A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(6)


209年12月某日 昇格

「貴公か…ちょうどよいところに。
これまでの貴公の働きから、昇格を認めることにした」

「これよりは四征将軍として、さらなる武働きを期待しているぞ!」

街を歩く、二人の偉丈夫。
見るからに頑強そうなその身体は、分厚い衣に包まれていたとしても、そのうちからある種の威圧感を自ら放ち、その存在を周りに知らしめんとしているかのようだ。
賢良たる幻杖使い・流竜馬。
そして厳格たる偃月刀使い・車弁慶である。
二人は、なにやら語り合いながら、とある場所に向かおうとしている。
「しかし…思えば、長いものですね」
「何がだ?」
「いえ、あの方が最早四征将軍になられるだなんて」
しみじみとした口調で流竜馬が口にしたのは、そんな台詞。
軽く目を伏せ、まるで昔を思い起こしているかのような風情で、さらにこう付け加える。
「私がお仕えし始めたころは、まだ輔国将軍であられたのに…」
「ふん…俺の目には、何も変わってないように思えるがな」
が、この尊大なる偃月刀使いは、そう言ってふん、と鼻を鳴らしてみせるばかり。
彼はいつもそんな調子なのだ、特に自分の主君に対しては。
「相変わらず手厳しいことですね、車弁慶殿」
「当然だ」
その強情さに苦笑する流竜馬に、彼は傲然と言ってのける。
「戦場に行けば敵将と戦いたくないといって逃げ回っているような小娘が、四征将軍?…はっ、笑わせる」
「…まあ、むしろ隣国との小競り合いよりも、賊の討伐や何かで活躍されることのほうが多いですから」
「だが、いつまでもそんなことではいかんだろう。もっと奴にはしっかりしてもらわねば…」
あくまで厳格さを崩さない車弁慶。
そのかたくななまでの態度に、流竜馬が軽く笑ってたしなめる。
「はは、ですが、まあ今日くらいは…エルレーン殿がご昇進されためでたい日なのですから」
「…ふむ、」
そうまで言われて、彼はようやく鋭い舌鋒をおさめる。
確かに、不甲斐無い、頼りない、まだまだひよっこの主君ではある。
しかし、今までの努力の甲斐あって「四征将軍」に昇格したのだ。
そのせっかくの祝いの日に、なおさらにつらくあたることもあるまい…
そう彼が思いなおした、その刹那。
張り詰めた険しさがゆるみ、彼本来の優しさがその顔ににじみ出る。
久方ぶりに見たその戦友の表情に、流竜馬もまた微笑する…
(いくら冷たさを装っていても、この人は)
そう、彼もよく知っているのだ、この男のことを。
(なんだかんだ言って、エルレーン殿のことが心配でたまらないのだな)
けれどそれを口に出すときっと怒鳴られるだろうから、流竜馬はそれを口に出さずにいた。
それは、彼の周りの皆がやるように。

しかし。

「エルレーン!帰っておる…」
「エルレーン殿、昇進まことにおめでとうござ…」

彼女の自宅にて、二人を待っていたのは…

『お、おああああああああ?!』

その度肝を抜くような光景だった。

「な、なぁに?!う、うるさいの…!」
「おや、車殿に流殿」
家に入って自分を見るなり、魂消るような悲鳴をあげた男二人。
突然やかましい音を立てる車弁慶たちに、これまた驚いた顔のエルレーンが非難がましい目を向ける。
そのそばには、双戟使いのキャプテン・ルーガが控えている。
が…声をかけられた二人組、驚愕に満ちた表情でこちらを呆然と見ているだけで、ろくな返事も返せない。
血が一気に上ったかその顔は真っ赤で、何事か言おうとしても上手く言葉に出来ず、わなわなと震えているばかり。
それでも何とか、あまりに凄まじい「それ」について問い詰めんと口を無理やりに動かす。
彼らの視線の先にある強烈に衝撃的なもの、「それ」は…
「あ、お、お、お、お前、そ、…」
「そ、そそそ、その格好は…い、如何なされたのですッ?!」
「えー?」
エルレーンがまとっている、今まで見たことのない新しい鎧だった。
碧の布色鮮やかな、その鎧―
それは、「碧衣軽甲(へきいけいこう)」と呼ばれる鎧だった。
何でも南方の近衛兵が好んで身につけるものだと言う。
この呂布軍の領土では、そう簡単に手に入るものではない。
値も張る代物だが、その分見る者の羨望を集めるであろう―
…だが、しかし。
まずいのだ、その鎧は。
まずいのだ、とにかく。
その鎧が、何よりもまずいのは―その造り、そのものにある。

身体を覆うその色鮮やかな碧の衣は、前面こそ大きく彼女の胸や胴、足や腰を覆い隠してはいるが…
背面から見れば、その面積は半分ばかり。
背中は大きく開き大きな切れ込みからは彼女の白い脚がのぞき、
そして何よりもまずいことにその右脚部分に到っては、後ろはまったくがら空き。
下に着込んだ黒い軽甲は、その腿の付け根でばちりと断ち切れている。
そこから伸びる白い脚が扇情的過ぎることは言うまでもないが、更にその上方…
普通、婦女子であれば、躍起になって隠したがるだろう白い双丘、その半分が…ほとんど、あらわになっているも同然だった。
どちらかといえば堅苦しい男である車弁慶と流竜馬にとっては、最早正視出来るようなものではない。
嗚呼、だが、しかし。
当の本人は、普通の婦女子よりはどうもちょっと違う方向にいってしまっているらしい。
「どうもしないよ?…えへへ、とうとう買っちゃった…★」
「運良く仲買商に残っていてよかったですね。これも天の采配かと」
「うふふ…!」
二人が目を白黒させている理由などまったく思いもよらないのか、にこにこうれしそうに笑っているだけだ。
しかし、彼女がその新しい装備の素晴らしさを確かめる為に身をひねったり動かしたりするたびに、ちらり、ちらり、と「その部分」が彼らの目に突き刺さる。
もともとまったくといっていいほどその手のことに免疫のない流竜馬などは、頬を真っ赤に染めたまま、両手で顔を覆い隠してしまった。
が―
あっけに取られているばかりだった車弁慶が、何とか自分を取り戻す。
そして、目の前のまた馬鹿なことをした小娘を正すため、動揺する自分の心臓を押さえつけ、きっ、と目を上げた―
「な、な、な…何という格好をしておるのだ、はははは破廉恥なッ!!」
「…えー?こんなに、可愛いのに!」
せっかく手に入れた鎧をいきなり「破廉恥」と決め付けられたエルレーン、さすがにむっ、とした顔つきになる。
これは前からずっと彼女が欲しがっていたもので、しかも+7のものとなれば、この呂布軍でもそうそう簡単には流通しない。
そのため、仲買商で見かけるたびにうっとりと見ているだけだったものだ。
その鎧をせっかくの昇進祝いとして手に入れたというのに―!
しかし、これは何も彼女だけの選択ではないようだ。
それが証拠に、そばにいるC・ルーガも、笑顔でこう言い添えるのだ。
「ええ、本当に良くお似合いでいらっしゃる」
「きゃ、キャプテン・ルーガ!貴女がそそのかしたのか?!」
「失礼な…エルレーン様が以前より新しい鎧をご所望だったことくらい、あなた方も知っていらっしゃるでしょうに」
「ししし、しかし!何もこんな、こんな…」
動揺と困惑のあまりか、もうまともに抗議の言葉も出てこない流竜馬。
熱い頬に手を当てたままもにょもにょと何事かを言おうとするが、もう視線を絶対に己の主君のほうにむけようとはしていない(というより、出来ない)。
それに比べれば、真っ赤な顔をしたままとは言うものの…
真正面からエルレーンを怒鳴りつけようとする車弁慶のほうが、まだ彼女を止められる可能性がありそうだ。
「ば、馬鹿め!そんなはしたない鎧をまとって戦場に出ようというのか?!
い…今すぐ仲買商に返して来い!」
「え、えーッ?!な、何でよぉ!」
「そ、そんなモノを着ていて恥ずかしいとは思わないのか、恥ずかしいと!」
「えー…?」
が、いくら声をからして糾弾すれども、当のエルレーンはぽかん、としている。
何故二人がそれほどまでに過剰な反応を見せているのか、いまいちつかめていないようだ。
それを、
「無駄…」
「!」
「神隼人殿!」
ため息混じりに軽く嘆いて見せたのは、床に座していた神隼人。
常に寡黙な双錘使いは、二人を見上げ、諭すようにゆっくりと首を振る。
「言っても、無駄…」
「ぐ、う、しかし!」
「…エルレーンは、派手好み…」
そう言って、また、ため息一つ。
言っても彼女はわからないからもう止めておけ、と言外に告げているのは明白だった。
そこに、更に外野からの声。
「もーう、いいじゃんか、別にぃ」
「巴!お前…」
床に寝っころがって兵法書を読んでいた直槍使いの少年・巴武蔵が、視線だけこちらに向けて面倒くさそうに言う。
その無責任な言葉に車弁慶が非難がましい眼を向け返すが、彼にとっては何処吹く風だ。
「エルレーンが着たいっていってるんだからさ、好きにさせてやりゃいいじゃん。
せっかくの昇進なんだし、自分にごほうび…ってやつ?」
「ああ、俺もその鎧はなかなかいいと思うぞ!良く似合っている!」
「ぶ、ブロッケン!貴様もか!」
そして、さっぱりとした笑顔でそれに和するは、同じく直槍使いの青年・ブロッケン伯爵。
まったく裏を感じさせないその明るい口調には、彼が心底素直にそう思っていることがうかがい取れる。
「えー、そう?えへへ、うれしいなぁ、ありがとう!」
「ばばばば馬鹿者!喜んでいてどうする!」
いらん褒め言葉に反応するエルレーンに、またもや車弁慶は真っ赤な顔をして怒鳴りつける。
…と、埒があかないとでも思ったのか、おもむろに彼は部屋の片隅に駆け出す。
そこに添えつけられた服飾箪笥を勢い良く開き、素早く中を物色し、そして取り出だしたるものは…
「さ、さあ!とっととこれに着替えろ!」
純白にまばゆく輝く、闘姫白銀甲(とうきはくぎんこう)。
腹、胸、腰、足を余すところなく覆ったその鎧は、少なくとも目の前の恥知らずなものよりはまた我慢が出来るものだった。
が―
そんなものを押し付けられたところで、エルレーンが納得するはずもない。
「な、何でよぉ!やっと手に入れたんだよ、この碧衣軽甲+7!何で着替えなきゃいけないの?!」
「かかか、仮にも四征将軍が人前に立つのに!そのような著しく肌を見せた格好をしているなど!」
「そ、そうですよ、エルレーン殿…いくらなんでも、その…、そ、その格好は…」
「…」
果たせるかな、すぐさまに言い返すエルレーン。
が、車弁慶の険しい叱責に、流竜馬の遠慮がちな加勢。
ぴくり、と眉をひそめ、不愉快げな顔をして黙り込む。
…気を悪くしたときの、いつもの彼女の反応だ。
と、そこに、またも横槍。
「べべ、別にいいのではないですか、車殿?せ、拙者も…」
「やかましい鉄甲鬼!お前には聞いとらんッ!!」
「ひ、ひいぃ?!」
が、繊細で気弱な双戟使いの鉄甲鬼は、正直立場があまり強くないので、車弁慶の一括で跳ね飛ぶように引っ込んだ。
すると、やはり彼に対抗出来るのは―この男。
穏やかな微笑を浮かべたまま騒ぎを静観していた彼が、不意に我慢しきれなくなったのか…突如、面白そうな笑い声を立てる。
「あはは、やはり保護者殿にわかっていただくのは無理でしたねえ、エルレーン殿?」
「き、キャプテン・ラグナ…」
「許してあげてください、エルレーン殿。
保護者の車弁慶殿は、その格好をしたあなたが街で変な男に引っかからないかとでも思って心配で心配でたまらないらしいですから?」
嗚呼、その鷹揚な口調がなおさらに憎らしい。
にやにやとこちらに視線を向けたままで、そんなことを言ってのけるキャプテン・ラグナ。
嗚呼、その余裕な表情がなおさらに厭わしい。
「ちちち、違う!そんなことではないッ!」
「おやおや、ではどんなことです?」
「ぐ、ぬ、ぬう…そ、それは…!」
大声を張り上げて否定するものの、きりかえされた言葉に叩きつける啖呵も見つからず、しばし煩悶する。
だがいくら理詰めで反論しようとも、きっと車弁慶の台詞に説得力はないに違いない。
…その顔を真っ赤に染めている限りは。
「エルレーン様、時間が」
「あっ…!」
と、その時。
キャプテン・ルーガが遠慮がちにかけた言葉に、はっとなるエルレーン。
「それじゃ、そろそろ行かなきゃ!」
「ええ、参りましょうか」
「?!…ま、待て、お前たち何処に行く?!」
なにやらにわかに慌てた様子で家から出ようとする二人。
それを止めんとする車弁慶に、彼女は少し困ったような顔で答える―
「え…軍議があるから、回廊に」
「ぐ?!」
「ぐんぎ?!」
二人が思わずあげたその鸚鵡返しは、驚きのあまりに声が裏返ってしまっていた。
滑稽なほどの反応を見せる二人組に、キャプテン・ルーガはなおもひょうひょうと言葉を継ぐのみ。
「ええ。…もうすぐ大きな戦がありますからね。その詰めに」
「…!」
まさか、
まさか、
まさか、そんな碌でもない格好をして、軍議に参加しようというのか?!
己の主君や戦友たちの待つ、そしてこの国の行く末を担う謹厳たる軍議の場に、淫靡といっても差し支えないようなその鎧を着て…?!
限界に近づいていた厳格なる偃月刀使いの思考回路は、その光景を想像する前に短絡した。
「それじゃ、いってき…」
「ままままままま待てぇぇぇぇえい!その前にこれに…」
「もおっ!いいのッ、これでぇ!」
出かけようとするエルレーンの前に素早く回りこみ、闘姫白銀甲を押し付ける。
だが、幾度も幾度も小うるさいことを言われ、さすがのエルレーンも限界だったらしい。
これまた副将に負けないぐらいの大声で怒鳴り返す。
「よっ、良くない!断じて良くないッ!」
「いいのぉ!だんじていいのおっ!」
「良くないッ!…くっ、かくなる上は!」
言っても聞かぬ小娘を前に、とうとう車弁慶は決断する。
大きく一歩、飛びすさり。
壁にかけてあった己の得物を手にする。
ひゅん、と刃が風を斬る。
きらめく偃月刀を構えた彼は、大音声でこう言い放った―!
「どうしてもその慎み無い格好で街に出ようというならば!まずこの俺を倒し、屍踏み越えていけえいッ!」
「く、車殿!」
「…!」
己の偃月刀を手にした副将を前に。
女将軍は一瞬、ぽかん、と呆けた表情を浮かべ。
そして、次に―
その瞳を、ぎらり、と剣呑な光できらめかせた。








「ぎゃああああーーーーーッッ?!」








「…げふっ?!」



夕闇。
太陽が赤みをなお増しながら西の空へ堕ちていく。
宵闇が暗さをなお増しながら東の空から立ち昇る。
薄暗闇が浸していく街を、エルレーンとC・ルーガは歩く。
何処かで、太鼓の音が鳴っている。
あれは練兵場から響いてくる、兵たちの訓練を告げる音。
「…いよいよ、ですね」
「うん…」
「もちろん、往かれますね」
「うん」
太鼓の鳴り渡る音が、尾を引きながら響いていく。
その音を遠くに聞きながら、二人は歩いていく。
「…次の戦いで、きっと終わる」
そのために、国中が昂ぶっているのがわかる。
兵も。将も。民も。
身体中で感じ取っている。
この国を包み込む空気が、震えているのだ。
今から始まるであろう激動を予感して、震えているのだ。
「…勝つ」
「ええ」
女将軍の決意が、吐息と混ざって夕闇に溶けていく。
短く応じる副将の言葉も、同様に。
はらむのは、熱気。熱波。熱情。
己の国の命運を賭けた一戦に挑む、闘志が燃えた熱―


「……」
「あーあー、だから言わんこっちゃない」
「く、車弁慶殿…」
一方。
エルレーンの自宅の床に無様に転がっているのは、言うまでもなく偃月刀使いの車弁慶である。
とち狂った主君をいさめることあたわず、真・無双乱舞をいきなり喰らわされた挙句、倒れこんだその上を文字通り「踏み越えて」いかれた。
男・車弁慶、屈辱に震える齢二十五歳。
倒れっぱなしの彼に、こんなことは予測済みだったといわんばかりの巴武蔵の言葉。
広げた兵法書の影から半ば呆れたような顔をのぞかせながら、
「いいじゃんあのくらいさぁ、トシゴロのオトメのオシャレゴコロって奴だよ」
「…」
そう言って来る巴武蔵に、うつぶせたまま彼は何も答えない。
―と。
くすくす、という、あのいつもの笑い声。
けれども、この男のからかいにだけは、どうしても我慢がならなかった。
「ふふ、まったく…保護者役は辛くありますね、車弁慶殿?」
「…五月蝿い、馬鹿者が」
背中に降って来る、キャプテン・ラグナの知ったような台詞。
辛うじて、負け惜しみを言い返した。
そして、
やっぱりこいつは苦手だ、と、厳格なる偃月刀使いは強く思いなおしたのだった。


209年12月某日 エルレーン.河内 四征将軍に昇格


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