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◆ Requiem(鎮魂歌)〜Finale(終楽章)
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「ぐ…う…!」
「健一!」
「すまん…もう、耐えられそうもない!後は頼むぞ!」
死に物狂いで放った、機械蜥蜴の最期の一矢。
その一矢は、ボルテスVの腹部を砕き、爆散する。
鳴り響く警告音、ぎしぎしときしむ不気味な破滅の音…
限界を越えたボルテスは、もはや戦う事は出来ない。
健一はやむなく、戦場から退却する…
そうして、また一機、戦線離脱する。
戦いは、しかし―まだ終わりはしない。
「…!」
ミサイルが着弾したその瞬間、彼には悲鳴すらあげる間も与えられなかった。
メカザウルスの頭部を砕いたミサイルは爆炎を巻き上げ、次々に連鎖反応で爆発を起こしていく。
その反応と爆発の連なりが、脚部にまで到達するや否や―爆散。
「ハ虫人」の戦士のいのちをも、無論巻き添えにして。
そうして、また一機、戦線離脱する。
戦いは、しかし―まだ終わりはしない。
「…むう!」
帝王ゴール自らが搭乗する、無敵戦艦ダイ。
そのブリッジから睥睨する戦況は、もはや明らかに勝敗の色分けが見えていた。
大地に転がる残骸。鉄くず。破片。
それはプリベンターのものであったり、メカザウルスのものであったりしたが―
だがそれ以外に、今なお戦場に立っているものは、もうほとんどいない。
恐竜帝国軍のメカザウルスは、あらかた撃破されてしまったようだ…
唯一残ったのは、この無敵戦艦ダイのみ。
その巨体と圧倒的な火力ゆえ、陥落まではしないにしても…幾度も繰り返された「人間」どもの攻撃により、その装甲にもほころびがありありと見えていた。
しかし、その唯孤の戦艦を落とさんとする「人間」たちの軍も、またほとんどが壊滅状態にある。
それでも―
あの忌まわしい姿は、ひときわ目立って帝王の目に映った。
黒き魔王の翼にて宙を舞い大斧を振りかざす。
真・ゲッターロボ。その空専用モード、真・ゲッター1。
あの時代において、そしてこの時代においても恐竜帝国に抗う、「人間」の戦士たちの駆る機神。
流竜馬。神隼人。車弁慶。
かつて無敵戦艦ダイをそのいのちを賭けて砕いた、巴武蔵の遺志を継ぐ者たち。
紅の疾風と変化し、さえぎる全てを血煙の中に沈める。
ゲッターロボG。その空専用モード、ゲッタードラゴン。
あの時代においては恐竜帝国の「兵器」として、そしてこの時代では「裏切り者」として刃向かう、「兵器」たる「兵器」の駆る鬼神。
No.39。
彼の女龍騎士より全てを受け継いだ、邪悪なる女神の「名前」を持つ者。
両者とも、その全身に無数の傷跡を残している。
飛び散る火花が、その機体の危険を暗示している。
―お互い、退くことは出来ぬ。
帝王は、決然として戦場を睨みつけた。
止めるため、進めるため、壊すため、守るため、傷つけるため、殺すため、生きるため、
戦ってきた、「人間」たち。
止めるため、進めるため、壊すため、守るため、傷つけるため、殺すため、生きるため、
戦ってきた、「ハ虫人」たち。
その戦いが―とうとう、決着の時を迎えるのだ。
そして、その思いは…真・ゲッター1を操る、彼とて同じだった。
それ故彼は叫ぶ、戦場に鳴り渡らんばかりの、それは絶叫!
「エルレーーーーーーーーーン!」
「!…リョウ!」
リョウの、絶叫。
エルレーンの耳朶を打つ、リョウの絶叫。
「勝負をかける!あわせるぞ!」
「!」
「…ストナーサンシャインスパークだッ!」
通信機を貫くその言葉に、エルレーンの瞳が光る。
息を呑む。構える。
「わかった…!」
そう。
その時が来たのだ。
とうとう、その時が―来た。
「ハヤト!」
「ああ!」
「ベンケイ!」
「任せろッ!」
まずは、リョウたちが仕掛ける。
真・ゲッター1が仕掛ける!
「貴様にも思い知らせてやる…ゲッターの恐ろしさをなァッ!」
リョウの黒曜石の瞳が、闘志で燃え上がる!
それは強い思いを糧として赤熱する、暗黒焼き尽くす白光!
握る操縦桿に、力を込めて。
感情を込めて。
強い強い感情を、「人間」の感情を込めて。
(ゴール…お前たちは、正しい。正しすぎる)
込めるのは、感情。
それは、リョウの怒り。哀しみ。苦しみ。嘆き。痛み。
そして何より、退かない意志。
(イキモノとして、正しい)
込めるのは、感情。
それは、ハヤトの怒り。哀しみ。苦しみ。嘆き。痛み。
そして何より、逃げない意志。
(そして、それは俺たちも)
込めるのは、感情。
それは、ベンケイの怒り。哀しみ。苦しみ。嘆き。痛み。
そして何より、揺らがない意志。
(正しいから間違っているんだ)
三人は感情を込め、そのエネルギーをゲッターに託す。
ねめつける標的に向ける視線は、びくともたじろがない。
まるでそれは祈りにも似て。
まるでそれは呪いにも似て。
(―終わらせよう)
ゲッターエネルギーが、真・ゲッター1を満たしていく。
駆動する機構が、休まぬエンジンが、無尽蔵とも思えるほどの強烈なエネルギーを生み出す。
燐光を放つ機体。
進化すらつかさどるそのエネルギーが、紅の巨神を染め上げる―
(こんな正しくて間違ったどうしようもない戦いを、今度こそ!)
捧げるかのように、真・ゲッター1の両手が中空に突き出される。
その掌の間に、紡ぎだされていく新緑の球。
それは見る見るうちにその大きさを増し、やがては機械蜥蜴一機すら飲み込まんばかりの巨大な炎弾に姿を変える!
「行けええええッ…」
叫ぶ、リョウが叫ぶ!
万感の思いを込めて!己の感情を込めて!
彼の「仲間」に彼の「敵」に長かった彼の戦いに向けて、叫ぶ―
咆哮!
「ストナアアアアアアアア・サァァァァァァンシャァァァァァァァァァァインッッ!!」
そしてそのまま真・ゲッターは、エルレーン…ゲッタードラゴンに向け、その球体を投擲する!
空斬るゲッターエネルギーは、それ自体燃え盛るコロナのような炎の尾を放ちながら!
そのまま、ゲッタードラゴンに叩きつけられる―!
「…くッ!」
ゲッタードラゴン全体を、砕けんばかりの衝撃が襲う!
コックピットに激震が走る―!
「う…う!」
だが、それでもエルレーンは怖じない!
彼女はすかさずゲッター炉出力を全開にする、さらにエネルギーを放出するために!
真・ゲッター1が放ったゲッターエネルギー弾は、ゲッタードラゴンの中に余さず満たされ。
しかしなおも放出し続けるエネルギーは、ゲッタードラゴンそれ自体を―
炸裂寸前の水爆のごとき炎へと変える!
「うあああああああああああああああああああああああああああああああ…ッ!!」
エルレーンの雄たけび―!
真・ゲッター1のストナーサンシャイン!
ゲッタードラゴンのシャインスパーク!
ゲッターエネルギーのカクテルをその全身にたぎらせ、そのまま―
己自身を弾丸と変え、ゲッタードラゴンは急加速する!
千数百メートルを、それこそ常人では捕らえきれぬスピードで、一挙に…!
「―!」
燐光放つその弾丸が迫り来る様を見ながら。
無敵戦艦ダイのブリッジからそれを見ながら。
破滅の瞬間が、終末の瞬間が来る様を見ながら。
それでも、帝王のこころを貫いたのはその光景ではなかった。
(ああ、そうか)
たった今空気を裂いた、あの雄たけび。
あの「兵器」たる、「人間」の少女の雄たけびであった。
(そうだったな)
刻一刻と、時空すら飛び越えるような勢いで、その炎弾は迫り来る。
彼ら「ハ虫人」を滅し罰する、退魔の光そのものとなって。
(お前の『名前』は―『滅びの風』、であったな)
そう。
それは、恐竜帝国を、「ハ虫人」を、地獄の釜の底に叩き落した邪悪なる女神の「名前」。
滅びの危機を祖先に与えた、酷薄極まりない冷徹なる女神の「名前」。
…だが。
(それなのに、お前は…泣きながら、戦うのか)
そうだ、それはまるで、泣き声のようにも聞こえた。
恐怖に、悲憤に泣きわめく、「子ども」の声―
(かつても、そうであったな…)


心中で、思わず彼は呼んでいた―
その「名前」を与えた、彼の女龍騎士の名を。


(キャプテン・ルーガよ)


(お前は、全てを見透かしていたのか…?!)


「!」
「…やったか?!」
ゲッタードラゴンは槍となり、無敵戦艦ダイにためらうことなく突っ込み―
そしてその勢いのまま、一気に貫き通す!
ダイのどてっぱらに大穴を空けて―!
まとった莫大なゲッターエネルギーに特攻の勢いを加えたこの合体攻撃に、耐え切れた敵機は今だ無い!
空に飛び去ったゲッタードラゴンは、眼下の無敵戦艦ダイを振り返る。
真一文字に胴体を貫かれ、オイルを撒き散らし、炎を噴き出し、唸り声を上げる巨大戦艦を…
「…るさま、」
「エルレーン…?!」
ぽつりとつぶやかれた、少女の言葉。
あまりに小さく発されたので、リョウはそれを聞き取る事が出来なかった。
それは、あの無敵戦艦の中に在る、帝王の「名前」―
(ゴール様…ッ!)
―と、その時。
ぐるる、という音を立て、首長龍が天を仰ぐ。
無敵戦艦ダイが、蒼天を睨みつける…
「ぐ…う!」
「!」
帝王のうめき声が、天空に散った。
「…み、見事だ、『人間』どもよ!」
今の衝撃でひどく負傷したか―帝王の額には蒼い血が流れ、その片方の瞳は血に染まって視界を失っていた。
だが、それでも。
いや、それだからこそ。
帝王は蒼空を見上げ、ゲッターロボを見上げ、吐き出した。
砕け落ちたブリッジのウィンドウ、その合間に見える―
蒼に映える紅の、強烈なコントラスト。
越えるべくして戦った、だが結局越えられずに終わった、最大なる宿敵の姿。
「!」
「こ、この蒼天のもとに、我らが同胞を導く事は…我が代では、為らぬ事であったか」
「…」
「く、口惜しい…口惜しい事よ、ごぼッ」
ゴールの嘆きを断ち割ったのは、蒼い血。
老帝王の口から、大量の鮮血が吐き出される。
「ゴール様…!」
「だ…だが、忘れるな、『人間』どもよ!」
しかし、それでも…龍の帝王は、朽ちない。朽ちなかった。
呪わしき「人間」どもを、ゲッターロボをねめつけ、高らかに彼は言うのだ―
「我ら『ハ虫人』は、決してあきらめぬ…決して、膝を折ることはせぬ!」
両手を、高く掲げる。
望み続けてきた蒼空に向ける視線は、びくともたじろがない。
まるでそれは祈りにも似て。
まるでそれは呪いにも似て。
「いつの日か、我らが子孫が!この屈辱晴らし、宿願を達してくれよう!」
「…」
「その日まで、せいぜい…楽しむ事だな、束の間の平安を!」
「ゴール…!」
「ぐ…ぐ、ッ!」
激痛のあまり、龍眼が光を失いかける。
だが、その最後に―
帝王は、誇り高き恐竜帝国帝王ゴールは、
かっ、とその瞳を見開き、最大なる宿敵を射た―!
「さらばだ、ゲッターチーム!…そして、」




「…『滅びの風(El-raine)』!」
「―!」




―刹那!
無敵戦艦ダイ…最後に残った機械蜥蜴が、咆哮する!
それは明らかなる苦痛、激痛、断末魔の叫び!
穿たれた腹部から、びしびしと崩壊していく…
脚が。砲台が。尾が。
幾度も幾度も幾度も幾度も爆発を繰り返し、一対の長首を持つ機械蜥蜴が吼え狂う。
幾度も幾度も幾度も幾度も起こる爆発ごとに、幾人も幾人も幾人も幾人も散っていく「ハ虫人」たちのいのち。
鉄片が。血が。肉が。
幾度も幾度も幾度も幾度も、幾人も幾人も幾人も幾人も―
そして、最後に…
無敵戦艦は、その臨界を越える…!




それは、星辰の炸裂にも似た
巨大火山の爆発にも似た
壮大な、壮大な、壮大なこの不調和たる舞台の終末




戦場を揺るがす、白き闇のフレア―!




「…!」
「ぐ、ううッ!」
爆音。爆風。爆炎。
巨大なメカザウルスの崩壊がもたらす衝撃波は、あっという間に四方360度を駆け抜ける。
真・ゲッター1を、ゲッタードラゴンを、プリベンターたちを吹き飛ばすほどに。
矮小な「人間」たちは、その光に焼かれ、その風にはじかれ、そうして必死に耐えた。
だが―
クライマックスを彩る花火は、それだけではない。
それだけでは、足りない―!
「な、何だ…」
「じ、地震かよ?!」
無敵戦艦ダイの爆散そのすぐ後、それとは違う激震が走った。
大地が揺れる…止まる兆しすら見せないで。
明らかに自然のものとは思われないその振動の発振源は、すぐに解析された。
そう、それは、眼前にそびえるとてつもなく巨大な暗紫の繭。
「ハ虫人」たちを守ってきた、街であり基地であり眠りの殻―!
「違う!振動してるのはマシーンランドだよ!」
「!…まさか、自爆するとでもいうのか?!」
「いかん!全速で、この空域から離れるんだ!」
それを悟った「人間」たちの脳裏に、最悪の光景がよぎる。
己の全てを引き換えに「敵」どもをも道連れにせんとする、「ハ虫人」最後の一撃―!
戦場に残っていた機体はすぐさまに母艦に戻り、そして母艦は全速力で飛ぶ。
飛んで、飛んで、飛んで、飛んで、逃げて、飛んで
わずか三分もしないうちに
その時は来た。






大地が―わなないた。
空が、燃えた。
大地が、砕けた。
空が、うめいた。






あたかも、
滅び逝く高潔なる種族の敗北に、慟哭しているかのように―






…数分後。
アーガマ・艦橋(ブリッジ)にて、ブライト艦長はトーレスの報告を聞いていた。
「ブライト艦長…マシーンランドの消滅を確認しました」
「例の大気の方はどうなった?」
「サンプルを採取して調べてみたところ…有毒成分は、散布後約40時間ほどで中和されるようです」
彼の報告は、静かに行われた。
あくまで、静かに。
「排出された量もわずかなものでしたし…時間が経てば問題はないと思います」
「そうか…」
ブライトは、深く息をついた。
…大きな「敵」を下し、乗り越えた、それは安堵の吐息だろう。
だが、同時に。
同時にそれは、彼らがまたも贖(あがな)いがたい重罪を負った、その苦悩の吐息でもある―


そして。


「…」
「…」
「…」
母艦アーガマ・最後尾。
デッキに立ちつくす、四人の少年少女。
去りゆく風景の中に、終わらない灼熱の爆焔を見ながら―
ゲッターチームは、立ち尽くしていた。
―胸が、熱かった。
たまらなく、熱かった。
埃と熱をその肺の中に吸い込みながら、彼らは呼吸している。
それは、つまり―生きている、生き残ったという事なのだ。
「…終わった、んだな」
そうつぶやいたのは、きっとリョウの声。
「…」
「本当に、終わったんだな…」
「…」
「…」
だが、それ以上の言葉が出てこない。
出てこないのだ。
こんなにも、こんなにも、胸の中が熱いのに。
あふれかえりそうな感情で、燃え上がっているのに。
それなのに。
何も、言えなかった。
―と。
「!…エルレーン」
「…」
少女の透明な瞳に、涙が浮かぶ。
彼女は身動きすらせず、今は遠くに燃えさかっている、地平線の炎を見ていた―
「…」
「…」
「…」
リョウも。
ハヤトも。
ベンケイも。
無言のまま、その炎を見ている。
どんどん遠くなっていく、それは「ハ虫人」たちの墓標。
帝王の野望と希望。龍騎士の誇りと怒り。龍の血を引く者たちの、夢と「未来」。
その全てを焼き尽くし、燃やし尽くし、赤く染まる大地―
「…終わったんだね、リョウ」
「ああ…」
「終わったね…」
「…」
「…」
「…」




そして、
静かに流れ落ちる、少女の涙。




それが、この壮大なる舞台の終楽章―
その終焉だった。





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