすぐに見つかった。
彼女の手が取り出したもの…
それは、一つのペンダント。
コインほどもある、涙型の紅い透明な宝石。
その宝石がはめられた銀の台には、繊細な彫刻が施されている…
恐竜帝国では戦士のお守りとされる、火龍石…ルビーのペンダントだ。
しばしそのペンダントを見つめるキャプテン・ルーガ…
その視線には、様々な思いが混ざりこんでいた。
「…」
彼女はそれを引出しから取り出すと、ぱたんと音を立ててその引き出し…自分の「安息の場」を閉ざした。
その他のモノは、一切何も取り出さずに。
…何故ならば、もはや彼女には必要ないものだからだ―
再び、この場所に戻ってくることもないのだから。

それから、しばらくの後…恐竜帝国、帝王の間。
その広い空間に、数人の影が見える。
帝王ゴール、ガレリイ長官、バット将軍、そして…キャプテン・ルーガ。
帝王と対峙した彼女は、あいさつもそこそこに…何故なら、交わすべき言葉はすでに、あの訓練場で交わしてしまったからだ…本題を切り出した。
「次に彼らと戦う機会までに…やっておきたいことがあるのです」
「何だ?」
「彼奴らの旗艦であるアーガマに潜入し、実情を探りたいのです」
「…何?アーガマに、潜入じゃと?」
ガレリイ長官のだみ声。
「はい…以前の戦闘でわかりましたが、彼らの機体は強力なものばかりです。
ですから、戦闘のための下準備として情報がほしいのです。
ここにあるだけの情報では、心もとないので…」
穏やかな口調で彼女は理由を述べる。
その裏にある真の理由など微塵も感じさせないほど、自然に。
「…ふん、さすがは諜報能力に定評のあったキャプテン・ルーガじゃ。よみがえっても、怠りないのう」
「恐れ入ります…」
ガレリイ長官の言葉に、彼女は表情一つ変えずそう言うのみ。
と、彼女はすっと顔を上げ、帝王ゴールを見すえる。
キャプテン・ルーガとゴールの視線が、空中でぶつかった。
彼女は帝王の視線から目をそらすことなく。
薄い金色の瞳が、決意の光を帯びている。
彼女が何を考えているか、その意図は帝王にはすでに明白だった…
先ほど彼女が自分に言い残した、決意の言葉。
帝王ゴールの脳裏を、その言葉が駆け抜けていく。
そして、自分はすでにそれを許している…
ならば、拒否する必要など、ない。
「…ガレリイ長官、擬装用の外皮を用意してやるがいい」
だから、帝王は短くそうガレリイ長官に命じた。
「はっ。…それでは」
さっそくガレリイ長官が研究室に戻っていく。
「それでは、失礼致します」
戦士の礼をし、キャプテン・ルーガも帝王の間を後にしようとする。
そして、最後に…彼女が静かに、再び自分に向かって深々と頭を垂れるのを帝王は見た。
その無言の礼に秘められた思い、深い感謝の念に気づく者は、帝王ゴールのほかにはいなかった…



―私には、どうしてもやっておきたいことがある。



そして、一方のアーガマでは…
ビューナスAのパイロット・炎ジュンが、ビューナスの飛行ユニット・クインスターで哨戒飛行に向かう。
「それじゃあジュンさん、気をつけていってらっしゃい」
「ええ。いってくるわ」
声をかけるさやかに手を振り、クインスターに軽やかに乗り込むジュン。
「クインスター、哨戒飛行に出撃します!」
「了解!」
ブリッジからサエグサの返事が返る。
アーガマの格納庫から、光を浴びてクインスターが飛び出した。
青空に舞う、白い機体…
彼女は不審なモノ、不審な機影が見えないかどうか、注意しながら飛行を続ける。
しばらく付近を飛行していると、地面に奇妙な物が立っているのがジュンの目に映った。
「…?」
目をこらしてもっとよく見てみる。
剥き出しの岩山に、金属が…露出している。鈍く光るその金属の光が目に入った。
「…クインスターよりブリッジに報告。不審な物体を発見。…調査に向かいます」
「了解。十分警戒して当たってくれ」
「了解」
ブリッジと連絡をとり終えると、ジュンはクインスターをその付近に着陸させた。
「…」
周りを見回し、安全を確認する。どうやら、誰もいないようだ。
その不審な岩山に近づく。
よくみるとその金属は…何かのシャッターのようにも見受けられた。
「あら…?」
そのシャッターらしき金属の端のほうに、小さなランプらしきものがある。
何らかのスイッチだろうか…
そう思ったジュンが、それに手を伸ばした、その瞬間。
風が、後ろから吹きつけてきた―
そう感じた途端だった。
「?!」
首筋に強烈な衝撃。
神経に強い衝撃を与えられたジュンは一瞬で気を失い、全身の力を失った。
どさっ、と音を立てて倒れたジュンを、鋭い爪を持つ何者かの手が抱えあげた…

目の前は、暗闇。何もない。
それは自分が瞳を閉じているせいだと気づくのに、数秒かかった。
「…」
首筋が、ずきずきと痛む。
その痛みに、ジュンはふっと目を開いた。
が…開かれた視界に映ってきたのは、思いもしない光景だった。
「…?!」
自分はソファらしきものに寝かされていたらしい。
周りには小さなテーブルと椅子、わけのわからない機械類、何かのモニターやコントロール装置のようなものが見える。
洞窟か何かの中らしく、天井は岩肌が露出している。
…一体、自分はどうなってしまったのか?
状況が把握できず困惑するジュン…
と、その時、背中で何かが動く物音がした。
「…目を覚ましたのか」
その声に、思わずジュンはふりむく。
奥の通路から姿をあらわしたのは…
「?!」
ジュンの目が映したのは、信じられないものだった。
褐色の肌、黒い髪、いつも鏡で見慣れた顔…
そこにいるのは…炎ジュン、自分自身!!
ショックのあまり、何もいえないでいるジュンにその「炎ジュン」が穏やかに言う。
「…炎ジュン。あなたがここに気づいてくれたことは、実に幸運な偶然だった。
わざわざ、誰かを誘拐する手間をかけずにすんだのだからな…」
「?!」
相手のいっていることから、少なくともこの相手が味方ではない事を確信したジュンが、身を硬くする。
「あ、あなた…一体何者なのっ?!」
果敢に立ち向かおうとするジュン。
…だが、その反面、その「炎ジュン」からは、何の敵意も感じられなかった。
むしろ、穏やかで優しくふるまっている。
「…残念だが、その質問には答えられない。
…そして、申し訳ないのだが…あなたには、しばらくここにいてもらうことになる」
彼女は静かに、だが有無を言わせぬ口調で言った。
その目…そこだけが、ジュンと違う場所だった…金色の目が光る。
「な、何故?!」
「…安心してほしい。殺しはしない…
食料は、十分にあるはずだ。好きに食べてくれ」
「…?!」
親切なんだか強引なんだかわけがわからない相手の態度に、困惑を隠せないジュン。
「…!…ふむ…そうか」
突然、何かに気づいたらしい「炎ジュン」は、壁にかかる鏡の前に立った。
そして、小さな箱を取り出し、中から何かを取り出した。
それは、コンタクトレンズ。
そのコンタクトレンズをはめ込むと…金色の瞳は隠れ、ジュンの黒い瞳がそこに現れた。
「…これでいいだろう。
ここからは出す事は出来ないが、まあ…くつろいでくれ」
そういって「炎ジュン」は入り口へと歩みだした。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
慌ててその「炎ジュン」の後を追いかける。
だが、その扉は目の前で無情にも閉まり、彼女の目の前を重い鉄の扉が覆った。
「…!!」必死で扉を叩くジュン。
だが、その扉は厚く、とても彼女の力ではどうにもなりそうもなかった。

「…ン、ジュン!…」
クインスターの通信機が必死にパイロットの名を呼ぶ。
「…はい」
コックピットに手が伸びる。
突然、その声に応答する「炎ジュン」。
「!…ああよかった…何かあったのかと思った」
サエグサの安堵の声。
「すみません、少々手間取ってしまって…」
「で、なんだった、その不審なものって」
「…いえ、なんでもありませんでした」
そ知らぬふりをして、彼女はしれっとそう答えた。
「そうか、そりゃよかった。そろそろ帰還してくれ」
「…了解」
その指示にうなずき、返事を返す…
そして通信機のスイッチを切る「炎ジュン」。
コックピットに座り、計器類を興味深そうに眺める。
(…恐竜ジェット機と基本は変わらんな。これなら、労もなく動かせそうだ)
操縦桿をひくと、果たして思い通りにクインスターは浮上した。
レーダー類も、容易に理解出来る内容のものばかりだった。
さっそく母艦であるアーガマめざし、進路を取ったクインスターが空を舞う。
「炎ジュン」が操縦をしながら、居心地がよくなさそうに少し肩をすくめた。
(…新型の擬装用外皮か…
身長差すらカバーするのは驚異的だが…いささか窮屈でもあるな)
軽く鼻を鳴らし、「炎ジュン」はアーガマへの帰路を急いだ。



―私には、どうしてもやっておきたいことがある。




back