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◆ Kavarierbariton〜soprano lirico spinto
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「あ…暗黒大将軍殿、ッ」
気づいた時には、もう既に遅かった。
ゆっくりと倒れ伏していく…その巨体が。
暗黒大将軍の背が、ここから見える―
その背には、不自然な銀色の突起が突き出ている。
それは切っ先。偉大な勇者が、大将軍を屠った剣の一撃、その切っ先。
「…〜〜ッッ!!」
ぎりっ、と、奥歯がきしる音を立てた。
怒りと悔恨に噛みしめられた牙は、痛みすら与えるほど―
ゴーゴン大公も、暗黒大将軍も…守れなかった。
倒された。自分の、眼前で。
「…」
レーダーを見る。
そこに、味方機を表す光点はもはやない。
無人機は有人機よりもろいとはいえ…それでも、恐竜帝国が誇るメカザウルスが、これほどまでに容易く全機破壊されるとは!
「人間」の率いる軍、そして彼らの駆るスーパーロボット…
その強力さに、冷たいものが背筋を通り抜ける。
「さあて、次はお前か…恐竜帝国!」
「!」
その挑発の言葉が、自分にかけられたものであると言うことを悟る瞬間―
キャプテン・ラグナの脳裏に、上官の声が響いた。
『馬鹿者。そんなことに<いのちを賭けて>もらっては困る』
バット将軍。
彼は、自分にそう望んだではないか?
『お前には、帰ってきてもらわねば困るのだ』
「…」
再び帰れ、と。「いのちを賭ける」ことなどなく。
『ともに戦ってもらわねば困るのだ。…無為に死に急がれては、困るのだ』
そして、ともに戦え、と。「無駄に死に急ぐ」ことなどなく。
だが、しかし―
(…申し訳ありません、バット将軍、ゴール様)
騎士の唇に、哀しみの混じった苦笑が浮かぶ。
忠実なる龍騎士(ドラゴン・ナイト)の魂において、仕える主たる彼らの命に背くことは明白たる過ちであれど―
(私は結局、こうすることを『選んだ』のです)
それでも、退いてはならぬ時がある。
己の意地のために。己の意思のために。
龍騎士(ドラゴン・ナイト)の誇りにおいて。
(そう。おそらくは、きっと…最初から)
いや、ひょっとするとそれは単なる固執かも知れぬ…
己の師を、敬愛する師を奪った、あの「人間」の小娘に対する固執。
あの忌まわしい憎らしい妬ましい怨めしい「人間」の小娘に対する固執。
それでいて美しく舞い戦う、自分と同じ剣を…あの女(ひと)から受け継いだ、恐竜剣法…操る小娘に対する固執。
男は、微笑った。
そこまでしてあの矮小な小娘に拘(こだわ)る、己自身に。
全身の血が、戦慄いている。
今から始まるだろう戦いに備え、全身にその蒼血を散り飛ばす…
「…あいつ、逃げないのか?」
「玉砕覚悟か。たいした根性だな」
一機残されたにもかかわらず、撤退しようとしないメカザウルス・レギ。
最後まで戦う、との決意をそこから読み取り、かすかにざわめくプリベンターたち…
と、マジンカイザーが一歩前に歩み出る。
「はっ、立派じゃねえか!…なら、その根性に免じて!この兜甲児が相手してやるぜ!」
「ふん…」
だが。
はじめから、彼の獲物は決まっていた。
銀色の短髪が、闘志にあおられ揺らめいている。
「ハ虫人」の紅い蛇眼が、倒すべき怨敵を探して燃えている。
「貴様らなどに、用はない。…私が、殺しに来たのは…たった一人だ」
「?!」
「…出て来い、No.39ッ!」
「!」
大声で、呼ばわる―
その忌まわしき製造ロットリングナンバーは、39!
ガレリイ長官によって製造された流竜馬のクローン・モデュレイテッド!
「出て来い、No.39…!」
そうだ。
そうだ、私は―
お前と戦うために、この戦場にやって来たのだから!
「この、私が!貴様を裁いてやるッ!」
「…キャプテン・ラグナ!」
龍騎士(ドラゴン・ナイト)の猛る声。
その声が、自分を呼んでいる―
どくん、と、心臓がわなないた。
そして、拍動する。
たぎる炎のごとき赤い血が、戦いを前に全身を灼く…
「…エルレーン!」
「…」
リョウの声にも、止まらなかった。
…ゲッタードラゴンが、一歩前に出た。
そして、さらに一歩。さらに前に。
さらに前に、対決の場に。
「エルレーン、お前…」
「…エルレーン」
ベンケイの声にも、止まらなかった。
ハヤトの声にも、止まらなかった。
そのかわり。
振り返らずに、彼女は言った―
「…見ていて」
「!」
「そこで、見ていて…」
「エルレーン!」
驚くほどに、揺らがぬ声。
彼女の透明な瞳も、揺らがない。
何故なら―彼女は既に、見据えている。
「あの人は…私だけが、狙い。私が逃げたら、いけないんだ」
「…だけど!」
「…」
たった一人で、立ち向かおうとするエルレーン。
たった一人で、決闘に向かおうとするエルレーン。
リョウが呼んでも、彼女は退かない―
退けるものか。
あの男も、退きはしない。
そして…
「…ルーガも、」
あの女(ひと)も、退きはしなかった!
「ルーガも、逃げなかった」
「!」
「だから」
だから、退けるものか。退きはしない。
それが、自分が「選んだ」道だから!
(私も、逃げない―!)
ゲッタードラゴンが、単機。
単機のみにて、メカザウルス・レギに相向かう。
ただならぬ様子を感じ取ったか、誰も他には動こうとはしない…
動けるものか。
これは、決闘なのだ。
一対一の、決闘なのだ。
「…」
無言のままに、エルレーンは往く。
やがて…ゲッタードラゴンの歩みが、止まる。
両者の間に、風が吹く。
ゲッタードラゴンとメカザウルス・レギの戦場に、風が吹く。
「…汚らわしい」
「…」
先に口火を切ったのは、壮年の龍騎士(ドラゴン・ナイト)だった。
年若き女龍騎士(ドラゴン・ナイト)は、黙ったままそれを聞いていた。
「No.39…貴様、わかっているのか、貴様の罪深さが!」
「…」
「貴様のせいで!貴様なぞのせいで!ルーガ先生は死んだのだ!」
「!」
だが。
その「名前」を聞いた時、はじめて彼女の表情が変わる。
なおも続く、キャプテン・ラグナの面罵。
それはどろどろとしたマグマのような、煮えたぎる怒りをその源として。
「貴様なぞをかばって、ルーガ先生は死んだ!
龍騎士(ドラゴン・ナイト)としての地位も、『剣聖』としての名声もなくして!
恐竜帝国に弓引くものとして、裏切り者の汚名すらかぶされて…ッ!」
邪悪なるその憎悪を、しかし―少女は、真正面から受け止めた。
「そうだよ…」
「?!」
あくまで、静かに。
少女は、肯定した。
思いもかけない返答に、キャプテン・ラグナがひるむ…
だが、エルレーンはなおも言う。静かに。
「そう…私のせいで、ルーガは死んだんだ。私なんかをかばって、ルーガは…死んだ」
「…」
「いつも、そうだった…ルーガは、私を、守ってくれた」
そして、その透明な瞳に闘志が宿る!
「いつも、いつだって!私を守ってくれたんだ!」
「…」
「…『生きていろ』、って!『生きていろ』って、言ってくれたんだッ!」
強く唸る、強く猛る!
彼の女(ひと)から受けた信頼を、情愛を、希望を、何より汚させないために!
龍騎士(ドラゴン・ナイト)の誇りを、汚させないために!
「だから!」
少女は吼える、全身で!
「私は…私は、あなたに殺されるわけにはいかないんだァッ!」
「…〜〜ッッ!」


「…私は」

「私は…」

「私は…!」


透明な瞳が、男を射る。
戦うために生まれた、戦うために造られた、戦うために在る少女が、
己がただの「兵器」であることを否定する―
彼女は戦う、そう…
彼女自身が、「人間」として生きるために!
彼女が「人間」として生きるそのことこそが、彼の女龍騎士が望んだ何よりの願いだったのだから―!


「私は、死なない…簡単に、死んで、あげる、わけには、いかないッ!」

「私のために、ルーガは死んだ。だから、私は悪い子なのかもしれない…ううん、きっと悪い子だ」

「…でも!それなら、なおさら!私はルーガの言ったことを、忘れちゃいけないんだッ!」

「あなたたち、恐竜帝国が!この地上を奪って、『人間』を殺すって言うんなら…」

「私は、それを止めなきゃいけないんだ!」


「…私は、『敵』を倒す『剣』!『仲間』を守る『楯』!」
そして。
No.39…エルレーンは、高らかに言い放つ!
キャプテン・ラグナは、決然と言い放つ!
「私は、戦う…龍騎士(ドラゴン・ナイト)としてッ!」
「ほざけ、龍殺し(ドラゴン・キラー)ッ!」


同時に、ほぼ同時に。
ゲッタードラゴンが、メカザウルス・レギが動く―
剣の柄に手をかけ。
鞘から引き抜き、構え。
そして、翔ぶ―お互いに向かって。
剣が泣く。剣が薙ぐ。剣が鳴く。




二人の龍騎士(ドラゴン・ナイト)の戦いが始まった―





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