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◆ another Side of the Moon(...and few know it.)(3)
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「うりゃさッ!」
気合一閃、チルが思い切りよく竿をしならせると、見事海中から銀色に輝く魚が飛び出してきた。
「!…おー、やるじゃん、チル!」
「ふっふ〜ん!」
「じゃ、次俺な!」
「はいよ!」
獲物を手にし、誇らしげに小鼻を膨らませるチル…
称えるジロンに、えへんぷい、とばかりに胸を張ってみせた。
夜は深まる。ちゃぷん、ぱしゃん、という波音をBGMに、五人の少年少女たちの夜釣りはまだ続いていた。
あの後、No.0はもう1匹小さめの魚を釣り上げ、その成果に飛び上がって喜んでいた。
チルやジロンも2匹ずつ魚を釣り上げ、その度ごとに釣り竿の使用権を交代しあっている。
釣り竿は結局、ジロンとチルがもってきた一本ずつ、つまり二本しかないのだ。
何もやることがなくて暇なガロード…
先ほどの釣果に味を占めてしまい、もう一本の釣り竿を放そうとしないNo.0にこうもちかけた。
「No.0ぉ、そろそろ俺にも替わってくれよ」
「ん…もうちょっとだけ。…ダメ、か?」
が…No.0がその両方の眉をふにゃあと下げ、少しばかり哀しそうな表情でそう言うと…
「ちぇ、仕方ないなぁ…へへ、そんな顔されたら、断れないや!」
あっさりやに下がり、引き下がってしまうガロード。
そんな彼を、やはりティファは見ている…
「…」
「?!…あ、あの、ティファさん、いや、別に、俺、他意があってそう言ってるわけじゃ…」
「…?」
果たせるかな、彼女の冷たい視線にガロードは再び慌てふためく…
視線をそらすティファに向き直り、冷や汗流しながら必死でご機嫌を直してもらおうと努力するガロード。
泡を喰っている彼の様子を、なんだか妙なモノを見るような目で、No.0は不思議そうに見ているのだった。
…と、その時。
ちっちゃなこねこの鳴き声のような音が、No.0のおなかから響いた。
「…!」
「!…はは、No.0、腹減ってるんだ?」
「…別に、問題ない。喰うモノなら、持っている」
淡々とそう言い、No.0は腰についているウエストポーチらしきものから、何か包みを取り出した…
銀色をした手のひらサイズのそれは、棒状に作られた固形携帯食糧のようだ。
その包みを引き裂き、中から出てきた白っぽい物体を、何も言わないままNo.0はかじりはじめた…
…だが、あまりに彼女が面倒くさそうに、いかにもつまらなさそうな表情を浮かべながらそれをむさぼっているのを見て…思わず、ガロードはこう問いかけてしまった。
「な、なあ。それって、うまい?」
「…『うまい』?」
「いや、えらくまずそうに喰ってるからさあ」
「『まずい』…?」
…が、その問いに、No.0は怪訝そうな顔を見せるだけ。
その答えにもなっていない答えに、逆に興味をひかれたのか…ほんの少し、その食べ物に興味がわいてきた。
「…なあ、ちょっと俺にも喰わしてくれよ!」
「…いいぜ、ほら」
そう頼むと、あっさりとNo.0は承諾してくれた。
かじりかけの固形食糧を、ぱきっと小さく割って渡してくれた。
「へへ、サンキュ…?!」
早速それを口の中にぽおんと放り込むガロード。勢いよくそのカタマリを噛みしめた。
…が、すぐさまその顔が不愉快げに歪む。
「…」
「おいしい、ガロード?」
「…」
ティファがそう問いかけても、しばらくの間、衝撃のあまり答えを返せない…
顔をしかめたまま、何とかそれを飲み下せるほどに噛み砕いて…無理やり、一気に飲み込んだ。
だが、口の中にいまだ残るその強烈な後味に、ガロードは怖気をふるう。
「な…なんつーか、その…もけもけしてて、ぱさぱさしてて、味が…めちゃくちゃ変で。
…うええ、こんなまずいモンよくあんな真顔で喰えるな、No.0?!」
「?…お前の言ってること、よくわからねぇよ…ガロード」
しかし、ガロードの言葉に首をかしげるNo.0。
「?!…え?…な、なんで?!こんなまずいのに!」
「『まずい』…喰って、不愉快な気分になるようなモノ、ってことだよな」
「あ、ああ」
「『うまい』は逆に…気分よくなるモノ」
「うん」
「…でも、俺には『うまい』も『まずい』もわからねぇ。…第一、それ以外のモノ、喰ったことがねえからな」
「?!…そ、そーなの?!」
その思いもかけない返答に、ガロードたちは目を丸くする。
「…ああ」
「…ふうん、それじゃ!これやるよ、No.0!」
…と、何かを思い出したらしきジロン。右胸のポケットから、何やら銀紙に包まれた板状のモノを取り出した。
そして、それをNo.0に差し出してやる。
「?」
「『チョコレート』!…うまいから、喰ってみなよ!」
「…」
が、ジロンの誘いにもかかわらず、彼女はいぶかしげな顔をして、それをじいっと見つめているだけだ。
「…何だよ、その疑わしげな目は…」
「ど、…毒、とかじゃないだろうな?」
挙句の果てには、こんなことまで言い出した。
「!…あーっ、そー!そーゆうこというんだったら、やらないよ!…俺が食べちゃうから、いいよ!」
腹を立てたふりをし、ジロンは自分でさっさとそのチョコレートの銀紙を引き裂いていく。
そして、露出したチョコレートの端を、あんぐり開けた大口に向けて押し進めんとする…
「!…あっ!」
…と、その様を見たNo.0が、驚くほど大きな声で悲鳴をもらす。
思わず伸ばした右手が、所在無く空中で止まっている。
その声を聞いて、わざとらしく、ぴたり、と手の動きを止めてみせるジロン…
No.0のほうに首だけ向けて、にいっ、といたずらっぽい笑みを浮かべる。
「…へへ、やっぱり…欲しいんだ?」
「…わ、悪かった。もう、言わないから…そ、それ、…欲しい」
からかうようなことを言ってくるジロンに、慌てて詫びながら…それが欲しい、とおねだりする。
「いいよ、ほら!」
それに応じ、ジロンは彼女にそのチョコレートを渡してやった。
その、何だかこげ茶色の、てらてらと硬い光を跳ね返している板…手のひらの中のそれをしばし見つめていたNo.0。
しかし、その観察の結果、「見ているだけでは何もわからない」という当然の事実を得、…とうとう、彼女はそれを口に入れることを決心したようだ。
そろそろと、その露出したチョコレートの角を口元まで持っていき、一瞬ためらった後…
思い切って、ほんの少しだけそれを噛み切ってみた。
「…!!」
…途端、まんまるになるNo.0の瞳。もちろん、驚きで、だ。
あっという間にそれがとろけてなくなっていく。
と、同時に、口内に広がっていく強烈な甘み。
一気にあふれていくその感覚は、何とも理解できない。
だが、不快ではない。
だから、またそれを喰いちぎる。今度は、もっと大きめに。
再び満ちるその感覚。
今度は、それが快であることをはっきり認識した。
「!」
「ふふ…!」
四人はNo.0の反応を面白げに見守る。
息をつく間も惜しい、というほどの勢いで、一心不乱にチョコレートに喰らいついているNo.0…
見る見るうちにその板チョコは小さくなり、かけらほどになり、最後にはとうとう銀紙だけになってしまった。
はああっ、と満足げなため息をつき、No.0はうっとりとした表情を浮かべながら、ようやく落ち着いて息をした。
「どうだ、うまいだろ?」
「わ…わかんねぇよ、…だけど」
それを見計らい、ジロンがにやにや笑いながら問いかける…
それに対し、No.0はそう前置きしておきながらも…興奮に頬を上気させ、うれしそうにこう答えた。
「だけど、これ…な、何だか、喰ったら…ずっと、ずうっと、…気分、よくなる!」
「だろー?」
「そうか、これが…『うまい』モノ、なんだ…!」
「へへ、そうだろー?」
納得したようにそう言いながらうなずくNo.0…
「うまい」という感覚を理解したこと、そしてその美味なるモノ、「チョコレート」の素晴らしさに感動を覚えているらしく、その表情は明るいの一言に尽きる。
「…なあ、ジロン!もっとないのか、この…『ちょこれーと』!もっと欲しい!なあ、ジロンったら!」
あっという間に一枚のチョコレートを食べつくしてしまったNo.0。
満面の笑みを浮かべたまま、「もう一枚よこせ」と、ジロンに飛びつかんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「う、うわわ!…ご、ごめん!もう持ってないよ!」
「…ちぇ」
ジロンの答えに、心底さみしそうに肩を落とす。
…と、そんな彼女の背中に、小さな影が元気よく申し出てきた。
「えー、大丈夫だよぉ、No.0!…何なら、今度アタイがもっとたくさん食べさせたげる!」
「…?!」
「!…ほ、本当かよ!」
思わぬチルの誘いかけに、戸惑うジロンたち。
だが、彼女は何の悪びれもせず、何の含意もなく…驚くNo.0に、にこにこと愛らしい笑顔でさらにこう述べる。
「うんッ!…チョコレートだけじゃないよ、ケーキとか、クッキーとか、キャンディとか!おいしいお菓子、いっぱい食べさせたげるよ!」
「…『けえき』?『くっきい』…?」
「そぉだ、そんなにチョコレートが好きなんだったら、チョコレートケーキにしよっか!」
「…『ちょこれーと』…『けえき』?」
知らない単語の連続に、首を傾げてばかりのNo.0。
チルの発音したとおりに、自分もそれの「名前」をつぶやいている。
「そだよー!甘くって、とってもおいしいんだからぁ!」
「…ほ、本当か、チル…?!」
「うんッ!…『約束』したげる!アタイが、チョコレートケーキ食べさせたげるッ!」
「…!」
「き、きゃあ?!」
感極まったのか、突如しゃがみこんでチルをぎゅうっ、と抱きしめるNo.0。
唐突の抱擁に、チルが驚きながら頬を真っ赤にしている。
「チル…ありがと…!」
「えへへぇ…そんな、すりすりしないでよぉ…てれちゃうよぉ」
「うふふ…!」
そのまま、チルに親愛の情を込めてほおずりするNo.0…
彼女の腕の中で、チルはかわいらしく困りながらも…ちょっと恥ずかしそうな笑顔を見せているのだった。
「そぉだ…せっかくだから、みんなで一緒に食べよーよ!ねえねえ、ティファ!ティファはどんなケーキが好き?…あっ、チョコレートのやつね!」
照れくさくなってしまったチル、No.0の腕からするり、と抜け出しながら、そんな質問を今度はティファに投げかけてくる。
急に話を振られたティファは、一旦きょとん、としたものの…ふっ、と微笑って、少し考えるそぶりを見せた。
「うーん…どんなのかしら?ナッツがたくさん入ってるのもおいしいし、シフォンケーキでも…」
「へえ…ティファはそういうケーキ、作れる?」
「え…わ、私?」
「何なら、アイアン・ギアーのキッチンにすっげええオーブンあるからさあ、それ使って焼いてよ!
コトセットがさあ、こないだ修理したばっかだから何でも出来る、って言ってたよ!」
「ふうん、そうなの…!」
チルが懸命にティファにそう誘いをかけている最中、その話を聞くとはなしにぼんやりと耳にしていたNo.0…
彼女の目が、何かを捕らえた。
少しかがみこむようになり、チルに顔を向けて話しているティファ。
彼女の長い髪が、さらりと背中に流れている…
が、その中、ちょうど顔の横辺りだろうか、そこに…何やら、きらりときらめく物体が見えた。
髪の合間にかすかに見えるその光るモノ、それが一体何なのか…
興味をひかれたNo.0、彼女は…実に直接的な方法で、それを確かめようとした。
「…?」
「きゃッ?!」
突如、耳たぶをつつかれ飛び上がるティファ。
どぎまぎしながら振り向くと、そこには…目をぱちくりさせながらこっちを見ている、No.0の姿があった。
「あ…わ、悪ぃ。…な、何かな、って思って」
「ああ…これ、ですか?」
「イヤリングが珍しいのか?」
「『いやりんぐ』…?…何だ、それ?」
「アクセサリーだよ」
「…『あくせ』…『さりぃ』?」
妙なところで区切るNo.0。
どうやらこれも知らないらしい、ととったガロードが、その語意をなかなか的をついた表現で教えてやる。
「…ま、かわいい女の子を、もっとかわいくするためのモノってとこかな!」
「…ふうん」
「うーん、まあ、ティファはそのままでもぜんっぜんかわいいから、そんなのなくてもいいんだけどな!」
「が、ガロード…!」
「…おーおー、言うねぇ!」
「へへーん、だって本当のことだもんなー!」
ガロードが添えるように述べた一言に、ティファの顔がかあっと真っ赤になる…
ジロンのからかいも何処吹く風、堂々とそう言ってのけるガロードはとても男前だ。
…と…彼女も、彼の意見に同意してくれるようだ。
「…そうだな。…俺も、そう、思う」
「!…No.0」
「お前…かわいい。…と、俺は、思う」
「…!」
No.0は穏やかな表情で、たどたどしい口調ながら…そう言って、ティファににこっ、と笑いかけてくる。
リョウと同じ顔でそれを言うものだから、何だか余計にどきどきしてしまうのを抑えられない…
困惑と恥ずかしさ、そしてもちろんうれしさで、ティファの顔は赤くなりっぱなしだ。
「…もちろん、お前もかわいいぞ、ジロン?…まんまるでさあ」
「?!…う、うれしくねえよ!って言うか、何度も何度も丸いってゆーなぁ!」
「ふふ…!」
ジロンをからかいながら、いたずらっぽく笑むNo.0…
と、その彼女の背後から、すうっと白い腕(かいな)が二本伸びてきた。
その手は、小さな何かをつまみ…そして、それをNo.0の右の耳たぶに触れさせる。
「…」
「!…てぃ、ティファ?!」
突然耳に触れた感触にどきりとし、慌てて振り向くNo.0。
すると…そこには、ティファの姿。
やさしく微笑みながら、何かを自分の耳につけようとしている。
困惑する彼女を首を振って制し、ティファはそっとそれの止め具を…しっかりと、だが彼女には痛く感じない程度に閉めていく。
そして、今度は彼女の左耳にも。
「…あげます、それ。私、たくさん持ってるから…」
「え…で、でも」
今、ティファがそういって自分の耳につけた、何か。
それが、今まで彼女がつけていた「いやりんぐ」とかいうモノだということに、ようやく気づいた…
それを自分にやる、と言ってくれるティファに、No.0は困惑してしまっている。
今まで、そんな好意など受けたこともなかった…だから、どうしていいか、わからなかった。
「いいじゃん、もらっときなよ!」
「そうそう!…似合うぜ、No.0?」
「…」
その陽気な声に振り返ると、ガロードとジロンが…やはり、にっ、と明るい笑みを見せながら、そんなことを言ってきているのが見えた。
「うふふ…はい」
ティファは、ポケットからなにやら取り出し、No.0の顔の前にそれを示した。
月光を跳ね返しきらめくそれは、小さな手鏡。
その手鏡の中に、かすかに頬を染めたNo.0の顔が映る…
その中にいる自分の姿に、一瞬No.0ははっとなった。
「…!」
かすかに揺れる、小さな、透き通った涙石(ティアドロップ)。
鏡の中のNo.0。その両耳をかわいらしく彩る、甘やかでかわいらしいイヤリング…
そこに映るNo.0は、その自分の姿に一瞬戸惑ったような表情を見せ…そして、次に…何だか恥ずかしそうに、照れたように、だがうれしそうに微笑んだ…
はにかむ彼女に、そっとティファがささやいてやる。チルもきゃらきゃら笑いながら、それに和す。
「とってもかわいいわ、No.0…」
「かぁいいよぅ、No.0ー!」
「…あ…」
そして、No.0は…
「…ありが、とう、…ティファ」
「いいえ…!」
かすかに小首を傾げ、驚くほどにあどけない、幼女のように素直な微笑でそれに応えた…
ちゃらり、と小さく、涙石が揺らめいた。
チルが見上げるNo.0の顔は、逆光となってかげりを帯びている。
光と影に彩られたNo.0のその微笑は、とても綺麗だと感じられた…
そう、まるでエルレーンのように、邪気のない微笑。
「…月が、だいぶ高くなったねえ」
「ああ…キレイだな、『月』…」
チルがぽつり、とつぶやいた言葉で、みんな自然と夜空を見上げる。
天空高くに眩く物体…美しい天体、月。
No.0のイヤリングは揺れながら、その月光を吸い込んでちかちかと冷たい光を放っている。
「惜しいねえ、せっかくこんなに晴れてるんだし…満月だったらよかったのにねえ」
「『マンゲツ』…?」
「あのねえ、あの月…毎日、カタチが変わるんだよお。ちょっと前までは、まんまるだったんだから!」
「まんまる…?!」
チルの説明に、それこそその満月のように目をまんまるにするNo.0。
「キレイだよ、まんまるの満月!」
「へえ…俺、見たいな、それ!」
「No.0は月が好きかあ?」
「うん…!」
こっくりとうなずくNo.0…
…と、その会話を聞いていたジロン…ようやく、彼はもう頃合だという事に気づいた。
「そうだなあ、結構もういい時間になっちまってるんだろうな…そろそろ、帰るか?」
「えーッ?!」
不服の声を上げるチルに、ジロンが困りながらも言う。
「…チルぅ、お前、アイアン・ギアーの誰かに、釣りにいってくるって言ってきたのか?」
「あ…」
「俺もなんだよ。ちょっとだけ、のつもりだったからさあ。…だから、そろそろ帰らないとみんな心配してるかも」
そう言いながら、釣り具などの片づけをはじめるジロン…
別れなくてはならない時が来てしまったのだと悟ったNo.0が、さみしそうな顔つきになった。
「…お、お前ら、帰っちまうのか?」
「ああ。…でないと、みんな心配するしね。今日は結構大漁だったし、いい土産も出来たし、ちょうどいいや!」
ジロンは笑みながら、魚たちの泳ぐバケツを示してみせる。
ちゃぷん、とはねる音を立てる水の中、6匹の魚が狭苦しげに揺らめいている。
「…こいつら、どうするんだ?」
「え?…そりゃあ、持って帰って、焼いて喰うのさ」
バケツの中を覗き込み、そんな事を聞いてきたNo.0…
ジロンの答えを聞いた彼女の眉が、少し哀しげに下がった。
「…そっ、か…喰っちまう、のか…」
「あー、もちろんお前が釣った分はお前が持って帰って…」
ちゃぷん、ちゃぽん、という水音が、ジロンの言葉に混ざって聞こえた。
ようやく自分たちが在るべき場所に帰された2匹の魚…それはNo.0が釣ったモノだ…は、当たり前だが、そのことに何の恩義も感じることなくすいすいと泳ぎ去っていった。
その魚たちのきらめきうねる姿を、No.0は微笑みながら見送っていた…
「!」
「あれ、逃がしちまうのか?せっかく釣ったのに」
「…いいんだ。…ふふ、俺…さっきお前がくれた『ちょこれーと』のおかげで、腹は減ってないんだ…だから。…それに、さ」
「…それに?」
ジロンの問いかけに、No.0は…自明の理だろう、とでもいうような晴れやかな笑顔で、こう答えたのだ…
「あいつらだって、『自由』なほうが…ずっと、いいはずだよ…!」
「…!」
「…やさしいのね、No.0…」
「や、…やさしい…?」
そうつぶやいたティファの言葉に、No.0は一瞬困ったような、戸惑ったような表情になる。
「ええ」
「…ふふ、それは違うよ、ティファ…」
かぶりをふるNo.0。その顔に、いくばくかの苦悩が浮かびあがってきた。
「だって、俺は…」
「…」
その先は、ただ無言。だが、ティファは…その続きを、感じ取る事が出来た。
いや、ニュータイプではないガロードやジロンにも、それは悟る事が出来た。
あの時の、あの戦いの時の姿…
彼女自身もまた、こころの奥底ではそれを忌んでいるのかもしれない、と。
「ん…いや、何でもない」
「何?」
そう答えるNo.0に、ティファはあえて聞き返した。答えがわかっていながら、聞き返した。
「何でも、ないよ…!」
だが…そう小さくつぶやくなり、彼女はひゅうっ、と短く口笛を吹いた。
すると、メカザウルス・ロウが、その長い鋼鉄の尾の先端をゆっくりとNo.0の足元まで伸ばしてきた。
その尾っぽの上に、ふわりと飛び乗るNo.0。
「あ…!」
「ふふ…俺も、そろそろ帰らなきゃ!」
そして、こちらに向かって笑顔を向ける。
ロウは尻尾の先をふわりと持ち上げ、彼女を自身の頭上に導いた。
軽やかな足取りで、彼のごつごつした頭の上に降り立つNo.0。
音もなく、その真下にあるコックピットの硬質ガラスが開いていく…
「そ…そっか!…き、気をつけてな!」
「えー、No.0…もう、いっちゃうのかあ?」
「チルー、俺たちもそろそろ帰らなきゃ」
「むー…」
明るく笑いながら手をふってくるガロード、その隣で微笑んでいるティファ。
頬を不満げに膨らませるチルの頭をぽんぽんと叩きながら、いさめるジロン…
そんな彼らの姿を、しばしいとおしげに見つめていたNo.0…
彼女の唇が、大きく開かれた。
「…なあ、お前ら!」
「何だ、No.0?」
「ふふ…あのさ、」
小さく見えるガロードたちに向かい、大声を張り上げるNo.0。
「…俺、今は…お前たちのところへは、行けないけど。…だけど、…もうすぐ、『自由』になれるはずなんだ!…そ、そしたら…さ」
そこで、少しだけ彼女の声のトーンが落ちる。
ほんの少しだけ頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに…だが、精一杯の勇気を出して、彼女はこう問うてきた…
「お、お前らに…ま、また、会いに行っても…いいか?」
「…!」
「な、なあ…ダメか?」
「…ううん、そんなことあるはずないじゃない…!」
「待ってるぜ、No.0!…お前も一緒にな…な、ロウ!」
「ああ!いつでも来いよ!」
「そぉだよ、『チョコレートケーキ』用意しとくからさあ!」
「…!」
四人の返答は、100%の肯定、受諾、好意…そして、満面の笑顔。
だから、No.0も笑った。心底うれしそうに、笑った。
そして、最後に…大きく息を吸い込み、波音に負けないぐらい凛とした声で、こう叫んだ。
「…ありがとう、お前ら…忘れない!」
「!」
「No.0…!」
その一言を残し、にこっとまぶしい笑顔を四人に投げかえし…No.0は、ふわりとメカザウルス・ロウのコックピット内に飛び降りる。
彼女を収容するや否や、すうっ、とコックピットの硬質ガラスが閉じていく…
るうううううん、と、ちょっと大きめに鳴いたメカザウルス・ロウ。
鋼鉄のしっぽをぱたぱたとふり、こちらに向かってぺこりと軽く頭を傾けてみせる…「ばいばーい」と、律儀に挨拶してくる。
「うん、またねぇ!ばいばーい!」
チルが元気よく手を振り返す。ティファたちも、笑顔で彼女を見送っている。
彼らが見上げるメカザウルス・ロウのコックピットの中は、暗くなってもうよく見えはしない。
だが、きっとNo.0も笑っているのだろう…
彼らには、なぜかそう思えた。
刹那、メカザウルス・ロウはそのままその巨体を水の中へと沈めた。
広がる波。響き渡る水音。塩辛い海の水が滝のように逆立ち、派手な噴水と化した。
ガロードたちは跳ね上がる水しぶきに思わず顔をしかめ、身を丸め、目をふさいでしまう。
降りかかる雨のような白いしぶきの中、海独特の潮の香りが彼らの嗅覚を麻痺させる…
そして、彼らが次に目を見開いた時、激しく乱れる水面が、再び静まった時には。
すでに、あの機械蜥蜴はその場から姿を消していた…
そして、四人のまわりを穏やかなさざなみの音だけが包み込む。
欠けはじめた月はもはや天球の頂点に達し、夜は彼らを置いてけぼりにし、刻一刻と深まっていくのだった…


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