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ドッキドキ!ドクター・ヘルの羅武理偉(ラブリィ)三国志珍道中☆ (29)


小説・特務「路峰を救え!」(5)

「…!」
「きっ、来たーッ!」
兵糧庫に、緊張走る。
けたたましく響き渡る、賊の叫び声。
この近隣一帯に恐怖を撒き散らした大盗賊団、「黒衣団」。
その本丸が、今…殲滅の危機に瀕している。
兵糧庫に向かい疾走する二つの影、それこそがその刻を告げる者!
「頭領、何処だッ!」
「最早観念されたほうがよろしかろう!」
飛び込むや否や、大声を張り上げる銀髪の夏圏使い!
そのそばには、豪大斧を構えた歴戦の大斧使いも侍る!
彼らの視線は鷹より鋭く、怯える盗賊どもをねめつける…!
―だが、その刹那。
ずしゃり、という地を踏みつける音が、荒々しく鳴った。
「…あっさり口を割るたぁ、なんて使えねぇ部下だ!」
「!」
漆黒に塗りつぶされたその全身を包む鎧は、不吉に鈍く光り。
それは誰かから巻き上げたであろう、高価そうな鎧に具足。
全身を頑丈な防具で包んだ、その居丈高な男―
つまりは、彼こそが…「黒衣団」の頭領!
「こうなったらしょうがねぇ…俺様が相手になってやらぁ!」
びゅん、と、振りかざす長剣が空を斬る。
銀髪の男を睨みつけるや否や、頭領は動いた…
大柄なその体躯には似合わぬほど、俊敏に!
「俺の縄張りで好き勝手なことはさせねぇぜ!」
「くッ!」
激しいきしり音を立てて、長剣と乾坤圏がぶつかり合う!
全身の体重をかけてヘルを切り飛ばさんとする頭領、負けじと抗うヘル。
―だが!
突如、頭領はぱっ、と飛び退る。
下卑た笑みを、なぜか浮かべながら。
「?!」
「野郎ども、放て!」
頭領の野太い声が、兵糧庫に轟いた―
その刹那!
ひょう、という風切り音が、まるで獣の鳴き声のように降り注ぐ…
それは無数の矢の雨!
手下どもが銀髪の男目がけて放った矢が、一時に彼に襲い掛かる!
矢じりが明らかなる殺意を持って、イキモノのごとく躍り上がる…!
「…!」
「暗黒大将軍!」
しかし、殺意が銀髪の男に届くその前に、影が割り入った。
大斧使いの老爺はあたかも楯のごとく、ヘルの眼前に立ちはだかり―
両の瞳を閉じ瞬時に気を練り上げ、
裂帛の気合と共に、それを一気に解き放つ!
「…喝!!」
轟音のごとき、老爺の喝破!
空気を引きちぎるかのようなすさまじさは、衝撃波となって四方に飛び散る、強烈な力を伴って―
すなわち!
「うおッ?!」
「な…何だと?!」
空を飛ぶ矢の群れも、盗賊どもの意気をも消し飛ばす!
折られ、砕かれた矢が、ばらばら、ばらばら、と地に落ちる。
あまりのことに、どよめきたてる盗賊ども―
生じた間隙に、老爺が叫ぶ!
「ヘル!あなたは早く頭領を!」
「あ、ああ!」
雑魚どもは、暗黒大将軍が相手をしてくれる…
ならば、自分は一刻も早く首魁を倒すのみ!
銀髪の男は、短く怒鳴り返し…そして、飛ぶ!
白光の中にその影が舞う、躍動するその肉体の動きを寸分違わずなぞりながら―!
「頭領、覚悟!」
「ぐっ…?!」
猛禽類のごとく舞い降りるその一撃を、辛くも頭領は避ける!
額に冷や汗がにじむ、しかしまだ彼の心は折れない…!
首魁の危機を見取ってか、すぐさまに駆け寄ってくる手下ども。
「そうは…させるかッ!」
「てめぇこそ覚悟しやがれッ!」
「く…次から次へとッ!」
ひとりひとりはただの雑兵でも、束になってかかってこられては―!
ヘルの端麗な顔に、焦りの色が浮かび出る。
状況的有利を悟った盗賊たちが、薄汚い笑いを貼り付け、得物をちらつかせながら近寄ってくる…!
「ぎゃッ?!」
だが、突然…そのうちの一人が、悲鳴を上げて地に転がった!
「?!」
「な…に、ッ」
しかも、それは次々と続く…
ひとり、またひとり、もんどりうって倒れていく賊の男ども―
その背や腕には、深々と喰いこんだ矢の根!
何者かが背後から放った矢が、彼らを打ち倒したのだ。
そして、その主は…!
「!桃花の少女!」
「…早く!」
はじかれた視線の先に、衛将軍の少女の姿!
偃月刀使いに支えられ何とか立ち上がり、その手に長弓をすなっている。
動かぬ脚を引きずって、加勢に来てくれたのか…
その顔色は青白く、傍目からでも苦痛そうだ。
しかし彼女は怖じることなく、次から次へと矢をつがえ放ち、手下どもを倒していく!
「…ッ!」
ぎりっ、と、ヘルの瞳が険しくなる。
手負いのエルレーンすら懸命に加勢してくれているというのに。
これ以上長引かせ、勝機を失うわけにはいかない。
彼奴らを打ち倒さねばならない…!
銀髪の夏圏使いは、再び飛翔。
鋭い鷹の爪は、銀色に輝く乾坤圏。
剣呑なる夏圏の舞に、今度こそ頭領は逃れられない―!
「う、うわあああああーーーッッ?!」


「…ちっくしょおおおお!」
「観念するんだな…今までの悪行の報い、大人しく受けるがよい」
悔し紛れの絶叫が、空に尾を引いて消えていった。
所詮盗賊の群れ、頭が潰れれば崩壊するのは瞬時。
頭領が倒された途端に、他の連中は泡を喰って逃げ出していった…
そして、残ったのは。
ふん縛られた頭領と、銀髪の男に大斧使いの老爺。
そして…
「エルレーン、おい…立てるか?」
「う、うん…ちょっと、無理、みたい」
「ちっ…無理をするからだ、馬鹿」
とうとうへたりこんでしまった衛将軍の少女と、その従者。
どうやらあの矢には痺れ薬でも塗りこんであったらしい。
矢を受けた後に激しく動いてしまったためその毒が回ってしまったのか、ついに立てなくなったようだ。
もちろんじっと大人しく待っていればまたすぐに動けるようになるだろうが…
しかしながら、こんな場所で待ち続けているのは、まったくの無駄に過ぎない。
そうこうしているうちにも、日が暮れてしまうだろう。
「待ってろ、馬を探してきてやる!」
「あ、ありがと…」
車弁慶が、彼女を運べる馬を捜しに向かう。
小さくなっていくその背中を、少女はぼんやりと見送っている…
「動けぬのですか?ならば、私が…」
そう、仙人が申し出かけた時。
すっ、と、ヘルの右腕がその前に伸び、それを止めた。
「…?」
「いいんだ、暗黒大将軍」
「何故?」
「ふふん…」
不可思議そうな顔をする老爺に、銀髪の男は微笑で答えて。
座り込んだ少女のそばに近寄り、
「我が桃花よ」
そっと呼びかけた。
見下ろす深緑の瞳には、自愛の色と…そして、少しばかりの悪戯心。
「その傷では、街まで帰るにも時間がかかりそうだな…
こ奴は俺が責任を持って軍まで引っ立てよう」
「あ…ありがとう、ごめんね?」
「何、気にすることはない…お前は、」
にっ、と。
そこで微笑って、銀髪の男はこう言った…
何だか、何処か面白そうに。

「お前は、『あのお優しい従者殿』と、ゆっくり帰って来るがいいさ!」
「…?」


「それではな、桃花の少女!」
「う、うん!ありがとう、ヘル!」
「お前と共に闘えたこと、僥倖であったぞ!」
「い、いででええ〜!そ、そんな強く引っ張んないでくれ!」
そうして、彼女に軽く手を振って。
縄でぐるぐる巻きにされた頭領を引きずって。
あっさりと、夏圏使いは去っていかんとする…
「…ヘル、何故彼女を置いてゆくのです?」
「ん?」
と。
彼を追いながら、何か釈然としない表情の老爺。
「私なら、皆を連れて一度に翔ぶことも出来ましたのに」
「…うむ」
齢を経た仙人は、それくらいお安い御用だったのに、といった風情で呟く。
確かに、そうしてしまえば早いだろう。
あっという間に建業の都まで戻れるし、手間もかからない。
だが…
だが、それでは駄目だろう…それでは。
それでは、あの堅物の、堅物すぎるほど堅物な偃月刀使い殿が、あの少女と二人きりになれないではないか。
「散々からかい倒したからな…あれぐらいは、してやるべきかと思って、な!」
「…?」
けれどもヘルはそんなことを説明せず、ただそんな思わせぶりなことだけを言って終わらせたものだから。
なおさらに、暗黒大将軍の困惑は深まるだけ。
不審そうな顔で見返す老爺に、銀髪の夏圏使いは無言の微笑で応じた。


…さて。
闘い終わり、賊も逃げ去った、人気のない戦場で。
おとなしく座り込んで待っている衛将軍のもとに、その従者が落胆の表情で帰ってきた。
まったくの空手でこちらに歩いてくるところを見ると、結局軍馬は見つけられなかったようだ。
「エルレーン、すまない…
どうやら逃げ出した賊どもが、残らず馬を持ち去ってしまったようだ」
「あ、弁慶先生…」
…と。
そこで、ようやく。
彼は、少女がたった一人で残されていたことに気がついた。
「…ん、あの変態と爺様は?」
「頭領を軍に連行してくれるって」
「何?!それでは、あ奴らはお前を置き去りにしていった…と言うことか?!」
思いもかけぬ言葉に、すっとんきょうな声を上げる。
幾ら悪人を逃さず引っ立てるためとはいえ、負傷した戦友を放置し、自分たちだけ街に帰ってしまうとは…!
激しやすい偃月刀使いは、すぐさまにその顔に朱を散らす。
「くそッ、あの奇矯者が!よくもそんな、情のない真似を…」
「も、もう!…仕方ないじゃない、私が怪我しちゃったんだから」
「だが…!」
そして言い散らす罵倒に、エルレーンはちょっと困ったような顔をした。
かんかんになってヘルに怒りを燃やす、そんな副将を見上げ―
「…いいからぁ」
ため息とともに、車弁慶に言う。
「私たちも帰ろぉ?」
「し、しかし、お前…歩けるのか?」
「…」
帰ろう、と言われても、その当人は足をひどく怪我しているではないか。
が、問われた少女は、言を返さず。
何も言わないまま、偃月刀使いを見つめたまま、
すうっ、とその両腕を彼に向かって真っ直ぐに伸ばした―
まるで、抱擁を求めるかのように。
「え、エル…?!」
予想外の行動に動じる硬骨漢が、状況を捉えきれず混乱したまま棒立ちになっている。
そんな彼から視線を外さないまま、少女は微笑した。
「抱っこ、して?」
「…ッ?!」
たじろぐ偃月刀使いが思わず後ずさってしまったのは、まったく素直…というほかない。
が、彼の主君は、動転する彼に向かい、なおも愛らしく笑んだまま言うのだ。
「いーでしょ?街まで連れてって、よ」
「…〜〜ッッ!!」
従者の顔が、今度は違う理由で真っ赤に染まった。
動揺もあらわに、硬直しきってしまう。
…しかし、促すような少女の視線は揺らぐことなく、じいっと彼を見つめ続けている。
その視線に耐えかね、偃月刀使いは半ば自棄になったかのように―
動いた。
「きゃ…?!」
短い声が、少女の唇から漏れる。
ひょい、と軽く抱えあげられたその身体は…従者殿の、背に負われた。
遊びに疲れきった童子が、親の背に負ぶわれるように。
「…」
「も、もう!これじゃ、子どもみたいじゃない!」
「…子どもだろうがッ、お前は!
は、運んでやるだけ有難く思え、この馬鹿ッ!」
「えー?!」
「い、いいからッ、行くぞッ!」
言いかけた非難を、怒鳴り声で無理やりに封じて。
幼女のような駄々をこねる主君を背におぶった車弁慶は、彼女の文句を聞き入れることなく歩き出した。
「…」
「…」
「…」
「…」
しばらく、どちらも無言のまま。
ぴったりくっついた身体から、相手の熱が伝わってくる。
ゆらゆら、ゆらゆらと、歩みに伴って揺れが伝わってくる。
疲れと毒矢の痺れと、そして伝わる心地よさから、少しずつ少女に眠気が忍び寄ってくる。
「…ねぇ、弁慶先生」
「…何だ」
うとうととしかけた衛将軍殿が、夢見心地に呟いた。
「ずっと前にも、こうしてくれたこと、覚えてる…?」
「…ああ」
振り向かないままに、足を止めないままに、答える偃月刀使い。
そう言えば、昔…そんなこともあった。
まだ少女が前将軍であった頃、今よりも力及ばなかった頃。
「私、もう衛将軍なんだよ?」
「そうだな」
「昔より、ずっと、ずうっと、強くなったんだよ?
ずっと、ずうっと、えらいんだから、ね!」
「…はん、どうだか!」
幼稚な自慢を繰り返す背の荷物に、車弁慶は軽い嘲笑をもって戒める。
が―
「ふふ…けれど」
背負われた荷物が、くすり、と、笑んだ。
己が偃月刀使いの耳元で、少女はささやく―
何故だか、甘やかさを含んだ声で。

「弁慶先生は、いつでも…私を叱って、くれるよね」

「昔から、ずっと、ずうっと、変わらない」

「…ねぇ、弁慶先生」

「私が、もっと、もっと、強くなっても、えらくなっても―」

「今日みたいに、こうして…甘えさせて、くれるかな?」

「…?!」
どくん、と。
心臓が一瞬止まった。
その後で、節度を忘れた早鐘のように、どくどく、どくどくと激しく鼓動を打つ。
驚きに縛られた脚が止まり、歩みも止まる。
エルレーンを担ぎ上げたまま、立ち尽くしたまま、全身金縛りにかかったのごとく動くことが出来なくなった。
動揺と混乱に一気に襲われ、従者殿は頭に血が昇ったまま、動けない―
…と。
「…ねえ、弁慶先生!聞いてるの?!」
「ば、ば、ば、馬鹿!あああ、あまりに阿呆くさくて聞き流したわ!」
答えのないことに焦れた少女が声をかけてきたのを言いことに。
こういったことにまったく不得手で不器用な男は、きつい言葉で怒鳴り返して有耶無耶にしようとした。
何をどう言っていいかわからなくなった時、自分の本当の気持ちを語ることの出来ない男はいつもこうする。
「…もう、何よぉ」
「そ、そんな惰弱なことを言っておる間は!所詮お前は頼りない餓鬼に過ぎん!
おッ、俺に頼ろうとする前に、頼る必要もないぐらいに強くなってみせろ!」
そして、お決まりの説教で、その場の空気をごまかしてしまおうとするのだ、無理やりに。
背中の少女が、かたくなでひねたその態度に、ちょっと眉根を寄せる。
そのまま、再び偃月刀使いは歩き出す。
夕闇が少しずつ忍び込んでいく、空の下。
「…」
「…だッ、だがッ、」
しかし。
その場に、彼と彼女、たった二人しかいないせいか。
今日の偃月刀使いは、普段よりは…多少はましだった。
少なくとも、最後に…震える声で、こう、付け足したから。

「お、お前が、そうなるまでに…そうなるまでに、挫けそうになったならば」

偉丈夫の割には、情けないほどの、嘆かわしいほどの、小さな小さなかすれた声。
それこそ、その横顔に耳を寄せていなければ聞き取れないほどの声で、偃月刀使いが懸命に搾り出したのは―

「そ…その時くらいは、俺が…助けてやらん、でもないぞ」
「…」

「…ふふ」
思わず、唇から微笑がこぼれ出た。
不器用で遠まわしで、素直じゃなくて偉そうで。
けれども、それが彼なりの…彼なりの、本心。
「な…何がおかしい、馬鹿娘」
「ううん、別に…」
…と。
笑われたことに気分を害したのか、問い詰める偃月刀使い。
透明な瞳に、ふわり、と、わずかな熱情が溶け。
甘い吐息に、少しばかりからかいの色を込め。
少女は、硬骨漢の耳元でささやいた―
「ああ、本当に―」


本当に、弁慶先生って…馬鹿、だねぇ。



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