A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(34)


副将たちの冒険〜特務「三人組の挑戦」〜(3)

そこは、山道の中腹―
木が払われ、剥き出しになった地面が広がった、少々広めの場所。
その周りを、高い樹木の群れが取り囲み、ざわわ、ざわわ、と鳴いている。
ちょうどそこだけ木々を打ち払って作ったような、そんな空間―
「さあ!」
「どれ程自信があるのか知らないけれど―」
「後悔させてあげようじゃない!」
ざ、と。
何処よりか現れたのは、三つの影。
「!」
斬馬兄貴と車弁慶は、反射的に声のした方向に振り返った、
そこにはいつの間にか、三人の女の姿が在った!
「それじゃあ、行くわよ!」
全身を真っ赤な舞闘姫で装った、短髪の女が元気よく言った―!

<偽者三姉妹が出現!3人全員を撃破せよ!>

「現れたかッ!」
「ふん、てめぇらが黒幕ってかよ!」
改めて武器を構えなおし、敵を見据える二人。
…彼らの視界の中に映る、三人の妖術師。
恐ろしげな前評判とは違い、三人が三人とも、大層な美女であった。
はじけるような愛らしさと元気のよさが形を成したような短髪の女は、己の夏圏を手に。
麗しい春風芙蓉衣にて身を包む双錘使いがその髪を二つの玉のように結っている姿は、貴妃のよう。
そして、彼女たちの長であると見える女は、肉感的な身体に妖艶なる気をまとわりつかせながら、鉄笛を弄んでいる…
それぞれ、首に、両耳に、手首に。
戦利品なのか、大きな黒曜石で出来た装飾品をまとって―
彼女たちが街に出て、男たちに少しでも微笑んだなら。
何処ほどの者が容易くその足下にひざまずくことだろう!
…が。
いくら姿かたちが美しくとも、その心根は修羅。
彼女たちこそが、この近辺を荒らす山賊団の首魁なのだ!
「あらぁ?よく見たら、なかなかかわいらしいカオしてるじゃない」
「くすくす…威勢のいい殿方ですこと」
「うふふ、泣きっ面になっても知らないよ!」
彼女たちの顔には、それぞれ美しい笑みが…嘲笑が、浮かんでいる。
自分たちを倒しに来て、そしてどうせ無様に地面に這いつくばるだろう挑戦者たちを見下して!
空に溶けていく、女たちの静やかな笑い声は、二人をいらつかせるには充分すぎるくらいに邪を含んでいた。
それ故―
「ちっ…戯れ言を!」
「行くぞ、車!」
「応!」
斬馬兄貴も、車弁慶も、もはや彼女たちに問答を仕掛けることなく、ただその女どもをねめつけるのみ!
そして、それは絶妙の間!
「―!」
「もう、やってる?!」
山道を駆け上りやってきたのは、朴刀使いの朴兄さんと直槍使いの巴武蔵、
「あ、ああ!て、鉄甲鬼さん!」
「あれが、あれが…賊の頭領?!」
山道を駆け下りやってきたのは、双鞭使いのみかん娘と双戟使いの鉄甲鬼!
全ての仲間が揃い、
六人が、三人を、取り囲む…
しかし、この圧倒的に不利な立場に立たされているにもかかわらず。
「あはっ!また出てきたわね?!」
夏圏の女は、うれしげに笑った―無邪気ともいえそうなほど、うれしげに!
「姉さん、こっちは私が!」
「ええ、頼んだわよ!」
「だーいじょうぶ、こんなの楽勝よ!」
「…!」
「賊三妹、参る!私の相手が務まるかな?!」
己が姉妹に笑いながらそう請け負い、その夏圏の刃をぎらつかせる…
彼女が選んだ獲物は、巴武蔵と朴兄さん!
「では、あなたがたは私が!」
「ち…ちょっと、」
「わわわわ、私たち二人ぃ?!」
「くすくす…私の名は賊二娘」
春風芙蓉衣の美姫は、己が相手をその双錘にて指し示す。
指名されたみかん娘と鉄甲鬼は、あわあわするばかり…
そんな彼らに対し、その面に穏やかに見える笑みを浮かべる双錘使い。
だが、にわかにその口調が剣呑さを溶かし込むのだ、唐突に!
「私の舞、ご覧に入れましょう!」
…一触即発。
その場の空気が、ぎりぎりと尖る。
「…私が!」
「朴兄さん!」
が、それもいずれは破れる―
その尖兵となったのは、白鎧の朴刀使い!
躍動する、地を蹴り付ける!
そして高く飛び上がり―
「はあっ!」
「…ッ!」
落下の加速度と、己の筋力の全てをかけて振り下ろす、
暴虐のごとき威力を誇る呉鉤!
速度と破壊力、その両方を兼ね備えた、まさに一撃必殺。
その断撃をかわせる者は、そうそうはいない…!

―が。

「な…?!」

一瞬後。
朴兄さんの整った造作が、動揺と動転で塗りつぶされる。
ぎいいいいいんっ、と、彼の朴刀が悲鳴を上げる―
「ふふ…!」
夏圏使いの娘・賊三妹がまっすぐに突き出したその円月圏、
何故か、何たることか、
両腕を交叉して構えられたその円月圏は、
見事に喰らい捕らえたのだ―
朴刀使いの斬撃を!
それも、彼女は…眉一つすら、動かさずに!
「はあああッ!」
「うッ?!」
そして、そのまま―彼女は、雄叫びとともに大きく腕を振るう!
朴兄さんは一瞬惑った、自分が為すべきことを、
眼前のこの少女が、自分の腕力をも凌駕する力を持つという現実を目の当たりにして―
次の瞬間!
「ぐ、くあッ?!」
「ぼ、朴兄さん!」
「はん、だらしないよ?!」
思い切り弾き飛ばされ、朴兄さんは中空に投げ出される!
長身の彼の身体が大地に跳ね、鈍い苦痛を全身に散り飛ばす!
悲鳴を上げる巴武蔵、そして嘲笑する夏圏使いの女…!
「だ、大丈夫かよ?!」
「え…ええ!」
駆け寄った直槍使いに、それでも朴兄さんは無理やり微笑ってみせた。
しかしながら…今の一合が、彼に与えた精神的衝撃は大きい。
「油断したわけではありませんが、それでも私の一撃をあんなに軽々と…」
その身の丈、六尺を越すこの自分が繰り出した攻撃を。
あまりにあっさりと受け止め、そしてはじき返した…
…あの、細身でたおやかな少女が!
「何て豪腕なんだ、あの女性…!」
朴刀使いの額に、つうっ、と。
緊迫の冷や汗が、つたっていく―
「あきゃー?!うあーー!!」
「ちょ、う、うわッ?!」
他方、いつもどおりにやかましい絶叫が鳴り渡る。
ぶんぶんと振り回す、一対の双錘の舞より決死の思いで逃げ回っているのは…やはり、みかん娘と鉄甲鬼。
あまりの弱腰と逃げの姿勢に、むしろ対戦相手の賊二娘のほうが焦れている。
「もーう、何なのですか、あなたたちが!さっきから逃げてばっかり!」
「そそそそそ、そんなこと言われたってえ!」
「もう…ッ!」
ぴゃあぴゃあ逃げ回る二人に飽いたのか、それともそれは景気づけなのか。
双錘使いが、軽く飛び―
「…えいッ!!」
大地に、その双錘を叩きつける!
その途端大地が揺らぐ、大地がかしぐ、
細身で優美なその女の造り出した衝撃で―
大地が、ひずみ、割れ、奔り、裂ける…
みかん娘と鉄甲鬼に向かって真っ直ぐ疾走る、地割れが走る!
「ひッ?!」
「うひゃああッ!!」
それは戦士の反射神経か、はたまた生存本能か。
瞬時に彼らは飛び退り、その猛撃から逃れたものの…
目の前の、見た目優しげな女性の放つ、まるで悪鬼のごとき恐ろしき攻撃。
その強烈なまでの落差に、もともと怖じやすい二人が耐えかねるはずもなく…
「…〜〜〜ッッ?!」
「あ…あきゃああああーーー!こ、この人、怖いよおおーーーー!!」
「あ、ちょ、ちょっとーーーー?!」
まさに、脱兎のごとく。
逃げ足も早く、ぱぱっと林の中に逃げ込んでしまったではないか…?!
賊二娘の呼び声にも、振り返ることなく!
「み、みかん娘殿、鉄甲鬼殿?!」
「うえええええん、怖い、無理だよぉ!」
「あわわわわ、ばばばば、化け物ですぅ!」
「馬ッ鹿、諦めんなって!」
直槍使いの少年が発破をかけるものの、恐怖してしまった彼らには届かない。
ぴやぴや草むらから顔だけ出して泣き喚く。
が、そうこうしている間にも―
「はっ!」
「つうッ?!」
一閃!
ひらめくその銀の起動にいち早く反応し、直槍で受け止めようと―
したものの!
「ぎ…ッ」
直槍を握る両腕、その筋肉の組織全てを破壊していくような激痛に、少年は顔を歪めた。
「ふふん…仲間の心配、してる場合?」
そう、夏圏使いの女が、自分たちの前に立ちはだかっている。
信じられないほどの胆力を秘めた、女戦士が!
そして、彼らの背後。
三姉妹の長女たる、妖艶なる美女が…己の武具・魔笛を手に、艶やかに笑う。
「私が長姉、賊大嫂…山賊たちの長よ」
「あんまり本気出したくないけどよぉ!そっちがその気なら、俺ぁやるぜ!」
一歩前に歩み出たのは、斬馬刀使い…
手にした彼の体躯の三分の二はゆうに超えるだろう斬馬豪刀が、その重みも誇らかにぎらつく。
それは幾多の戦いを超えてきた、歴戦の戦士の持つ凄み―
…が。
賊風情なら、それを見て恐惰するであろう、に。
こともあろうに、この美女は―
にこやかに微笑み、斬馬兄貴をやさしく見つめ、そして甘い口調で言ったのだ、
「うふん、無理しなくてもいいのよ…ボウヤ?」
「ぼッ、『ボウヤ』ぁ?!」
かああっ、と、血の気の昇る音が…血管を通して、聞こえるような気すらした。
艶っぽい挑発に、激しやすい斬馬刀使いはようようと乗ってしまう―
「こ、このおおおッ!」
「…!」
振り上げるは鋼鉄の塊、鋭く尖らされた殺意、
その刃がぎらぎらと目の前の麗しき美女目がけ吸い込まれ―!

―ぎん、ッ。

「?!」
「な、何だとッ?!」

斬馬兄貴が、言を失った。
車弁慶が、衝撃の叫びを漏らした―

「あ…あ、そ、そんな、う、嘘だろ、」

斬馬刀使いの瞳孔が、すうっ、と、縮まる。
あまりに信じられないものを、網膜が映し込んだ驚愕で。

「俺の、俺の、斬馬豪刀が…?!」
「ふふ」
巨体の軍馬をも一刀両断する攻撃力と鋭さを誇る武具、それが斬馬刀。
十全の力を持って振るったはずのでそれは、
嫣然と微笑む美女の右手が持つ、
細い、細い、細い、優美な鉄笛で―
受け止められていた、
受け止められていたのだ、しかも驚くほどに容易く!
傷を負わせるどころか。
嗚呼、それどころか、まるで子どものいたずらをしようとした手を止める程度の易さで。
剛腕のはずの、自分が。
いくら力を入れても動かない、
いくら力を入れても…動じない!
「おイタは駄目よ…ね?」
女は微笑む、色っぽく。
その色香は、今の斬馬刀使いには―恐怖のもととしか、ならない。
「ッ?!」
刹那。
視界が、歪んだ。
脳が強烈に揺さぶられ、遅れて痛みが左頬にやってきた。
強烈な平手打ちを喰った、と気づいた、次の瞬間には。
「!」
反対方向に揺さぶられ、悲鳴を上げる脳髄。
右頬に、同様の痛み。
返す刀で右からぶたれ、さらに左、右、左、
「ぐ、あ、ううッ?!」
抵抗する気力も失せた斬馬刀使いを、最後に襲うのは―
「はいッ!」
「―ッッ」
呼吸が、止まった。
景色が、白転した。
もはや痛みなど感じないままに、吹き飛ばされていた。
跳ね、転がり、地面をこすり、そして斬馬兄貴は地に伏す。
彼を悶絶せしめたのは…
すらり、と伸びた女盗賊が脚が放った、腹部にめり込む鋭い蹴りだ!
「お、おいッ?!」
慌てて彼を助け起こす車弁慶。
必死に斬馬兄貴を揺さぶる、と…
「あ…ぐ、ッ、げほッ、げほげほッ」
「ざ、斬馬の!」
「な、何なんだ、あの女…ッ」
何とか、彼は意識を取り戻す。
しかし、彼の受けた衝撃は、身体の受けたそれより遥かに重い。
その表情が、何よりもそれを語る。
自負していたはずの、斬馬豪刀の威力が。
あんな腕力も大してなさそうな女に、いとも簡単に捻られた…?!
自信と誇りに満ちた斬馬刀使いの顔は、今、疑念と混乱に満ちていた。
「し、信じられない…?!あ、あんな、あんな笛で、俺の斬馬刀が…」
茫然自失。
己の渾身の一撃を破られ狼狽の局地にある―
「…ッ!」
戦友の、その姿に。
ぎりっ、と…偃月刀使いの視線が、なおさらに鋭くなる!
ひゅん、とそれは音を立てて空間を裂いた、
車弁慶が得物・大偃月刀!
「次は俺が相手だ、女!」
「ふん!」
闘志を燃やす新たなる敵に、賊大嫂は鼻を鳴らして笑う、
「…!」
「はッ!たあッ、ていッ!」
そして、一挙に勝負をかけるべく襲い掛かってきた!
その一手一手が、まるで猛将の強撃のごとく!
まるで虎が噛み付きにかかるような猛撃!
女の細腕によるものとも思われぬその連撃を必死に受け止めながら、
(ぐ…ッ、確かに、何と凄まじい腕力だ!)
それでも偃月刀使いは、その中に見出していた―
わずかばかりの、空白を!
(が…技の切れは、生ぬるい!)
かっ、と、鋭き眼光が、間隙を射抜く。
裂帛の気合を込め、車弁慶は―
「そこだあッ!!」
「!きゃ…ッ?!」
己の大偃月刀を、賊大嫂に向け振り払った!

「!!」
「な…?!」

その、次の刹那。
車弁慶と、斬馬兄貴の両目が、同時に「一点」に縫いとめられた。
それはまったく滑らかに自動的に、そして本能的に。

偃月刀使いが切り裂いたのは、賊大嫂の身体を覆う美しい絹の天仙麗媛衣。
しかも、その麗媛衣の…胸の部分を、実に的確に。
裂かれた布地は、もはやその内実に隠された、大きくたわわに実るそれを抑えきることが出来ない。
破れたその広がる裂け目より、驚くほど白く、たおやかに、
ゆらん、と、大きく揺らいで、空にさらされたのは、
すなわち―
並の女では太刀打ちできないほどに豊かで、柔らかそうで、それでいてちっとも型崩れしていない、
触れたらきっとはかなげに柔らかで、這わせた手のひらに力を入れれば官能的なまでの感触を返すだろう、
男だったらそりゃあ一度は触らせていただきたいような、いや女だって一度お願いしたいような、
その頂の薄桃色も鮮やかで、それはもう魅惑的で幻惑的で蟲惑的な―
「…」
「…」
嗚呼。
果たせるかな。
多分彼らの主君たちが見たら、あまりの情けなさに泣くであろう。
嗚呼、偃月刀使いと斬馬刀使いは…
彼らは、見事にあらわになったその豪奢な胸乳に釘付けになっていた。
口をぽかんと開けて、見入っていた―
…そうして。

「…隙ありッ!!」
『ぎゃああーーーーーーーーーーーッッ!!』


その大きな、大きすぎる空白を見逃すはずもなかった彼女の妖力を乗せた笛の音が、色香に惑った男どもを綺麗に吹っ飛ばした!
放つそれは衝撃波のごとくなり、見えない打擲(ちょうちゃく)となって彼らを打ちのめし、
「げはッ!」
「うおおおおおッ?!」
挙句の果てに、巨躯たる彼ら自身をも薙ぎ払う!
絶叫が空気を奮わせる―
空を凄まじい勢いにて飛ばされ、二人は背後の木々連なる林の奥へと吹き払われた!
「お、おっさん?!」
「斬馬兄貴殿ーーーーッ!」
戦友が彼らの名を呼ぶも、被った心身の被害は甚大なのか、暗闇から彼らの返答は返らない…!
(…まずい!)
相当きつい一撃だったのか、立ち上がってこない彼ら…
このままでは追い討ちをかけられ、彼らがやられてしまう―!
仲間を案じ、巴武蔵は素早くその援護に入ろうとした…
が、
不可思議なことに。
「んもう、これだから嫌だわぁ、殿方って…」
「大丈夫、姉さん?」
「うふん、平気よ」
切り裂かれた布を寄せ集め、豊満すぎるその胸元を隠そうとする賊大嫂。
そのそばに歩み寄り、声をかける双錘使いの賊二娘…
それは、傷ついた獲物にあえて剣を向けない、強者の余裕…とも、とれなくはなかっただろう。
(―?!)
しかしながら。
直槍使いの少年には、腑に落ちなかった。
それは、おかしい―おかしかった、のだ。
思いつきは思考回路を経て推論となり、
やがて…確信となる。
「みんな!」
一喝。
小柄な少年の声に、皆、思わず振り返った。
しかし…彼の喉から放たれたのは、思いもかけぬ案であった。

「一旦退くぞ!」

「?!」
「な、巴殿?!」
「え、どうし―」
が。
戦友たちの答えを聞くことなく、彼は実行に移った!
「…行くぜッ!」
少年を懐から何かを取り出だし、そして思いっきり投げつける―
その白い物体は緩やかな弧を描き空を飛び、
そして盗賊三姉妹のほうに向かって重力に引かれて落ち―!
「?!」
大地に跳ねつくや否やそれは炸裂し、真っ白な粉塵と化して四方八方に白煙を生む!
「きゃあッ?!」
「な、何、これえッ?!」
あっという間にその白煙は風を巻き込み、三娘を包み込んでしまった!
濃い霧のようにそれは彼女たちの視界を奪い、しばしの動きをも奪う…!
「…今のうちだ!早くここから離れよう!」
「巴殿、どうして…」
煙幕丸にて刹那の時を稼いだ巴武蔵は、素早く仲間たちに一時の撤退を命じる、
仲間たちもわけのわからぬままに従って走る、
それをいぶかしむ朴刀使いにも即座の答えは返さずに、
「いいから!おっさんどもひっぱってって体勢を立て直さなきゃ、それに…」
木々の中に飛び込みながら、直槍使いはがなる!
「…たぶん、わかった!」
「?!」
「奴らの、からくりが―!」


「…」
走り入る、より濃い緑の中へ。
林の奥深く、さらに奥深く、先ほどの丘より逃げ去る。
そのさなか、巴武蔵は背後を振り返るも…そこに、彼らを追ってくる影はない。
「やっぱりな、追って来ない」
ぼそり、と呟かれたそれは、確信。
確かに、結構逃げたとはいえ…男二人をひきずりながら、そんな荷物を抱えながら、なのだ。
追いつこうと思ったら、簡単に追いつけたはず。
彼女たちがそうしなかったことこそ、彼の確信を裏打ちする…
「う、うう…」
「い…今、マジにやばかった…」
…と。
近くの地面にぐったりと座り込んでいるのは、先ほど賊大嫂にひどい目(?)にあわされた大男二人。
「もーう!男の人はだから駄目なんですぅ!」
そんなだらしのない仲間を見下ろしぷんすか怒っているのは、みかん娘だ。
「隙だらけじゃないですかぁ!
あ、あんなモノに…あんなモノに、お間抜けな顔して見とれてえ!」
「うるせー!ビビって逃げてたお前には言われたくねー!」
やはりあの三娘と同性の者からの意見は、辛辣で直裁でそして冷酷に正確だった。
斬馬兄貴はその批判に怒鳴り返すものの、やはり多少なりと己に恥ず点があったことはわかっているようだ。
赤い顔をしたまま、ぶつぶつと言い訳じみたことを言っている始末。
「仕方ねーだろ!あれは誰でも見ちまうに決まってんだろ!」
「はん、開き直りおってからに!」

本能のさせた自分の行動を、そんなことを言いながら弁護しようとする斬馬刀使い。
あれほどに立派な逸品を見せ付けられて、心身奪われない男がいようか、いやいるはずがない…
もっともな主張ではあるが、あまり周囲の納得は得られそうもない意見。
…と、ここで自分のことをまったく棚にあげた偃月刀使いの横槍に、さすがに彼もかっとなる。
「…お前だって思いっきり見てただろーが!」
「お、俺は!ただ呆気にとられただけだ!」

むきになって言い返すも、こちらもまた顔が赤いからして、大した信憑性もない。
それでも冷静な呈を装って、車弁慶はこう言うものの。
「ふん、あんなの趣味ではない…別にどうってことはない!」
「えっそれじゃお前その風采でつるぺた好きかよ?!もっとアブねーじゃねーか!」
「ちちちち違うわ馬鹿者がッ?!」

斬馬兄貴に思いもしない方向から反撃され、完璧に動転してしまう有様。
挙句の果てには、誰も聞いてやしないのに…
「お、俺は、別に…好いた女であれば、別に胸がどうだろうとどうでもいいわけで…
あいつは胸がないことを気にしているらしいが、俺にとってはたいしたことでは…」
などと語りだし(もしくは、誰に対してかはわからないが申し開きしだし)。
「……お前、大丈夫か?」
「だ、だ、大丈夫だ、何でもないッ気にするなッ」
「…」

わけのわからない自分の世界に入り込んだ偃月刀使いに、斬馬刀使いが戸惑いがちに聞くものの。
やはりわけのわからない反応を返してくる…
どうやら相当にこの偃月刀使いは動揺しているようだが、そんなことをやっている場合ではない。
「あー、もう!おっさんたち落ち着いてくれよ!」
「お、俺は落ち着いている!動揺などして…」
「もういいって!…それより、」
焦れた巴武蔵が、無理やりにそれをひきちぎって終わらせ、
「…何となくわかった、あいつらの秘密」
―本題に、入る。
「秘密、ですって?」
「ああ」
思わせぶりなその言葉に、五人は自然に視線を彼のほうに向けた。
仲間たちの前で、直槍使いの少年は、彼なりの推理を語る―
「あの見た目で、朴兄さんやおっさんたちをあんなに楽々吹っ飛ばすなんて、在り得ない。
それに、朴刀はまだしも、斬馬刀ほどの重い武器を受け止めるなんて…」
「はん、大猿が女にでも化けてんじゃねえのか?!」
「けれど、それなら…あの時、とどめを刺しにきたはずだ」
「?」
巴武蔵の独白に、半ば茶々を入れるみたいな斬馬兄貴の一言。
しかしながら、それにも彼は答える。
「…おっさんたちが、あのおっぱいお化けのチチにでれでれ見とれてた時だよ」
「み、見とれてない!見とれていないと言っておろーが!」
「はいもうおっさん黙ってて。あの時、魔笛の攻撃で、おっさんたちが林の中に吹っ飛ばされた時だよ」

「巴殿、それが何か?」
「…まあ、おっぱいお化けの姉ちゃんは、そりゃ胸が気になってただろうからわかるよ。…けれどさ」
朴兄さんの問いに、腕組みしながら直槍使いの少年は答える(後、背後でがなる偃月刀使いの主張はあっさり流した)。
そう、普通の者なら流してしまっただろう、それはどうということのない一瞬だった。
しかしながら、筋立てて考えれば…やはり、奇妙。
それは、率直だが―中枢をつく、もっともな疑問だった。

「何で、もう一人の双錘使いの姉ちゃんは…それを、ぼーっと見てたままだったんだ?」
「?」
「俺だったら、その姉ちゃんが動けないんだったら、すぐさま自分が援護攻撃に回るぜ?」

「でも、そうしなかったのは…そうできなかったから、じゃねーのか?」
「…!」
そこまで、彼が述べた時。
朴刀使いの青年の瞳にも、ちかり、と光が瞬く―
彼らは、解答にたどり着いたのだ!
「成る程…つまり、あの人形と同じ!」
「そう、あの場所から離れられなかった、ってこと。
だから、あれもあいつらの―」
「…妖術!」
「そういうこと!それに、鉄甲鬼たちが林のほうに逃げ込んだ時も!」
「そうか…彼女たちは、あえて追ってこようとはしていなかった!」
妖術―!
それならば、彼女たちの異様なまでの強力も納得がいく。
彼女たちは奇怪な妖術をすなり、多くの男を倒してきた手練の持ち主。
そしてこのままならば、いくら馬鹿正直に立ち向かおうとも、先達の轍を踏むだけだ!
「じゃ、じゃあ、」
「どうすれば…?!」
だが、それが妖術の為せる技だとわかったとして…一体、どうすればいいのか?
困惑の表情を浮かべるみかん娘と鉄甲鬼に対して、
「さーあ、そんじゃ、また分かれますか」
「ええ、そうですね」
直槍使いと朴刀使いは、にやり、と、ただ…笑った。
それは十分に勝機を確信した、策士の笑みだ!


「あの女どもの鼻、あかしてやろうじゃん?!」



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