A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(7)




不可思議な、夢を見た。
私は、それをただ見ていた。
いつもの、あの夢。
私と同じ「名前」で呼ばれる、あの少女の夢。
少女は穏やかに微笑みながら、それでも確かに泣いている。
満天の星空の下、風の吹く丘の上、誰かに別れを告げながら。
そこにあるのは、碑。
年若くして散った青年の、それは霊を慰むための碑。
少女とその仲間のために戦いそして散った、それは彼を想うための碑―
彼の「名前」を、私はなぜか知っているような気がした。
嗚呼、そうだ。
とても、よく、知っている。

―「巴武蔵」。


210年5月17日 シナリオ「飛将呂布」最終決戦


圧倒的な勢いで領土を広げる呂布軍は、ここで一挙に決着をつけるべく、全軍を結集させる。
一方、孫策・劉備・曹操もこの機に形勢を逆転せんと、決戦の戦場へと向かうのだった。
ここにシナリオ「飛将呂布」争奪イベント“最終決戦”の火蓋が切って落とされる…



「…!」
相手が振りかざしてきた鋼鉄の斧。
鍛え上げられたその斧は、まるでそれ自身が生き物であるかのごとく、エルレーンに向かって一直線に飛び掛る―!
「くっ!」
高く飛ぶ。速く飛ぶ。相手の一撃から逃れるために。
「エルレーン!」
「だ、大丈夫ッ!」
矢のように飛んできたのは、直槍使い・巴武蔵の声。
跳ね返すようにすぐさまに返事を返した、次の瞬間だった―
「…うおおおおおッッ!」
「?!」
眼前の敵将が、雄たけびを上げる。
右手に握った戦斧に裂帛の気合を込め、突進する!
(―間に合わない?!)
見る見るうちに縮まっていく、自分と相手との距離。
ぎらぎらと光る、その牛頭の鋭い刃。
無意識のうちに、少女も―同じく、精神を集中し、気を放つ。
宝剣が、戦斧が、幾度も幾度もひるがえる。
幾度も幾度も打ち合わされ、そのたびに強烈な金属音が鳴り渡る。
幾度も幾度も、幾度も幾度も幾度も―
「…!」
だが、いくら相手の攻撃を打ち落としても―
それが、相手の繰り出す技の衝撃すべてを殺すわけではない。
真覇道剣を伝い、彼女の手を、彼女の腕を、彼女の身体を痛めつける。
決して強力ではないエルレーンにとって、相手の一撃一撃を受ける防御もまた、形を変えた損傷。
「う…!」
それはやがて彼女を限界に追いやる。
敵将の豪腕が力任せに振りぬいた一撃が、とうとう少女に片ひざをつかせた。
大きく体勢を崩した少女の顔に、危機感がはっきりと浮かび上がる―!
そして戦斧の男にとってはまさに好機。
我が意を得たり、とばかりに、更なる追い討ちの一撃を加えんと…!


「エルレーンッ!」
「!」
「させるかよおおおおッ!」


―刹那!
飛び込んできた小さな影が、蒼い鎧を身に着けた少年の姿に変わる―!
ひらめく直槍が太陽の光をはじき返し、そして無数の刺突の残像を生んでいく!
「ぐ、くっ!」
唐突に割り込んできた副将の連撃に、敵将がたまらず飛び退る。
だがあくまでエルレーンを倒すことをあきらめたわけではない、その手に握った戦斧の鋭さはまだ死んでいない。
「エルレーン、大丈夫かよ!」
「う、うん!ありがとう!」
危ういところを救われたエルレーンは、すぐさま立ち上がり、再び構える。
その前に立ちはだかり彼女を守る直槍使い・巴武蔵。
槍の切っ先を油断なく敵将に向けたまま、険しい瞳で相手をにらみつける―!
「…行くぞ!」
「うんッ!」
そして返礼を喰らわさんと、少年と少女は猛る、
眼前にて戦斧を握る男に向かい、一挙に襲い掛からんとする!
「ちっ…!」
だが敵将もまた負けてはいない。
不意打ちにひるんだものの、それはただ「ひるんだ」だけ。
二人を撃ち返すべく大きく戦斧を振り上げる、何時でも敵の頭蓋を粉砕出来るように。
全身の血液が一挙に燃え立つ。
緊迫と闘気で破裂する―
そして、どちらもが、一挙に相手に向かって仕掛けようとした!


―が、
その時だった。


誰かの叫び声が、戦場を貫いた。


「み、見ろおッ、城が…!」


「―!」
その声に、思わずその場にいた誰もが視線を転じる。
一つに集まるその焦点は…劉備軍の最終拠点。
嗚呼、そして、そこに今はためいているのは―
大きく「呂」と墨書きされた、紫の刺繍鮮やかな軍旗。


―やがて、その旗の示す意味が、音となって拡がる。


大きな歓声が波をうち、
大地をわななかせ、
空気を脅かし、
同心円状に拡がって拡がって拡がって―


「…」
敵将の手から、戦斧が滑り落ちる。
先ほどまであれほど力強く空を斬っていたその斧は、口惜しそうに重力に引かれ落ち、
そして地面にざくり、と音を立てて突き刺さる。
男もまた、その斧と同じように。
敗北の衝撃が彼の精神を打ち砕いたのか、もはや眼前に立つ敵をにらみつけることすらせずに。
「…」
だから、エルレーンも。
己の宝剣を軽く翻し、鞘に納める。
かしっ、という、乾いた音。
何も言葉を発さぬまま、発せないままに。
「…終わったな、エルレーン」
「うん…」
ため息をつくかのようにつぶやかれた、巴武蔵の言葉。
応じる女将軍のそれもまた、同じ。
勝利の感慨、とは、何処か違う。
単純な喜びと称するには、何処か重くて苦すぎる―
「巴」
「何だよ、エルレーン?」
隣に立つ少年に、呼びかける。
「私たち、勝った…ん、だよね」
「ああ、そうらしい」
「これで、この戦争も終わりだよね」
「ああ、そうさ」
「そう、か…」
静かに、問う。
静かに、答える。
「巴」
「何だよ?」
「…よかった」
少女は、そう…柔らかな吐息と共に、継いだ。
「?」
「勝てたね、私たち」
「ああ、何とかな」
「よかった」
また、繰り返す。
自分自身のこころを、感情を、なぞって確かめるように。
「一緒に戦って、勝てて、本当に―よかった」
「…ああ」
…「一緒に」、という言葉に、ことさらに強気をおいて。
少女は、また、同じ言葉を繰り返す。
だから、少年も、同じ言葉を繰り返す。
乾いた風が、血の匂い、火薬の焦げた匂いを混ぜ込んで、戦場を通り抜ける。
この戦で散っていった、戦士たちの嘆きと憂いを飲み込んで。
「…」
「…」
少女も、少年も。
何も言わないままでいた。
その胸に昂ぶる、血の熱さだけを感じていた。
生きている。
自分も、彼も、生きている。
まだ、ここに、
今も、ここに、
生きている。
耐え難い戦乱を、避けがたい修羅の道をくぐり抜けて、
幾多の罪悪と悪夢と苦悩とを抱えながら、
それでも、生きている―


共に、生きている。


血が通う熱さ、それは生きている証。
思わず握り締めた拳が熱い。
大地を踏みしめる両脚が熱い。
軍旗を見つめる瞳が、熱い。
「…」
少女の瞳から、一筋の涙が伝っていく。
単純な歓喜の涙ではないそれは、土ぼこりに汚れた彼女の頬を洗っていく―
「ちっ…これで、終わりかよ」
と、その時。
小さく毒づく声が、背後で聞こえた。
地面に座り込んでいた敵将が、ようやく彼自身の言葉を漏らした。
「くそったれ…呂布軍に負けるたぁ、な」
「…」
「嗚呼、畜生!これで、俺たちゃ終わりか…」
自軍の敗北を悔やみ、半ば自暴自棄気味の台詞を吐き捨てる男。
先ほどまで刃を向け合っていたばかりの敵将。
呪詛とも未練ともつかぬ言葉は、ただただ空に散っていくのみ―


…が。
鳴り止まぬ歓声の合間を縫って、確かにそれは聞こえた。


「…そんな、こと、ない」
「…あぁ?」


乱暴に聞き返す男を、見返して。
少女は、言った。
哀しそうな、悔しそうな、辛そうな、弱々しい、だがそれは確かに笑顔。


「…あなただって、まだ、生きてる」
「…」
「生きてるなら…生きてるなら、まだ、…やれる」


何を、とは言わない。
それは彼女のやることではないから。
それは彼が、彼自身がやることだから。
だが、それが何にせよ、
生きているのならば―まだ、やれる。


「…ああ」
そう言うと、男は立ち上がった。
その表情には、笑みが浮かんでいる。
哀しそうな、悔しそうな、辛そうな、弱々しい、だがそれは確かに笑顔―
「そうだな、あんたの言うとおりだ」
「…」
「それじゃ、癪には触るが…おとなしく、投降することとしようか」
「…うん」
決着がついた戦いで、敗将が暴れてもただむなしいだけ。
敗者は勝者に従うしかない…
それがこの戦乱の世の掟であり、彼らもまたそれをよく知っていた。
自ら投降を申し出るこの敵将も。
けれど、彼が少し違っていたのは―
「あんた、『名前』は?」
「え?」
「あんたの『名前』は?」
先ほどまで刃を交わしていた少女に、こう問い掛けたことだった。
少し、面食らったような顔をしたエルレーン。
しかし、少々の間をおいた後…男を見返し、己が名を告げる。
「私は…私の『名前』は、エルレーン」
「ふん、エルレーン…ね」
鸚鵡返しに繰り返しながら、男は軽く首を振った。
その目には、光。
絶望した者は到底持つことなどできない、それは意思の光。
そう。
彼も、まだ、生きている。
「…もし、次があるとしたら。今度こそあんたとの決着をつけるぜ。
今はこれで終わり、らしいがな…!」
「…」
剛毅を装った口調で、半ば芝居がかった風にそう言いながら。
男はエルレーンをねめつけ、にやり、と笑って見せた。
…戦斧をすなる、名も知らぬ敵将。
「…わけわかんないこと言ってないでさぁ、兄ちゃん!
さあさ、呂軍に投降すんだろ?とっとと行こうぜ、とっとと!」
「あんだよチビ、せかさなくったってちゃんと行くっての!」
わけのわからないやりとりに焦れたのか、巴武蔵が男を連れて行こうと追い立てる。
ぞんざいなその扱いに、敵将の男が不服げに言い返す…
―と。
「…は?」
「ん?」
ぎゃあぎゃあとわめく彼らの耳に、鈴の鳴るような声。
問い返す。
目の前の少女が、こちらを見つめている。
「あなたの…『名前』は?」
もう一度。少女は敵将…敵将だった男を見つめ、繰り返す。
唇に、やさしげな微笑を浮かべながら。
「また、きっと…会う、かもね。だから」
そう。
彼女も、男も、生きている。
まだ、ここに、
今も、ここに、
生きている。
次に会う時は、戦友かもしれない。
次に会う時は、強敵かもしれない。
生きているなら、何とだってなれる。
だから。
「あなたの、『名前』は…?」
その時のために、再び合間見える時のために。
エルレーンは、男に問うた―
その問いを受けた彼は、一瞬、ぽかん、とした顔をして。
「…へっ!」
その後に、苦笑とも微笑ともつかないような、そんな顔をして。
そして、答える。




「俺の『名前』は―」




210年5月17日 シナリオ「飛将呂布」最終決戦
呂布軍前将軍・エルレーン.河内 戦績
×○××○××○×○ 10戦4勝6敗
対劉備戦・界橋の戦い 呂布軍勝利


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