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◆ the decisive Battle(3)
 <Rex tremendae majestatis〜Sanctus, Dominus Deus Sabaoth
 (恐るべき威光の王よ〜聖なるかな、万軍の主神)>
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「ジロォオオォオオンッ!!」
「おおッ!!」
チルが叫ぶ。ジロンも、それに応じるかのように、雄たけびを返した!
白い煙を噴き上げる、ウォーカーギャリアのエンジン…
そして、ジロンはハンドルを勢いよく回した!
緑の疾風は駆け抜ける!
黄砂を巻き上げ足音も高く、雄々しく地を駆け空を舞う…!
そして、それは惑うことなくそこへと滑り込んだ!
「?!」
No.0の視界に、再びそれが割り込んできた。
今まさにゲッタードラゴンの頭を断ち割ろうとしている、ゲッタートマホーク…その狂刃の下に、ウォーカーギャリアが現れたのだ!
両腕を伸ばし、自分もその刃を手にとって…上へ上へと、押し返してくる…!
「ぐ…う、ううッ…!」
「じ、ジロンッ…」
歯を喰いしばり、斧を押し返そうと躍起になっているジロン…
彼の顔が、No.0の在るコックピットから容易に見てとれた。
…心なしか、邪神の振るう斧にかかる力が…幾分、弱まった。
「い…い・く・ぜえぇえぇぇええぇぇッ!!…ウォーカーギャリアもおぉおおぉっ、おおぉぉとこのこぉぉおおおぉぉぉッ!!」
それを、ジロンは見逃さなかった。
かっ、と大きく目を見開いた。ハンドルを握る手に、レバーを握る手に、思い切り力を込める。
そして、緑の疾風が閃光と化す!
エンジン全開にされたウォーカーギャリア、莫大なエネルギーがいちどきに燃え盛る!
斧を挟み込むその両手にも、巨大な力が流れ込む…
そしてそれはゲッタードラゴンのパワーと合わさって、邪神の斧に一挙に襲い掛かった…!
「う、うあッ?!」
ばきいっ、という音、そして両腕から伝わる嫌な振動。
二体のロボットのエネルギーに耐え切れなかったゲッタートマホークは、無残、その柄でぼきりと折り取られた!
ウォーカーギャリアが、折り取った刃…斧の刃を手で挟みこんだまま、思い切り天へと抱えあげる。
そして、次の瞬間…ジロンは、両腕を力の限り振り下ろした!
「!」
一閃。黒い影となったその刃は、真・ゲッター1の真白い左肩の部分をそのまま通り抜けていった。
そして、どさり、とそれは落ちる。台地に砂埃が生まれる。巻き上がる。
左腕を失った真・ゲッター1…その衝撃にやられ、真・ゲッター1は無様に背中から地面に倒れた。
がきゃり、がちゃり、と、その身体のパーツが軋みを上げる。
よろめきながら、身体のバランスを失いながら、再び立ち上がる手負いの邪神…
その真・ゲッター1に、ガロードたちが再び呼びかけた。
「…な、No.0…も、もう、さすがにお前も疲れたろ…降参しろよ、誰もお前を責めやしねえよ…」
「No.0…」
No.0は、しかし、ガロードやティファの声には応えないまま。
うつむいたまま微動だにしない姿だけが、ガンダムエックスのモニターに映る…
と、その時。
走査線が形作る彼女の小さな身体が、かすかに揺れ動いた。
「…っく…」
「…!」
「う…ひっく、ううっ…!」
頭を垂れたまま、肩を震わせるNo.0。
ぽたぽたと、透明な何かが彼女の頬を伝ってしたたり落ちていく…
「No.0…」
「…ううっ、…っくうっ…ど…どうして?!どうして、お前らみんな、俺の邪魔をするんだよ…?!」
「…」
「何で…何で、こうなるんだよ?!…俺は、ただ…『自由』に、しあわせになりたいだけなのに…!」
「…」
「うっく、ふううっ…!」
「…」
静まり返る空気の中、少女の哀しく痛々しいすすり泣きだけが響いていた。
その場にいる誰もが、胸の痛むような彼女の言葉を無言で聞いている…
残酷な対立、その中に叩き落された少女の慟哭を。
ようやく、彼らも悟る事が出来た。
彼女は、本当は…愛情深き面もある少女である、と言う事を。
それ故に今、彼女は何よりもつらい矛盾の狭間に陥って、苦悩している。
彼女はジロンたちを傷つけたくはない、だが己の何より望む「自由」を得るための切符…それは、ゲッターチームを殺す事…を、決死の覚悟を持って阻もうとするのは、彼ら。
そして、ゲッターチームもまた…自分を必死に救おうとする。
しかし、彼らのもとに自分ひとり行くことは出来ない…
彼女の「トモダチ」は、あのマシーンランドにて、一人…彼女の凱旋を待っているのだから。
護りたい、だが退けねばならない、救われたい、だがそれはできない、討ち取らねばならない、だが殺したくない…!
その永遠に終わらぬ思考は堂々巡りを繰り返した後、最後に…とうとう、彼女の理性を傷心で焼きつくしてしまった。
哀しみに震えるNo.0の肩…その動きが、やがて止まった。細いすすり泣きも、途絶えた。
「…」
「No.0…」
「…だ」
通信画面に映る、うなだれたまま微動だにしなくなったNo.0。
かすれた声が、かすかにそこから伝わってきた。
「?…No.0…?」
「…もう、…終わり、だ…」
ゆらり、と面を上げる少女。
うつろな表情。幽鬼のごとき、空疎な瞳。
「え…?!」
「…お前らは、結局…俺の、『敵』なんだ…俺を傷つける、俺を苦しめる、俺に…やさしくするふりして、結局は、俺の邪魔をする…
『トモダチ』だって、言ったくせにぃッ!」
だが、どんどんとその口調には自暴自棄と怒気が混じる割合が増していく。
涙に潤むガラスのような瞳が、一転…闇の輝きを取り戻した。
その合間に、確かに哀しみと絶望の色をひらめかせながら。
「!」
「No.0ぉッ?!」
「…ッ嫌いだ」
「…?!」
「大ッ嫌いだ…」
かすれる声が、どす黒い感情を伴って。
「お前たちなんか、大っ嫌いだ…」
つぶやく言葉は、呪詛にも似て。
「No.0…ッ!」
「お前たちなんか、『人間』なんか…大っ嫌いだ」
ガラスのような瞳が、彼らを見ている。
まったくの無表情、その顔の中で…二つの玻璃のような瞳だけが、異様にきらめき彼らを射る。
「みんな、みんな、大ッ嫌いだ!…ジロンも、チルも、ガロードも、ティファもッ!…みんなみんな、死んじまえばいいんだッ!」
が、それも刹那、彼女の顔を怒りが染め上げていく。
まるで、追い詰められた幼女がするように…滅茶苦茶で乱暴な言を言い放つ。
「?!」
「な、No.0ッ!」
「そうだ…はじめっから、何もなけりゃよかったんだッ!…そうすりゃ、こんなに、苦しまなくってすんだのにいッ!」
「…No.0ぉ…ッ!」
それを聞くチルの瞳に、新たな涙が生まれた…
涙で揺らめく視界の向こうには、あの少女が…救いを拒絶し混乱の極にいる、自分の「トモダチ」が在る。
「うう…ッ、大ッ嫌い、大ッ嫌いだ!お前たち『人間』なんか、大ッ嫌いだ!」
「…」
「…こ、この、真・ゲッターで…お、お前ら、お前ら、みんな殺してやるッ!」
「No.0!」
「に、『人間』も!『ハ虫人』も!みんなみんな、死んじまえ!みんなみんな、いなくなればいいんだ!…うおぉぉぉおおおッ!!」
「…!!」
ティファは思わず、顔をそらしてしまった…
猛る少女の、そのあまりに哀しい憤怒と混迷を正視できずに。
真・ゲッター1は、右腕を後方に伸ばし…ぐっ、と、何かをつかむかのように手のひらを握りこんだ。
そのこぶしを開く。
すると、そこには…暗い緑色に光る、何かの火種のような、エネルギーのカタマリが生まれていた。
その球体はどんどんと大きくなっていく。
そのまばゆい緑光が真・ゲッター1を染めていく…
ばちばちと火花を立てながら、ゲッターエネルギーが急速に一点に収束していく…!
「!…や、ヤバいぞリョウ!…あれは、あの体勢は…」
「!…ストナーサンシャイン?!」
「な、何ッ?!」
ざわめくゲッターチーム、そしてプリベンターの「仲間」たち。
そう、それは…真・ゲッターロボ、最強の武器、ストナーサンシャインの前奏。
地形すら変えてしまう邪神の一撃、凶悪なる太陽のごとき力の破裂と破壊…!
「は、はは…ひゃはははは…あはは…」
涙を流しながら、No.0は笑っていた。狂気じみた中に、やる方のない絶望の彩りを混ぜ合わせて。
その笑いを見たガロード…
彼は、つらそうに、一回ぎゅっと目を閉じ…そして、現実を見るべく、再び目を見開いた。
「…ティファ!」
「ええ…!」
とうとう、ガロードは覚悟を決めた。苦渋の決断。
自分の後ろに座っているティファに呼びかける…
彼女もそれを受け、軽くうなずく。
ティファの胸に、ふっと彼女の様々な姿がよぎった。
あの時の…あの夜の彼女。
(No.0…あなたはきっと、私を憎んでいるんでしょうね)
包帯を巻きなおしてやった時に見せた…照れているのか居心地が悪いのか、何だか困ったような顔。
(でも、No.0…私は、あなたをだましたり、ましてや『飼いならそう』なんて思ってなかった。
ただ…あなたが、心配だっただけ)
魚を釣って、驚きながらも喜んでいた時の顔。
(それでも、今…私がやることを見たら、あなたは…きっと、ますます私を嫌いになる。
もう、信用なんてしてくれないでしょうね)
チョコレートを食べた時に浮かべた、目をまんまるにして驚いている顔。
(…だけど…!)
自分のあげたイヤリングをつけた時、鏡の中に映した…はにかんだような、かわいらしい笑顔…!
「…あなたを止めるため、この力を…使います、No.0ッ!」
瞳を閉じる。自分の中に在るその力の流れ、それをはっきりと感じ取るために。
それは祈りの形をとってあらわれる。
手を組み、ティファは心を静める…
こころのなかに燃える炎をよりいっそうあおりたて、闇の中に輝かせる。
意識を集中し、静かなるその炎を燃やす…
そして、それが頂点に達したという確信が、彼女の中に生まれた時。
彼女は再び目を開いた!
「…あなたに、力を…!」
音なく降り注ぐエネルギーはティファの力によって制御を受け、ガンダムエックスの搭乗者に全てを委ねる…!
「マイクロウェーブ、来たッ!」
キャノン砲を右肩に構える。そして、その照準を…こちらに背を向けて立つ、真・ゲッター1にぴたりとあわせる。
出力をぎりぎりまで絞る。真・ゲッター1を彼女ごと焼きつくさぬように…
「…サテライトキャノン…いっけえぇええぇぇええぇええぇッ!!」
「…!」
閃光。キャノン砲から青白い光と熱が巻き起こる。
そして、真・ゲッター1の背に向けて一直線に向かっていく…
真・ゲッター1が振り向いた。
迫り来る光の帯を、確かに彼女は見たはずだ…
が、彼女は動かないままでいた。
その刹那、ティファの胸を貫いていったモノがあった…
それは、あの少女の思念そのものだった。

(いまおれがこれをよけたら、じろんたちにあたる)

大きく見開かれたティファの瞳から、涙がいっせいにこぼれ落ちていった。

「…う、うわぁあああぁぁあぁああああぁぁぁあぁ…ッ?!」
光の束を全身で受け止めた真・ゲッター1。
あっという間のその姿は眩い光に包まれ、薄暗いシルエットへと姿を変えた…
サテライトキャノンのビームは、真・ゲッター1に全て飲み込まれていく。
その装甲、翼、エネルギーを焼きはがして。
十数秒の光の狂宴の合間…瞳を焼くその強烈な光線に、皆思わず目を閉じていた。
そして、恐る恐る瞳を見開いた時…そこには光はすでになく、立ちつくす邪神の姿があるだけだった。
黒い翼は、骨格だけに焼け落ちた。
赤と白、黄でカラーリングされたその全身の装甲は、光線に焼かれて砕け落ち、ところどころ剥き出しとなった内部回路から青い火花が散る。
最大出力ならコロニーさえ消し去るほどの威力を持つサテライトキャノン…
できうる限りの最小出力で放ったとはいえ、それが真・ゲッターに取り返しのつかない強大なダメージを与えた事は間違いがなかった。
「ぐ…う…」
なおも、動こうとする真・ゲッター1…だが。
「ううッ?!」
その両脚に命令は飛んでも、もはや動く力はなかった。
がくり、と荒野に膝をつく邪神。
「No.0…!」
「う、う、ああ…ッ」
「…さあ…もう、無理だろ…もう、真・ゲッターは動けないはずだ。もろにサテライトキャノン喰らったんだから…」
ガロードが、ぽつり、ぽつり、と言葉を継ぐ。
自らが放った攻撃に傷つき、怯えすくむNo.0の姿が、彼のこころを刺し貫く。
「お前じゃ…お前一人じゃ、無理だよ。…もう、あきらめろよ…リョウさんたちを殺そうとするのは。
…そんな使命なんて、放り捨てちまってさあ…俺たちと一緒に、行こうよ…」
「…」
「No.0ォ…ね、もういいじゃん…?!アタイら、アンタを怪我させたくないんだよお…だから、もう出てきてよ…!」
「なあ、No.0…お前、『自由』になったら、俺たちに会いに来たい、って言ってたじゃないか。
さっきも言ったけど…お前、とっくの昔に『自由』なんだよ。…だから、さ…今、おいでよ」
「…」
「No.0…あなたが、私たちのことを嫌っても…それでも、私たちはあなたを連れて行くわ。放っておけないもの。…だって、あなたは」
ジロン、チル、そしてティファ。追い詰められた少女に、「救い」の手を差し伸べんとする。
そして、その故を…ティファは、やはり同じ言葉で表明した…!
「…あなたは、私たちの『トモダチ』なんだから…!」
No.0は、それを震えながら聞いていた。
頬を伝っていく。彼女のガラスのような瞳は、きらめく涙を落とし続けている…
「…」
「ち、ちっくしょう…う、動け!動け!…動けよぉっ、この『できそこない』ッ!」
があん、とコンソールを乱暴に叩きつける。だが、反応は何も返らない。
「…」
「畜生、畜生…ッ!」
「No.0…」
「くそッ、くそッ…!」
握りこぶしが傷つくのもかまわず、怒りとやるせなさを叩きつけるかのように、何度も何度もコンソールを殴りつけるNo.0…
とうとう、リョウが口を開いた。
「…No.0。…もう、終わりだ…もう、お前は戦わなくていいんだ。
…さあ、俺たちのところに来るんだ。俺たちは、決してお前をひとりにはしないから…!」
「…!」
No.0のガラスのような瞳…その瞳孔が、高ぶる恐怖できゅうっと縮まった。
…が、その時だった。
「?!…か、艦長!」
「どうした?!」
「こ、こちらに急スピードで接近してくる物体が…」
アーガマ艦・ブリッジ…リョウたちの戦いを固唾を呑んで見守っていたブライトに、突如それは報告された。
アーガマのレーダーが、それの襲来を告げたのだ…
そして、その識別コードは。
「?!」
「こ、この反応は…」
ぴくり、と、No.0は肩を震わせた。
「…!」
彼女の胸が高鳴る。
感じる。あの息吹、あの気配、あの存在の到来を…
涙で濡れたNo.0の顔に、驚いたような喜びの表情があらわれた。
「…来てくれたのか、お前!」
それは迷うことなく、No.0たちのほうに向かって一直線に近づいてくる。
夜空に月光跳ね返しかすかに光る、その高速移動する点が浮かび上がる…
「?!」
「あ、あれは…」
「…メカザウルス・ロウ?!」
「…!」
その点はあっという間に、機械蜥蜴の形に変わる。
エンジンの赤い炎を吹き上げながら、その影はみるみるうちに近づいてくる…
気高く強い雄たけび上げて、己が友たる少女のもとへと…!
「お前…来てくれたんだな、俺のために…」
ぼろぼろと、ガラスのような瞳から涙がこぼれ落ちる。
「ああ…ロウ、そうだ、お前だけだ…メカザウルスのお前だけだ、俺を裏切らないのは!俺と同じ『兵器』の、お前だけ…!」
「…No.0…!」
涙にむせぶ呼吸の合間から、No.0は震えながらうわごとのようにそうつぶやいた…
そのセリフのあまりの哀れさ、「人間」にもかかわらず「人間」を信じる事が出来ない少女の有様に、リョウたちの胸が締め付けられた。
No.0の指が、手元のコンソールの上で踊る。
もはや役にはたたないこの邪神を乗り捨てるために。
すると、真・ゲッター1の内部を満たしていた機械の様々な作動音…それが、急速にフェイドアウトし、とうとう完全に消えてしまった。
真・ゲッター1は、No.0に放棄され…ぐったりと片膝をつき、座り込んだ状態で動かなくなった。
少女は真・ゲッター1のコックピットを後にした。
ハッチをあけ、外に出、真紅の邪神の頭の上にすっくと立ち上がり…メカザウルス・ロウに手を上げて合図する。
ロウはそれに応え、彫刻のごとく微塵も動かない真・ゲッター1の隣に降り立ち、コックピットにつながる頭部のガラスを開く。
その中に、彼女は軽やかに飛びこんだ。そして、コックピットのシートにつく…
己の大切な「トモダチ」の体内、鋼鉄のケイジの中に座した少女。
彼女の目つきが、ぎりっ、と鋭くなった。
「…行くぞ、ロウッ…!」
メカザウルス・ロウが、声の限り吼えた。
大地をずうん、と音を立てて踏みしめ、大きく首を回して、己が主人の「敵」たる機械どもをねめつける…!
「ち、ちっくしょう…何で、何でわからないんだよッ、お前って奴はァッ!」
ガンダムエックスが、メカザウルス・ロウの前に躍り出る。
その声を聞いた途端…一瞬、ロウの動きが止まった。びゅん、とその尾が波打ち、空を切る。
ガロードは叫んだ。声の限り…その操縦者ではなく、機械蜥蜴自身に。
「ロウッ!お前賢いんだから、俺たちの言ってることもわかってんだろッ?!…いい加減にしろッ、俺たちの言うことを聞けよ!」
ロウが、ぐるる、と、喉を鳴らす音が聞こえた。
「お前は、No.0の『トモダチ』なんだろうッ?!だったら、お前はNo.0を止めなきゃなんねえんだよッ!」
ロウが、猛る声とも苦痛の声ともつかぬ、叫び声をあげた。
「『トモダチ』が、間違った道に行っちまおうとしてるんなら!例え、そのときは嫌がられたって、そいつを止めてやるのが『トモダチ』だろうが!
…お前は、No.0がこのままでいいって本当に思ってるのかよぉッ?!」
「…!…だ、だめぇッ!き、聞いちゃダメだッ、ロウッ…ガロードの言うことなんて、聞いちゃダメなんだァッ!」
ガロードは決死の形相で、ロウを説得しようと叫ぶ。No.0が必死でそれを遮らんとする。
ロウは、一瞬…苦しそうに首を上げ、ぐるううううう、と弱々しげに鳴いた。赤い瞳をまたたかせて。
だが、それも刹那…再び、機械蜥蜴は雄々しく吼える!
鋼鉄の尾を振り回し、ガンダムエックスの寸前で大地に叩きつける!
『…ごめんなさい…』
その返答を受け取ったガロードの表情が、哀しみでひずんだ。

メカザウルス・ロウの狂乱。
三機のマシンは、それを必死に押しとどめようと飛び掛る。
だが、機械蜥蜴の吐く炎のブレスが、鋼鉄の尾が、爪の一撃が、それを阻む。
それでも彼らは飛び掛る。
ゲッタードラゴンが、ウォーカーギャリアが、ガンダムエックスが、倒されても倒されても…メカザウルス・ロウに立ち向かっていく…!
その乱戦のさなか。
大地に打ち捨てられていた邪神…その光の失せた眼が、

再び、黄色い光で満たされた。



<…>

<生命の力、輝かんばかりの強い意志、燃える炎のような純粋な生命力…だが、>
<お前は、拙(つたな)い。あまりに愚かで、蒙昧で、そして…幼すぎる>
<それ故…お前が持つ紅蓮の魂は、いのちの破壊へと向かう、無意味なものと化している>
<…少女よ…我を駆るに足る力を持ちし、だが、その力を制することの出来ぬほど、まだ幼き者よ>
<お前は…『それ』を、するべきではない…お前は、まだ、守られねばならぬ存在なのだ…>
<…少女よ…それ故に、我は>

<お前から、『それ』を奪おう…『それ』は、『子ども』には過ぎた玩具だ…>



それに一番最初に気づいたのは、一体誰だったのだろうか。
いつの間にか、それは立ち上がっていたのだ。
「…?!」
「え…?!」
「そ、そんな…」
「ぱ、パイロットもいない、真・ゲッターが…」
目の錯覚ではない。
No.0に乗り捨てられ、片膝をついた状態でうなだれ凍り付いていた真・ゲッター1…
その両脚は、今、確かに大地をしっかと踏みしめている。
操縦者を失い抜け殻となったはずの「兵器」が…ひとりでに、立ち上がった。
起こり得るはずのない事が、だが確かに起こっている…
No.0も、リョウたちも、ガロードたちも…やがて、その異変に気づいた。
今まで激しく入り乱れていた機械たちの動きが止まる。
そして、「人間」たちの視線は、そびえたつ巨人に集中する…
そして、次の瞬間。
「?!」
「な、何だって?!」
その全身を這い上がるように、真・ゲッター1のつま先から頭頂まで、怪しいほのかな緑光が駆け巡っていく…
その光がまとわりついた箇所…焼け焦げた装甲も、無残な破壊の跡を見せる傷口も、あっという間に緑の光に包まれる。
すると…何と、みるみるうちにその故障箇所がふさがっていくではないか…?!
イキモノではないはずの、機械が…異常な再生を見せる様を、誰も彼もが呆然として見守っている…
己が目を疑いながらに。
だが、それは明らかな事実…
大地に落ちていた、切り取られた左腕。
その左腕が、まるで吸い寄せられるかのごとく宙に浮き…がしゃん、と先のない左肩にぶつかっていく。
緑光がその間隙を埋めていく。自動的に修復が為され、傷口が埋められ、そして…つながる。まったく元通りに。
そうこうしているうちに、燐光放つ真・ゲッター1、その巨体からは一切のダメージが消え去っていた。
邪神の瞳が機械蜥蜴を射る。黄色い瞳が、その巫女を射る。
その眼光、「人間」ならぬモノの鋭い、得体の知れない恐ろしさに、少女は一瞬怯えてしまう。
そのわずかな隙を…真・ゲッター1はついた。
「!」
真・ゲッター1が、大きく前方に飛んだ。
ゲッタードラゴンの脇をすり抜け、ウォーカーギャリアに目もくれず、ガンダムエックスを飛び越えて。
刹那、その巨体は…突如、メカザウルス・ロウの眼前にて静止した。死神のごとく、躍動を感じさせない動きで。
少女の心臓が…どくん、と強く拍動した。
その唐突な動きに対応できないNo.0が、どうしていいかわからず、動けぬままでいた…その途端。
裁きを下す神の両腕のごとく伸び上がる、真・ゲッターの豪腕。
その豪腕は…素早くそれに巻きついた。
「?!…な、何、しやがるッ、…畜生ッ、放せ、放せええええええッ!」
そして、そのままぎりぎりと締め上げる。メカザウルス・ロウが激痛に唸り声を上げた。
強烈なベアハッグが、メカザウルス・ロウの動きを封じ、その身体にダメージを与えていく…
No.0の表情が、一気に恐怖と混乱に支配されていく。
突然、自分に対して牙をむいた邪神…
その邪神の思わぬ攻撃に膨れ上がる焦りが、ちりちりと思考を焼き焦がす。
「な、何故だ…?!一体、どうして?!」
しかし、混乱し、恐怖しているのは何も彼女たちだけではない。
そのありえない光景を見ているリョウたちゲッターチーム、そしてガロードやジロンたちも同様だった。
「…意思…」
「!…ティファ?!」
その時、彼女がぽつりとつぶやいた…それを敏感に感じ取って。
「真・ゲッターの、真・ゲッター自身の意思…!」
「?!…そ、そんな馬鹿なッ?!」
「そ、それじゃあ…し、真・ゲッターは」
ガロードのセリフが、途中…驚嘆と動揺で途切れた。
「真・ゲッターは、No.0を殺そうとしてるのかよッ?!」
「…違う…!」
だが、ティファはそれを否定した。
「え…?!」
「そうじゃない…!…真・ゲッターは、No.0を…!」
ティファの瞳に、邪神の姿が映る。
機械蜥蜴を腕の中に捉え、その抵抗をたやすく抑え込む…人知を超えた存在たる、真・ゲッターロボが…!
「や、やめろォッ!ロウを傷つけるな!…放せ、放せぇ…ッ!」
必死でコンソールを操作し、レバーを引き、何とかその悪魔から逃れんとする…
だが、邪神の抱擁は恐るべき圧力をメカザウルス・ロウに加え続ける…
そのボディを覆っている、特殊合金が耐え切れなくなるほどに。
みしり、みしり、と嫌なきしむ音が、ロウの内部に響き渡る。
ロウが吼える。苦痛の叫びを上げる。
締め付けられる痛み、身体の組織が破壊される痛みに耐えかねて。
手足を振り回し、もがき、暴れる…
が、その邪神の腕(かいな)から逃げ出せるほどの強力(ごうりき)を、彼は持たなかった。
そして、限界の時は…あまりに突然に、やって来た。
がきゃり、ごきっ、という、鈍い音。
邪神の手のひらが、ロウが背に負う炎熱マグマ砲を握りつぶした音だった。
ルウウウウオオオオオオオオオオオオ…ン?!
その衝撃に機械蜥蜴はのけぞり…空中に響く悲鳴を放った。
その破壊された砲身は、なおもぐいぐいとおしこまれ…ロウの背に喰い込み、そこには深い傷が生まれた。
肉が裂け、血が流れる。機械の部分が押しつぶされ、回路の破綻を生み、不吉な火花を散らす。
そのダメージは、とうとう…ロウの中枢すらをも侵してしまった。
ロウの身体中、いたるところから赤い火の粉が散る。
曼珠沙華の花が咲き乱れるがごとく、火花は細く長い軌跡を描いて飛び散っていく。
その破壊の余波は、最後に…メカザウルス・ロウのコックピットにも及んだ。
「?!」
突如、己の後方で何かがはじけるような音がとどろいた…
No.0が思わず半身振り向いた、その途端だった。
「うあああぁああああぁああぁあああぁあぁ…ッ?!」
小爆発。シートを襲う爆風に、No.0はたまらず身をしならせる。
身体中を揺さぶっていく強烈なその衝撃にあおられ、彼女はコンソールに叩きつけられた。
ショックと激痛。視界が一瞬、真っ白になった…
鉄と油の燃えるむっとした匂いとくすぶる黒煙が、爆発箇所から漏れ出でる…
背が痛い。胸が痛い。頭が痛い。身体のどこもかしこもが悲鳴をあげている。
鈍い痛みがNo.0の全身を責めさいなむ。
その痛みのあまりか、気を失いかけているのか…全ての音が、小さく遠くなっていく。そして、目の前の光景すらも。
だが、彼女は、それでも必死に目を開こうとした。
かすかに震えながら、そのまぶたを懸命に持ち上げて。
力の入らない両腕を叱咤し身体を支えさせ、首を必死に上へと上げて。
…ようやく開かれた、No.0のガラスのような瞳に飛び込んできたモノ…
そこには、空があった。
闇色の空に、大小さまざまな白い光点がまたたき、そして…
その星の海の中には、あの天体が、彼女が何より愛したあの天体が穏やかに光り輝いている。
その月を、欠けゆく月の姿を、大きく見開いた瞳の中に捉えこんだまま…
次の瞬間、そのまま彼女の目はぐるりと反転し…白目になった。
ばたり、と、糸の切れた操り人形のごとく、No.0はコンソールに突っ伏した…
…と、突然、メカザウルス・ロウの全身から全ての抵抗が消えうせていく。
いのちの火が消えたごとく、スイッチが消されてしまったかのごとく、彼は静かに稼動停止状態に落ち込んでいった。
No.0が意識を手放したのと同時に。
そうして、邪神の巫女とその忠実なる従者たる機械蜥蜴は戦意を喪失し、力尽きた…
途端、今までロウを休むことなく締め付けていた真・ゲッター1にも変化があらわれる。
その両腕が、いきなりばっと拡げられた。
…悪夢の抱擁から解放された途端、メカザウルス・ロウは…自らの重みによって地に引かれ、後ろへ勢いよく倒れていく。
どさあっ、という、金属が大地を打ち付ける音とともに、メカザウルス・ロウは、天を仰いだままぴたりとも動かなくなった…
そして、奇妙な事に…真・ゲッター1も。
拡げられた両腕が、だらり、とそのまま垂れ下がる。
まるで、己の役目は終わった、とでもいうように…
やはり、しゅううううん、という静かな音を立てながら、そのまま頭を垂れ…メカザウルス・ロウ同様に、稼動停止状態へと移行した。
夜の荒野に、風が吹きすさぶ。その音すらはっきりと響くほどに、突然戦場は静まり返った。
今、眼前で繰り広げられた不可解な出来事…
それを誰もが信じられずに、理解できずに、ただただ動かぬ木偶人形と化した機械蜥蜴と邪神を見守っている…
「…!」
「あ…り、リョウ?!」
が、はっとなったリョウ…
彼が、はじかれたようにコックピットを離れた。
ハヤトの声を背に聞きながら、彼はゲッタードラゴン内の通路をすばやく駆け下り、足部から扉を開け…そして、メカザウルス・ロウに向かって一目散に駆けて行く。
「お、俺たちも!」
「アタイも行くよッ!」
それを目にしたガロードたち…彼らもやはりそれに習い、自機のコックピットから抜け出し、「トモダチ」の居場所へと向かう。
倒れたメカザウルス・ロウ。
その巨大な恐竜の頭部は、搭乗用のハッチを兼ねた硬質ガラス張りになっていた。
そこからは、その操縦者の姿が透けて見える…
ロウ同様に、天を仰いで倒れている。
メカザウルス・ロウのコックピットを覆うガラス面に駆け寄ったリョウ。
腰からゲッター光線銃を取り出して構え、迷うことなくそれを照射する…
放たれた細長い熱線は、果たせるかな、彼の思惑通り…その硬質ガラスに喰いこんでいき、溶かし始めた。
円を描くように、ゆっくりとリョウはその照準を動かしていく。
熱で焼かれたガラスには黒い跡が刻まれ、やがてそれは人一人がゆうゆうとくぐれるほどの円となった。
リョウは、その円の中心を思い切り蹴り飛ばした。
すると、ぱきん、という涼やかな音とともに、ガラスにまるい穴が開いた…
すぐさまそこから中に滑り込むリョウ…
ジロンたちが見守る中、程なくしてリョウが再びそこから抜け出てくる。
彼が抱きかかえた、腕の中に在る少女は…
「!」
「…」
No.0は、全身の力を無くして…瞳を閉じたまま、ぐったりと動かなかった。
チルたちが走り寄る。
覗き込んだNo.0の顔は、涙と汗と血で汚されている…
その痛々しさに、彼らは思わず息を呑んだ。
「り、リョウ!No.0は、No.0は…ッ?!」
「…大丈夫だ。そんなにひどい傷は負ってないみたいだ…気を失ってる」
「…そ、そっかあ…!」
そのリョウの言葉で、多少なりとも安心したのか…ようやく、チルの表情に安堵が浮かんだ。
リョウの視線が、再び抱きかかえている少女の顔に落ちる。
自分と同じ顔。エルレーンと同じ顔。
ジレンマにこころ引き裂かれ、苦悩し、涙を流していた、どうしようもなく哀しい少女。
リョウの胸に、同情とも悲哀とも、共感ともつかない感覚が満ちていく…
「…かわいそうに、…No.0…!」
リョウは、彼女をぎゅうっ、と抱きしめた。
胸に押し当てた彼女の身体からは、あたたかさが伝わってくる…いのちのあたたかさが。
リョウの胸に抱かれながら、No.0は動かないままでいた。
己の兄弟、己の「敵」の腕(かいな)の中にとらわれて、ただ彼女は細く弱々しい呼吸を繰り返しているだけだった…


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