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◆ 選ぶのは「未来」、それぞれが望む「未来」
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それから少し時間がたった後、ゴールは帝王の間を後にし、何処かへと向かった。
帝王ゴールの足は、おそらく彼女が今いるであろう場所に向かう…
それは、訓練所。
もともと利用するものも少なく(訓練に熱心かつ勤勉な者というのは、何処の世界でも少ないものだ)、さらにもう夜遅いとのこともあって、本来ならば誰もいないそこはしいんと静まり返っているはずなのだが…
今日は、違った。
荒い呼吸音、そして何かが空を切る音がかすかにそこからもれ聞こえてくる。
ゴールが入り口に立ち、中をのぞいてみると…そこには、やはり彼女がいた。
…キャプテン・ルーガ。
がらんとした訓練所の中央で、彼女は一心不乱に剣をふるっていた。
彼女の恐竜剣法の冴えを示すかのように、その剣は勢いよく空を舞い、ひらめく。
だが、キャプテン・ルーガの表情には…どうしようもないやるせなさが漂っていた。
おそらくは、それを振り払うためにこうやって剣の訓練に沈み込んでいるのだろうが…
それでも、彼女の顔に浮かぶ憂いは、消えない。
その表情、剣を振るう鬼気迫る様子に帝王ゴールは一瞬躊躇したが、それでも彼はキャプテン・ルーガに向かい声をかけた…
「…キャプテン・ルーガ」
「!…ゴール様」
唐突に自分の名を呼ばれ、振り向くキャプテン・ルーガ…
その相手が帝王だと知るや、彼女はすぐに居ずまいを正し、慇懃な礼をした。
「十分な戦果をあげた割に…浮かぬ顔だな」
「…いえ、私は…」
帝王のその言葉に、キャプテン・ルーガは答えようとした…
だが、その口調にはどうしても苦悩が満ちる。
「キャプテン・ルーガよ」
だから、ゴールはそれを断ち切り、すぐさま本題に入った…
「…わしは…後悔しておる」
「?…何を…ですか?」
帝王ゴールの思わぬ言葉に、問い返すキャプテン・ルーガ。
帝王は一旦口をつぐんだ…
だが、数秒の空白の後、己の本心をとうとう自分の部下に語った。
「…かつて、我々の『敵』、ゲッターチームを倒すために…
そのリーダー、流竜馬のクローン…あのNo.39を造らせたことを」
「…!」
キャプテン・ルーガの美しい貌に驚きの色が走るのが見えた。
だが、帝王はなおも続けて言う。
「我々は、やはり…そうすべきではなかったのだ。…巡り巡って、今…それが我々に牙をむく」
そこで、帝王ゴールは深いため息をついた…
そして、まるで独り言でも言うかのように、吐息とともに己の思いを吐き出した。
「この時代にまで、あ奴らゲッターチームが現れるとは…そして、No.39がその手先となってしまうとはな」
「…」キャプテン・ルーガは無言のままにそれを聞く…
先ほどのことを思い出しているのか、彼女の顔にも哀しげな…やるせなさに満ちた表情が浮かんでいた。
「…だが…」
しかし、帝王は続けてそう言った。
「…だが、わしは責めはせぬ」
確かに、彼はそう言った。
「…あの、No.39を責めはせぬ」
「…?!」
驚きのあまり、金色の瞳がかっと見開かれる。
あっけに取られたような顔をして、自分を見つめるキャプテン・ルーガに…ふっ、と微笑いかける帝王ゴール。
「あのNo.39は、確かにその使命を果たすことは出来なかった。
ゲッターチームを、ゲッターロボを滅ぼすことは出来なかった。
…しかし、あれは…十分、勇敢に戦った。『人間』である身にもかかわらず…
我々、恐竜帝国の『ハ虫人』の為に、な」
帝王ゴールは静かな口調でそう続ける。
その声には、何の偽りも含まれてはいないようにキャプテン・ルーガには感じられた。
恐竜帝国の支配者、帝王たるゴールが…あの「兵器」として造られた少女を、その戦いを…彼女の生きた意味を、賞賛している。
…それは、あくまで「戦うモノ」…「兵器」としてのモノだったが、それでも確かにそれは賞賛の言葉だ。
「ゴール様…」
「そして、ゲッターとの戦いで命を落とした。…報われることすら、ないままに…
あれは、十分よくやってくれた…もう、それだけで十分だとわしは思っておる。
…今さら、我々『ハ虫人』に義理立てすることもなかろう」
ゴールはそんなことすら口にした。
キャプテン・ルーガは信じられないような…だが、どこか誇らしげな気持ちでそれを聞いていた。
自分が剣を教え、戦う術を教えた少女…
今すぐエルレーンをここに連れてきて、帝王のこの言葉を聞かせてやりたかった。
自分以外にこの恐竜帝国で信じられる者を見つけられず、戦果をあげても報われず、そのことに絶望し泣いていたエルレーン…
(エルレーン…!)
心の中で、彼女の名前を呼ぶキャプテン・ルーガ。
(…お前は、ひとりではなかった!お前の戦いは、無駄ではなかった!
私以外にも、恐竜帝国に…お前のことを見守っていた者はいたんだ!
…帝王ゴール様は、お前のことを見ていてくださったのだ…!)
きっとそれを聞けば、エルレーンは泣きながら喜ぶだろう。
彼女のそんな表情すら思い浮かぶ…
だが、その途端にキャプテン・ルーガの心に、またあの光景が浮かび…彼女を責めさいなんだ。
…ゲッタードラゴンに乗り、自分と戦うことを拒否し…泣き叫んだ、エルレーン。
深い罪悪感が再び彼女の心を埋め尽くす。
エルレーンを追い詰め傷つけた、自分の友人を苦しめたその罪…
が、その思いに流されていた彼女の意識を、帝王ゴールの呼びかけが現実に引き戻した。
「キャプテン・ルーガよ」
「…はっ」
帝王に呼びかけられ、ぱっと我に返ったキャプテン・ルーガ。
そんな彼女に、帝王が投げかけたのは…思いも寄らない問いかけだった。
「あれは、やはり…『人間』だったのだな?」
「!」
「あ奴は…No.39は、己のオリジナルである流竜馬と…泣きながら、戦っておった。
…そして、その流竜馬は必死になって、No.39を説得しようとしていた。
戦いを止めて、自分たちのところに来い、と」
「…」
彼女もそれを覚えていた。
あの世―「全てのイキモノが行く場所」から、エルレーンの戦いを彼女もまた見守っていたのだから。
「いつのまに…あ奴らの間に、そのような『絆』が生まれておったのか…
だが、それはやはり…あれが、『人間』だったからなのだろうな…」
「…私にも、わかりません…ゴール様」
「…」
「しかし、あの子は…自らで、それを選んだのでしょう。『人間』であることを…
『兵器』ではなく。
…おそらくは、それが…あのNo.0との最も大きな違い」
「…」
ゴールは、彼女の言葉を何も言わぬままに聞いていた…
そして、一回だけ静かにうなずく。
「だから、あの子がゲッターチームの側についたのも…そういうことだったのでしょう。
我々、『ハ虫人』を見限って…」
と、その時だった。
キャプテン・ルーガは、目の前に立つ帝王ゴールが軽い苦笑をもらしたことに気づいた。
その妙な反応に、きょとんとしてしまう彼女。
「…ふふ、お前は…」
そんなキャプテン・ルーガをさもおかしそうな目で見ながら、ゴールは言った。
「?…何か?」
「…お前は、あのNo.39を…『あの子』と呼ぶのだな…?」
「…!」
キャプテン・ルーガの表情に戸惑いが浮かぶ。
どこかからかうような口調で言われたその言葉…それが意図している意味は、明白だった。
かあっ、と血が頭にのぼるのを感じるキャプテン・ルーガ。
困惑しているのがあらわな彼女の様子を、帝王ゴールは微笑いながら見ている…
「わ、私は…」
「キャプテン・ルーガ」
が、その時突然、帝王の顔がすうっと真剣なものになる。
「は、はい…」
「わし自身は…お前を、生き返らせるつもりなどなかった」
「?!」
それは、まったく青天の霹靂だった。
帝王ゴール自身は、自分を生き返らせようと思っていなかったとは…?!
彼女の驚きを受け、帝王は説明を加えてやる。
「だが、ガレリイ長官が…わしの知らぬ間にお前の肉体を再び再生させ、そして『魂呼び』を依頼していた…
わしがそれを知ったのは、すでにお前は呼び戻されていた後だった…」
「…」
帝王の言葉を聞くキャプテン・ルーガの胸に、「やはり」という思いが去来する。
「あ奴は、なんとしてでもあのNo.39を地獄に追い落とさねば気が済まぬらしい。
己の造った『兵器』が、己に逆らうことがどうしても許せぬようだ」
「…」
それは、あの時代でも薄々感じてもいたことだ。
ガレリイ長官は、エルレーンを徹底的に「兵器」扱いしていた。
自分が造り出しておきながら、名前すら与えず…ただ、「使って」いただけだ。
だが、今やその「兵器」は、ゲッターチームの仲間となっている。
そして恐竜帝国に…創造主である自分に敵対している。
そのことがガレリイ長官の気に触って仕方ないのだ…
だから彼は自分を生き返らせた。
エルレーンを苦しめる、エルレーンの精神を壊す、そのためだけに…
「…キャプテン・ルーガよ。だが…」
しかし、帝王ゴールは、きっぱりと言い放った。
「…お前も、No.39と同じだ…!」
「…え…?!」
「お前も、あのNo.39と同じく、恐竜帝国のために、我ら『ハ虫人』の『未来』の為に、決死の覚悟で戦いに望み、そして散っていった。
…すなわち、我らのために命を散らした、誇り高い勇士!」
ゴールはキャプテン・ルーガを真正面から見すえ、はっきりとその賞賛の言葉を口にする。
「その勇士の『魂』を再び呼び戻してまで、いいように利用しようとはわしは思わぬ!」
帝王の低く威厳のある声が断言する。
「ゴール様…!」
「キャプテン・ルーガよ。…だから、お前は自由なのだ…!
No.39が、すでに自由なのと同じく!」
「自由…?!」
「そうだ」
ゴールはうなずき、彼女に向かってなおも言う…
その口調は、どこか諭すようでもあった。
そうして、突き放すように、命じるように、厳かに―彼は、宣言する。
反響して散っていくそれは、彼女がほんとうに望んでいた言葉だったのかもしれない―
「お前は、お前の望むことを為すがいい…キャプテン・ルーガ!」
「…!」
全身に、電撃のようなショックが走ったのをキャプテン・ルーガは感じた。
今まで自分に絡み付いていた何かが、その帝王の言葉で砕け散り、塵となって消え去っていく…
そんな感覚を感じた。
恐竜帝国の帝王が、絶対たる支配者その人自身が…恐竜帝国の兵士である自分を、恐竜帝国のしがらみから切り離すというのだ…!
「…もう、とらわれることはない。お前は、お前の『未来』を選べ…
わしは、お前にNo.39と戦うことを強いはせぬ!
…例え、それがガレリイ長官がお前を生き返らせた本音であろうとな」
「…ゴール様」
ゴールの言葉、その一つ一つを、かみしめるように彼女は聞く。
帝王は確かに自分に向かってこう言っているのだ…
エルレーンと戦わずともよい、と。
自分の「トモダチ」と戦わねばならない義務などすでにないのだ、と…
「選ぶがいい…お前の望む『未来』をな。…あの、No.39は…すでに、選んだ」
「…帝王ゴール様、私は…」
「…わしは、わしの望む『未来』…恐竜帝国の『未来』を得るため…
『人間』どもと、ゲッターチームと…あの、No.39と戦う」
キャプテン・ルーガの言葉をさえぎり、帝王ゴールはぽつり、とつぶやくように言った。
「…」
「だが…それを、もはやお前には強いぬよ、キャプテン・ルーガ。
お前は十分に戦ってくれた。No.39同様に…
わしは帝王として、『お前たち』に感謝しておる」
キャプテン・ルーガは、帝王の口からでたその言葉に、思わずはっとなった。
…帝王ゴールは、『お前たち』と言った。
(この方は、私のこころを…私の本心を、見透かしておられるのか…?!)
困惑でいっぱいになった彼女。
そんな彼女を見つめ、なおもゴールは微笑って言う…
「そう…もう十分なのだ、キャプテン・ルーガ…とらわれるな、我らに」
それは、とても穏やかで…いたわりに満ちた言葉だった。
「帝王」として、いや、それ以上に、それは…部下への情に満ちた、「仲間」としての…
「…『仲間』である『お前たち』の命をもてあそぶような、我らなどに、な…」
そう彼が言ったその一瞬だけ、帝王の顔に自嘲の色が浮かんだのをキャプテン・ルーガは見逃さなかった。
(…それでも、)
彼女の胸に、哀しみ、そして帝王ゴールに対する深い敬愛の念が浮かぶ。
(それでも、この方は…恐竜帝国のため、「ハ虫人」の「未来」のため、その罪を一身にかぶられるのだ…!)
キャプテン・ルーガは帝王ゴールを見つめた。
彼女の金色の瞳に映る帝王は…昔と変わらぬ、いや、昔以上に思慮深く責任感の強い、偉大なる帝王だった。
「…」
二人の間を、静寂が支配した。
しばらくの間、キャプテン・ルーガは何も言わないまま、考え込んだまま立ち尽くしていた…
しかし、やがてうつむいた彼女の顔に、強い決意があらわれる。
再びすうっと顔を上げたキャプテン・ルーガ。
その瞳には、もはや迷いを断ち切った、惑わぬ決心があった。
「ゴール様…」
彼女はまっすぐに帝王ゴールを見すえる。
「…」
ゴールはその視線を真芯から受け止めた。
「…それでは、私は…」
訓練所に、キャプテン・ルーガの凛とした声が響く。
「私は、私の望む『未来』を得るために…戦います!」
それは、決断の重さ…
そして、決別の重さを込めた宣言だった。
「…うむ…!」
帝王ゴールは、ただ一言だけそう言って…力強くうなずいた。
「…失礼致します!」
彼女は帝王に一礼し、くるりと身をひるがえし…そして、訓練所から駆け出していった。
もはや振り向くことなく、まっすぐに何処かへと駆けていくキャプテン・ルーガ。
廊下に響く彼女の足音が、だんだんと遠くなり…とうとう、聞こえなくなった。
訓練所に一人残されたゴールは…何も言わないまま、それを見送った。
「…」
帝王は、無言のまま。
恐竜帝国の支配者、絶対権力たる帝王ゴールは…無言のまま、それを見送っていた。
己の望む『未来』のため、自分たちとは違う道を選ぶかつての部下、キャプテン・ルーガを…


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