--------------------------------------------------
◆ 「眠り姫」の御成り!
(困惑のリョウ〜
  エルレーン、登場!<Change El-raine, Switch-on!>)
--------------------------------------------------
目覚めた後、リョウはハヤトたちと一緒に食堂で食事をとることにした。
はじめ、ハヤトたちは「もっと寝ていたほうがいいんじゃないのか」などと言ってきた…
どうやら、彼らに気を使わせてしまうほど、今の自分の顔色は悪いらしい。
その原因は、やはりあの頭痛だった。
エルレーンが自分と入れ替わりに表に出てくる、その後に残る副作用のようなもの…
頭を締め付けられているような、鈍い痛み。
耐えられないことはないが、やはりうっとうしい頭痛…
しかし、今のリョウにとっては、もはやそれくらいのことは何でもなかった。
…この頭痛は、エルレーンが自分の身の内に生きている、一種の証なのだ…
そう考えれば、ぐちぐちと文句を言うような気にはなれない。
(帰りに医務室に寄って、頭痛薬をもらっていこう…)
そんなことを考えながら箸を動かしていたリョウ。
…と、その箸の動きが突如ぴたりと止まる。
「…」
…先ほどから、自分たちの…いや、自分の背中に、妙な視線を感じる。
顔はなるべく動かさず、ちらり、と視線だけそちらにやってみた…
すると、自分たちの背後にある壁の端に…何やら、妙なものが見えた。
…例えるならば、それはトーテムポール。
壁に隠れながらこちらの様子をうかがうそのトーテムポールは、洸や甲児、豹馬や健一、ボスやさやかの顔で構成されている。
どの顔も、興味半分、おっかなびっくりといった感じで自分の様子を観察しているようだ…
そして、その理由は既に明白だ。
…やれやれ、とばかりにため息をついたリョウ。
ぱちん、と音を立てて箸を置き、すっくと立ち上がった。
「?…どした、リョウ?」
かつ丼(特盛)をかっくらっているベンケイの言葉には答えず、リョウは壁にさっと近づく。
張り付くように…彼らの視界に入らないようにしながら、すうっと角へと近づいて…
「…一体、何だい?さっきから…」
「でッ?!」いきなり声をかけられ、動揺したトーテムポール…
その途端バランスを崩し、どたばたと床に倒れていった。
「…ば、バレてた?」
「バレないはずないだろ、そんなんで…で、一体何なんだい?」
「あ…いやあ…」
「は、はは…」苦笑いしながらそう問うリョウに、甲児たちは…これまた何とも言えない薄笑いでごまかすように返事した。
…と、リョウはふっと軽く笑って…自分からあっさりと、彼らの知りたがっていた事柄を言ってのけた。
「…安心してくれ。今の俺は、『ちゃんと』流竜馬だよ」
「!」
「そ、そうだよねー!」
「は、はは…」その答えに、ぱっと彼らの表情が変わる。そんなことを言いながら、お互いうなずきあっている…
どこか安堵したような様子で。
自分たちが…普段見慣れている「流竜馬」がきちんと「戻ってきた」ことに。
彼らも相当驚いたことだろう。戦場で、突如自分たちの「仲間」が、まったくの別人に変化してしまったのだから。
…だが、それはこっちだって同じことだ。
「…ま、そうだよな。俺も驚いたよ」
「?!」
「…あ、あー、そっか…リョウは知らないって、ハヤトが言ってたっけ…」
「ああ…。さっき、知らされたよ」
前髪をかきあげながら答えるリョウ。
「…まったく、馬鹿げてるぜ」
そのリョウのせりふは、誰に言うでもなく、吐き捨てるようにつぶやかれた。
(あいつは俺の中に生きていたっていうのに、それにずうっと気づいてやれなかったなんてな…)
そう、そしてこんな時になるまで、自分だけがそれを知らされていなかったとは。
「…まあ、それはともかく…これからも、ちょくちょく『ああ』なるらしいから。そのときはよろしく頼むよ」
…が、そのことに対していくら後悔しようとも、今さら何もできやしない。
それはそれとしておいておくことにして、いずれまたエルレーンに会うだろう彼らにそう言っておいた。
「そ、そうだよねー」
「で、でも、よろしくされてもなぁ。何すればいいの俺たち?」
「…別に、深く考えるこたぁねぇよ。あいつに…やさしくしてやりゃいいのさ」
…と、話に今度はハヤトが割り込んできた。
…この「未来」の世界で、リョウ以外で彼女のことを知るたった一人の人物…
彼は、自身の経験からちょっとしたアドバイスをしてやった。
「…や、やさしくぅ?」
「ああ、そうだ。…あいつは、…やさしい、やさしーい『人間』が、大好きだから…な。
言っとくが、あいつはすぐ泣くぞ。キッツイこと言おうもんなら、すぐ嫌われちまうぜ」
「は、はぁ…」
「…ま、そんな気ぃ使うこともねぇんじゃねえの?」
「!…ベンケイ」
横から口をはさんできたのは、今度はベンケイ。
「ははは、だあってさあ」
どんぶりにくっついたご飯つぶを箸でかき集めながら、一言―
「…この、ハヤトがだよ?あのエルレーンって子に嫌われてないんだから。
この口の悪さと皮肉のキツさにかけちゃプリベンター五指に入るハヤトがさあ!あっははははは〜!」
「!…言われてみりゃそうか!あはははは…!」
「へっ…言ってくれるぜ…!」
「ふふ…!」ベンケイの切り替えしで、どっと明るい笑いが起こる…皮肉られたハヤトも、ふっとニヒルに笑ってそれを受け流す。
その場の雰囲気がいい具合になごんだ、まさにその時だった。
「ふん…まったく、いい気なもんだぜ…」
「?!」
「鉄也ッ!」苦虫をかみつぶしたような、低く凄みのある声。
不機嫌を貼り付けたような表情で、いつのまにかそこに突っ立っていたのは…剣鉄也だった。
いや、彼が顔に貼り付けているのはそれだけではない。
右頬と、額。赤黒いあざが痛々しく残っている…
それは、先ほどの「リョウ」…エルレーンに負わされた傷だ。
彼の登場に、一気に場の空気が静まり返り、重苦しくなる…
先ほどまで起こっていた笑い声が、ぴたりと止んだ。
その空気の中、皆の戸惑いの視線を浴びながら、鉄也はリョウのほうに近づいていく…
「ほーう…さっきのことなんててんで記憶にありません、ってツラだな。都合のいいこったぜ!
…まったく、クローンの精神だけが生き残った、だって?うさんくさいことこの上ないぜ!」
「て、鉄也君…?!」
「…やめろ、鉄也」
…が、戸惑うリョウの前にハヤトが割って入った。
「…」
「お前が怒りをぶつける相手はこいつじゃないだろう。…こいつは、『リョウ』だ。『エルレーン』じゃない!」
「ふん…」
「ど、どういうことなんだ、ハヤト?!エルレーンの奴、鉄也君に何か…?!」
「いけしゃあしゃあとよく言えたもんだぜ!」
「やめろといってるんだッ!」
「…?!」鉄也の怒りの矛先が向けられているのは、自分ではなく、エルレーン…その理由もいきさつも知らない、知るはずのないリョウ。
問い返そうとした彼に鉄也は怒鳴りつける…ハヤトも声を荒げ、対抗する。
緊迫する二人の間の空気。
「…ともかく、…鉄也、これだけは言っとくぜ。エルレーンにケンカを売るのはやめたほうがいい。あの時も言ったが、お前の勝てる相手じゃない。それに…」
「…それに?」
「…大怪我したくはないだろう、ええ?…プリベンターの主戦力、グレートマジンガーのパイロットさんよ」
「…」ぎりっ、と歯を喰いしばる音が聞こえたような気がした。
鉄也は、ぎりぎりと音のしそうなほど鋭い目つきでハヤトを睨みつけている…だが、ハヤトも退かない。
その対立が、数秒も…いや、もっと長く感じられたが…続いた時。
「ふん…」鉄也は軽く鼻を鳴らし、背を向けてしまった。
そして、さっさとその場を後にした…誰も彼に声をかけられないまま。
「…」
「べ、ベンケイ…一体、どういうことなんだ?!鉄也君は、何で…」
「う、うーん…」
「リョウ」
ベンケイに詰め寄るリョウに、それを制するように言葉をかけるハヤト。
「お前は、何も気にするこたぁねえのさ。…お前は…その間、眠っちまってたんだから」
「…」確かに、それはそうなのだろう。ハヤトの言うことは正論だ。
だが、それでも、自分に対して真正面から叩きつけられた悪意に対して素知らぬふりをできるほど、リョウは無神経でも豪胆でもなかった。
しかも、その原因が、今は自分の身の内で眠っている己の分身、エルレーンだと聞けば…
「とにかく、あいつのことは気にするな。…また何かあったら、俺たちがなんとかするから」
「…すまない」
「いいってことさ」だが、自分に余計な負担をかけまいとするハヤトの気づかいは、よくわかった。だから、あえてそれ以上問うこともしなかった。
…だが、それでもやはりこころにその疑問が残る。
(…エルレーン)
リョウは、嘆息しつつ…自分の分身に向かって、答えの返らぬ問いを投げかけた。
(お前…目覚めるなり、一体何をやらかしたんだい…?)

そんなちょっとしたいざこざ。それを最後のイベントにして、その長い長い一日は終わりを告げた…
だが、その次の日になれば、まったく普段どおりの時間の流れが戻ってきた。
あの最初の覚醒以来、何の変わったこともなく、まったく普通に日々が過ぎていき…
日常に流される中で、だんだんと誰もがそのことを忘れかけていった。
しかし、確実に二度目の覚醒の時は近づいてくる…
それは、「眠り姫」の久々の覚醒から…11日が過ぎた日のことだった。

かちり、かちり、かちり。
時計が時を刻む規則的な硬い音だけが、部屋に小さく響いている。
その時計の短針は11時を指しており、とっくに目覚めの時間が過ぎていることを示している…
だが、ベッドには今だこんもりと小山がそびえたっている。
朝寝坊にも、程があるというものだ。
…と、突然、ベッドの毛布がむくり、と鎌首をもたげる。
毛布の中にくるまっていたモノが上半身を起こしたのだ。
起き抜けの彼女は、ぼんやりした目つきでしばらくそのままぼーっと動かずにいる…
頭からすっぽり毛布を頭巾のようにかぶったまま、うつろな瞳で部屋を見回す…
…数十秒の後、どうやら彼女は、自分が今いるその部屋が、流竜馬の部屋であると推察したようだ。
一回、ぎゅうっ、と強く瞳を閉じ、今度は思いっきり大きく目を見開く。
寝ぼけた血管に血が勢いよく巡り、視界が明確になっていく…同時に、思考も明確になっていく。
ようやく意識がはっきりしだした彼女。ばさっ、と、毛布を放り出し、うんと大きく伸びをする…そして、欠伸を一つ。
そこまでやると、もはや完全に目が覚めたらしい。
十分に眠り、エネルギーもだいぶ回復した。
…この分なら、結構長い間起きていられそうだ。
にっ、と笑みをもらす彼女。
今日は、久々にだいすきな「トモダチ」…ゲッターチームに会える。
…と、彼女はベッドからぴょん、と勢いよく飛び降りた。
何も履いていない素足に、部屋の床は多少冷たい。
そこで、ベッドサイドに揃えて置いてあった靴らしいモノ…スニーカーを履こうとする。
…が、その時…そのスニーカーのそば、ベッド下のスペースに、なにやら妙なモノがあるのを彼女は発見した。
…それは、茶色い布袋。
それに興味を引かれた彼女は、その口を結わえてある紐を引っ張り、布袋をベッド下から引きずり出した。
そして早速開けてみる…
結構しっかりと結んであった紐をどうにかこうにか解き、袋の底のほうを持って、いきなり全部を床へとぶちまけた…
ばさばさ、と乾いた音を立てて、中から落ちてきたモノ。
それを見た刹那…彼女の目は、うれしい驚きでまんまるくなった。
かちり、ばさっ、こと、かちり、ざっ、かたん、かちり。
11時過ぎ、今までしいんと静まり返っていた流竜馬の部屋は、急にうるさくなった。

「…おい、ハヤト…リョウの奴、起きてこねえぞ」
「え?…あいつ、まだ眠ったままなのか?」アーガマ、食堂。昼飯時に差し掛かり、だんだんと込みはじめた時間帯。
早い昼食を済ませたハヤトのところに戸惑い顔のベンケイがやってきたのは、そんな時だった。
ベンケイの困惑ももっともなことだった…
何故なら、リョウはどちらかといえば朝に強く、体調でも悪くなければ、このように寝過ごすことなどほとんどありえないからだ。
…もしかして、気分が悪くて床に伏せっているのかもしれない。
そう思ったハヤトたちは、とりあえず彼の様子を見に、リョウの部屋へ行ってみることにしたのだった。
リョウの部屋…自分たちの個室のすぐ隣、チームメイトどうしで並んでいる。
ベンケイの部屋の隣に位置する彼の部屋…
耳を澄ませてみると、中で何やらごそごそとやっている音が聞こえる。
どうやらリョウは目覚めて動き回っているようだ。
…なら、単なる寝坊だったのだろうか。
多少安堵した二人。
ごんごん、と扉をノックし、からかうような大声をあげる。
「リョ〜ウ、いっくら何でももう出てきちゃどうだ〜?重役出勤にも程があるぜ〜?」
「とっくに昼飯の時間だぜ、怠けてないでさっさと起きて来いよ」
…が、彼らの意に反し、部屋からは何の反応も返ってこなかった。
「もー、うるせぇよ!」とか、「わかってる、今行くよ!」とかいう返事を期待していた彼らとしては、ちょっと肩透かしを喰らった気分になる。
ベンケイが、もう一発ドアにノックを喰らわせてやろうとした、その時…
それを察したがごとく、ドアがスライドして開いた。
「よう、リョ…?!」
「?!」
驚きのあまり、二人は言葉を失った。
目にしたモノのショックは大きく、彼らの思考は一瞬完全に停止した。
ぽかんと口を開け、間の抜けた顔で彼らは目の前に立つ人物を見つめる…
そこに立っていたのは、確かにリョウだった。
が…その様子が尋常ではなかった。
トレーナーとジーンズというリョウのいつもの服装から…今までベンケイが見た事のないような服装に身を包んでいたのだ。
皮でできた手甲(ガントレット)。同じく黒い皮のようなモノで作られたショートブーツ。
ビスチェのようなトップからは、リョウの白い胸元がかすかに覗いている。
腰には何も隠すものがついておらず、リョウのほっそりしたウエストがなまめかしく露出している。
ショートパンツも黒でまとめられ、そこからはすらっとした足が出ている。
全体的に露出度の高いセクシーな格好。
スレンダーな身体を際立たせるような…そして、リョウなら絶対しないだろう服装だった。
それはかつて見た、ハヤトの持つ写真に写っていた少女が…今ならわかる、あれは彼女を写したモノだったのだ…していた格好と同じ…
「え、エルレー…ン」
ハヤトが息を飲み込み、やっとそれだけ言った。
その言葉でベンケイもやっと状況を理解した。
「え、エルレーン…なのか?!」
「うふふ、そうだよベンケイ君!久しぶり!」
そう言って、エルレーンは…いきなりベンケイをぎゅっ、と抱きしめた。
やわらかな感触が手に触れる。
「う、うわわわ!」さすがのベンケイも真っ赤になってそれを振りほどく。
「そ、その格好…」
「…これ?バトルスーツだよ」エルレーンはこともなげに言う。
その格好の過激さにはまったく頓着していないように見える。
「ば、ばとるすーつ?!」
「で、でも、それ、どうしたんだ?!」
久しぶりに派手な彼女の格好を目にしたため、しばらく絶句していたハヤトだったが…ようやく我を取り戻し、その服を、今、どこからどうやって持ってきたのかを問う。
「リョウの部屋にあったの!」うれしそうに笑いながら、そうエルレーンは明るく答えた。
「リョウの…?!」
「ね、ね!…もしかして、リョウが私のために買ってくれたのかなあ?!えへへ、うれしいなあ!」
「あ、ああ…」エルレーンはそう言うと、感動のあまりか、ほうっと小さなため息をつく…
このバトルスーツは、きっとリョウが自分のために用意してくれたものなのだ。
他でもない、自分のために。
昔、自分が着ていたモノと瓜二つなのが、何よりの証拠だ…
そう思い込んだ彼女は、リョウのやさしさにすっかり感激してしまっている。
「昔とおんなじー!…うふふ、でもね、見て!」くるっ、と小さくその場で回って、その全身を二人にお披露目するエルレーン。
と、にこっといたずらっぽく笑った彼女が、そう言って違ったポーズをとって見せた。
両腕を頭の上で組み、軽く上体をそらして、右にちょっと身体を曲げてみせる。
「え?!」
「このビスチェね、ここ…ここがね、前のとちがって、紐で結ぶようになってるのー!かあいいでしょ?」
そして、右腕を身体の前面に回し、自分の左わき腹の部分を示して見せる…
その部分はビスチェの接合部になっており、革紐で編み上げるように繋ぎ止めてある。
以前のバトルスーツは、前面をジッパーで止めるつくりになっていた。
…が、彼女がそのデザインの素敵さを熱弁しているにもかかわらず、ハヤトとベンケイはそんなところにはあまり注意がいっていない。
しなやかに曲線を描く、彼女のそのポーズは…ちょっと、セクシーすぎる(彼女にはそんな意図がまったくないにせよ)。
だから、彼らの注意はむしろ、そのビスチェの隙間部分にいっていた…正直な話。
「あ、ああ…かわいいな」
「うふふ…!」…が、一応、服の感想を問われた男の義務として、ハヤトがそう同意した。
それを聞き、エルレーンは満足そうに微笑む…
…と、その時。廊下の向こう側から、誰かがやってきた…
兜甲児と弓さやか。何事かをしゃべりながらこちらに歩いてくる二人。
彼が何の気なしに、その視線を前へと向けた…そのときだった。
甲児の瞳に、ハヤトとベンケイ…そして、「リョウ」の姿が映る。
だが、その「リョウ」の格好が目に入った途端、彼の目は…文字通り、点になった。
「…え?!…あ、あの、り、リョウ君?!…って、えーーーーーッ!?」
廊下に甲児の絶叫が響き渡る。
隣に立つさやかも口をぽかんと開け、とんでもない格好をした「リョウ」を見ている…
「身体は『女』でも、自分は『男』なんだ」と言い張っていた、あのリョウが…恐ろしいほどに露出度の高い、セクシーな格好をしている。
「お、おい、リョウ君!ななな、何だその格好!」
耳まで真っ赤になった甲児が叫ぶ。
…普段のリョウからはとても感じることの出来ない、強烈なお色気に当てられてしまった甲児。
驚きのあまりか声が裏返ってしまっている。
「…私、リョウじゃないよ。…エルレーン、だよ」
…が、その「リョウ」は、そんな彼を一瞬不思議そうに見つめた後…にこっ、と微笑み、自分の名を名乗った。
…それでようやく、甲児たちにも理解できた。
今目の前にいる、やたら露出度の高い格好をした「リョウ」…
彼は決してとち狂ってしまったわけでもない。
そうではなく、これは別人…あの、「エルレーン」と言う…彼のクローン(らしい)。
「あああ…そ、そう…そ、それにしても」
思わず生唾を飲み、エルレーンの格好を改めてまじまじと見てしまう甲児。
ビスチェに隠された小ぶりな胸、きゅっとくびれたウエスト、そして脚線美…きりっとした目の、美少女。
(こ、こうしてみると…リョウ君って…すっげえイイオンナなんじゃあ)
「いでぇぇぇ!!」
「甲児君!もう、何処見てるの!」
…そうこうしているうちに、さやかに耳を思いっきりつねられてしまった。
「な、何だよ…痛ぇな、もう」
ぶちぶち文句を言いながら、耳をさすっていた甲児…
そんな彼を、不思議そうな目で見つめているエルレーン。
やがて、にやっ、と甲児が笑みを見せ、エルレーンに近寄った…
思い切って、彼女に話しかけてみることにしたようだ。
「…な、なあ…え、エルレーン…ちゃん?」
「…なあに、甲児…君?」
「!…お、俺の『名前』知っててくれてんのお?!」
その少女が自分のことを知っていてくれた、ということに、飛び上がらんばかりの反応を見せる甲児。
「うん!…兜、甲児、君…マジンガーZの、パイロット…」
「そうそう!」
「いっつもいっしょうけんめいで、『トモダチ』おもいの、やさしい男の子…」
「あー、そう?!いやあ、何か照れちゃうなー!あっはっはっはあ!」
「…」エルレーンにほめられ、もはや甲児は有頂天だ。
照れで顔を真っ赤にしながら、頭をかきつつからから笑う…
さやかがシラけた視線で冷たくそんな甲児を見据えているが、今の彼には何処吹く風であるようだ。
…と、そこに、先ほどまでリョウの部屋の通信機で何やら話していたハヤトが戻ってきた。
「…エルレーン、お前、今日はどれくらい起きてられそうだ?」
「んー?…んーと、…結構、長く、起きてられそうだよ」
「そうか。…どっちにしろ、いったんブライト艦長のところに行くか。恐竜帝国やメカザウルスのことを聞きたがってる」
「かんちょーさんのところ?」
「ああ。…今、連絡して来た。すぐブリッジへ来いってさ」
「『ぶりっぢ』?」
「…ま、要するに、このアーガマのコックピットだな」
「!…ふうん…!…それじゃ、早くいこっ、ハヤト君、ベンケイ君!」
それを聞くなり、「ぶりっぢ」とやらに向かうため、ぱっと勢いよく駆け出すエルレーン。
ハヤトとベンケイも、慌ててその後に続く。
「あー、もういっちゃうのー、エルレーン?」
あっという間に小さくなっていくエルレーンの後姿に、未練がましい声をかける甲児。
「うん!…うふふ、またね、甲児君…☆」
「はぁい、またねぇ…☆」
「…アホ…」かわいらしい笑顔で手を振るエルレーンに、見送る甲児が満面の笑みをたたえて手を振りかえした…
隣に立つさやかはただ一言、真実をつく言葉を口にするのみだった。
「…はは、何だか…調子狂っちまうな。…リョウのクローンとは言っても…なんだか、ちっちゃな子供みたいな子なんだな」
廊下を駆けていくエルレーンの後を急ぎ足で追いながら、ベンケイがハヤトに向かって笑いながら言った。
「ああ…」言葉すくなに返答するハヤト。
「なんか、すっごい無邪気で明るいんだな、エルレーンって…本当、ちっちゃい女の子みたいだ」
エルレーンから受けた印象を素直に語る笑顔のベンケイを、どこか哀しげな目でハヤトは見ている。
ベンケイには、まだエルレーンのその面しか、はっきりとは見えていないのだ。
だが、ハヤトは知っている。
彼女が持ち合わせる、おそらく生まれたときから持たされていたのであろう、それと相反する漆黒の面を…
「…ベンケイ」
「何だ?」
「お前は、知らないから…あいつが、エルレーンが、どんなに哀しい運命を背負ってた女か、知らないから…」
「…?」
その言葉の意味を、ベンケイはよく理解できなかった。
そんな彼に対し、ハヤトはふっと微笑した。
「でも、そのほうがいいのかもしれん。…そのほうが、な」
「…??」やはりハヤトの意図することがわからず、困惑するベンケイ。
…ハヤトはそんなベンケイの様子を見ながら、ふっと昔のことを思い出した。
…かつて、敵と味方に分かれ、お互いがお互いのことを想いながら、殺しあったあの日の事を。
そして、その原因を作ったのが、ほかならぬ自分たちゲッターチームであったという事実、罪の記憶も…


back