A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(35)


副将たちの冒険〜特務「三人組の挑戦」〜(4)

「姉さま!」
「来たわね!」
緑濃き木々が、ざわわ、と泣き。
彼らが来たことを、告げている。
三娘たちが待ち受ける場所に、再び帰って来た挑戦者―
「もう尻尾を巻いて逃げるのは終わりにしたのかしら?!」
「…ええ、このままでは埒があきませんからね!」
夏圏使いの女の挑発を、真っ向から受け止めたのは純白の朴刀使い。
そして、その背後に控えるは…
「よし、こっちは俺が相手しよう!」
「抜かるなよッ、車!」
「承知!」
斬馬刀使いと、偃月刀使い!
一斉に飛び掛る三人の男たちを、女山賊は悠然と待ち受ける!
勢いよく切りかかるものの、だが…すぐに、その形勢は逆転する。
「あはははっ!手も足も出ない、って感じ!」
「…!」
賊三妹の嘲笑と夏圏の猛撃に、朴兄さんは無言で耐える。
必死に呉鉤を操って、その襲い来る刃を受け止めるので、精一杯だ。
防戦一方なのは、彼だけではない。
「くっ…、」
「どうなさいましたの?これでは先ほどと変わりませんよ!」
双錘使い・賊二娘の死の舞が、容赦なく車弁慶に降りかかる。
彼の大偃月刀は、その一撃一撃を払いのけるのが関の山。
そして―
「…ぐうっ!」
三姉妹が長・賊大嫂が魔笛の強撃に、斬馬兄貴が顔に苦痛の色を浮かべる。
それでも退くことなく再び斬馬豪刀を構えなおす彼に、
「うふ、怖がる顔もかわいいわねぇ…ボウヤ!」
「…ッ!」
妖艶な笑みを見せつけながら、賊大嫂が煽りをかけてくる…!
しかし、斬馬兄貴は…怒りに表情を少しゆがめたものの、それでもそのたきつけには乗りはしない。
まんまとそれに乗って、無謀な特攻を仕掛けはしない。
何故なら、それは時間稼ぎだからだ―
遠巻きにその戦いを見守っている彼らのための。
「あ、あわわわ」
「巴殿、は、早く何とかしないと!」
「…わかってる」
三娘にいい様にやられている仲間たちの姿に、動揺を抑えきれない鉄甲鬼たち。
草木生い茂る中に身を潜め、直槍使いたちは待っている。
今、彼らが戦っている空間は…おそらく、三姉妹たちによって造られた、何らかの結界と化している。
それ故に、彼女たちは女の身には在り得ぬほどの剛力をふるうことが出来るのだ―
しかしながら、それがわかっただけでは、こちらに勝機はない。
「朴兄さんが、そのうち仕掛ける」
「え…?!」
「見てろ―」
その結界を保持する、何か。
何らかの呪具が、何処かにあるはずなのだ。
この深い山の何処にそれが隠されているのか、その尻尾をつかまねばならない。
これほどまでに強力な効果を発しているところから見て、そう遠くない場所にあるはずだが…
彼らが見守る、その前で。
朴刀使いが、懸命に賊三妹と対戦している―
「はあッ!」
「く…!」
「ふふ…あと三人は、怖くて逃げ出したってわけ?
一気にかかってくれば、まだ勝機があったかもしれないのに!」
円月圏の鋭さを、朴兄さんの呉鉤の峰が辛うじて受ける。
妖術にて強化された腕力にて、まさしく力づくで抑え込んでくる夏圏使い…
その責める力を決して緩めることなく、彼女は愛らしい唇で蓮っ葉なからかいを投げてくる。
「…いいえ、それは違いますよ」
加えられる圧力に悲鳴を上げる筋肉を、精神力で押さえ込みながら。
それでも朴刀使いは、微笑した。
「あなた達の技(わざ)、既に読めています」
これほどの苦境にもかかわらず、涼やかに。
涼やかに彼が言い放ったものだから、それは賊三妹の胸中に疑念を生む。
彼女がいぶかしげな表情となったのを確認すると、にやり、と冷笑を見せ、
朴刀使いは言ったのだ―
「あの三人は、壊しにいったんですからね…その、からくりを!」
「えっ?!」
途端。
朴刀使いが断言した、その瞬間だった。
果たせるかな、彼女は反応してしまった。
己が秘術を破る、そう言われて、はじかれるように、
彼女は視線を飛ばしてしまった。
そう、振り返って、彼女は見たのだ、
あさっての方向を―
そこには何もない、木々が濃く立ち尽くしているに過ぎない、
否、違う、
その向こうにあるのだ、

(――!)

彼女たちが隠している「何か」が―!
「行くぞ!」
「!」
「あっちに、何かある?!」
何よりもそれをつまびらかにした、たった瞬時の出来事!
けれども、それだけで彼らにはすべてわかったのだ!
一挙に駆け出す巴武蔵たちの声が、木々の合間から漏れ聞こえ…!
「しまっ―」
その後姿を目にした夏圏使いが、にわかに動揺に襲われる。
しかし、後を追おうとするも、
「はッ!」
「ぐ…!」
朴刀使いの呉鉤が、それを許さない!
「ふふ…随分とわかりやすい方なんですね、あなたは!」
「く…う!」
その端麗な顔が、僅かに…底知れぬ冷酷さを見せる。
仄見えたその刃に、賊三妹の背を一瞬冷たいものが走った。
が…
それでも、彼らが決定打を打った、と言うわけではない。
そう、まだ―
「で、でも!仲間が行ったからといって、うまくいくと思わないことね!」
「!」
「だって、あそこは守らせてるもの…あいつらに!」


林の中を、巴は、鉄甲鬼は、みかん娘は駆ける。
走り抜け、より奥に踏み入っていくごとに、青い草の匂いが立ち昇ってくる。
奥に奥になおさらに奥に、走り続ける彼らの視界の中に、唐突にそれは現れる―
「―!」
「あ、あれッ…」
木々の中に、奇妙なものが在った。
亡羊と立ち尽くしているそれは、黒檀で組まれた―柱。
見上げるそれは、暗黒の樹木。
だがその柱は到る所白い縄が絡められ、そして数え切れない呪符がまた貼り付けられている。
そして…その頂には、鈍く、仄暗い光を放っている、人の頭ほどもありそうな、巨大な水晶玉!
「間違いない、あれだ!あれを壊せば―」
きらめく魔柱に向かい、真っ直ぐにその鋼直槍の切っ先を突き刺さんとした―

その時!

勘のよい直槍使いの少年は、その刹那、
ゆらり、と立ち上る奇怪な妖気がその周囲より立ち昇るのを察知した!
そして、それは―
「?!」
「うおッ?!」
反射的に、戦士たちは跳ね飛び、それを辛くも避ける。
大きく開かれたその口から放たれたのは、火焔!
滾るような炎の欠片を吹き飛ばし、ごおごおというその音は、まるでうなり声のごとく。
ぎゃりぎゃり、きゃりきゃり。
硬い歯車の音を鳴らしながら、表情のないそれは近づいてくる。
猛獣。いいや、兵器。
「な、な、な、何、これッ?!」
「き、木で出来た、虎…ッ」
その両方。
虎の比類なき強力さと、
兵器の慈悲なき非情さ―
「…虎戦車!」
それは虎を模した火炎放射器、
自律して稼動する暗器!
破壊力は随一、そしてその希少さも。
まさか、あの三娘がこんなものまで用意していたとは…!
「ちッ!」
びゅん、と、少年が突き出す直槍が空を薙ぐ!
そしてそのまま、偽物の虎に鋭い刃がぶちあたる―
だが、その一撃は、その戦車には何の掻痒ですらない。
わずかばかり、その機構に傷をつけたのみ。
兵器だけあって、これを破壊するには随分と力が要りそうだ…!
「あ、あぎゃーーーーーー!!」
「…くっそう、思った以上にやっかいだ!」
放出される火焔が、ぎらぎらと火花を散らせながら三人を襲う!
悲鳴を上げる鉄甲鬼、飛び退って逃げるみかん娘。
巴武蔵の額に、嫌な冷や汗がつたっていく…
いわば弱点たる呪具をそのまま放置しているとは思っていなかったが、まさかこれほどまでに凶悪な護衛をつけているとは!
しかし、ここでだらだら時間をとっているわけにもいくまい、
何故なら、こうしている間にも―
「早くしないと、兄貴たちがぁ…!」
みかん娘の台詞の最後が、泣き声じみたものに飲み込まれる。
その焦燥は、巴とて鉄甲鬼とて同じ。
今ここで無為に流れている数秒数十秒数分、長引けば長引くほどに疲弊していく彼らに勝ち目は無くなっていく。
早くしないと、彼らが…打ち倒されてしまう!
「…!」
不吉な音を立てながら、焼き尽くす相手へ向かい続ける二体の虎戦車。
直槍使いの少年は、しかし…こころを無理やりに落ち着け、見据える。
確かにそれは強力で、恐るべき兵器だ。
その火焔にまともに打ち向かうことは、すなわち死を意味するほどに。
…だが。
だが―
所詮は、所詮それは、
それでも、木組みの兵器に過ぎないのだ!
「みかんちゃん!」
「は、はい!」
「あんた、今極炎玉持ってるんだよな?!」
少年の呼び声に、短く答える双鞭使い。
彼女に、直槍使いが告げたのは―
「俺と鉄甲鬼で、こいつらをひきつける!
だから、その隙に背後に回って…一気に、燃やしてくれッ!」
『え、えーーーーーーッ?!』
あまりにも直截な、直截すぎる策!
巴武蔵の提案に、上がる絶叫二種類。
同じくおとり役に指名された鉄甲鬼は言うまでもなく、
そしてとんでもない大役をあてられたみかん娘も。
だが、彼らに反駁している時間などない。
「で、で、で、でも!」
「いいから!ほら来るぞッ、鉄甲鬼!」
「ひ、ひいいいーーーーーーッ!!」
怖じる鉄甲鬼、だが彼ががたついている間にも、虎戦車はぎいぎいときしり音を立てて近づいてくる!
そう、動く物…彼に向かい、まっすぐに!
「おら、こっちだ!」
もう一体の虎戦車にも、少年はやけっぱちみたいに蹴りを入れる。
すると、敵の存在を感知したそれは、のろのろとそのあぎとを巴のほうに向けた。
大地を踏みしめ、車輪がかすかな轍をつくりながら進む、
睨みつける直槍使いと双戟使いへと…
そしてその二体の虎は同時にその口を開ける、
黒く何も見えぬその中から、ちりちり、ちりちり、と先触れの音が鳴り―!
「ぐ…ッ?!」
「…!」
慌てて身構える巴武蔵と鉄甲鬼に、一斉に虎戦車は強烈な吐息を吹きかけた―
思わず声すら殺してしまうほどの炎!火焔!
それは凄まじい熱量、凄まじい悪意!
精神も意思もない虎戦車が繰り出すそれは、情けも容赦もない…
ただただ、眼前の物が破滅するまで、攻撃し続ける。
だがそれ故に、その兵器は顧みることをしない、
己の背後に、決死の一撃を叩き込まんとしている者がいることもわからない!
「…今だあああああッ!」
雄叫び!
空を震わすその叫びが鳴り渡ると同時に、女双鞭使いは空を舞う。
細身の少女に似合わぬその凶悪な武器は双蛇鞭、
極炎玉が加護を受けにわかにまとう焔の色、
みかん娘は舞い降りる、
渾身の力を持って、魂無き虎たちの背へ―!

「…ってええええええーーーーーーいッ!!」

「!」
「きゃ…?!」
空を貫き時を疾走り、通り抜けていったもの。
それは、衝撃!
びしいっ、という、鋭い衝撃!
「ああ…ッ!」
三姉妹の身につけていた、黒曜石の装飾具…首飾り、腕輪、耳飾りが、
その大きな黒曜石が、ほぼ同時にひび割れ、震え、
そして次の刹那―
重力にももはや耐えかねる、とでも言うように、粉々に砕け散った!
ばらばらと破片となって舞い散るそれは彼女たちの練り上げた妖術そのもの、
それが消失した、と言うことは、すなわち―!
(!)
賊大嫂が鉄笛を必死に防いでいた、斬馬豪刀。
その柄から伝わる感触の変化に、斬馬兄貴は確信した。
(力が…弱まった!)
そう、それは拍子抜けするほどに。
怪力無双とも思えたその重圧が、空に溶け散ったかのごとくに消え去った!
そしてその機を逃すほど、彼は胡乱ではない!
「たあッ!」
「きゃん?!」
思い切り手にした斬馬刀を振り上げる!
もはや妖術による豪腕を失った彼女は、それを抑えきることは到底出来ず…その押し合いに容易く負け、地に転がされる!
「姉さま!」
賊二娘の、緊迫した悲鳴が飛ぶ。
「へへ…どうやら、あいつらがうまくやったようだな!」
「これでもう、貴様らも強力はふるえまい!」
「…くっ!」
意気あがる斬馬刀使い、偃月刀使い。
彼らを憎々しげにねめつけながら、
圧倒的不利な立場に叩き落されながらも、それでも彼女たちは退こうとはしない!
「そ、それでも!私たちが、負けるはずありませんッ!」
「…ほう、その意気やよし!」
双錘を構えなおし気丈に吼える賊二娘に、車弁慶は感嘆しつつ己が偃月刀を向ける!
賊大嫂も賊三妹も思いは同じ、まだ勝負を捨ててはいない。
そして―
「…!」
「行くわよッ!」
「参ります!」
三人同時に、踊りかかってきた!
だがしかし、既にそれは形を変えた自暴自棄に過ぎない、
何故なら、今、彼女たちを迎え撃つのは―
主とともに幾多もの戦いを超えてきた、百戦錬磨の精鋭なのだから!
呉鉤がその鋭さのままに、空を斬り裂く銀となる!
「きゃああーーーーッ?!」
朴刀使いの正確かつ強烈な斬撃が、賊三妹の夏圏を吹き飛ばす!
陽光はじくは大偃月刀、まばゆきそれは研ぎ澄まされた強固な精神!
「ぐ…くうッ!」
偃月刀使いの振るうその一薙ぎに、賊二娘の双錘はあえなく砕け散る!
そして―
「あんたもよくやったが…これで、終わりだッ!」
「!」
重厚さをまったく感じさせないほどに、軽やかにそれは空を舞う、
流水が轟き落ちるがごときなめらかさ、濁流が迸り出るがごとき凄まじさ、
その両方を兼ね備えた斬馬豪刀の痛烈な一振り!
鉄笛をもってして、賊大嫂はそれを受けんとするも―
斬馬兄貴の金剛力に、彼女の細腕が敵うはずもない!
「あああーーーッ!」
悲鳴を上げて吹き飛び、地面に倒れる鉄笛使い!
その衝撃は凄まじく、再び立ち上がることはあたわない…!
「へっ…」
ひゅん、と、音を立てて、斬馬刀使いは己の得物を振りかざし。
ざくり、と大地に突き立て、
そして快活に笑った…勝利を勝ち取った、気概に満ちた明るい笑み!
「ま、ざっとこんなもんだろ!」


「さて…」
反撃する気力も失い、力なく地面にへたり込む三姉妹。
彼女たちを取り囲みながら、しばし彼らは敗北した敵を見下ろしていたが―
…と。
斬馬兄貴が、動いた。
ぬうっ、と、その無骨な手が、賊大嫂に向かって伸びる。
「きゃ…?!」
殴られるのか、それともくびり殺されるのか。
恐怖のあまり、思わず彼女は頭を抱え、身を護ろうとした。
がくがくと震えるその瞳の端に、おののきからか涙があふれてくる―
…ぶちり。
「…」
「え…?」
「…ふん、」
おずおずとこちらを見上げ、不思議そうな顔の彼女に。
斬馬兄貴は、面白くなさそうに鼻を鳴らす。
その右手がちぎりとったのは、彼女が身につけていた、黒曜石の腕輪…
中枢の石が砕け散ったそれを手に、ぶっきらぼうな口調で彼は言う。
「俺たちの目的は、賊の『退治』…別に、殺せと言われてるわけじゃねー」
「…」
賊二娘を見下ろす偃月刀使いの瞳にも、もはや殺気はない。
慈父のごとき穏やかさで、静かに彼女を諭すのみ。
「貴様らも、これで己の敵わぬ相手が世にいるということもわかったろう。
こんなところで悪行を重ねず、故郷にでも帰るんだな」
「…わ、私たちを、助けてくれるのですか」
「…忘れるな、二度目はない」
最後に釘は、刺すものの。
それでも、その大偃月刀は、既にその切っ先を女双錘使いに向けはしない。
「な、何よ…へ、変な情けかけると、後悔するんだからね」
「…後悔?」
生来気が強いのか、末妹の賊三妹だけは、そんな憎まれ口を叩くものの。
白銀の朴刀使いが、一歩そばにより。
「後悔も、何も」
すっ、と、彼女の前にひざまずき。
その端正な顔に、静かで知性的な、優しい微笑を浮かべ、
夏圏使いの女を柔和な視線で射抜き…
「私たちは、改悛した者を斬る刃など持ち合わせてはいません…それだけのことですよ?」
「…!」
そして、彼女を真っ直ぐな瞳で見つめれば―
もう、夏圏使いも、何も言えなくなってしまう。
羞恥か、それとも狼狽か。
あっという間にその両頬を真っ赤に染めた賊三妹は、口をつぐんで黙り込んでしまった。

―が、この時。
朴兄さんの耳には聞こえなかったが、小さな音が鳴っていた。
賊三妹の、胸の中。
きゅうううううん、と言う、乙女の心を貫いていった、「何か」の音―

「…おっ、うまくいったみたいだな!」
「だ、だいじょぶ、みんな?!」
「ああ、何とかな!」
と、そこに。
虎戦車と魔柱を打ち壊してきた、巴武蔵たちが帰って来た。
どうやら、間に合ったようだ―
あの女たちが弱々しく無抵抗になっている様子を見れば、朴兄さんたちがうまくやってくれたことはすぐわかった。
あれほどまでに打ちのめされているていからいけば、もう彼女たちもここで悪さをしようとは思うまい。
そう、これで為し得たのだ。
この山を支配していた女山賊たちを懲らしめ、退治することが出来た…
「…じゃ、行くか」
「ええ、そうですね」
ざわわ、と、木々が泣く。
風になぜられ、静かに泣く。
「それじゃーな、姉ちゃんたち!これ以上悪いことすんなよー!」
振り返って、最後に、直槍使いの少年が叫ぶ―
「…」
「…」
「…」
が、返答は返ってこなかった。
ぺたり、と地に座り込んだまま、三人の盗賊娘たちは、ぼんやりとこちらを見送っている。
何処か、熱にうるんだ瞳で―


「…いっやあ、思った以上に儲かったな!」
「ええ、これでだいぶ助かります」
再び、ここは建業。
山賊三姉妹の討伐を報告した彼らに、喜びの孫権は多数の褒美を持って迎えてくれた。
懐中仙箪に鎮身石帯、風玉や極青龍胆、極白虎牙…
高価な品々を報奨として得た彼らは、上機嫌で家路につく。
これだけの品ならば、市場にてかなり高額で売れるに違いない。
少しばかり苦労はしたものの、それでも十分すぎる結果といえよう。
「じゃあな!今日はありがとな!」
「いえいえ、こちらこそ…!」
「ま、またね!」
とりあえずそれを山分けし、副将たちは別れた…
「えへへ、点々娘様、きっと喜んでくれるよ!」
「はん…どうだかな!」
手に入れた報奨をたずさえ、浮かれ気味に。
みかん娘、斬馬兄貴、朴兄さんは、意気揚々と己が主・点々娘将軍の下へと参じる。
回廊、広場を抜け、市場を進み、そして屋敷通りへと―
…が。
目指す将の屋敷の、その戸口に。
「え…?!」
「家の前に、誰か…?」
彼らは、二つの影を見た―
と、その影は、彼らの姿を見るなり、笑顔でこちらに走り寄ってきたではないか…?!


「…お、お前らあッ、な、何考えてやがるッ?!」
「あぁん、怒らないでぇ?ボウヤ」
「だからッ!俺ぁ『ボウヤ』じゃねえっつーの!」

当惑に満ち満ちた斬馬兄貴の怒号に、甘い女の声がかぶさる。
そう、それは―
改心するように促してきたはずの盗賊三姉妹、その長姉と末妹、賊大嫂と賊三妹。
まさか自分たちの後を追ってくるとは…!
「…あなたたちには故郷に帰るように言ったはずでしたが?」
「そうしようかな、って思ったけど…」
朴兄さんの表情に、にわかに緊迫と緊張の色が混ざりこむ。
そんな彼を見つめながら、賊三妹は…何やらもじもじしながら、小声でそんなことを呟き。
そして、
次の瞬間。

「でも、私たち!こうしようって決めたの!」
「…!」

明るく言い放ち、彼女たちが…動いた、
すわ奇襲か、と、彼らが己の武具を手にする隙すら与えぬぐらいに素早く、
賊大嫂は斬馬刀使いに、
賊三妹は朴刀使いに向かい―
情熱的に、飛びついて。
そして男たちをその腕に抱き、いとおしげに言うことには―!

「?!」
「う、うわッ?!」
『おねがぁい!私たちを、あなたたちのお嫁さんにしてぇ★』


「ばばばば、馬鹿ッ!な、な、何を、いきなりわけのわからんことを…?!」
「…唐突ですね」
女たちにいきなり抱擁され、あわてふためく斬馬兄貴、多少なりとも取り乱す朴兄さん。
だが彼女たちはどうやら冗談や酔狂ではないらしく、真剣なようだ。
魅入られたようにその妖艶な目で斬馬刀使いを見つめながら、賊大嫂が。
「うふん…私たち、強い殿方が好き。
私を倒した、あなた…あなたのそばに、置いてほしいわぁ」
頬を桃色に染め、いじらしいまでのひたむきさで朴刀使いを抱きしめながら、賊三妹が。
「それに、あなたたちは…私たちのいのちを助けてくれた。
こんな私たちを助けてくれるなんて…やさしい人って、好きっ」
がむしゃらなその様子からは、彼女たちが本気で彼らを慕っている、としか思えない。
思いもかけぬ「反撃」に、男たちはどう対処していいやら、もうまったくわからない。
彼女たちを振り払うことも出来ず、まごつくのみ…
「あ、あわわわ…どど、どうしたら、い、いいのかなぁ?!」
目の前で、仲間に猛烈な攻勢をかけまくる女山賊たちに、みかん娘はあわあわするばかり。
と―
「おぅ?これは…」
ぎい、と、扉が開き。
中から出てきたのは、戦化粧をその顔に施した、愛くるしい小柄な少女…
彼らの主君・点々娘裨将軍である。
あまりに外がやかましくなったのを怪訝に思い外に出てきたようだが…
副将たちが、見知らぬ女たちと何だかわけのわからないことをやっている様子を見て、なおさらに不可思議そうな表情を浮かべている。
「て、点々娘!こ、これはな…」
慌てた斬馬兄貴が、申し開きするより前に。
「あらぁん、あなたは斬馬兄貴様の…?」
「そうだぞ、主君だぞ、がおー」
「うふん、私たち…彼らの花嫁になりますの」
長姉が、そんなことを言ったものだから―
「?!お、お前ッ?!なななッ、何を勝手なことをッ?!」
「…」
泡を喰った彼がそれを打ち消すように大声を出しても、主君にはどうやら届かなかったようで。
点々娘が、にかっ、と、太陽みたいに明るく笑う。
「…なんか、よく、わからんけど!」
そうして、彼らに向かい、可愛くにっこりして、
「でも、いいぞ!大おっぱいに、中おっぱい!
でかした兄貴、でかした朴兄さん!がおー」
「お、お前なあッ、ちょ…」
主君は、のんきにそんなことを言って喜ぶ。
あんまりといえばあんまりな能天気さに脱力しつつも、斬馬刀使いはあきらめず、なおも事情を説明しようとした。
だが―
「…」
無言で、賊大嫂は。
抱きしめた彼のたくましい腕に、なおさらに強く抱きつき…そして、「それ」を押し当てた。
ある意味で、彼女の鉄笛よりも強力な武器。
誰もが見ずにいられない、そして出来ることなら触れさせていただきたい、それを、
ぎゅううううっ、と。
「…」
「…う、」
そうして、情愛を込めた、色っぽい、実に色っぽい目で、斬馬刀使いを見つめるものだから。
…効果は、抜群。
案の定、斬馬兄貴。
何か言い返したげな顔で、だがそれを拒絶することも出来ず。
とうとう、赤面したまま立ち尽くしてしまった…
「う〜ん、参りましたねぇ…」
朴兄さんは、微苦笑しきり。
うっとりとした表情で自分に抱きついている賊三妹を、困ったような目で見やりながら。
ふと、彼は思った…
(…ということは、あとお一方は…)


さて、一方、
朴刀使いの予想通り。
衛将軍殿の自宅には、すでに彼女が訪れてきていた。
帰還した彼らを待ち受けていたのは、双錘使いの賊二娘―
「…た、た、頼む、馬鹿げたことを言ってないで、帰ってくれッ!」
「あぁん、そんなことを仰らないで?」

そして、彼女のお目当ては、と言うと。
耳まで真っ赤になりながら、躍起になって彼女の求愛を拒絶しまくっている、ご存知偃月刀使いの車弁慶である。
「あ、あわわ…」
「…ほほう、これはこれは」
「……意外と、手が早い」
唐突な押しかけ女房の来訪に、副将たちも目を丸くするばかりだ。
しかも、大層な美女がすっかりと…あのお堅い偃月刀使いにぞっこんのご様子。
「ちッ、違う!こいつはただの山賊で、俺たちはそれを成敗しただけで…」
必死に釈明し出す車弁慶の努力もむなしく、
「私、あの時のあなたの激しさが忘れられないの…!」
清純そのもの、と言ったたおやかな美女が、ぎゅうっ、と、彼の腕に抱きつく始末。
そんな光景を見せ付けられて、誰が男側の弁明などを聞き入れるであろうか。
嗚呼、見てみるがいい。
「…〜〜ッッ?!」
動揺と困惑のあまり、もう声さえ出ない衛将軍殿を。
文字通り頭に血が上っているのか、彼女の顔もまた真っ赤である。
「…やれやれ、」
一方、白銀の鎧まとう女双戟使い、キャプテン・ルーガ。
邪魔者を追い出す、こんな好機を見逃すべくもなく
はん、と、侮蔑の色を十全に含んだため息をつきながら言うことには―

「一体、どういう『成敗』の仕方をしたんだか!」
「な、あッ?!」
「?!」


言外の意味を、その声音にたっぷりと込めてそれを言ったものだから。
それを察した偃月刀使いと、衛将軍殿の表情がぱっと変わり―
「ふ…不潔、」
怒りと動揺で、少女の唇がわなわなと震える。
ぎりっ、と、剣呑そのものといった瞳で、己が副将をにらみつけ。
狂乱と激昂に塗りつぶされた、子どもっぽい金切り声を上げる―
「べ、べ、弁慶先生の不潔!変態ッ!馬鹿、馬鹿、馬鹿ァッ!」
「え…エルレーン?!」
「か、勝手にすればいいんだよ、馬鹿ッ!
弁慶先生なんか、そのおねーさんと一緒にどっか行っちゃえッ!」
キャプテン・ルーガの計算された一言のせいで、随分な悪漢に仕立て上げられてしまった偃月刀使い。
果たせるかな、衛将軍殿はすっかりそう思い込んでしまったようだ…
車弁慶を貫くその視線、その視線は険悪そのもの。
「ち、違う!お前は何かひどい誤解をしているぞエルレーン、俺は…!」
「ねえ、弁慶様ぁ?いいでしょ、ねえ…?」
「う、うわッ?!」
あまりの仕打ちに、彼は何とかその誤解を解こうとするものの。
しなだれかかってくる美女をその腕に絡ませていては、何の意味もない。
仕舞いには、ふうっ、と、耳元に甘い吐息をかけられ、変な声を上げる始末。
「…ふんッ!」
「エルレーン?!」
当然のことながら、軽蔑しきった目を向ける衛将軍殿…
「…と、巴殿、こ、これは〜…」
さて、実直な偃月刀使いを襲っている悲劇を目の当たりにしながら、当の仲間たちは、と言うと。
どんどんわやくちゃになっていく状況に惑う鉄甲鬼は、どうしていいかわからずにただただどぎまぎしている。
「…」
一方の巴武蔵は、我関せずの態度。
床に寝転がり兵法書を読む彼は、いつものように騒ぎなど眼中にもない様子。
「ととと、止めてさしあげないとかわいそうじゃあ…
それに何だかエルレーン殿、変な勘違いをされてるみたいだし…」
「いーんだよ」
「え?」
…が。
鉄甲鬼の言葉に、短い答え。
さくり、と返ってきた少年の返答に、目をぱちくりさせる鉄甲鬼。
首だけそちらに向け、淡々と…少年らしくない大人びた口調で、これまた冷静な台詞。
「たまぁにさ、こんなことがあったほうがさ…あいつらにはいいんじゃねーの?」
「?」
「あーもう、だからさぁ」
はーあ、と、これ見よがしなため息をつきながら。
なおも、彼は細かく説明してやる…
「…俺や鉄甲鬼だったら、ああはならなかっただろう、ってこと!」
「…??」
―しかしながら。
どうも、この双戟使いも相当に察しの悪いほうらしく。
ますます難しい顔をして首をひねっているその様を見て、
「…まあったく!」
直槍使いの少年は、呆れ顔でため息ひとつ。
ごろり、と転がって背を向け、吐き捨てるように。

「俺の周りにいる大人どもは、なぁんでこう揃いも揃って鈍感なんだか…!」
「え、あ、えっと?ど、どういうことですか、巴殿〜!」

疲れの入り混じった口調でそう言うなり、少年はもはや語ることを止め兵法書に集中しだす。
あわあわしてる双戟使いの困惑を置き去りにして。
そのさらに向こうでは、うるさい大人たちがなおもぎゃあぎゃあとやりあっている―

「な、何を思い違いしてるんだ、エルレーン!お、俺はな、俺は…!」
「嫌ッ、触んないで、弁慶先生の馬鹿ッ!」
「そうですよ触ったら変態がうつりますエルレーン様」
「き、キャプテン・ルーガ、貴様ッ?!」
「ね?私、一生懸命あなたに尽くしますわ?ですから…」
「あ、あんたも!寝ぼけたこと言ってないで、帰ってくれッ!」
「くすん…私のこころを盗んでおいて、つれないですわぁ」
「そうですねとっとと責任を取るべきですね馬鹿男」
「ぐ、く…ッ!」

そして。
これまた困惑でいっぱいになった、哀れな偃月刀使いの絶叫が、
初夏の爽やかな空気を貫いていくのだった。


「…もうッ、いい加減にしてくれえええええええッッ!!」



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