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◆ "Glory of Freedom or Death as an Arms"
  〜殺意のカノン
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「さあ…殺してやるぜ、オリジナル?…死ぬ覚悟って奴は、できたかよ?!」
「…」
「へへ…」
対峙する二台のゲッターロボ。ゲッタードラゴンに真・ゲッター1…
向かい合うそのパイロット…ゲッターチームのリーダー・流竜馬と、そのクローン体・No.0…
No.0の挑発に、リョウは無言のまま。
一瞬の空白の後に、彼は…自分がとるべき、最善の方法を選択した。
「?!」
「り、リョウ?!」
「?…てめぇ…何の、つもりだ?」
ハヤトとベンケイの目が、驚きで見開かれる。
No.0の表情が、いぶかしげなものに変わる。
彼らの困惑が交錯する中、ゲッタードラゴンは…手にしたトマホークを放り捨てたのだ。
「敵」を前にしていながら…!
ずうん、という鈍い音を立て、ゲッタートマホークが地に落ちる。土煙が巻き上がる。
かすかに沸き起こったその土煙が、ゲッタードラゴンに降りかかっていく…
「…見てのとおりさ、No.0」
リョウは、そんな彼女に薄く笑んだ…
そして、きっ、と、真剣な目をして、はっきりと宣言した…!
「…俺は、お前とは、戦わない」
「…?!」
「リョウ…!」
「…どういう、つもりだ…?」
「俺は、俺たちは…お前と戦いたくない!俺たちが戦ったって、何もならないんだ!」
「何も、ならない…だと?…てめぇ馬鹿か、オリジナル…流竜馬!」
だが、そのリョウの悲壮なまでの決心を、No.0は無常にも馬鹿げたモノとして扱った。
しかし、リョウはなおも言いつのる…
真・ゲッター1を駆る少女、自分のクローン、自分の「妹」…そして、かつてのエルレーンと同じ、悲劇の道を歩まんとしている彼女を、そこから救い出そうと。
「No.0…!俺たちのもとに来るんだ!…こんな戦いに、意味なんてない!…俺は、俺たちは…お前を殺したくないんだ!」
「殺したく…ない…?」
「そうだ」
リョウは、きっぱりとそう答え、うなずいた。
No.0は、彼の決然とした表情、言葉に…一瞬、戸惑ったような、困ったような、驚いたような、複雑な表情を浮かべた。
…しかし、それはあくまで一瞬のこと。
すぐに彼女の顔中に不信の色が戻る。
「…し、信用できるか、貴様らなんてぇッ!」
はっ、と鼻で笑い飛ばす。拒絶の言葉を投げ返す。
だが、その口調には、どうしても困惑の色が混じっていた。
「な、No.0!何故そんなことを言う?!…俺たちは…俺たちは、同じモノどうしじゃないか!
…そうだ、俺たちは!俺たちは、同じ…『人間』どうしじゃないかッ!」
「!…『人間』…」
「そうだ、No.0。…考えてみろ!恐竜帝国の『ハ虫人』たちは、お前を使い捨てにしようとしてるんだ!
あいつらは、お前を再び造り出した…俺たちと戦わせる、そのためだけに!」
「…」
「そのどこに、やさしさがあるってんだ…あいつらは、お前をただの『兵器』としてしか見ていないッ!
そんな奴らのために、お前が何故命の危険をさらす必要があるんだ…No.0!」
「…」
リョウの説得を、何も言わぬままNo.0は聞いている。
先ほどまで浮かべていた不遜な表情は、いつの間にか消え去っていた。
「No.0!だから、俺たちのもとに来るんだ!こんな戦いに、意味なんてないんだから…!」
「だ…だ・ま・れぇええぇぇぇぇぇええぇぇぇえぇえッッ!!」
だが、リョウの真剣な説得の言葉を、No.0の叫び声がかき消した。
突如、戦場に響き渡る少女の絶叫…それに応じるがごとく、今までぴくりとも動かなかった真・ゲッター1が突如起動した。
大きく身をそらし、胸部のコアに脈々とゲッターエネルギーが集中していく…
そして、そのコアが美しくも禍々しい緑の光に包まれた、その刹那!
「?!」
「ぐッ?!」
それはたぶんに本能的な判断だったのだろうか…リョウはとっさに回避行動をとっていた。
ゲッタードラゴンは、辛くもその一撃から身をかわす…
しかし、真・ゲッター1の放ったゲッタービーム…その光の弾丸は、ゲッタードラゴンの左脚部をかすめ、触れた部分を根こそぎ持っていってしまった。
「な、何をする、No.0ッ?!」
「う、うるせえ…こ、このぉッ、う、嘘つきめぇッ!」
「?!…う…『嘘つき』?!」
「し、信用なんか出来るか、てめぇなんかッ!…て、てめぇらは、俺の『敵』じゃねえかッ!
…そんな嘘、ついたって!俺は、騙されたりなんかしない!騙されるもんかァッ!」
No.0は半ば動転したかのように、大声上げてわめきだした。
疑心に満ちた目でリョウをにらみつけ、「嘘つき」と罵る。
「敵」のはずの自分、殺意をむき出しにして迫ってくる自分を救いたいだなんて、どう考えてもおかしい。
それは罠だ。自分を油断させ、隙を見て殺してしまおうという、醜く恐ろしい罠。
No.0の精神には、リョウの誠実さはそうとしか受け取られなかった。
「No.0…?!」
「じ、自分の『敵』を、救おうとする馬鹿がどこにいるッてんだよ…」
「…少なくとも!ここにいるッ!」
「!」
しかし、リョウの心はそれでも折れなかった!
「No.0…!…俺は、お前を救いたいんだ!」
「…〜〜ッッ!」
なおも「敵」であるはずの自分を救いたい、と言い募るオリジナル・流竜馬に…No.0の中で、さらなる混乱が巻き起こる。
その高ぶっていく感情のボルテージは、押し込めておけないほどに激しく、すさまじく…
「…?!」
そして、その時。
リョウの胸を、あの奇妙な感覚が貫いた。
明らかに、自分のモノではない感情の波。だが、それはまるでリョウ自身のもののように、胸を震わせ、広がっていく。
それは、背筋をふるわせていくような、自分を上から重苦しく押しつぶしてくるような、不快な感情。
イキモノが持つ、根源的な感情。
その感情の本来の持ち主、尽きることを知らないその感情を生む元凶…その正体すら、リョウには正確に把握できた。
「そ、そんなはずあるもんか…お前が、『敵』のお前が、俺を…俺を、救おうとするはずなんて、ないッ…」
「…No.0…お前、」
リョウの瞳に、ふっと哀れみの色が混じる。
ぶつぶつと、不信感をあらわにしたセリフをつぶやくNo.0を、哀しげなまなざしで見つめ…リョウは、静かに言い放った。
「…お前、…怯えて、いるのか…?」
「!」
「No.0…お前、俺たちのことを、怖がってるのか…?」
「な…お、俺は、ッ」
内心に荒れ狂う恐怖を、流竜馬にはっきりと看破され動揺するNo.0…
だが、なおも強気の仮面でそれを押し隠そうとする。
「怯えなくてもいいんだ、No.0…!」
そんな彼女をまるでいたわるかのように、落ち着かせるかのように、リョウはやさしく言ってやる。
しかし、そのやさしさはNo.0には脅威でしかない。
自分のこころを読まれたことに、己の深層に巣喰うモノさえ見破るリョウに、なおもその恐怖は募っていくばかりだ。
「う、うるさい…お、お前に!お前に、俺の何がわかるッてんだッ?!」
「わかる!…お前と俺は、同じモノだから!」
震える唇が、せめてもの抵抗を大声で放つ。
しかし、リョウは…それにも負けないくらいの大声で、きっぱりと、間髪いれずに言い返した!
「?!」
「伝わって来るんだ!お前のこころが!…だから、わかる!」
「…!」
瞳が、震える。No.0のガラスのような瞳が、高ぶってきた感情でくもる。
「だからNo.0、俺はお前を救いたいんだ!…俺は、もう、嫌なんだ…
もう、俺は、『あの時』みたいなことを繰り返したくないんだ!…そうだ、俺たちは!」
No.0を真剣な目で見据え、リョウは呼びかける…!
「俺たちは、わかりあえるはずなんだ…『昔』みたいに!」
「…!」
その、リョウの最後の言葉。真摯な説得の言葉。誠実そのものの言葉。
だが、その裏に隠されているモノを…No.0は、直感的に読み取ってしまった。
「だから、なんばーぜ…」
「…う…うああああぁああぁぁああぁぁぁああぁああぁあッッ!!」
突如、空気を切り裂く…少女の金切り声!
精神に荒れ狂う衝動とフラストレイションに耐え切れなくなったNo.0…
彼女は、刃を持ってそれを無理やり解決しようとした!
いつの間にか、彼女の右手には、切れ味鋭いナイフが握られている。
彼女は、絶叫とともにそれを思い切り振り上げる。
そして、その切っ先は…まっすぐに、彼女の左腕の…二の腕に吸い込まれていった。
「?!…ぐ、うぐあああああぁああぁぁッッ?!」
刃がNo.0の身体にめり込むのとほぼ同時、ドラゴン号のコックピットに在ったリョウの表情がざあっと変わっていく。
自分の左腕…ちょうど、No.0がナイフを突き刺したのと同じ場所。
その場所から、まるで焼け火箸を突っ込んだかのような、強烈な熱感と激痛が一挙にほとばしりだしたのだ…!
「り、リョウッ?!どうした、リョウッ!」
「!…そ、そうか…あの時と、同じ!」
二の腕を押さえ、身をよじらせ、苦痛の悲鳴をあげるリョウ…
必死に彼を呼ぶベンケイの声も、激痛でかき消されていく。
と、ハヤトがようやく気づいた…
彼とNo.0は同じモノ、だから伝わる…
ラジオのチューニングのようにぴたりと同調する、感覚が空間を越えて二人を結びつける。
かつて、リョウの怪我の苦痛を、エルレーンが感じ取った時のように!
「へ、へへ…ど、どうだ、黙る気に、なりやがったかよ…」
「な、No.0…?!」
熱い吐息を必死で吐き出しながら、リョウは何とか面をあげる…
彼の困惑の視線に、No.0は…さらなる激痛を自分に、そして忌まわしい誘惑者に与えることで報いた。
「…!」
「!うあッ、うわああぁああぁああぁぁああぁあ?!」
No.0は無言で、ナイフの柄を少し動かした…肉が裂かれ、血が流れる。
走る激痛。だが、血を流すはずもないリョウの左腕も、その強烈な痛みだけは感じ取る。
「り、リョウ君!」
「リョウッ?!」
全機に響き渡る彼の絶叫…耳をふさぎたくなるような苦悶の叫び。
だが、そんな彼に対し、No.0は…何と、笑っていた。
自分を傷つけながら、血を流しながら浮かべるその笑みは…狂気の色をべったりと貼り付けている。
がくがくと震えながらも、脂汗を流しながらも、左腕に突き刺したナイフを持つ手を緩めようとはしない…
「う、ぐうう…っ…こ、こんな戦いに、意味なんて、ない、だって?!…ひゃははははは、違うんだよぉ流竜馬ッ!」
狂ったような笑い声をあげ、No.0はそう言い放った。
この戦いが、自分にとってどんな意味を持つのか、ということを…
「う、うう…ッ?!」
「お、俺にはな!あの男との、ガレリイ長官との『約束』があるんだ!…だ、だから、俺は戦うんだ!」
「や、『約束』…?!」
「ああ、そうさ!」
No.0は、苦しげな吐息とともに、一挙にそれを吐き出した。
「…俺たちが、てめぇらを殺せば!…俺と、ロウを…『自由』にしてやる、って奴ぁ言ったんだよぉ!」
「!」
「『自由』…?!」
「ひゃはは、そうさ…!…お、俺は、『自由』になるんだ!こ、これ以上、あんな『ハ虫人』どもの言いなりになってたまるかッ!…そうだ、俺は!」
にいっ、と、No.0は笑った。
リョウと同じ顔をした少女のその笑みは…だが、どうしようもなく邪悪でまがまがしいモノとして皆の目に映った。
「…俺は、『自由』になるんだ!この蒼い空の下で、俺は…俺たちは、今度こそ『自由』に生きてやるんだァッ!!」
No.0は、天を仰ぎ、荒い息の間からそう絶叫する。
彼女のガラスのような瞳…そこに在るモノは、狂気とすら言えそうなほどのあふれかえる熱情、エネルギーと、強く固い意志。
そして、間違いなく…希望の光。
No.0、とリョウが声を上げようとした時だった。
突然、心臓が…どくん、と強く鼓動を打った。
(え…?!)
その途端、左腕からずきずきと伝わってきた、強烈な痛覚が鈍っていく。
いや…まるで麻酔薬を打たれたかのように、身体の末端部分から、だんだん力が抜けていく。
全身がどんどん麻痺していく。
それに伴い、強烈な眠気が襲ってきた…抗いがたいほど、異常に強烈な。
彼女が今まさに目覚めようとしているのだ。リョウはそう直感できた。
だが…何故、よりにもよって、今この時に?!
(…エルレーン、ど、どうして、こんな時に…ッ?!)
そのリョウの問いは、言葉になりすらしなかった。
とぷん、と、深い海の中に沈んでいくように。
リョウの眼前に、やがて一面の乳白色の闇が広がり…そして、リョウの時間はそこで断ち切れた。

「り、リョウッ?!リョウッ!」
「し、しっかりしろぉッ!」
白目をむき、前のめりになって倒れていくリョウ…
その一部始終をモニター越しに見ていたハヤトとベンケイが、必死で彼に呼びかける。
だが、その画面に映るリョウは…ぐったりとコンソールにうつぶせになってもたれかかっている。
両腕はだらりと脱力し、彼がまったくの人事不省に陥ったことを示している…
「はッ…よ、ようやく、黙りやがったか…う、ぐうッ!」
No.0はなおも汚い言葉で罵りながら、左腕に刺したナイフを一気に抜き去った。
傷口から鮮血があふれ、No.0の白い腕を伝って汚していく。
その痛みに、つらそうな顔をしてはいるものの…何故か、その表情には多分に安堵の色が入り混じっている。
「な、No.0…ッ!」
「そ、そいつが悪いんだ!いつまで経っても、うざってえ馬鹿みたいなことばっかり、いいやがるから…ッ!」
彼女が、いいわけみたいなことを口にしだした時…それは、起こった。
「…う、うおおぉぉおおおぉぉぉおおおおぉぉおおぉッッ!!」
雄たけびが戦場を揺るがす。
それは、覚醒の合図…そして、戦に猛る、「兵器」の咆哮だった!
がばっ、と、突如身を起こす流竜馬。うつむいたまま、彼はすぐさま操縦桿を前へと倒す!
「?!」
「う、うわっ?!」
急に再起動したゲッタードラゴンの動きに面喰らう二人…
だが、彼らの驚きもかまうことなく、ゲッタードラゴンは流れるようなモーションで、その肩からトマホークを抜き去り…正確に、真・ゲッター1に向けてそれを放った!
「…!」
だが、空を斬りまっすぐに飛んでくるトマホークを、軽く横にジャンプして真・ゲッターは軽々とよけた…
ゲッタードラゴンもそれを受け、ひゅん、と空中で停止する…そして、ゆっくりと再び地上に降り立った。
「り、リョウ?!な、何を…」
「…へっ…とうとう本性あらわしやがったか、流竜馬!」
自分の身に攻撃が加えられたことでさすがに激昂したのだろうか…先ほどまでの態度と一変し、No.0を攻撃したリョウ。
ハヤトとベンケイは戸惑わざるをえない。
そして、そんな彼を「やはりそうなのか」と言ったような目で、No.0は見ている。
だが、そうではない、トマホークを放った人物が流竜馬ではないということを…操縦桿を握る「彼女」が明らかにした。
コックピットの中、うつむいた「流竜馬」…彼の唇はなめらかに動き…こう、発音した。
「…ろしてやる…!」
「?!」
「…ま…まさか…ッ?!」
ばっ、と、その顔を上げる「流竜馬」。
そこにあるのは、憎悪。憤怒。
透明な輝きを持つ両の瞳は、その二つを抱きこんでおぞましくきらめく…!
「殺してやる、No.0!…リョウを傷つけた、あんなにやさしいリョウを、傷つけた…No.0ッ!お前なんか、私が殺してやるッ!」
No.0をねめつけ、真・ゲッター1をねめつけ、憎しみと怒り、殺意を全身にみなぎらせ、「流竜馬」は気を吐く。
「殺してやる」という、リョウなら絶対使わないだろう言葉を吐き捨てる…!
「?!…え、エルレーン?!」
ようやく、その言葉で誰もが気づく…
そう、彼女が目覚めたのだ…今まさに、この戦場で!
いとおしい自分の分身を傷つけた、邪悪な…自分の「イモウト」を殺す、と息巻いて…!
リョウの変節に面喰らっていたNo.0も…その相手が、噂に聞いていた裏切り者…モデュレイテッド・バージョンのNo.39であることを理解したらしい。
唇の端を軽くゆがめ、No.39を嘲るような目つきで見やる。
「はん…てめぇが、No.39…モデュレイテッド・バージョンかッ!」
「No.0…あなたが、プロトタイプ…!」
「ああ、そうさ!…てめぇのような『できそこない』とは違う!完全な流竜馬のクローンさ!」
「!…『できそこない』…?!」
その言葉に、ぴくり、とエルレーンの眉が動く。
だが、そうしている間にも、彼女は得々としてモデュレイテッド・バージョンを罵倒し続ける…
「ふん…何を調整(モデュレイト)されたんだか知らねぇが、6ヶ月しか生きられない、ひ弱な身体だったらしいじゃねえか!
…それで、結局ゲッターロボを破壊することも出来ないまま無駄死にしやがったんだってなあ!」
「…」
「…そのくせ!…どんな手段を使ったんだか、『敵』の流竜馬の身体にしがみついて生きのびてやがるとはな!往生際の悪いこったぜ!」
「…」
「だが、それもこれで終わりだ!…役立たずの裏切り者め、ここで俺が引導を渡してやるぜ!」
「…あなたなんかに、『裏切り者』なんて…呼ばれたくないな、No.0ッ!」
だが、とうとうエルレーンも反撃に出た。
「!」
「ふん…!…どっちが『できそこない』なんだか!途中で壊れちゃって、暴走して…マシーンランドを壊すような、危ないあなたになんか、言われたくないよッ!」
「…何だとぉ…?!」
「本当のことじゃないッ!…『ハ虫人』を200人も殺した、だから処分された!…そんな残酷で、壊れちゃってるあなたのほうが、よっぽど『できそこない』じゃないかッ!」
プロトタイプを指弾し、かつて聞いたことのある彼女の罪状を並べ立てるエルレーン。
忌まわしい試作型、このNo.0こそが、「残酷で壊れている」どうしようもない「できそこない」だ、と言い切った。
そのエルレーンの抗弁に、No.0は…一瞬、険しい表情を見せたものの、すぐに軽い嘲笑であしらい返す。
「…けっ…何も、何も知らねぇくせに、言ってくれるじゃねえかよッ!お前に、一体何がわかるッてんだッ!」
「…!」
「あのトカゲ野郎どもは、俺にとっては『敵』だッ!だから殺してやった!それだけだッ!」
「…No.0…ッ!」
ぎりっ、と歯噛みするエルレーン。残酷で恐ろしい、「バケモノ」のようなプロトタイプをにらみつける…
しばらく、その視線を真っ向から受け止めていたNo.0…だが、やがて、彼女はそれを鼻で笑い飛ばした。
何故なら、自分をそうやってねめつけるNo.39…このモデュレイテッド・バージョンは、自分よりももっと罪深いモノであるということを、彼女はすでに知っていたからだ。
「ふん…おい、No.39…お前、まさか、『自分は違う』とでも思ってんのか…?」
「あ、当たり前じゃない!…わ、私は、あなたみたいな…」
「だとしたら、とんでもねぇ大嘘つきだな、てめぇは」
エルレーンの反論の後半を、わざとらしく驚いた風を装ったNo.0のセリフが覆い隠した。
「?!」
「お前…忘れたふりでもしてんのか?」
「な…何、を…」
「…ひゃははっ…お前、No.39…『No.39』だろ」
できの悪い「子ども」に、噛んで含めて言い聞かせるかのように。
彼女は、嫌味ったらしい、奇妙なまでに強調した抑揚を「No.39」の部分につけ、そう確認するように言ってやる。
「…」
「…お前、残りの49人はどうした…?」
「!」
かすかに、エルレーンの表情が変わる。
それをNo.0は見逃さなかった。
「…思い出したか、あぁ…?!」
にやにやと、いやらしい笑みを貼り付けて。リョウと同じ顔に貼り付けて。
ねちっこく、彼女は言い放つ。リョウと同じ声で言い放つ。
「…!」
「そうだ…てめぇは、殺したんだろ、49人のお前を、お前の手で!」
「!」
「モデュレイテッド・バージョンは50体造られたらしいな。…その中で生き残ったてめぇは…
殺したんだろうがよ、残りの奴らをよぉ!それで今生き残ってんだろうが、あぁ?!」
「…」
エルレーンは、無言。No.0だけが、饒舌に語り続ける。
「ひゃははははっ…とんだお笑い種だぜ!…俺はプロトタイプだ、だから自分自身を殺したりはしねぇ…
だが、お前は殺したんだよなぁ、自分自身の手で、同じ…自分をよ!
…てめぇこそ、本当の『同族殺し』ってわけだ!」
「な…」
「…え、エルレーン…?!」
No.0が明かした事実に、ベンケイは一気に顔色を失った…
いや、ベンケイだけではない。プリベンターの皆も。
…いや、ハヤトも…エルレーンのことを昔から知っているはずのハヤトですらも!
彼もこんな過去は知らされていなかった。
まさか、エルレーンが…そんなに重く恐ろしい、血塗られた過去を通ってきたことなんて。
思いもかけないその暴露に、皆が皆、凍りついたように動けない…
「…」
「そうだ!お前こそ、正真正銘の!…薄汚い、『同族殺し』なんだよ、No.39ッ!」
そんな彼らの反応を心地よく楽しみながら…鬼の首を取ったかのような勢いで、No.0はエルレーンを嘲り笑う…
自分よりもはるかに醜い行いをした、忌まれるべきモデュレイテッド・バージョンを。
…しかし。
その嘲笑を黙って聞いていた、エルレーンの唇が放ったのは…驚くほど冷静で、冷淡で、簡潔な問い返しだった。
「…それが…?」
「…?!」
「…何ぃ…?」
「…それが、どうしたって、いうの…?」
彼女は、真顔でそう言い放った。
「…〜〜ッッ?!」
「な、…え、エル、レー…ン…」
ハヤトとベンケイ、そしてプリベンターの「仲間」たちも…その言葉を、信じられないような思いで聞く。
己の罪を憂えたり恥じたり、はたまた逆にあきらめたり居直ったりするのではない。
それ以前の問題だった。
彼女にとって、それは罪ですらなかったのだ。
だから、彼女は真顔で…淡々と、ただ事実だけを述べる。
「…そうだよ、私…殺したよ、残りのモデュレイテッド・バージョンを。みんな、殺した…
だから、それが、どうしたっていうの?」
そして、再度No.0に問い返してくる。
それの、一体何がおかしいのだ、と。
そのあまりの平静さに、さすがのNo.0も動揺を隠し切れない…
「な…何だと…?!」
「…だって、あれは、…私の『敵』だったもの。私を、殺そうと、してきた。…だから、あれは私の『敵』だった。
だから、殺した…それだけだよ」
「…」
「…」
もはや、誰も何も言えない。
エルレーンの静かな、実に穏やかな…穏やか過ぎる声だけが、その場に伝わっていく。
通信画面に映る彼女の表情も、とても落ち着いていて…それだからこそ、恐ろしかった。
殺人…しかも、それは、自分と同じモノたち、リョウのクローン…という、常人ならば恐れ怯え、その罪の重さに呻吟し咆哮する行為を…淡々と、感情を交えず語る。
まるで、皿を洗っていた時に、うっかりティーカップを落として割ってしまった、というような、瑣末な破壊を語るかのように。
「それだけのことだよ、No.0。…そして、あなたはリョウたちを殺そうとした…私の、誰よりも大切な『トモダチ』を殺そうとした。…だから、」
だが、そう口にするなり、エルレーンの瞳に闇が燃えた。
ぎりっ、と鋭い視線で、No.0を射殺さんとする…
「…あなたを、50人目にしてやる…『出来そこない』の、プロトタイプめッ!!」
憎しみでゆがめられた唇は、とうとうそんな怒りと殺意のカタマリを吐き出した…!
「?!」
「…!!」
思わず、通信画面のエルレーンを見返すハヤトたち。
そこに映っている彼女は…驚くほど冷たい光をその透明な瞳に宿したまま、No.0から目を離さない。
リョウとは違う瞳。リョウの、炎の燃えるような瞳とは、違う瞳…
しばし、No.0ですら、そのあまりの落差に半ばあっけにとられていたが…やがて、不遜な微笑を取り戻し、皮肉な口調で言葉を放つ。
「はん…流竜馬とは全然違うみてぇだな。…結局は、俺と同じ…『兵器』ってことか」
「…あなたも…あなたは、リョウとは全然違う。…あんなにやさしいリョウを傷つけた、あなたは…私の『敵』!だから、殺してやる!」
「!…ば、馬鹿野郎!やめろ、エルレーン!」
その時、ようやく我にかえる事が出来たハヤトが、慌ててドラゴン号のエルレーンに叫ぶ。
「…!」
「お前は、俺たちが何をしようとしていたのか、見えてなかったのかよッ!俺たちは、No.0を殺したいんじゃない!あいつは、お前と同じ…」
「…そうだよ、ハヤト君。あれは、私と同じ。…私と同じ、ゲッターロボを破壊するため、ゲッターチームを抹殺するために造られた、リョウのクローン…」
「そ、そうだろ?!だから、あいつは昔のお前と…」
そう言いかけた、その矢先だった。
「うん、そうだね。…だから、ハヤト君たちを、あいつは殺そうとするんだ!だから、殺さなくちゃ!…殺さなくちゃ、ならないんだッ!」
「…〜〜ッッ!」
薄い微笑。エルレーンの瞳には、惑うことのない決意の光。
それは何という冷たい光…かつて、早乙女研究所に侵入していた「ハ虫人」のスパイを斬り殺したときに彼女が浮かべていた、あの…!
その視線の持つ絶対零度の冷たさは…恐らく、何の感傷も交えずにNo.0…自分の「妹」を屠るだろう、そういう怖気の奮う予感を抱かせるほどに。
ハヤトの喉が、恐怖と混乱で締めつけられる。声が出なくなる。
そんな恐ろしい目で自分の「妹」をねめつける、エルレーンを…彼とベンケイ、プリベンターの『仲間』は、ただ見ていることしか出来ない…!
静まり返る戦場。いやな緊張。
対峙する二体のゲッターロボ、ゲッタードラゴンに真・ゲッター1…
「殺してやるッ…リョウたちを殺そうとするお前なんか、殺してやるッ!」
「殺してやるッ…俺を殺そうとするお前なんか、殺してやるッ!」
ほとんど同じといっていいせりふが、エルレーンの口から…そして、No.0の口から滑り出る。
相手を睨みつける。
交錯する視線、お互いを、自分の倒すべき、殺すべき「敵」を…
その透明な瞳が映すのは、邪悪なプロトタイプ…そして、自分と同じモノ、No.0。
そのガラスのような瞳が映すのは、邪悪なモデュレイテッド・バージョン…そして、自分と同じモノ、No.39。
「いくぞ、真・ゲッター!」
「いくよ、ゲッタードラゴン!」
ほぼまったく同時に、自分の駆るゲッターロボの「名前」を呼ぶ。
それは、戦いの合図。
真紅の巨人、その二体ともが…その操縦者の命に従い、戦闘態勢をとる。
『うおぉぉおおぉおぉぉおぉっ!!』
「や、やめろぉぉおぉッ、エルレーーーーーン!」
ハヤトの絶叫が空気を裂く。
だが、その必死の叫びは、冷酷なる殺意のカノンを彩る、ただのアクセントにしかなりえなかった。
そして、戦場に。
まったく同じ声、同じ殺意をはらんだ、二人の少女の猛る声が…驚くほど豊かに美しく、調和(ユニゾン)して響いた。




『死ね!出来そこない!』





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