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◆ interval(幕間)
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「!」
「な…」
凍てついた。
恐竜兵士がたった今この帝王の間に持ち込んできた急報は、まさしく二人の心胆を凍らせるものであった。
「それは、真(まこと)か?」
「は、はい」
問い返すバット将軍の鋭い声に、恐竜兵士はうなずく。
「連絡が途絶えたキャプテン・ラグナ隊を捜索したキャプテン・ソウカ隊が、射出された脱出ポッドを発見。
メカザウルス・レギ機のもので、中に負傷したキャプテン・ラグナを見つけたとのことで…」
「怪我の具合は?!」
だが、彼の説明を断ち切って、それよりも何よりも気がかりなそのことを問う。
…恐竜兵士は、一旦ためらった後、真実を告げる。
「…軽いものではない、とのことですが、命に別状はないようです」
「…」
「ただ…戦えるような状態ではないのは確かなようです。…負傷中の今も、おそらくは…その後も」
「…!」
おそらく、彼はそれを詳細に知っていたのだろう。帝王にそれを知らせる職務ゆえに。
だが、彼はあえてその言を注意深くぼやかした。
それは、帝王たちを絶望させぬためなのか…
それとも、単純に。
その状態が、「言葉にあらわすにもはばかられるほど」ひどいということなのか―
何にせよ、彼らは悟る。悟らざるを得ない。
あの剣士は、最早還ってこない…
今、この恐竜帝国が一の恐竜剣法使い、キャプテン・ラグナは…もはや、その剣を握ることは出来ない!
「その周囲に、ミケーネ帝国軍の戦闘獣と思われる残骸も発見した模様です」
「…暗黒大将軍たちも、討ち死にしたか」
「はっ…」
「…」

「キャプテン・ラグナ…!」

「だから!だから、行くなと…!」
「…」
「何故お前がこんな目に!何故…」
「…バット将軍」
「はっ…し、失礼致しました」
「よい…」
帝王は、鷹揚にうなずく。
そして、視線と手振りで恐竜兵士を下がらせた。
すると、帝王の間には、再び帝王ゴールとバット将軍だけが残される。
「わしが往かせた。わしの責だ」
「…いえ、そんなことは、」
「あ奴を止めることができなかった。わしの罪だ」
「ゴール様…」
「バット将軍」
「はっ…」

「奴ら、じきに来るな」
「ええ」
「『大気改造計画』の進行は?」
「今しがた、報告が入りました」

「…成りました、と」
「…!」

「よし…」
帝王が、唸った。
「動くぞ!」
「!」

「暗黒大将軍、ゴーゴン大公、キャプテン・ラグナ…そして、無数の我が同胞たちのために!」
「はい!」

そして、帝王は嘆息する。
それは、長い長い長い長い吐息。
今の今まで押し込められた不遇なる者たちが、解放を前にして放つ感嘆の吐息。
「長かった…」

そう。本当に長かった。

「ゲッター線のため、光をなくした地の底で喘(あえ)いで幾世紀…本当に、長かった」

雌伏の時は、本当に長かった。

「想像を絶するようなマグマ層の中での生活…苦しみの連続だった」

苦難の時は、本当に長かった。

「そして…ゲッターロボども、『人間』どもとの戦いで、多くの『仲間』が、多くの勇者が死んでいった!」

屈辱の時は、本当に長かった。

「叫び!吼え!呪い!のたうち!過去の栄光と地上の生活を求め、夢見て死んでいった同胞たちよ…!」

試練の時は、本当に長かった。

「しかし、地上はもうすぐ我々の手に戻る」

だが、その雌伏も苦難も屈辱も試練も、全てはこの時のために払わねばならなかった代価。
大いなる賭け、全ての運命をひっくり返す大勝負、そのために払わねばならなかった掛け金(ベット)。
ならば、その賭けに勝ったなら―
それ以上のものが、地上に生きるという栄光が手に入るのだ!
そうだそれこそ彼ら「ハ虫人」の悲願!
何をもってしてでも実現すべき悲願!
光にあふれた地上を、再びその手に取り戻す―!

「地球は『ハ虫人』の天下となるのだ…!」


「…」
「…」
「…エルレーン」
「…」
アーガマ・格納庫。
帰還したゲッターチーム。
ゲッターロボG、真・ゲッターロボが、作業員の手によって再び格納されていく様を見るとはなしに見ながら、彼らは立ち尽くしていた。
ひとりの少女を囲んで。
…エルレーン。
彼女は、ただ一文字に唇を結び、立ち尽くしている。
無表情、というよりは、荒れ狂う感情を無理やり抑制して何とか保っている、平坦さ。
その表情があまりに悲壮で、リョウたちは息を呑む。
「…」
「…」
「…」
「…」
「…った」
すると。
ぽつり、と、少女が何事かをつぶやいた。
あまりに小さなつぶやきは、広い広い格納庫の中に反響する機械の駆動音に吸収されてしまう。
「?…何だい、エルレーン?」
「…いた、かった」
リョウが問う。
エルレーンが、もう一度同じ言葉をつぶやいた。
「な…ど、どこか、怪我でもしたのか?!」
「…」
その言葉に泡を喰うリョウ。
慌てて彼女の身を案じるが、エルレーンは…黙って、首を振った。
そうではない。
彼女の負った傷は、肉体のものではない。
エルレーンは、そっと…その両手を、胸に当てる。
「…エルレーン?」
「むねが…いたい」
そう、吐き出した。
途端に、今まで平静であった彼女の表情に、激情の色が表れる。
怒り。哀しみ。
そして何より、自責の棘(いばら)。
「苦しい…くるしい…!」
「…エルレーン」
「わたしは…私は、ああ、するしか、なかったんだ!」
「エルレーン…!」
「だって!私は、そうしなきゃ、あの人たちは…ッ」
「エルレーン!」
昂ぶる感情。荒れる呼吸。
混乱のままに吐き出される彼女のセリフは、痛くて、痛くて、痛くて―
「エルレーンッ!」
「…!」
再び、同様の兆しを見せるエルレーンを、リョウは怒号で押さえ込んだ。
大声にはじかれた彼女の両肩に、リョウの手が置かれる―
そのまま。真正面から。リョウは諭す。
まっすぐに、エルレーンを見つめて。
「…そうだ。お前は、ああするしかなかったんだ」
「…」
「それが、お前が『選んだ』道だから」
「…」
「大丈夫だ」
リョウの黒曜石の瞳が、エルレーンに向いている。
「大丈夫だ、エルレーン」
エルレーンの透明な瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「例え、それが間違っていたとしても」
それは悔恨のための涙なのか、それとも悲憤のための涙なのか。
「例え、その罪でお前が裁かれようとも」
リョウは、己の分身を前に―それでも、同じことを彼女に告げる。
自分の運命は、彼女の運命とともに在ることを!
「俺たちも、一緒だ…何処までも、一緒にいてやる!」
「リョウ…」
そして、リョウの言葉に同するのは、ハヤト。
「お前さんばかりに背負わすつもりなんざ、最初からねえよ」
「ハヤト君…」
「こいつは、俺たちの戦いなんだ…何処までも相手してやるぜ」
そういうハヤトの表情にも、引きずった影と、それとまぜこぜになった決意。
戦いを続けてきた。肯定もし、否定もしながらに。
と。
「そうさ、俺たちゲッターチームのヤマなんだしな!」
ベンケイが、急に元気な声をあげた。
場違いなくらいに、元気な声。
「ベンケイ君」
「…はは、そんな顔すんなよエルレーン」
乾いた笑いが、ベンケイの喉で鳴った。
ベンケイが、笑った。
「覚悟は決めてた…そうだろ」
「…」
人のよさそうなベンケイの表情が、笑っている。
笑ってみせている。無理やりに。
だから、それは弱々しい微笑にしかならなかった。
だから、エルレーンはうなずくことしかできなかった。
そして。
「…ねえ、リョウ」
「ん…?」
「…どうして、」
少女は、問いかけた。



どうして、「にんげん」と「はちゅうじん」は、ころしあわなきゃいけないの…?



「…!」
呼吸が、止まった。
それは、自分たちが殺しあったその時と同じ問いであり、
彼の女龍騎士と殺しあったその時と同じ問いであり、
そしてその度に、「答え」を見つけることができなかった問いだった。
わからない。誰にも。
その「答え」は、もう誰にもわからない。
リョウにも。ハヤトにも。ベンケイにも。
「…」
「…」
「…お、俺にも、」
リョウの瞳からも、透明な涙がこぼれ落ちる。
苦笑とも微笑ともつかない笑顔の仮面のすきまから。




「俺にもわからないよ、エルレーン…!」





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