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◆ 現実は常に唯一、そこから生まれる物語こそ無限
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「…!」
警報の鳴り響くアーガマの中を、剣鉄也は駆け抜ける。
誰もが緊迫した表情で、慌てて何処かへと散らばっていく―
「鉄也君!何をぼさっとしている?!敵襲だぞ!」
「ああ、わかってる!」
鉄也の背に、誰かの声がかぶさってきた。
が、鉄也は振り向かず、大声でそう答えただけで、足を止めない。
彼は探している。
敵襲となれば、パイロットの自分は…グレートマジンガーに乗り、出撃しなくてはならない。
そして、それは彼女も同じはず…
だが、彼女の姿は、何処にも無い。それどころか、彼女の機体であるビューナスAは、格納庫から消え去っていた。
「…ジュンの奴、何処行きやがったんだ…?!」
鉄也は舌打ちし、小さく毒づく。
ともかく、もはや一刻の猶予も許さない―
彼はきびすを返し、格納庫へと向かった。

「…」
そのメカザウルスは、その場から動かなかった。
ただ、たった一機、空中に静止し…遠くの地平より砂塵を巻き上げて来る艦(ふね)を見ていた。
アーガマ、アイアン・ギアー、フリーデン、ソレイユ。
やがて、四つの母艦より、ばらばらと飛び出す鋼鉄の「兵器」たち。
それらの視界に、今やそのメカザウルスの姿ははっきりと映っていた。
「…おい」
「あ…あの、メカザウルス、」
「こないだの…?!」
当然のごとく、ざわめきが拡がる。
そう、今パイロットたちの視界に映っているのは―あの時の、機械蜥蜴。
大剣を背に負った、翼を持つ肉食恐竜。
鋼鉄と筋肉の融合体。
それは、キャプテン・ルーガの駆るメカザウルス―メカザウルス・ライアだった。
「…ルーガ」
「…」
相対する、十数の「人間」側の機械の群れ。
その中に、やはりゲッタードラゴンと真・ゲッター1も在った。
幾ばくかの空間を隔て、今、再び両者が向かい合う。
…通信回線が、開いた。複数。
「き、キャプテン・ルーガさん…」
「ルーガ…」
「あ、あなたは、どうしても俺たちと戦うっていうんですか?!…エルレーンと、戦うっていうんですか?!」
「…」
真剣な、怒りですらあるような決意に満ちた表情でこちらを見返し、問い詰めてくる流竜馬。
今にも泣き出しそうな顔をしながら、呼びかけてくるエルレーン。
だが。
キャプテン・ルーガは、無言のままでいた。
「る、ルーガ!」
「な…何とか言ったらどうなんですか?!」
「…」
彼らの声が、悲壮さを帯びても。
キャプテン・ルーガは何も語らぬまま―
何故か、遠い目をして。
遠い目をして、その端正な顔を乱さぬままに、己の思索の中にもぐりこんでいる。
「…」
「…」
「…」
その無言の意味を図りかね、とうとう二人も黙りこくる。
戦場に似つかわしくない、奇妙で静止した時間が流れる。
…が。
彼女の唇が、再び薄く開かれる…



「…美しい、な」



唐突だった。
あまりに唐突で、そして…不可思議な台詞だった。
「え…」
「…?!」
「天空は自在に色を変え、緑が風に凪ぐ。昼は輝かしい太陽の光に、夜は穏やかな月の光に照らされ…」
惑うエルレーンたち。
しかし、彼女は浪々と語る―
美しい自然への賛美を。この地上の世界への憧憬を。
「海には無限の生命が満ちあふれ、大地には万物が生ずる。太陽の加護の下、残酷だが平等な掟のもとに、全ての生命が息づく場所…」
「人間」が生きてきた場所への賛美を。「ハ虫人」が生きていられなかった場所への憧憬を。
「…本当に、地上は美しい場所だ」
「…」
「そうは思わぬか、…『人間』よ」
不意に向けられた問いに、多少たじろぐ。
が、ともかく、何とか、甲児が間髪いれず怒鳴り返した。
「…ああ。そうだったら、どうだってんだ?!」
「そうか。…なら、わかるだろう?」
それを、彼女は鼻で軽く笑った。
そしてこう言ったのだ―
「お前たち『人間』がこの美しい祝福されし場所を統べるということが、間違いである…と」
「…!」
その時点で、ようやく「人間」たちは彼女の発言の意図を理解した。
かすかに気色ばむ彼らを、嘲笑と侮蔑の色をたたえた金色の瞳が、見つめている。
「お前たち『人間』は…あまりに、この惑星(ほし)にもたれかかりすぎる。無秩序に喰い荒らす。際限も無く」
「な…何言ってやがんでい!」
「だから…お前たちは、この世界にとって、害なのだ」
「…」
「そう…だから、もうじき始まる。母なる大地に仇名す者たちを、根こそぎ取り除くための計画が…」
豹馬の反論も、聞き流す。
そうして、まるで独り言のようにつぶやくキャプテン・ルーガ。
だが、その計画のことは、プリベンターたちも知っていた。
「『大気改造計画』…か?!」
「!…ほう、知っているのか」
エルレーンからかつて聞いたことのある、その計画。
地球の大気を変化させ、ゲッター線の影響を受けにくくすると同時に、「ハ虫人」が住みやすい世界に変えてしまうという恐るべき計画…
万丈がその名を知っていたことに、軽い驚きを見せる彼女。
彼女は、静かな確信を持って、その計画について告げた。
「そう…『大気改造計画』。それさえ為れば、この世界の破壊は…終わることだろう」
「…何が言いたいんですか、キャプテン・ルーガ」
「つまり、」
キャプテン・ルーガが、かすかに笑んだ。
美しい微笑だったが、同時に冷酷そのものの微笑だった。
「この大地を汚し、壊すものたち…お前たち『人間』が滅びるということだ」
「…!」
宣告にざわめくプリベンターたち。
あまりに端的なその文言は、あきらかに挑戦以外の何物でもなかった。
「く…」
「そ、そんなことさせてたまるもんか!」
「おうよ!お前ら冷血なトカゲどもに、この地球を好き放題に変えられてたまるもんか!」
「…『冷血』、か」
口々に叫び返す「人間」たちの言葉を、平静なままで受け止める。
そのなかに在ったある単語を…それは、彼女たちの種族を貶めるモノ…口ずさみ、彼女は半ば呆れたように言い返した。
あくまで、平静に。
「『冷血』…お前たち『人間』は、いつでもその言葉で我々を非難するのだな。
『冷酷』、という意味で、そう言うのだろう?」
「そうじゃないのか?!自分たちの欲望のために、邪魔になるイキモノをまるごと絶滅させようなんて!」
「…」
アムロの言に、彼女の片眉がかすかに、動く。
…しかし。
「ふふ…『冷血』、か。…確かに、お前たちから見ればそうだろうがな。…だが、」
ゆっくりと、何らかの思い入れを込めて―
キャプテン・ルーガは穏やかに、だが決然と言い放った。
「…我々からしてみれば、異常に熱くたぎる、紅蓮のマグマのような赤い血…
その赤い血の流れる、お前たち『人間』こそが恐ろしいのだがな…」
「何を…?!」
「お前たちは、」
金色の瞳が、冷徹な暗い光をはじきかえした。
「我々『ハ虫人』が…本当に、自分たちの欲望のためだけに、お前たち『人間』を滅ぼそうとしている、そう思っているのか?」
「…?!」
「違う…我々は、」



「我々『ハ虫人』は、見限ったのだ。お前たち『人間』というイキモノを、見限ったのだ」



「え…?!」
「…」
静かな、低い声音で。
彼女は、聞き分けのない幼児に言い聞かせるかのように―ため息とともに、ゆったりと吐き出した。

そうして、彼女は語る。
「人間」のモノではない、「ハ虫人」の物語を。
遠い過去の世界を語るその言葉は、恐らくは…何の誤りもない、「ハ虫人」たちの「正義」のよりどころ。
それ故、その物語を―「人間」たちは、ろくな反論すら出来ずに聞き入るほかなかった。

キャプテン・ルーガが語る、「ハ虫人」の物語。

「ゲッター線により地上から追われて後、我々は暗く熱いマグマの中へ追いやられた。
だが、それもほんの数千年のこと…やがて、我々は力を得た。
『知恵』と力を、『科学』という力を」

「その『科学』は、ゲッター線を遮断するシェルターの開発さえ可能にした。
そう、その気になれば、我々は今すぐにでもこの地上にコロニーをつくり、生活することができるのだ」

「だが、この地上には…お前たち、『人間』がいた」

「我々は無為な争いを好まない!…それ故に、我々の祖先は、『人間』と取引することを考えた。
戦って、奪うのではなく…
当然だ、お互い言葉を持ち、知性を持つイキモノどうし。話が通じぬことがあろうか、と」

「我々が求めたのは、コロニーをつくることのできるだけの場所、大地。
そして、それに対する見返りもしようと。
エネルギーだろうが金銀だろうが知識だろうが。
…例え、相手が異形の『バケモノ』であろうとも」

「ある時は、北の国の王。ある時は、西の国の王。ある時は、南の国の王。ある時は、東の国の王。
そのたびごとに、我々は思い知らされた。
『人間』というイキモノのあまりの狭量さ、卑怯さ、臆病さを」

「…使者は、一人残らず殺された。
敵意がないことを示すため、帯剣すらしていなかった、『非武装の』使者たちがな」

「何が、そうさせた…?」

「お前たちは、怖いのだろう」

「自分たちと少しでも違うものが、怖くて怖くて仕方ないのだろう?」

「そうして、見た目の違う我々を殺し、他のイキモノを蹂躙し…挙句の果てには、同族ですら殺しあう!」

「だから…我々は、見限るのだ。
そのように残酷で無能で、どうしようもなく恐ろしい種族、お前たち『人間』を見限ったのだ!」

「『人間』が地上にいる限り、我々は平安には暮らせない!
…お前たちは、やがて我々を殺すだろう…恐怖に震えながらな。
かつて、『人間』の王たちが、友好的な使者たちにやったように!」

「だから、お前たちは、この世界にとって、害なのだ」

…キャプテン・ルーガは、そのような断言で物語を終いにした。
それは確信に満ちた言葉だった。
それは不信に満ちた言葉だった。
それは、何十年、何百年、何千年―「ハ虫人」という、地球に住まう知的生物の種族が代々に渡って伝え続けてきた、邪悪なる「敵」に対する、強い、強い、強い負の感情。
プリベンターたち…「人間」たちは、その時初めて思い知った。
自分たちが相対している、あの、異形の生命体たち。
彼らの絶望の深さを。彼らの怒りの熱さを。
そして、彼らのその感情の正当性を…
それ故に、それ故に―彼らもまた、正しいのだ、と。
「それに、何より…お前たちは、壊しすぎるのだ」
―と、キャプテン・ルーガの表情に、ふっと影が射した。
「私の生きていた時代ですら、その兆候は激しかった。
お前たち『人間』は、何の深い考えもないままに…空を汚し、海を屠り、森を焼いた。
…その果てが、このざまだ」
「何…?」
「この荒野。この地球を壊滅させたのは、もとはと言えばお前たち『人間』の仕業」
「な…?!」
キャプテン・ルーガの言葉に、どよめくジロンたち…この世界の、「未来」の「人間」たち。
「な、んだ、って…?!」
「ほう…お前たちは知らないのか」
問い返す彼らに、彼女は至極冷淡に答えた―
「マシーンランドの資料室で読んだ。この地球を、完膚なきまでに破壊したのは…
宇宙より押し寄せた、衝撃波だと言う」
「…!」
「そして、その衝撃波を生んだのは…お前たち、『人間』自身だ」
「…」
「…『イージス計画(PROJECT AEGIS)』とやらで、防ごうとしたらしいのだがな。だが、結果はごらんの有様だ」
冷淡であるが故に、それは…その愚考を犯した「人間」たちにとっては、氷の刃のごとく突き刺さる。
そうだ、嘲っている、見下している、憎んでいる。
プリベンターたちは、ただ、歯噛みして耐えている。
何故なら…彼女の言は、正鵠を射ていたのだから。
「…」
「…」
「この世界は、お前たちのものではない。お前たち、『人間』の支配する場所ではない。
己を慈しみ養う大地を破壊する、ともにその場所を共有する種族を、何の考えもなしに根絶やしにする、
そんな無能なイキモノが、この世界を支配するべきではない」
「…」
「…」
浪々と響く、キャプテン・ルーガの裁き。
その裁きの言葉は、何よりも彼女たち「ハ虫人」の背負う大義―そう、「正義」。
彼女たちも、また…「正義」を負って戦う者なのだ!
「我々『ハ虫人』が、この蒼く美しい空を望んだことは、罪だとお前たちは言えるのか?」
「…」
「…そう、言えはしない。だから、我々は戦うのだ。それだけの話だ」
「…キャプテン・ルーガ。何故、貴女は今…そのような話を、僕達にするんだ?」
「…何…ただ、知っておいてもらいたかっただけだ」
問い返す万丈に軽く笑んだその口元には、かすかな自嘲。
「お前たち『人間』の特機は…恐ろしく強い。
数では我々のほうが勝るとはいえ、それでも…我々は、負けるかも知れん。
…だが!」
見開かれた瞳は、一転の曇りをも持ってはいない。
それは、「正義」を負っているから。
「だが、我々『ハ虫人』が…滅びるべき種族であったなどとは、断じて言わせない!
…それは、お前たち『人間』が、滅びるべき種族ではないように!」
「!」
「それが運命だったとは、断じて言わせない…
我々は、お互いのエゴイズムのために、そのためだけに殺し合い、一つの種族を滅ぼすのだ!」
譲ることのできない「正義」を、覚悟の上で背負っているからだ…
「ハ虫人」としての「正義」を、「人間」たちと同じように!
だが、だからこそ自分たちは罪深いのだ、と、彼女は知っている。
知っているからこそ…覚悟の上で、それを背負って戦うのだ!




「さあ…剣を取るがいいさ、罪人どもよ」
自棄の色をかすかに帯びたその挑発は、どこか気だるげに響いた。
「我らと同じく重罪を帯びた、『人間』の戦士たちよ…!」





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