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◆ 「秘密」
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ミーティングルーム。
待機任務外のゲッターチームの三人は、そこでだらだらと退屈な時間を過ごしていた。
「…ん?リョウ、どうした?」
「あ…何だい?」
ベンケイが呼ぶ声に、はっと我に帰ったリョウ。
…今までぼんやりしてしまっていたらしく、言われてようやく気がついた。
「なんかお前、今日顔色悪いぞ?」
「そうか…?」そう言われ、頬を手に当ててみるリョウ。そんなに顔色が悪いのだろうか。
「いや、ちょっと腹が痛くてな」
「お前、本っ当に胃腸弱いのなー!何かっていっちゃあ『腹痛い』っつってるじゃん」
ベンケイがあきれたように言う。
…リョウはどうも胃が弱いらしく、よく腹痛を訴えている。
…大体月に一度くらいはそう言っているのだ。
「俺はデリケートなんだよ、お前と違って…お前は強すぎるの!」
ベンケイの肩を軽くつきながら、そう言い返すリョウ。
何でも喰うし、その量がまた尋常ではないベンケイの鋼鉄の胃袋と比べてもらっちゃあ、困るというものだ。
…それに、この痛みは、そっちの痛みではないのだから。
「そっかー?薬は?俺の○露丸いる?」
「いや、寝てれば治ると思うから…」
ベンケイの申し出を、彼は微笑みながら辞去する。
そういう薬を使う類の痛みではないし、たいしたことではない…
そう、たいしたことではないのだ…「いつも通り」。
「ふうん…」
「…でも、俺たち当番じゃなかったっけ?哨戒飛行の」
「それは大丈夫。俺もちゃんと参加するよ」
「…いい。お前は休んでろよ」
「ハヤト?…はは、大丈夫さ…これくらい」
「…」
そうリョウは言って笑うのだが…どうしても、その表情には痛みのせいか、影がさす。
だから、その笑みには、ハヤトたちを安心させる効果など何も無かったのだった。

「ふう…」
自室に向かう廊下を歩いていると、またあの痛みがやってきた。
きりきりとした下腹部の痛みに、思わず顔をしかめるリョウ。
立ち止まって廊下の壁に手をやり、その痛みを逃がすようにゆっくりと息をつく。
「…リョウ」
「!…ハヤト」
…と、振り向くと、いつのまにかそこにはハヤトが立っていた。
「お前、本当に顔色ヤバいぜ。真っ青じゃねえか」
「…」
確かにハヤトの言うとおり、今のリョウはまわりが心配してしまうほど顔色が悪い。
…が、彼自身は特に心配もしていない。
これも、「いつも通り」だからだ。
心配げな顔をするハヤトに、リョウは微笑って…ポケットから何かを取り出して、彼に示して見せた。
「大丈夫、医務室からコレくすねてきたから」
「コレ、って…頭痛薬?何で腹痛にこんなモノ…」
「…そうじゃないやつにも効くんだ、これ」
「!…そ、そうかよ…た、大変だな」
始めは、彼がそう言う理由がわからなかったハヤトだが…その頭痛薬の紙箱に書かれた文句を見て、ぱっとそれを理解した。
…やはり少し動揺してしまったのか、その「病」に苦しみリョウを気づかう言葉がどもってしまう。
…その薬の箱には、紺色の背景に白ででかでかと商品名が染め抜かれ、その上に…少し大きめの文字でこう書かれていた…
「頭痛・生理痛に」。
「いや…まあ、今日さえ何とかなれば、まだマシなんだ。…それに、もう慣れちまったよ」
「そうか…何かやってやれることがあればいいんだがな」
「はは、お前には一生わからねえよ。…でもまあ、お前…黙っててくれてるからさ、俺の…このこと。それで十分だよ」
「そのほうがいいんだろう?…まあ、誰も信じねえよな、こんなこと…お前が『お』…」
「ハヤト!」
「…悪い」
リョウに制され、慌てて口をつぐむハヤト。
…危ないところだ、通りがかった誰かに聞かれてはまずい。
…何しろこれは、この場ではハヤト以外に誰も知らない…リョウの「秘密」なのだから。
そう、彼…流竜馬は、「女」なのだ。…その身体は。
しかし、彼はあくまで「男性」としてふるまっている。それはずっと昔からそうだったのだと、彼自身は言っていた。
リョウの実家は、剣道の道場をやっているそうだ。
そのため、後継ぎを…「息子」を必要とした彼の父親・流竜作によって、リョウは「息子」として育てられた…
「女」として生まれてきたにもかかわらず。
出生届も「男」として出されているリョウは、社会的にも「男性」だ。
…いままでも、そして…これからも。
だから当然、自分たちも彼を「(同性の)親友」として見ていた。
通っている高校、浅間学園でも…彼はサッカー部のキャプテンであり、友人も多い、熱血直情タイプの好青年…
女子生徒からきゃあきゃあ騒がれる存在でもあった(彼自身は、それを苦々しく思っていたのかもしれないが)。
しかし…かつて、自分たちゲッターチームが恐竜帝国と戦っていた時…彼が意識不明になって入院したことがあった。
その時だった。自分たちがリョウの「秘密」を知ったのは…
確かに驚いた。
驚かないはずが無いだろう、自分たちの「親友」、「男」だと思っていたゲッターリームのリーダーが…実は「女」だったなんて。
だけど、それだけだ。
驚いただけ。戸惑っただけ。
それに…彼を否定する言葉なんか、吐けやしなかった。
その事実を自分たちに語ったときのリョウの表情を見れば…
彼は、どこかあきらめきったような…だがそれでいて迷いのありありとあらわれた、複雑な顔をしていた。
矛盾する感情。矛盾する身体と心のベクトル。
リョウ自身も、そのジレンマに苦しんできたのだろう。
いや、今もって苦しんでいる…それが瞬時にわかった。
だから、自分たちは言った。
別にお前が「男」であれ「女」であれ、お前がゲッターチームのリーダーであることにはかわらないし、自分たちの「親友」であることにはかわりがないのだと。
第一、それまでの時間…自分たちはリョウと「親友」として付き合ってきたのだ。
その時間は、嘘でもなんでもない。本当のことなのだから。
「リョウ」は、「リョウ」なのだから…
もちろん、彼はそのことを他の人間に知られることを嫌った。
…だから、この「秘密」は、ごく小数の人間だけが知っている…
自分と、ミチルさんと、早乙女博士と…そして、死んでしまった、ムサシだけ。
だから、それ以来もリョウが「女性」であることはずっと隠しとおしてきた。
それまでどおり、自分たちは同じ浅間学園寮の三人部屋に同居していたし、
リョウもどう工夫しているのか、自分が「女性」であることを他の者には悟らせなかった
(今日の「これ」も当然毎月あったのだろうが…一体どうしていたのだろうか、それはまったくわからなかった)。
そして、全てが元通り…もしくは、元通りに極力近い状態にもどる。
その状態が今に至る、というわけだ。
…そのため、ここで彼の「秘密」を知っているのは自分だけなのだ。
ベンケイもそれを知らない。
彼は、恐竜帝国壊滅後にゲッターチームに入ったからだ…死んだムサシのかわりに。
「な、何にせよ…本当にお前、哨戒飛行大丈夫か?俺とベンケイだけでいってきてもいいんだぜ?」
「いいって言ってるだろ?…大丈夫、俺は…ゲッターチームのリーダーだぜ?その俺がサボって寝てるわけにはいかないさ」
しかし、ハヤトの提案をリョウはそう言って拒絶した。
薬のパッケージを箱から取り出し、ぷちぷちと手の上に出しながら。
「で、でもよ…え、えっ?!」
何とかその固い意思を変えようとなおも言葉を継ごうとしたハヤト…
が、その言葉が驚きで断ち切れる。
「…何だ?」
いきなり戸惑ったような声をあげるハヤトに、いぶかしげな視線を向けるリョウ。
「り、リョウ、お前…そ、そんなたくさん飲んでいいのか、それ?!」
リョウの手のひらには、パッケージから出された白い小さな錠剤が5個ほどものっていた。
…はっきりと覚えてはいないが、先ほど手にした箱には「大人:一回一錠」とか書いていなかっただろうか?!
「…ああ、ダメなんじゃない?…でも、痛くてさあ」
しかし、リョウはあっさりそう言ってのけるのみ。
ぽん、とその全てを口の中に放り込み…がりがりと噛み砕く。
…そして、しばらくその苦味に嫌そうな表情を浮かべていたが、やがてごくりと全てを飲み込んだ。水無しで。
「…」
…こいつ、慣れている。相当、慣れている。
「痛い」といいながら、その痛みに平然としている。
規定量を超えた量の薬を飲むというのも、多分昔からなのだろう。
…いくら心は「男」とは言っても、身体は「女」…
毎月来る「それ」に、あっさり適応しているその様を見て、ハヤトは…
自分の理解の範疇を超えてしまっている、と感じていた。
「ほ、本当に、大変だな…」
「何真っ赤になってるんだ、ハヤト?…まあ、お前はわからなくていいよな、本当に」
なんと言っていいかわからず、同じセリフを繰り返すハヤト…
そんな彼に、リョウはにやっと笑ってこう言うのだった。
「…でも、お前にもいっぺん味あわせてやりたいぜ、『これ』!
お前がいっつも浮かべてるような、すました顔する余裕なんざ…多分一発で無くなるだろうぜ!」


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