--------------------------------------------------
◆ 「砕け散る」
--------------------------------------------------
「…」
中途半端に開かれた唇からは、嘆息すらもれなかった。
「な…」
それでも、ようやく音声らしきものを搾り出す。
息とともにそれを吐き出すと、強張った声帯が震え、問いかけの言葉を紡ぎ落とした。
「何故ですか、ブライト艦長…」
「…それは、今まで君に再三言ってきたとおりだ…ミケーネ討伐は、今我々がやるべき急務ではない」
「…」
鉄也のその問いに、簡潔に答えを返すブライト。彼の声が、静かなブリーフィングルームに響いた。
あのダンテとの運命の邂逅、その翌日のことだった。
ミケーネ帝国、新たなる「敵」の出現。
それを踏まえ、今後のことを考えるからと召集されたブリーフィングルーム…
しかし今、その場で展開されているのは…鉄也の期待を大きく裏切る、場の結論だった。
まったく予想もしていなかった。
今までは、自分の懸念はあくまで「懸念」でしかなかった。
散在する機械獣プラントを操っているのはミケーネ帝国である、という…
しかし、ダンテが現れ、ミケーネの意図を明らかにした今、それはもはや「懸念」ではなく「確実な脅威」のはずだ。
しかも奴らは、恐竜帝国と手を組んでいるという―
このまま放っておけば、強大な科学力を有する両者のもと、太刀打ちできないほどの「兵器」が生み出されるやも知れぬ…
ならば、それを防ぐため、ミケーネ討伐に駆り出すのは当然の帰結ではないか?
そう思い込んでいた鉄也にとって、ブライト、そして「仲間」たちの拒否反応は、まるで理解の出来ないものだった。
呆けたように立ちつくす鉄也に向け、ブライトは弱く笑み…まるで彼を慰めるかのようにやさしい口調で、こうはじめた。
「鉄也君。君の気持ちもわからないではない…何しろ、ミケーネ帝国がこの未来世界にも生きのびていた、それがはっきりしたのだからな」
「…」
「だが…奴らの潜んでいるだろう箇所を捜索し、それを潰していく…それは、膨大な労力を必要とする。今の我々に、そんな余力はない」
「で…ですが、」
ブライトの言葉に、誰も口をさしはさまない。
それはおそらく、何の異論もないからだ―
そう察した鉄也は、何としてでもこのまずい雰囲気を変えようと、己が論を展開する。
「ですが、ダンテは…戦闘獣ダンテは、こうも言っていたんですよ。
『恐竜帝国とともに、<人間>を滅ぼすために、地上を取り戻すために生きのびてきた』と!」
「…」
「つまり!ミケーネ帝国と恐竜帝国、奴らは協力関係にある!どちらも強大な科学力を保有している勢力ですよ!
…それこそ、今の時代の『人間』たちよりも、はるかに!」
「…」
「奴らが繰り出してくる『兵器』が、こちらの手に負えないほど強力になる前に!
奴らがまだ力を蓄えきれていない今のうちに、奴らを潰してしまわねば…!」
「…だ、だが、鉄也君!」
しかし、鉄也の弁論に、別の声が混じりこんだ。
惑い気味のその声は、ゲッターチームのリーダー・リョウのものだった。
「さっき、ブライトさんも言っていたけど…俺たちには、奴らの居場所を突き止める力がない!
このだだっ広い荒野を、しらみつぶしに探していくっていうのかい?!」
「リョウ君…?!」
思わぬリョウの反論…
鉄也には意外だった。
何故なら、自分の提案は、彼らゲッターチームの宿敵…恐竜帝国をもつぶす事ができるからだ。
ならば、ゲッターチームは当然自分に賛同してくれるはずだ…
そう思い込んでいた鉄也の横っ面をひっぱたくかのように、リョウのセリフは突如割り込んできたのだ。
「何を焦っているんだ、鉄也さんよぉ」
鉄也がそのことに虚を突かれている間に、今度は同じゲッターチームのハヤトが口を挟んできた。
「ミケーネとはやいとこ決着をつけたいって気持ちはわかるがよ、何しろ奴らは地面の奥深くに隠れてやがるんだ…
こっちのほうには決定打がねえんだ。奴らの出方を待っているほうが得策のように思えるがね」
「ハヤト君、だが…君たちは何とも思わないのか?!…ミケーネは、君たちゲッターチームの『敵』…恐竜帝国と結んでいるんだぞ!」
「だから、さ」
ハヤトは薄く、皮肉げに笑んだ。
少なくとも、鉄也の目にはそう見えた。
「だからこそ、焦ってことを仕損じるようなマネはしたくねえんだよ。…だろう、リョウさんよ」
「…」
リョウは、無言でうなずいた。
鉄也も黙り込む。
じりじりと、熱が額にたまっていくのがわかる。
血が昇っているのだ。
鉄也は、自分の心臓が少しずつ早くなっていく音を聞いた。
前頭葉のどこかで、堰が切れた―
そして、静まり返るブリーフィングルーム。
数秒の、実に居心地の悪い間の後、話をまとめるべくブライトが口を開いた。
「…わかったな、鉄也君。今、我々が為すべき事…それは、」
「…ムーンレィスとイノセントの戦いを止める事、だっていうんでしょう?!」
ブライトの先を制して放たれたそのセリフは、異常なまでに熱と力を持っていた。
それ故に、それを聞いた者を驚かせる…
「…!」
「鉄也…!」
ブリーフィングルーム中の人の目が一点に集中する。
その焦点は、剣鉄也。
両拳を硬く握り締め、かすかに震わせながら…険しさを全身いっぱいにみなぎらせている。
それでも何とか自分の高ぶる感情を抑えながら話そうとしてはいるが…その言葉の端々から、熱く、どす黒い炎のような感情が見え隠れする。
鉄也は胸のうちにたまった鬱憤を晴らすかのごとく、わめき散らし、怒鳴り散らしている。
それは、普段「冷静」で「クール」でとおっている鉄也からは、想像も出来ないほどにかけ離れてしまっていた。
「もう、たくさんだ!…俺たちは、新西暦の『人間』なんだ!どうしてこの世界の揉め事に俺たちがかかわらなきゃいけないんですか!」
「…鉄也君」
「あいつらは俺の『敵』じゃないッ…どうして、俺が、俺たちが、この時代のために戦わなきゃならないんですか!」
いらだちとやるせなさを叩きつけるように、鉄也はとげだらけの言葉を吐き捨てる。
明らかに異様な鉄也の様子に気おされながらも…いきすぎた彼をいさめるために、「仲間」たちがいっせいに反論の口火を切った。
「鉄也、そりゃあ俺たちもう何度も話しただろうがよ?!」
「俺たちは、この世界に飛ばされてしまったことで…否応もなく、この世界の運命の一端を握ってしまったんだ。…俺たちのせいで」
「もう、やるだけやっといて、『あとは関係ないから知りません』とか言えねえんだよ」
「俺たちが、この時代の戦渦を広げちまった、ってのも、また事実だからな」
「し、しかしッ…!」
反論の嵐、もっともらしい理屈と責任論に押され、口ごもる鉄也。
言い返すことは出来ない、しかし、彼は膝を折ろうとはしない…
追い詰められたが故に、そしてあいまいに逃げる事もしようとはしなかったが故に。
鉄也は、とうとうもっとも醜い姿をさらけ出してしまった。
最後の最後、立てていた論も保持できなくなった途端…彼は、思わず本音を口にしてしまっていた。
「お、俺は!…俺は、ミケーネを倒すために戦士になったんだ!その、俺が!どうして、こんな時代で…」
「!」
「…だから、この時代の『人間』のためには戦えない…そう言うのか、鉄也君?!」
「…ですが、艦長!俺は、俺は…!」
ブライトの口調が、少しとがめるようなモノに変わった。
それにひるんだ鉄也が、なおも言葉を継ごうとした、その時―



「鉄也さんッ!」



あの青年の声が、その場に鳴り渡った。



「…!」
「鉄也さん、いい加減にしろよ!」
「甲児君…」

それは、甲児だった。
同じマジンガーを駆る者。
同じ戦いの道を歩むはずの者。
そして…「あの人」の実の息子。

「ミケーネミケーネって、そりゃあ奴らはとんでもない奴らだよ!
だけどなあ、今はともかく、目の前にある問題のほうをどうにかしなきゃならねえんじゃねえのか?!」

だが、今。
その甲児が、自分を半ばあきれたような目でねめつけながら、正論を飛ばしている。
その正論が、鉄也の耳の中に跳ね返る。
鉄也は、思わず甲児を見返した。真顔で。
甲児は、少し幼い感じすら受けるその顔に軽い怒りすらにじませ、自分を見ていた。
それは、愚行に走る間抜けを見下すような、そんな怒りの色だった。
それを感じとれないほど、鉄也は鈍感ではなかった。

その時、鉄也の中で小さな音が鳴り響く。
ぱしっ、というような、涼やかで小さな音が―

鉄也がなかばあっけにとられているうちに、さわさわ、と彼の周りがざわめきだした。
甲児の言葉が、さざなみを生んだのだ。
それは和する、甲児に和する。
そして甲児のセリフと同じ響きをもってして、鉄也に向かって飛んでいく。
「そうだ、甲児の言うとおりだぜ!」
「鉄也、お前ちょっと頭冷やせよ、お前なんか最近おかしいぞ」
「…」
降りかかる。ひゅうっ、と風を切るようなセリフが自分に降りかかる。
鉄也の周りを取り囲む人の群れが、あっという間に壁に変わった。
自分ひとりを囲む壁。自分ひとりに向かう壁。
その壁のそこここから、高く低く、大きく小さく、言葉が流れ落ちてくる。
自分に向かって、落ちてくる―
「鉄也君、君の焦る気持ちもわかる。それは俺たちだって同じだ」
皆、兜甲児の味方をしている。
皆、兜甲児の味方を。
「だけど、今すぐ奴らと戦うには…」
俺の言うことを聞いてくれずに、兜甲児の言うことを。
俺ではなく、兜甲児を。
きっと彼らには一片の悪気すらない、
彼らは道理に基づいて口を開いているだけだ。
だが…彼らは、皆、兜甲児の味方をしている。
…その事実が、鉄也の中の「何か」を後押しした。
「鉄也君、今は無理だよ。だって、それよりもっと大事なことがあるじゃないか」
「わかるだろう鉄也君、今はそれどころじゃないんだ」
「こっちから打って出るのは、今は…」
「そう、今は…」
「…」
冷静な、そして冷淡な言葉が鉄也めがけて降りそそぐ。
鉄也をいさめるふりをした、だが結局は鉄也を追いやる言葉たちが。

「…」
もはや、嘆息すらもれなかった。

あ あ
も う ダ メ だ

鉄也の中で、その時何かが断ち切れた。
その途端、精神を縛り付けていたそれがほどけ落ち、空に舞い、塵となって消えていった。
これで、もはや何の遠慮する事もない。
もう、彼とは、彼らとは分かり合えないのだから。
だがその一端で、何処か…こころの中に、寒気のする風が吹くような気がした。
こころの何処か、大きなかけらが抜け落ちてしまったかのように。



だけど、
もう、ダメだ。



結局、誰も俺をわかってくれる奴はいなかったんだ。
誰も。



だったら、もういい。
もう、必要ないんだ。
俺は、必要ないんだ。



鉄也は、飽くことなく自分に降り続ける言葉のシャワー…どれもこれもが鉄也を否定する…を一身に浴びながら、だがしかし遠い目をしたまま押し黙っていた。
彼の瞳には、もはや誰の姿も映ってはいなかった。
誰の言葉も聞かないまま、誰の姿も見ないまま、鉄也は自分の中に沈みこんでいった…


back