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◆ ヒトの剣士、龍の剣士
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「…」
旗艦アーガマ・ブリッジ。
このアーガマのキャプテンたるブライト・ノアは、剛健一とエルレーンを前に、彼らの報告を聞いていた。
「それで、その男は…確かに、マシーンランドを、」
「はい。『マシーンランドを地上に浮上させ、実行するだけだ』と言っていました」
「そうか…」
彼らがバザーで遭遇したという、「人間」に偽装した「ハ虫人」(らしき人物)…
その口から発せられた言葉は、十分に彼の危機感をあおった。
すなわち、「大気改造計画」が―地上の大気を変質させ、地表に降り注ぐゲッター線の減少を図るとともに、「人間」の抹殺を試みるという―始動近き状態に在る、ということ。
もし、「大気改造計画」が発動すれば、その時点で―世界は、終わる。
少なくとも、「人間」にとっての世界が…
「エルレーン君。マシーンランドは、マグマ層内を自由に移動できるんだったな」
「うん…だから、もし出てくるとしたら、…そのマグマが、地上まで出ている場所」
「…火山、か」
エルレーンの言葉に軽くうなずきながら、ブライトは一人ごちた。
彼の視線が、大スクリーンに映る艦の針路図へと移る。
プリベンターが渡ってきた針路は、広き大陸を通り抜け…また、新たな大陸の中にある。
「地形はかなり変わっているが、ここガリア大陸中央部から東北東にいくと…おそらく、東アフリカ地溝帯につきあたる。可能性としては、そこだな」
東アフリカ地溝帯とは、かつて世界有数の高峰であったキリマンジャロ山を通る大地の亀裂であり、強大な火山活動のエネルギーによって生み出された地形だ。
当然この地溝帯に沿って、いくつもの火山が隆起している…
「もちろん、マグマ層や火山活動も我々の時代からは大きく変動しているだろうが…一応、地溝帯に沿うように移動進路をとろう。
マシーンランドの出現に際しては、絶対に作戦の発動を喰い止めねば」
「…」
マシーンランド、恐竜帝国の本拠地たる巨大移動基地。
通常はマグマ層を航行しているこの基地が、次に地上に出てくる時―
それがまさに、「大気改造計画」発動の時となる。
「そのことだが、ブライト」
と、アムロの言葉が、彼らの会話に割り込んできた。
「この間のバザーで、ボス達が物売りから聞いたらしいが…どうやら、廃棄されたイノセントたちの基地がそちらの方向にあるらしい」
「イノセントの基地?」
「ああ。…正直、この間のバザーでも、弾薬と燃料は思ったより手に入らなかった。
物売りたちの話によれば、廃棄されたのはそう昔ではないようだ。なら…」
「ひょっとしたら、転用できる弾薬などが残っているかも知れんな」
「その基地…ポイントZXと言うらしいが、そこに立ち寄るのも悪くない選択だと言えそうだぞ」
「…そうだな」
これから始まるのは、まさに血で血を洗う決戦。
この地上を制する種を決定付けるその戦いは、おそらく総力戦となるだろう…
そのためには、戦いの準備を。
戦い抜くためのリソースを絶対に必要とする。
今回のバザーでそれを十分に得られなかったプリベンターとしては、まさに渡りに船といった情報だった。
しばしブライトは腕を組み熟考していたが、そのうちに…エルレーンたちを放りっぱなしにいていたことに気づき、遅ればせながら言葉をかけた。
「ご苦労だった、二人とも…休んでくれたまえ」
「はい」
「わかったの…」
そして、ブリッジを辞する二人。
廊下を歩む二人分の足音が、硬質な床に鳴り渡っていく。
「…」
「…エルレーンさん」
と…健一が、自分の少し前を歩いているエルレーンの背中に、呼びかけた。
「?…なあに、健一君?」
エルレーンは、振り返る。
だが、意外なことに、彼女の目に映る健一は…何か、不服げな表情をしていた。
その多少の怒りを混ぜ込んだような彼の瞳に、エルレーンは少しひるんでしまう。
健一は、低い声で率直に問うた。
「エルレーンさん、どうして…何も言わなかったんですか」
「え…?」
「だって、エルレーンさん…あの男に、殺されかけたんじゃないですか!」
「…」
「しかも、あいつ…エルレーンさんのことを知ってるようだった。
いや、むしろ…あなたを狙っていたみたいだった。だったらまたあいつは…!」
「健一君」
必死にエルレーンの身を案じる健一の言葉を、低い彼女の声が押さえ込んだ。
―その声で、健一は改めて彼女の顔を見る。
エルレーンは…まっすぐに、自分を見ていた。
まっすぐでひたむきな、だがだからこそ危うさを感じ取れてしまう、そんな透明な瞳―
「私は、大丈夫だから…」
「で、でも!せめて、リョウ君たちには、」
「だめッ、健一君!」
「!」
拒絶した。半ば、請うる様に。
「リョウ達にも、言わないで…」
「ど、どうして?!」
さらに小さくなる彼女の声。
ともすれば聞き逃してしまいそうなほどかすかな声が、彼女の唇から漏れ出でた。
「…心配、かけたくない」
「…」
「お願い…健一君。私、大丈夫だから。大丈夫だから…
今日のこと、リョウ達には言わないで…」
「エルレーンさん…」
エルレーンは拳を握りしめる。
強く強く、力を込めて。
その目にたたえるは硬い意思か、それとも退けない意地なのか―


だから、健一はそれ以上何も言えず…彼女に背を向け、その場を去った。


そして、
彼女の姿が見えなくなってから、


迷うことなくリョウの部屋へと向かった。


「…」
「キャプテン・ラグナ」
「…バット将軍」
恐竜帝国マシーンランド。
地上偵察に行っていたキャプテン・ラグナがバット将軍の前にあらわれたのは、彼が姿を消してからもうだいぶたった後のことだった。
「地上の様子はどうであった?」
「やはり諜報部の報告どおり、プリベンター一味でした。バザーにて補給を行っていたようです」
「そうか…狙いはやはりアンセスターどもの本拠地か?」
「おそらくは…」
「ふむ…」
首肯するキャプテン・ラグナの回答に、バット将軍は腕を組む。
「アンセスターたちはもちろんのことですが、今は敵対しているその他の『人間』どもも、奴らプリベンターに同調しないとも限りません。
そうすれば、我々の『敵』は倍増します」
「まだどの勢力とも和解しておらぬ、今がチャンスか」
「はい。今のうちに、『大気改造計画』を…弱った『人間』どもを叩き潰すのは、その後でも遅くはないかと」
「そうだな。私もそう思う」
バット将軍も、キャプテン・ラグナの意見に納得したようだ。
「人間」という主が、相争って共喰いになり、お互い潰しあっている今こそ…好機。
奴らを一網打尽にできる起死回生の一手であり、そして「ハ虫人」の地上進出のための布石。
そう、「大気改造計画」は、まさに今為されるべきなのだ。
「それでは、そのように帝王に進言してこよう」
「…」
帝王ゴールに報告するため、身を翻すバット将軍。
その後ろ姿を見ながら、キャプテン・ラグナは頭蓋の中で勘案する。
…実は、「大気改造計画」は…正確に言うなら、完成してはいない。
九分九厘完遂…と言ったところだが、つまりそれは完全ではないのだ。
主たる研究者であったガレリイ長官を失った「大気改造計画」は、大幅な遂行遅延を余儀なくされた。
バット将軍の指揮下、何とか研究は進められたものの…
結局は大幅な時間を喰ってしまい、今に至るというわけだ。
そして、今なお…その実行のためには、多少の時間を必要とする。
―間に合う、のか。
キャプテン・ラグナは、己が内で一人ごちた。
一刻も早く研究を完成し、彼奴ら「人間」を地獄の釜の底に叩き込むことができるのか―!
「キャプテン・ラグナ。お前も、この度の戦では前面に立ってもらうことになろう。
恐竜剣法の名手として…奴ら『人間』どもを切り伏せてくれ」
「はっ…心得ております」
バット将軍に短くそう応じるキャプテン・ラグナの蛇眼には、闘志。
(そう…私は、負けるわけにはいかないのだ)
キャプテン・ラグナは拳を握りしめる。
強く強く、力を込めて。
その目にたたえるは硬い意思か、それとも退けない意地なのか―




(私が、「ハ虫人」の私こそが…恐竜剣法の「正当なる」伝承者なのだから…!)





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