A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(33)


副将たちの冒険〜特務「三人組の挑戦」〜(2)

「―!」
風が、邪まな気を孕んで―凪いだ。
木々を通り抜けていくそれは、女の声を巻き込んで、何処かより鳴る。

(ふふふ…どうやら、また私たちに楯突くお馬鹿さんが現れたみたいね)
(まず課題をこなしてもらおうかな?)
(どこかにいる私たちの子分を倒すこと!)


三種三様の声が、空高くより…高慢に、こちらを見下す。
「ちっ…来たか」
どうやら、これが噂の妖術師三姉妹のようだ。
しかも、いきなり手合わせをしてくれるようでもないらしい。
彼女たちが突きつけてきた注文は…

(そして…戦場にある4つの拠点を制圧してごらんなさい!)

手下どもを倒し、4つの拠点を制圧すること。
「…始まった、ようですね」
「よし、それじゃ…散るぞ」
この課題を達するのに、何も6人がそのまま固まって行動する必要性もない。
三手に分かれ、戦うことにする副将たち。
「わ、私たちは、北の拠点を落とします」
みかん娘と鉄甲鬼は、北方の拠点2つを。
「それじゃ、俺たちは南のを!」
巴武蔵と朴兄さんは、南方の拠点2つを。
「ふん…では、俺たちは奴らの子分を叩きのめせばいい、と言うわけか」
そして、斬馬兄貴と車弁慶は、妖術師たちの手下5人を撃破する。
「い、行ってきまーす!」
「!…おい、待てみかん!」
「え、え?!な、何、斬馬兄貴?」
…と。
己の持ち場所に向かって駆け出そうとしたみかん娘に、斬馬刀使いが呼びかけた。
そして、何やら腰につけた袋から取り出し、彼女に手渡す。
「お前、これを持ってけ」
それは、深い朱に光る宝玉…
しかも、強い妖力が込められた品、極炎玉だった。
「えっ…で、でも、いいの?」
「構わん。お前が持っていったほうが役に立つだろう」
かなり高価な品を渡され戸惑うみかん娘に、あっさりと彼はそう言い返し。
「で、朴兄さんは…こいつ」
斬馬兄貴は、朴兄さんにも何かを放り投げる。
鈍色に輝く…持つ者の防御力を大幅に上げる呪具。
「極玄武甲…こんな良い物を頂いてしまっていいのですか?」
「途中でやられるよりましだろうが!いいから持ってけ!」
「あ、ありがとうございます」
申し訳なさそうに言う朴兄さんに、ぶっきらぼうに斬馬兄貴が怒鳴る。
きっとそれは彼なりの照れ隠しなのだろう、何故なら多少なりとその顔が赤らんでいるのだから。
一方、その光景を見ていた巴武蔵と鉄甲鬼―
「…」
「…あ、あの人、人当たりはともかく、おやさしい方なんですね」

鉄甲鬼の言葉に、巴武蔵はうんうん、とうなずきながら。
「あー、そうだな。偉そうな口ばっかりきくだけのどっかの誰かさんにも見習ってほしいもんだよな」
「…き、貴様、何が言いたい?!」
「いーや、別にぃ?」
「…〜〜ッッ!!」

あっさりと、それでいて正確に、誰かに対して当てこすりなどを言っていたのだった。
が―
それも、つかの間。
「さあ、参りましょう!」
『応!』
朴兄さんの言葉を皮切りに、六人はそれぞれに駆け出した―!
ざわわ、と木々が泣く、不吉な空気にたじろいで!


木々が影を落とす山道をひた走る、偃月刀使いと斬馬刀使い。
彼らの行く手を、突如遮ったのは―影!
いや、それは…
『くくく…また愚か者どもがやってきよったか!』
漆黒の鎧をまとった戦士!
「!」
「来たぞ、斬馬の!」
立ち止まり、にわかに気色ばむ二人の副将。
間断無く油断無く、その眼力が敵を睨み据える。
…それは、人のようであって、人ではなかった。
黒鎧と具足の間に見えるその手足は、驚くべきことに…木で出来ているようだ。
顔全体を覆った白い仮面には、それ自体が呪言なのか、黒々とした墨にて連綿と何がしかの文が綴られている。
手にしている鉄剣も、禍々しい朱に染められている。
あまりその方面にも詳しくは無い二人にも、すぐに察せられた―
それは、妖術の塊だ。
妖術にて動かしめらる人形、これこそが三姉妹の手下なのだ!
「俺に任せろ!」
しかし、たとえ妖術で操られていようとも、敵ならば…切り伏せるのみ!
短く叫ぶや否や、山吹色の鎧まとう男は、背より己の武器を抜き出だした。
並の男では持ち上げることもかなわぬ、巨大で重厚な刃―
馬の身体をも一刀両断する故に、その名を「斬馬刀」と呼称する!
「どりゃああああああッ!」
「!」
しかし斬馬兄貴はその重い剣を軽々と持ち上げ、振り下ろす!
その重みがさらに刃の凶悪さを増し、まっすぐに人形の頭蓋へと吸い込まれ―
斬!
抗う間すら与えることなく、斬馬刀使いの強烈な一撃が人形を斬り捨てた!
「けっ…随分と脆い人形じゃねえか!」
…あまりの、手ごたえの無さ。
思いのほか容易く砕けた妖術師の手先に、面白くなさそうな顔を見せる斬馬兄貴。
これが幾多もの討伐隊を動転させてきた三姉妹の手練かと思うと、拍子抜け以外の何物でもない。
だが、これなら随分と簡単にこの仕事は終えられそうだ…
そんなことを思いながら、斬馬兄貴は人形の残片に背を向け、
「ったく、準備運動にもなりゃしねえ…」
ぶつくさと文句を言いながら歩き出した―
その一瞬後、だった。
「!…ッ、後ろだ、斬馬の!」
動揺した偃月刀使いの叫びが、緊迫を孕んで飛び散ったのは!
「?!なッ?!」
斬馬兄貴の鼓膜をそれが貫く、
素早く振り返った瞬間、彼は信じられない光景を目にする、
…それは、人形!
それは先ほど倒したはずの人形が、鉄剣を振りかざし飛び掛ってくる光景―!
その一閃は、さっきとともに真っ直ぐに斬馬兄貴に向かっていく!
「く…!」
身を捻り、地面に転がり、何とかそれを避ける。
「大丈夫か!」
「あ、ああ!」
『く、くけけ、けけけけけけけけ』
駆け寄る偃月刀使いに気丈に答え返したものの、彼の顔には冷や汗が浮いていた。
動じる視線の先で、奇怪な人形が踊る…
ぐぱあ、と、その真っ黒な口が開き、そこから狂笑があふれ出す。

<下っ端が復活!>

『俺を倒したところで意味はない!…すぐに復活するからな!』
「…ッ!」
奇怪な人形は、まったく元通りに立ち上がり…彼らを嘲る。
動じた二人の周りに、ざあああああ、と、黒い風が疾り。
『くくく、くけけ』
『くけけけけけ』
同じ人形どもが、一体、また一体と木々の合間から飛び降りてきた!
気づけば、二人は既に囲まれていた…
遠く、近く、こちらを空っぽの目で射抜く、全部で七つの人形!
「ぐ…ッ」
じり、と、いつの間にか、偃月刀使いは一歩退いていた。
その面妖なからくり人形どもの放つ妖気に気圧されて。
斬馬兄貴の表情からも、余裕の色が消え失せた。
ゆらり、ゆらり、とかしぎながら、不死の人形が近寄ってくる…
彼ら二人を取り囲むその包囲を、じりじりと縮めながら!

(うふふ…私たちの人形が、そんなに容易く倒せるかしらねぇ?)

降って来た自慢げな女の台詞に、巴武蔵はその眉根を寄せる。
「…くっそ、やっぱり…噂どおり、か」
「幾度倒しても蘇える人形…」
「でもなあ…なんか絶対、カラクリがあるはずなんだ」
南部拠点、兵士たちが蠢く兵士拠点の中。
群がる拠点兵たちを薙ぎ倒しながら、彼らは三姉妹の妖術の正体を掴まんとしていた。
完全なる不死など存在するはずがない。
ならば、何かの仕掛けが紡がれているに違いない…!
「ええ、斬馬兄貴たちが奴らをひきつけている間に、何とか我らがそれを!」
「ああ!」

一方、こちらは北部拠点。
高楼拠点の一角に、男の野卑ながなり声と―
「おらー!何だてめーら、何しにきやがったあ!」
「ひ、ひいー!」
「ごごご、ごめんなさーい!」

けたたましくそして怯えでいっぱいになった絶叫が響き渡る。
繊細で気弱な、鉄甲鬼とみかん娘。
果たせるかな、野蛮な山賊たちの一喝にすっかり腰砕けになり、既に涙目である。
追いかけてくる顔の怖い輩どもに、ぴいぴい泣きながら拠点内を逃げまくる少女と青年…
しかし、とうとう!
「おーら、捕まえた、っとお!」
「き、きゃあーーーーーッ!!」
がしっ、と、太い腕が、みかん娘の白い腕を捕まえた!
身動きを封じられ、おののき火がついたように泣き叫ぶ清楚な少女…!
「みみみみ、みかん娘殿ぉ?!」
「へん、兄ちゃんや!この小娘のいのちが惜しかったら…」
動転する鉄甲鬼に、山賊はにやにやと下卑た笑いを見せつけながら近寄ってくる…!
…が。
やはり、彼らとて、単なる雑兵ではない。
幾多の戦場を経験し生き抜いてきた、強者なのだから。
この双鞭使いの少女とて、同様。
瞬間、彼女は動いた。
恐怖にまみれ、大粒の涙をぽろぽろと可憐にふりまきながら―
「やああん、やん、た、助けてぇぇえええ!」
「げぼッ?!」
的確かつ先鋭な肘打ちにて、自分を捕らえた男の鳩尾を貫き!
「ああん、怖い、怖いよう!」
「えげっ、痛ッ、ちょ、」
激痛に呼吸も止まった男の腕を振り払い、自由になった両腕で双鞭を振り下ろし男の頭を打ち据え!
「助けて斬馬兄貴ぃ!助けて朴兄さん!」
「あ、おうあああ、うげえええ?!」
思わずのけぞった彼の胸部・腹部・肩・脚・腰と余すところなく連撃を加え!
「怖い!うええええん、怖いよおおお!」
「うげ、ご…」
なおも泣き叫びながら容赦なく彼の下腹部(!)に何度も何度も何度も何度も蹴りを入れまくり―!
「えっく、ひっく!お願い、助けてええええ!」
「ちょ、ちょっと待って、みかん娘殿!し、死ぬ、死んじゃいます、この人!」
「え…?」

と、
ようやくそこで制止が入った。
思わず割り入った鉄甲鬼が必死になだめる声に、みかん娘が我に返る、と。
「…」
嗚呼、哀れ。
そこには、双蛇鞭にて全身を打ちのめされ、その挙句に大切な隠し所を徹底的に蹴りつけられ、
最早うめき声の一つすら出せぬまま地面に転がっている、無惨な男の姿。
周りの山賊どもも、その悪鬼のごとき所業にすでに反撃する意思すら奪われ、
「ひ、ひいい…」
「…お、鬼や、悪魔や」

遠巻きにその惨状を見ながら、がたがたぶるぶる震え、縮こまってしまっていた(いろんな場所が)。
そして、その果てには―
「に、逃げろーッ!」
情けない声を上げて、すたこらさっさと拠点より遁走してしまう…
逃げ去っていく男どもの後姿を、ぼんやりと見つめるみかん娘。
「…ひっく。」
「あ、あわわ…」

頬に流れた涙を拭いながら、きょとん、とした表情で…
その凄まじい落差に、繊細なる双戟使いは…やはり、山賊たち同様に縮こまってしまっていた(いろんな場所が)。
しかし、彼女の奮戦(!)によって、この高楼拠点が無人と化したのもまた事実、
「…さ、さあ、この拠点を落としましょう!」
「う、うん!」
そしてこれは類まれなる好機に違いない!
「も、燃えちゃえー!」
そしてみかん娘は、斬馬兄貴より受け取った極炎玉が力にて、高楼に火を放った―!

<孫権軍 みかん娘の活躍により姉妹山賊軍の拠点を奪取!>

刹那。
がくり、と、ひとつの人形が、奇妙に震動した。
『く…ケ、ケケ…』
そして、がたがた、と、不規則に痙攣し続ける。
「…?!」
「何だ…?!」
明らかにおかしいその挙動に、いぶかしむ車弁慶と斬馬兄貴。
唐突なその変化は、一体何を意味するのか―
と、その人形が、ぎいぎいときしり音を立てながら、車弁慶に雪崩れかかってきた!
「ちぃッ!」
いくら斬っても無駄、と知りつつも、それでも反射的に偃月刀を振るう。
吹き飛ぶ人形が、腰の部分で二つに切り裂かれる。
すぐさま車と斬馬兄貴は己が得物を構えなおす、再び復活して襲い掛かってくるだろうその人形に先んじて。
が―
数秒後、彼らの顔は、軽い驚きで彩られる。
その武具の切っ先が見据える、その人形の残骸。
その残骸は―
「!」
「復活、しない…?!」
先刻とは違い、その人形の体躯は…もはや、びくりとも動かなかったのだ!

<1人目の下っ端を撃破! 残り6人!>

「…巴殿!」
「ああ…どうやら、わかってきたぜ?」
「拠点に何かあるようですね…」
入って来た報に、直槍使いと朴刀使いは軽い笑みを漏らす。
北部拠点のひとつが制圧された時、一人の手下を撃破することが出来た。
つまりは…この拠点一つ一つに、何らかの仕組みがあるということになる。
素早く四方八方に視線を飛ばす、それを探して。
北部拠点にあったのならば、この南部拠点にもそれが存在するはず―!
「―!朴兄さん、あれ!」
巴武蔵が指し示す、それは拠点の角、そこに貼り付けられた…
「!…これは、呪符!」
朴兄さんがそれを引きちぎり、検分してみると。
奇怪な文言の刻まれたその長方形の紙切れは、明らかに妖術師が使う物。
そして、おそらくは…
「はは〜ん、こいつがあの下っ端どもの秘密、ってわけか!」
「では、拠点を制圧して、これらを破棄してしまえば、」
「それで上がり、ってことさ!」
にやっ、と。
どちらからともなく、笑う。
朴刀使いの手の中で、ぐしゃり、と音を立てて呪の護符が潰された―

<孫権軍 朴兄さんの活躍により姉妹山賊軍の拠点を奪取!>
<孫権軍 巴武蔵の活躍により姉妹山賊軍の拠点を奪取!>


こなた、北部拠点でも。
「あ、ああ!や、やっぱりですみかん娘殿!
こ、この高楼にも結び付けてある…!」
「これが…!」
四方の高楼、その骨組みに余すことなくくくりつけられていた怪しげな符の存在に、鉄甲鬼たちも気づいていた。
だから、為すべき事もすぐに判じ得た…
「よ、よーし!全部壊しちゃいましょう、鉄甲鬼さん!」
「お、お、おーっ!」
その双鞭に、その双戟に、次々と砕かれていく高楼!
一柱、一柱、そして最後の一柱に到るまで!
同時に断ち切る、妖術の見えない操り糸を!

<孫権軍 鉄甲鬼の活躍により姉妹山賊軍の拠点を奪取!>

仲間たちが拠点を制すると同時に、人形たちを護る呪法もまた消え失せていく―
「おらあッ!」
『クケ…』
振り下ろされた長大な斬馬刀が、人形の肩口から腰までを一気に切り裂く!
為す術もなく両断されたそれは、大地にどしゃあ、と砕け落ち―
そして、先ほどのものと同じく、もう二度と動かなかった!
「よし!やはりだ、もう立ち上がってこないぞ!」
「よっしゃあ!だったら、もう何も怖くねえ!」
仲間たちが妖術を破ったのか、それらは既に不死の力を失っているのだ!
ならば、車弁慶と斬馬兄貴にとって、それらは既に脅威ですらない…
それらは、ただの破壊すべき的だ!

<2人目の下っ端を撃破! 残り5人!>
<3人目の下っ端を撃破! 残り4人!>
<4人目の下っ端を撃破! 残り3人!>


(…ふん)
女の声が、ちっとも面白くなさそうに嗤った。
そうこうしている間にも、一体、また一体と人形は粉砕されていく。

<5人目の下っ端を撃破! 残り2人!>
<6人目の下っ端を撃破! 残り1人!>


「これで―」
そして、偃月刀使いが銀色の斬撃をもって、
「仕舞、だッ!」
最後に残った一体を、その鋭さのままに貫いた―!

<すべての下っ端を撃破!>

全ての人形を倒し、そして全ての拠点を制圧した。
思いのほかに早くそれを為した戦士たちに対し、それでも三姉妹は妖艶に、そして傲慢に笑いながら―
あくまでその余裕の姿勢を崩さぬままに、言い放つ。

(ふふ…まあまあ、やるようね)
(じゃあ、あなた方のお望みどおり―)
(お相手してあげるわ!)


風が、邪まな気を孕んで―凪いだ。
先ほどよりもより強く強く、強く強く堅関に吹き渡った!


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