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◆ "Good bye FOR NOW."
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そこは、草原だった。
いつか見た風景に似た、だが決してこの世のものではない場所。
蒼い空と漆黒の星空、二色に塗り分けられた空…
そして、ともに輝くことのないはずの、太陽と満月。
その二者が照らし出す、静かな緑の草原…
その中に、彼女たちはいた。
エルレーン、そして…キャプテン・ルーガ。
『…ってカンジだったのー!…ね、すっごいでしょー?!』
『ああ…本当に、そうだな!』
『ね、そうだよね!うふふ…!』
草原に座り込み、おしゃべりに興じている二人。
…とはいっても、先ほどから一生懸命しゃべっているのはエルレーンのほうばかりだ。
自分の経験してきた事柄を、「トモダチ」に聞いてもらおうと…少なめなボキャブラリーを駆使して懸命に解説する。
残念ながら、それでもやはりその発話はつたないものだったが…
だが、そのつたないエルレーンの言葉を、キャプテン・ルーガはうれしそうに聞いていた。
『…はーあ、なんだか…いっぱいいっぱい、おしゃべりしたねえ!』
『そうだな…こんなにお前と話したのは、久方ぶりだな』
『んー、でもね、まだまだあるんだよぉ…ルーガとお話したいこと!いっぱいあるんだから!』
そう言い切った途端、エルレーンの顔にふっと哀しみの色が射す。
しかし、それを瞬時に笑顔で取り繕い、エルレーンはキャプテン・ルーガを見つめ返した。
…哀願するような目。
『ね…?…だ、だから…』
『…ふふ、ダメだと言ったろう?いけない子だな』
だが、キャプテン・ルーガは笑顔でそれを制した…
彼女の言わんとすることは、すでにわかりすぎるくらいわかっていた。
しかし、それはかなえられない願いだから。
『…』
そして、キャプテン・ルーガがそう言うであろうこと、それはエルレーン自身もわかっていた。
…この別れは、必定。
そうわかっていても、それでもとどめたかった。
『案ずるな。…また会えるさ、いつか、どこかで』
『本当?』
『ああ、本当だ。…私が、お前を見つけてやる…
昔、そう<約束>したことがあっただろう?』
笑いながら、昔交わした「約束」のことを持ち出すキャプテン・ルーガ。
…それは、もはや遠い遠い昔のこと。彼女たちがまだ、恐竜帝国にいた頃の…
たとえ生命がなくなったとしても、再び生まれ変わりこの世に来たならば…その時、またあいまみえよう、と。
姿かたちが変われども、必ずお前を見つけ出してやる、と…
『!…うん!』
すると、エルレーンも笑顔でうなずいた…
自分の友人は、今まで「約束」してくれたことは、必ず果たしてくれた。
恐竜剣法の奥義・神龍剣を教えるという「約束」も、「誕生日」の「約束」も…
だから、この「約束」だって、必ず彼女は果たしてくれる。
エルレーンは、そんな確信を抱いていた…
たとえ、それが何ら根拠のないものであったとしても。
『…』
やがて、キャプテン・ルーガは…ゆっくりと、その視線を天空へと移す。
いや、その蒼と黒の空の中、どこかにある…あの世、「すべてのイキモノが行く場所」へと続く道へと。
それを悟ったエルレーンが、さみしげな声を出す。
『い…行っちゃうの…?』
『…ああ。達者でな、エルレーン』
『る、ルーガぁ…!』
エルレーンの表情が、さあっ、と曇る…両の眉が哀しげに下がり、目を伏せてしまう。
その表情の変化を見たキャプテン・ルーガが、微苦笑を浮かべた。
『…どうした、何故そんな顔をする?』
『る、ルーガは…』
問いかけたキャプテン・ルーガの顔を見ないまま、うつむいたままで…
エルレーンは、ぽつりぽつりと言葉を継いだ。
『ルーガは、私に…恐竜剣法を教えてくれた。
やさしくしてくれた。
<名前>を、くれた。
そうして、私を守ってくれた…!
…な、なのに、私は…!わたしは、ルーガに、何もしてあげられないの…?!』
半泣きになってしまったエルレーンの、どこかすまなそうな顔…
そして、自分に何も恩を返すことが出来ないと哀しむ。
『…馬鹿だな、エルレーン』
キャプテン・ルーガはふっと微笑み、そんなエルレーンの頭をくしゃくしゃとかきなぜた…
うつむいていたエルレーンも、思わず顔を上げる。
そこにあるのは、友人の笑顔。
彼女の透明な瞳をまっすぐ見下ろすのは、薄く輝く金色の瞳…
『私は、既に…お前から、色んなモノをもらったよ。十分すぎるくらいさ…』
『…』
しばしの、無言。
幻惑の草原に、静かな風が吹く。
太陽の光、月の光が二人の姿を照らし出す。
『本当に、行っちゃうんだ…』
『ああ、これでお別れだな。…少なくとも、今は』
『…!』
お互いを見つめあう二人。
大切な「トモダチ」の姿を、心の奥深くまで焼き付けるように…
やがて、どちらからともなく、すっと右手を伸ばす。
そして、二人はぎゅっ、と硬い握手を交わした…
なめらかで白く、小さめの手。あたたかな感触。
かようのは赤い血、「人間」の手。エルレーンの手…
鋭い爪のある、深緑をした大きめの手。ひやりとした感触。
かようのは青い血、「ハ虫人」の手。キャプテン・ルーガの手。
異種族の友人の手から感じるのは、伝わる体温だけではない。
彼女たちがともに過ごした、短かったが…とても長かった、そして何よりも、輝いていた時間。
その思い出が、一瞬のうちに駆け巡っていく…
それは、まぎれもなく…二人にとって、最も素晴らしい宝物なのだ。
…握った右手は、しばらくの間かたくかたく結びついていた。
…だが、ふっとその力が抜け、かわした握手がほどかれる。
途端、キャプテン・ルーガの身体がふわっ、と宙に浮いた…
一瞬、驚いたような表情を見せるエルレーン。
しかし、それが意味することはすぐに理解された。
だから、笑う。
旅立つ友人を見送るのだ、笑顔以外に見せるものはないだろう…!
『ではな、エルレーン!』
『…じゃ、じゃあね!…さ、<さようなら>なんて言わないんだから!絶対絶対、私を見つけてね!』
軽やかな羽のように空に浮かぶキャプテン・ルーガ。
彼女の顔にも、さっぱりとした笑顔。
エルレーンに大きく右手をあげてみせる…
エルレーンも笑いながら、それでも…
やはり、別離の悲しみの涙を瞳にちょっと浮かばせながら、キャプテン・ルーガに叫び返す。
大きく手を振って、彼女の旅立ちを見送る…
そして、あのことを忘れるな、と付け加える。
もちろん、キャプテン・ルーガは微笑んでうなずいてみせた…
『ああ!<約束>するよ、エルレーン!』
『またね!また会おうね、ルーガ…!』
『ああ!<約束>だ、エルレーン…!』
そう言って、二人は別れた。
エルレーンは、大地に。
キャプテン・ルーガは、天空に…
いつかの再会を、約束して…

…やがて気がつくと、そこはリョウの部屋の簡易ベッドの中…白い毛布にくるまっていた。
ぼんやりとした視界がだんだんとはっきりしていくにつれ、自分が今までいた世界が、「夢」の世界であったことがわかってくる…
(うん…)
だが、エルレーンは…先ほどまでともにいたキャプテン・ルーガが、ただの幻想ではないということを知っていた。
彼女は、確かに…今見た「夢」が、ただの「夢」ではないことを、心のどこかで確信していたから。
それは…あの人との、最後のお別れ。
キャプテン・ルーガは、「夢」というカタチで…「旅立ち」の前に、自分に会いにきてくれたのだ。
…本当に、律儀で誠実…どこまでも、キャプテン・ルーガらしいやり方だ、とエルレーンは思った。
だから、心の中でそっと彼女につぶやいた…
それがきっと、キャプテン・ルーガに届くと信じて。
(『約束』だよ、ルーガ…)


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