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◆ another Side of the Moon(...and they saw it.)
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「え?…昔の、エルレーン?」
ちょっと不思議そうに片眉を上げるしぐさをしながら、リョウはベンケイにそう問い返してきた。
「昔の、って…つまり、恐竜帝国にいた時、ってことか?」
「ん…ま、まあ、そんなカンジなんだけどさ」
それを問うてきたベンケイ…何故か、彼の浮かべている微笑は、微笑の形をとってはいるものの…どこかひきつっている。
「うーん…でも、何でそんなこと聞くんだ?」
「い…いやぁ、何て言うか…」
あいまいに、もごもごとごまかしながら…適当な理由を並べたてようとするベンケイ。
「そ、その、ホラ。…あいつ、昔っからあんなふうに天然様だったのかなーって思ってさ」
「て、天然様…?!…ま、まあ、そうだろうけどさ」
ベンケイのセリフに目を多少白黒させるリョウ…が、やがて軽く笑んで、かつての彼女のことを語り始めた。
「そうだな…うん、そうだよ。あいつは、エルレーンの奴は…あんなふうにふわふわしてて、つかみ所がなくって、そのくせ、鋭いんだ。
頭も結構回るんだぜ。
…だけど、普段が普段だからさ。本人はいたって真面目なんだろうけど、やってることが何しろとっぴだから…俺たち、いつもきりきり舞いさせられてたよ」
「…」
「甘いモノが好きで、『チョコレート』が好きなんだ…それも、昔から。
それから、月が大好きで、俺たちに捕まるかもしれないなんてことも考えずに、早乙女研究所の敷地内に入り込んで…木の上に登って、ぼんやり月を眺めてた、何てこともあったよ」
「…」
うれしそうに、楽しそうに、懐かしそうに…昔のエルレーンのことを、思い出を語るリョウ。
そんな彼を、ベンケイは注意深く見ていた。彼の言を、注意深く聞いていた。
しかし、そこから感じ取れるのは…圧倒的な、エルレーンの陽性。
エルレーンの陽性のみだった。
あの時、ベンケイの、プリベンターの、ガレリイ長官の前で姿をあらわした、あのエルレーン…
その漆黒の闇の面は、彼の語る言葉にはまったくといっていいほど姿をあらわさなかった。
それは、意図的に黙殺しているというよりも…彼にとっては、もはや見えていない、存在していないかのようだ。
ベンケイは、半ば諦めにも似た感覚を感じながら、なおも続くリョウの言葉を聞いている…
「それに、…あいつ、やさしいんだ。…昔…泣いてる俺のこと、なぐさめてくれたりもしたよ…はは、何だか恥ずかしいな!」
「…」
(…『やさしい』…か…)
…だが、その『やさしい』女の子が…あの時、ゲッタードラゴンを駆っていた様は…とても、そんな形容詞で言い表せるものではなかった。
強いていえば、それは…「恐ろしい」の一言に尽きた。
「敵」を無慈悲に、ただ屠っていく。
まるで、鬼神のごとく…
「?…ベンケイ…?」
「!…あ、ああ、いや、何でもない何でもない!」
黙りこくったまま、いつの間にかうつむきっぱなしになってしまったベンケイ…
リョウに声をかけられ、慌てて笑顔をつくろった。
「…変な奴だな。…でも、何でまた急にそんなこと聞きたがるんだい?」
「ん、んー…た、単に興味あっただけ。そっかあ、やっぱり昔から天然ボケだったわけね、はは、あはは…」
「て、天然天然繰り返すなよ!」
「だってそうじゃん、ははは…!」
もう一度その言い訳でリョウの疑問をごまかし、全てを笑って流そうとするベンケイ…
そんな彼を見て、リョウはふっと苦笑する。
「…まあ、そうかもしれないけどさ…でも、」
そして、穏やかに彼は微笑み…かつて見た彼女の姿を、エルレーンの姿を思い浮かべ…やはり、穏やかな口調でこう言うのだった。
「あいつは、本当にやさしかったよ…本当に、やさしい女だったよ!」

「ん?…昔の、エルレーン?」
「うん、そう」
いぶかしげな顔をして振り返るハヤトに、ベンケイは一言、そう言ってうなずいた。
「そりゃ、要するに…エルレーンの奴が、リョウの中に取り込まれる前ってことか?」
「そ、そうなるんだよな、確か…お、俺にはよくわかんないけどさ」
「…」
ハヤトの表情が、かすかにゆがむのが見てとれた。
それを見、自分の内心が読み取られたのか、と、どきっとするベンケイ。
慌てて明るい口調を装ってあの言い訳を口にしようとする…
「…い、いやあ…あのさ、あいつ、昔っから」
「…そうだ。昔っから、あいつはああだったぜ」
だが、そのベンケイのとってつけたような口実が最後まで行かないうちに、ハヤトははっきりと言い放った。
ベンケイが、本当に聞きたかったことの答えを。
「…『戦い』になれば、『敵』を前にすれば、何の容赦もない。そんな女だった」
「!」
あまりに真芯を射抜いていた、その答え…ずばりと言い放たれ絶句するベンケイに、微苦笑を浮かべながらハヤトはなおも言う。
「ベンケイ。…俺がそれを聞かれるのは、お前で三人目だ」
「え…?!」
「アムロさんやアイザックさんに、まったく同じ事を聞かれたよ。…ブライトさんにも、同じことを説明してきた」
「…」
「お前も、…いや、お前だけじゃない。このプリベンターの『仲間』全員が、同じ事を聞きたいんだろうな?…同じ理由で、よ」
「…」
気づかないうちに、ベンケイの視線は下へ下へと下がっていく。
いくばくかのうしろめたさ、何の音もなくのしかかってくる、ハヤトの視線の重さに耐えかねて。
だが、その一方で…ベンケイの胸に、安堵がよぎる。
そう、自分と同じように思っていたのだ、プリベンターの「仲間」たちも…
あの時のエルレーン、ゲッタードラゴンを紅き疾風に変え、群れる恐竜ジェット機を微笑みながら次々と斬りおとしていった…
あのエルレーンを見て衝撃と恐怖とを感じたのは、自分だけではなかったのだ…!
「アイザックさんにははっきり言われたよ。…あの子は、精神操作の類でも受けているのか、ってな」
「…」
「確かに、そう思われても仕方ないよな…あいつは、あまりに変わりすぎる。
…普段のあいつは、あんなにとろくさいのによ…
一旦、『戦い』になって、スイッチが入ってしまえば…ああ、なっちまうんだからな…」
そう言いながら、かすかに音を立てて弱々しく笑った…ちっとも面白くなさそうな顔で。
「だけど、よ」
ハヤトは、軽く髪をかきあげながら、言葉を継いだ。
「そんなあいつが…俺たちを殺すことは、結局出来なかった。あいつは…俺たちを殺すために、そのためだけに造られたのにな。
…あいつは、俺たちを殺したくない、って泣いたんだ。
俺たちのことも、『敵』であるはずの俺たちのことも好きになってくれて、それで…」
ハヤトの顔が、深い憂いに沈みこんでいく。
そこから、嫌でも感じ取れた…ハヤトにとって、そして恐らくリョウにとっても…その過去がどれほど重く、苦痛に満ちた悲劇であったかということを。
彼自身は、わからない。ベンケイは、何も知らない。
それでも、その悲劇をじかに体験したハヤト当人の語る言葉は重く、深く…彼に、何がしかの感覚を与えた。
「あいつは、やさしい女だったから…そのジレンマをたった一人で抱え込んで、苦しみぬいた…」
「…」
「俺の言いたいことがわかるな、ベンケイ?…あいつは、ただ冷酷なだけの女じゃない。
…そりゃあ、昔は『兵器』扱いされて、いのちの尊さなんざまったく考えちゃあいなかったかもしれない…いや、考えさせられなかったんだ」
「…」
「…だけどな、あいつは迷ったんだよ。俺たちを殺すことを迷ったんだよ。…あいつの中にあるやさしさが、そうはさせなかったんだ…」
ハヤトは、静かな口調で…ベンケイに向かって、言い募る。
エルレーンは、ただ残酷なだけではない…彼女の心の中にも、やさしさがあるのだ、ということを、懸命に。
「ベンケイ、…俺は、前にも言ったよな?…あいつは、これから変わる。
『戦って、殺す』以外の選択肢を、あいつは必ず選べるようになるはずだ、ってな」
「…」
「今すぐは、無理かもしれない。…でも、あいつはきっと変わってく。『人間』として、ここで暮らしていく中で…
普通の『人間』として、皆と一緒に過ごしていく中で、あいつはきっと変わるだろう」
「…」
何も言わぬまま、うつむいたまま…ハヤトの話を、じっと聞いていたベンケイ。
彼を見つめ、ハヤトは…吐息と一緒に、絶望と諦念、信頼と希望の混ざりこんだその言葉を…とうとう、吐き出した。
「だからよ、ベンケイ…まだ、見限らないでくれ」
「!」
その言葉に、「見限る」という言葉に、自分の精神の奥底に漂っていた感覚そのものを形にしたその言葉に…一瞬、ベンケイの心臓が、どくっ、と妙な拍動を打った。
思わず、ばっ、と、顔を上げていた。
目の前には、ハヤト。
哀しそうな、苦しそうな、やるせなさのにじみ出た表情…普段のクールなハヤトがあまり見せない、負の感情に押されながら…それを必死で押さえつけ、彼は自分をまっすぐに見つめていた。
そして、もう一度繰り返す…その懇願の言葉を。
あの少女を、少しずつ信じられなくなってきている、信用することが出来なくなっている、自分の「仲間」に対して。
エルレーンのあの漆黒の面に対する恐怖…常人なら当たり前に抱くだろう、その感覚に押されていく彼に。
そんな彼の気持ち…そして、おそらくそれはプリベンターの「仲間」たちの総意でもあるのだろう…それも理解できるが故に、なおさらハヤトは言う。
「あいつのこと、見限らないでやってくれ…!」
まだ、エルレーンを裁かないでくれ、と。まだ、エルレーンをあきらめてしまわないでくれ、と。
同じ、ゲッターチームの一員として…!
「そ、そんな、見限るだなんて…」
「頼む…あいつは、お前にもすっかりなついちまってる。
そうして、あいつは一生懸命守ろうとしてるんだ…俺たちゲッターチームを、その一員のお前を、そしてプリベンターの『仲間』を…
その邪魔をする『敵』を、恐竜帝国の奴らを殺す、という形で」
「…!」
ハヤトの言葉に、はっとなるベンケイ。
…そうだ、あの子は…エルレーンは、自分たちを守ろうとしていたではないか。
あの子は、やさしい女の子なんだ。「仲間」の俺たちを、一生懸命に守ろうと戦い、力をふるう…
それの何が間違っている?それの何を、俺は責めようというのか?
ベンケイは思い直した。そして、自らに言い聞かせた。
そう、だから…責めるべきではないのだ、と。
それに、あの子はまだ幼いのだ…
何も知らない、いのちの尊さも、戦いの重さも、何も知らされないまま生きてきたのだ、と。
ならば、今から。少しずつ、少しずつ教えてやればいい…
そうすれば、あんな…あんな恐ろしいエルレーンも、少しずつ消えていくに違いない。
守り、助け、導いてあげなければいけない…自分は、ハヤトに彼女の過去を聞かされたとき、そう誓ったはずではないか?
ベンケイは思い直した。そして、自らに言い聞かせた。
ハヤトの真摯な、彼女に対する思いやりの心…その言葉を聞きながら。
「俺も、少しずつあいつに言い聞かせる。そのやり方じゃ、そのやり方だけじゃ駄目だってよ。
…けれど、よ…俺一人じゃ、無理かもしれない」
「ハヤト…」
「リョウは…無理だ。
あいつが、エルレーンのオリジナルのあいつこそが、エルレーンのことを誰よりも理解できる。けれど…」
「…」
その後は、言わずともベンケイにも理解できた。
リョウには、見えていない。
彼には、見えないから。エルレーンの姿を、もはや見ることが出来ないから。
それは、先ほど彼と交わした会話からも感じとれた。
「だから…お前に、手伝ってもらいたいんだ…同じ、ゲッターチームの『仲間』として!」
ハヤトは、真剣な表情でそう締めくくった。
…その瞳が、あまりに真剣で、ひたむきな色を帯びていたから…とうとうベンケイも、神妙な顔をしてうなずいた…
「…わかったよ、ハヤト…妙なこといって、ごめん」
「…いいさ、わかってる…だけどな、ベンケイ…これだけは、忘れないでくれ」
そう言って、ハヤトは弱々しく笑んだ…
そして、半ば独り言でもつぶやくかのように、最後にこう言ったのだ。
「あいつは、本当にやさしかったよ…本当に、やさしい女だったよ!」

「ば、馬鹿な?!…正気か、ガレリイ長官ッ?!」
「ああ、わしは正気じゃあッ!…あのNo.39…あの『バケモノ』を倒すには、これしかないッ!」
マシーンランド・大会議場。
ガレリイ長官の提出した、対プリベンター・対ゲッターロボの新プラン…その発表がされるや否や、大会議場は驚嘆と混乱に包まれた。
その場にいる誰もが、そのプランのあまりの恐ろしさに目を見張り、顔色を失っている。
彼らの胸に思い浮かぶのは、話に聞いた、あの漆黒の過去。
かつての恥辱、大いなる計算違い、そしてそのために被った甚大なる被害…
恐るべき災厄、邪悪な闇の申し子…
何と、ガレリイ長官は、あの忌まわしき『バケモノ』を、過去の混沌から引きずり出そうというのだ…!
「し、しかし…!」
「幸い、我らにはミケーネの勇士たちがついておる!彼らの秘呪の一つに、そのようなモノがあると聞き及んでおる!…彼らも、頼めば嫌とは言いますまい!」
「ガレリイよ、お主…本気なのか」
「ゴール様!…わしは確信しました!…あの『兵器』は、我々…『ハ虫人』の手には負えません!」
さすがに帝王ゴールも動揺を隠しきれない。しかし、ガレリイ長官は、そんな彼に向かいはっきりとそう言いきった。
彼の瞳には、その『兵器』…No.39に対する憎悪と恐怖が一時に存在していた。
彼女を始末するために、あの『バケモノ』をよみがえらせようと主張するガレリイ長官の口調…それは焦燥感すら感じさせる。
「ふん…!元はといえば、貴様が造り出したモノだろうが、ガレリイ長官!」
「く…じ、じゃから!その、わしの造り出した『毒』を制するには!…同じ『毒』をもってしてしかならぬ、ということじゃ!」
皮肉げに言うバット将軍に、一旦は悔しげな表情を浮かべたものの…開き直ったかのように強弁を続けるガレリイ長官。
その居丈高な態度、無謀な提案を、バット将軍はきっぱりと切り捨てんとする。
「愚策だ!彼奴は、かつてマシーンランドを地獄に変えた『バケモノ』なのじゃぞ!」
「しかしじゃ!その『バケモノ』をおいて他に、あのNo.39に匹敵する戦が出来る者が貴様の部下にいるのか、バット将軍ッ!」
「!」
痛いところをつかれ、言葉を失うバット将軍。なおもガレリイ長官は指摘する。
「聞いてみるがいい、今日命からがら帰還した者どもに!…あのNo.39の強さ、あのNo.39の恐ろしさ…!
二度とそ奴らは出撃したいなどとは言い出すまいよ、次にNo.39と会うことに心の底から怯えてなあっ!」
「…!」
「それに、彼奴は『人間』…!じゃから、あの『兵器』を動かすことが出来る!
『ハ虫人』の我々では起動することすらあたわない、あの『兵器』が!」
「!…ガレリイ…お主、まさか…そ奴を、あの『兵器』のパイロットにするつもりなのか…?!」
「ええ、そうです…!…角には角、牙には牙!…そして、『バケモノ』には『バケモノ』!」
驚きに目を見開く帝王ゴール。その帝王に向かい、ガレリイ長官は決然と言い放った…
…何と、ガレリイ長官は、あの忌まわしき『兵器』のパイロットとしてそれを使おうというのだ!
かつて自分たち恐竜帝国の手で発見されてはいたが、その『兵器』の持つ特質のため…自分たちには決して扱うことの出来ない、眠れる巨人の操者として!
…あまりに大胆かつ掟破りのプラン。
誰もが予想も出来なかった、まるで常軌を逸したとしか思われない、奇想天外であり、やはり危険極まりない…
しかし、彼の指摘したとおり、No.39にかなうキャプテンは…もはや、恐竜帝国軍には残ってはいまい。
それゆえ、会議場はしいんと静まり返る。
その無言の反応は、明らかに同意や肯定を示すものではない。
…だが、明確なカウンタープランが出てこない以上、彼の案は議会を通過することになる。
数秒の、実に気持ちの悪い空白の後…ガレリイ長官は、半ば強引に話をまとめてしまった。
もはや誰も、それに正面きって反論しようとはしなかった。
「…よいですね?ゴール様。…それでは、わしは彼奴の肉体を再生し、その後に暗黒大将軍殿に…『魂呼び』を依頼します」
帝王ゴールの口から、嘆息のような…つぶやき声がもれる。
彼の脳裏によぎるのは、あの日、メカザウルス格納庫で見た…哀しげな微笑みを浮かべる、No.39の姿。
ガレリイ長官たちの見ているモノとはまったく違う、あの『兵器』のもう一つの顔…
「ガレリイよ…あの、No.39は…そこまでせねばならぬほど、危険なモノだと言うのか…?!」
「ええ、もちろんです…そう、あいつは、」
だが、ガレリイ長官は…そのようなモノを知らぬ、知ろうともしなかったガレリイ長官は…あの光景を、あのNo.39の猛る様を思い起こし…思わず、身震いした。
そして、強張る口調で、吐き捨てるようにこう言い捨てた…
「あいつは、本当に恐ろしかった…本当に、恐ろしい『バケモノ』でしたわ!」


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