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◆ 朱き戦乙女を捕らう
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「…まったく、何たるザマだ!真・ゲッターが、あ奴らサルどもの手にわたってしまったではないか…あのNo.0のおかげで!」
「…」
バット将軍のいらだたしげな怒声が、帝王の間に反響する。
恐竜帝国マシーンランド…ここは、その支配者・帝王ゴールの間。
先ほどの真・ゲッターとプリベンターの戦いを、首脳陣はこの場所で見ていたのだ…
そこには、ミケーネ帝国の要人たる暗黒大将軍、ゴーゴン大公の姿もある。
「この失態、どう責任を取るつもりなのだ、ガレリイ長官!」
「く…わしとて、あんな事態など予測もつかんかったわ!…よもや、真・ゲッターが己が意思で動くとは!」
「言い訳無用!…だいたい、あのクローンを再生させるプラン自体が問題だったのだ!…はっ、わしは初めからこんなことになるだろうと思っておったわ!」
「な、何じゃとぉッ?!」
いつまでも止まない、バット将軍とガレリイ長官の言い争い。
お互いの無能ぶりを罵り、この作戦失敗の責をよそへ転嫁しようとする…
そこには、その戦いに敗れし戦士の安否を気遣う言葉は、一切登場しなかった。
彼女の「仲間」であるはずの「ハ虫人」なら、当然発するべきだろう…
理由はともあれ、彼女は恐竜帝国のために戦い、その結果あのような状況に陥ったのだから。
だが、延々と帝王の間に響くのは、ただただ醜い責任のなすりつけあい。
暗黒大将軍は、その様を見て…不愉快げに、鼻を鳴らした。
「…!」
どすん、どすん、という鈍い音。地響き。
突如起こったその怪音に、二人が思わず口論をやめてそちらを振り向く…
暗黒大将軍がその巨大な身体を揺さぶって、今まさに帝王の間から去りゆかんとしている。
「あ…」
「暗黒大将軍…殿。ど、どうかなされましたかな?」
「…別に、なんでもない。…ただ、ここにおっても無意味だと思ったのでな。…わしは、失礼させてもらう」
暗黒大将軍に、ガレリイ長官たちが愛想笑いを浮かべながら慌ててご機嫌を伺うが…
彼は、そんな小物どものほうを省みることすらせず、背を向けたまま、歩みを止めぬままに淡々と言い放った。
「…暗黒大将軍?」
「…」
ゴーゴン大公の呼び声にも、振り返らぬままで。
暗がりの中に消えていく暗黒大将軍…
その背をしばし無言で見つめていた帝王ゴールは、おもむろに玉座を後にした。
置いてきぼりにされた部下たちの怪訝な視線を無視して。
不愉快そうに歩む暗黒大将軍の後ろから、彼の「名前」を呼ぶ者があった。
「…暗黒大将軍」
「…帝王、ゴール…」
ようやくその歩みを止める暗黒大将軍。そんな彼に、ゴールは率直にこう述べた。
「気に喰わぬ、といった顔だな」
「…ああ。聞いているのが阿呆らしくなったわ」
ふん、と鼻を鳴らす。
「徹頭徹尾、あの小娘はただの『兵器』扱い、鉄クズ同然の扱いというわけか…ふん、『自由』が欲しいというのもわかるというものよ」
「…確かに、の。…どうやら、わしは…また愚かな事をやらかしてしまったようだ」
「…『また』?」
「…」
帝王の漏らしたその言葉に、眉をひそめる暗黒大将軍…
が、帝王ゴールはそれに答えることなく、自嘲気味に薄く笑むのみだった。
「…だが、暗黒大将軍。…あるいは、これでよかったのやも知れぬ」
「…?…それは、どういうことだ?」
帝王ゴールの謎めいたセリフに問い返す暗黒大将軍。
そんな彼を見、帝王ゴールは静かにセリフを継いだ。
「メカザウルス・ロウは…半壊の状態で、奴らに回収されたようだ。全壊ではない。
…ならば…搭乗していたパイロットは死んではおるまい…負傷はしておろうとも」
「…!」
それを耳にした暗黒大将軍…驚きのあまり、目をかっと見開く。
だが…帝王は、なおも淡々と述べるのみだ。その言葉の奥に秘めたる思いを、隠そうともしないで。
「後は…わしらには、あずかり知らぬことだ。…ゲッターチームは、薄甘い。『同族』の『人間』に対しては、特に。
…ましてや、あれは…流竜馬の『姉妹』同然。…無碍に放り捨てることはあるまいて…」
「…ゴールよ。お主、まさか…」
「…言ったであろう、後はわしらにはあずかり知らぬことである、と。…そう、後は…」
ゴールの言葉は、そこで飲み込まれた。
そう、彼が何を言おうが、もはや事は彼らの手中にはないのだから…
「…」
そして、無言。
二人の会話は、そこで自然に終わりを迎えた。

ゆっくり、ゆっくり、彼は歩を進めていく。
両腕にかかる、彼女の重みを…いのちの重みを、いのちの熱を、いのちのあたたかさを実感しながら。
No.0を腕に抱えあげたまま、リョウはゆっくりとアーガマ艦に向かう。
その後にハヤトやベンケイ、ガロードたちが続く。
「…」
「…」
誰もが、無言のままに彼らを見据えていた。
降ろされたハッチから、アーガマ艦に足を踏み入れんとするリョウたち…
それぞれ自分の機体から降り、集まってきた「仲間」たち…彼らは人垣をなし、その人垣は視線を投げる。
彼らを出迎えるように…または、阻むように。
その人の群れの中から、アーガマの艦長であるブライトが一歩歩み出る…
「…怪我は?」
「打撲傷と切り傷程度です。そんなにひどくはないようです」
「そうか…なら、傷の処置をした後、とりあえず反省室に運びなさい。あそこなら、外から施錠できる。
…では、今から真・ゲッター、メカザウルス・ロウの回収作業に入る」
「…」
リョウは、うなずく事こそはさすがにしなかったものの、結局そのブライトの命令にはむかう事はしなかった。
少なくともNo.0が精神の平衡を取り戻すまでは、彼女を野放しにしておくわけにはいかないだろうから…
しかし、アムロが持ち出してきたモノを見るにつけ、さすがにリョウたちの顔色が変わった。
「…!」
「や、やめてください!」
それは、電磁手錠。
捕虜や罪人を拘束するための…
それをNo.0につけようとしたアムロから、慌てて彼女をかばうように両手を伸ばし、それを制するリョウ。
「し、しかし…」
「何すんだッ!そんな輪っかなんて、No.0につけないでよッ!」
「…わ、わかった…だ、だが、一応念のために、武器の類だけは没収させてもらうよ」
「…」
吠え掛かるチルの剣幕に押され、アムロも結局はあきらめざるを得なくなる。
しかし、最低限の用心はしておくべきだ、と、彼女から武器を取り上げるように命じる。
リョウたちは、一瞬ためらったが…やがて、のろのろとその手をNo.0へと伸ばした。
だが、彼女の持っている荷物は、どうやら腰につけているナイフとウエストポーチ程度らしい。
ベルトにくくりつけられたナイフをはずしていき、一本一本アムロたちに手渡していく。
ウエストポーチの中にはたいした物は入っていない。
銀色の包装に包まれた硬い何か、薬らしきカプセル、簡易応急キット。
それ以外には何もないか、と、リョウが視線を彼女の体に走らせた時…それが、目に入った。
「…?」
No.0の白く、細い首。
その首には、何やらチェーンのようなものが巻きついている…
そして、そのチェーンの一部は、No.0が上半身に身につけているビスチェの中にもぐりこんでいた。
「ペンダント、か…?」
軽くそのチェーンを引っ張ってみた。
すると、たいした抵抗もなく…彼女の胸の谷間から、するり、と別のモノが姿をあらわした。
「…!!」
「あ…」
「そ、それ!」
驚きに目を見開くガロードたち。
光を跳ね返しきらめく、透明なティアドロップ。
彼女の流す涙のように、透き通った飾り石…
チェーンに通されていた、そのペンダントトップ…それは、一対のイヤリングだった。
彼らが見まごうこともない…まさしく、あのイヤリング。
ティファの瞳に、涙が浮かぶ。
自分の贈ったイヤリングを、彼女を傷つけた自分なんかの「贈り物」を、No.0はこうして大切に持っていてくれたのだ…!
「No.0…!持っていて、くれたの…?!」
「あ、当たり前だよ、ティファ…!
No.0は、No.0は、このイヤリングや…アタイたちのこと、捨てたりなんか出来ないんだ…!」
「…」
チルもまた、いつの間にか泣いていた。
彼女は泣きながらも、きっぱりとした口調でそう言いきった…
目の前で眠るNo.0を、その大きな瞳で映しこんだままで。

「…これから、どうするのかな…あの子」
さやかはその視線を夜の荒野…そこでは、真・ゲッターとメカザウルス・ロウの回収作業が行われている…にやりながら、独り言のようなそのセリフを、ぽつりと落とした。
アーガマ・デッキ。
スクランブル状態もとけ、パイロットたちは三々五々散っていった。
このデッキにも、数人のパイロットたちが集っている…
先ほどまで、激しくも哀しく、苦しい戦いの繰り広げられた戦場を見やりながら。
「そりゃあ…放り出すわけにもいかねえだろ、…もう、さ」
「そうね…で、でも、大丈夫かしら…?」
「…」
甲児がさやかの独り言に簡潔なコメントを返した。
だが、さやかの表情は、晴れない。
不安げな口調で、胸によどむ懸念を…そして、それはプリベンター皆の懸念そのものでもある…つぶやいた。
「…大丈夫、だと思うぜ、俺は」
「…」
甲児は、一瞬の空白の後…しかしながら、軽く笑んでこう答えたのだ。
「ガロードやジロンたちがいれば…あいつは、絶対に裏切らないさ。…あんなにまでして、戦うのを避けようとした…『トモダチ』なんだからな」
「そうだな…ま、ロウとかいったっけ?あのガキがご執心のメカザウルスも無事回収できた事だし…
もうあいつも、このまま恐竜帝国とはオサラバしちまっていいんじゃねえの?」
甲児のセリフの最後に、忍の声がかぶさってきた。
「そうだよな…!」
「そうだね、あたしもそう思うよ」
「…まあ、全ては彼女しだいなわけだが…これから、いくらだって変わるだろうよ」
雅人や沙羅、亮もまたそれに和した…
「…」
「…ん?どうした、ボス?」
…と、その会話の輪の中には加わらず、何かを見るとはなしにぼうっと夜空を見上げていたボス…
いつになく神妙な彼に甲児が気がつき、声をかけた。
「んー、まぁね…考え事ってやつよ」
「足りねぇ頭で何考えるってんだ?」
「た、足り…?!か、か〜ぶとぉ〜!」
「冗談冗談!…で、何だって?」
軽いジョークを織り込みながら、甲児が問うと…ボスは、にやっと笑い、こう言ったのだ。
「…あの子と、…『トモダチ』になろうかなー…なんつって」
「は、はあ?!」
「…?!」
思わず奇声を上げてしまう甲児たち。
そんな彼らに対し、ボスはなおも言ってみせる。
「…ま、ちょ〜っとキツイ性格みたいだけど?そんなに、根は悪くないみたいだしなぁ」
「…ふん…!」
「顔もやっぱりかわいいし、『トモダチ』になってやっても悪くないかな〜、って思ったわけよ、俺様は」
「…そうだな、ボスの言うとおりかもしれない」
ボスの少しばかり気負った、だが気楽と磊落を装ったセリフ…
一度は驚いていた甲児たちも、微笑ってうなずく。
そう、彼女もこれから変わるかもしれない。
いや、変わっていくだろう…
彼女の事を、信じてやれる「トモダチ」がいれば―
「ふふん、…それに、」
あえて、ボスはふざけたような口調を装って…こうおどけてみせた。
「年がら年中、あの格好してくれそうだしよぉ…リョウのほうとは違ってよ!」

「…ん…」
ぴくり、と、その両のまぶたがかすかに動く。
すると…すうっとそのまぶたは開いていき、そこからガラスのような瞳が姿をあらわした。
開かれた瞳はまだ外界を受け入れられず、視界はよどむ。
覚醒しきれずにいたNo.0は、しばしその状態のままでいたが…
「…?!」
意識が、唐突に明確になった。
がばっ、と、毛布を跳ね上げ、ベッドからすぐさま飛び降りる。
しかし…見回す視界の中に映るモノは、ただただ寒々しいまでの空疎な部屋。
簡易ベッド。トイレ。あとは、小さなガラス窓のついた扉だけ。
そのドアに走りより、そこから外部を覗き見ようとするNo.0。
…だが、そこから見えるのは、ただの真っ白い壁…
どんなに目線を遠くに走らせてみても、長い廊下のような場所しか見えなかった。
…では、この一体自分のおかれている状況はどういったものなのか…
それがすぐ理解できないほど、彼女は愚かでもカンが悪いわけでもない。
だから、彼女は間髪入れず、そのドアのタッチセンサーに触れる。
「…ッ!」
…扉は、開かなかった。
力を込めて、何度も何度もセンサーを叩く。殴りつけるように。
だが、ロックのされた扉は…ただただ、その度に錠が降りている旨を知らせる警告音を鳴らすのみ。
「…!」
後方によろめく。彼女の両脚から、一気に力が抜ける。
そのまま、冷たい床にぺちゃん、とくずおれたNo.0…
半ば呆けたような表情で、決して内側からは開かぬ扉を見つめる…
「…う、うああ…」
無意味な音声が、唇から漏れた。
ぬうっ、と、四方を取り囲む灰色の壁が、自分の遥か上方まで伸び上がっていく。
見上げた空間にあの蒼空はなく、同じく重苦しい鈍色の天蓋に押し包まれるのみ。
飲み込まれていく。まるで、イキモノのように躍り上がる、重厚な壁に。
そうして、自分を押しつぶしてしまう…
危険にくらめくNo.0の精神は、血の通わぬただの壁ですら、そのような幻覚と変えてしまう。
「…〜〜ッッ!」
身体中を一気に駆け巡っていく、怒涛のごとき感情の奔流。
追い詰められていく恐ろしさに、身体中の血液が逆巻く。
No.0は、まるで追っ手から逃げ込むかのような勢いでベッドに飛び乗り、再び毛布をかぶった…
そして、体を小さく小さく丸め、瞳をぎゅうっと閉じて、外の世界を拒否しようとする。
「…!」
毛布を頭から引っかぶり、無力な地虫のように丸まって…後から後からあふれ出てくる嗚咽を押し殺す。
押し殺された嗚咽は、だが、行き場を失い、なおさらNo.0の中で荒れ狂い…彼女の精神を容赦なく揺さぶっていく。
ぼたぼたと涙がこぼれ出てきた。
息が苦しい。高ぶる感情で身体中が強張り、まともに呼吸すら出来ない。
No.0は泣く。破滅の恐怖に全身を支配されて。
No.0は泣く。孤独の恐怖に打ちのめされて。
No.0は泣く。もはや、彼女を守るモノは、もう誰一人いない…
薄暗い反省室の中に、かすかな少女のすすり泣きだけが反響して消えていく…
だが、空調の音にもかき消されるほどに弱々しいそんな嗚咽など、所詮誰の耳にも届くことなく…ほの暗く冷たい空気の中に霧散していくのみだった。


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