A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(31)


期間限定特務「狼の化身」コネタ

『我が主となりし者よ』
「え、えっと…な、何?」
『我に新たなる名を与えよ』
河港にて、犀犬の女と別れて。
エルレーンと鉄甲鬼、そして銀の狼は、街への帰路につく。
その中途にて、狼が少女に告げた。
彼女を見上げる瞳は、湖底の蒼。
「な…『名前』?」
『そう。お主が我を呼ぶ名だ』
「…」
新たに副将となりしこの尊き獣に、「名前」をつける。
要求され、エルレーンはしばし口をつぐみ、考える。
…しばしの、間を置いて。
少女は、その言葉を音にした―

「…神龍剣

何故、その言葉が脳裏に浮かんだのか。
何故、その言葉を彼の名として選んだのか。
自分でも、よくわからなかった。
それは、剣の名…なのだろうか?
それすらも、わからなかった。
だが、彼女はそれを「大切なもの」だと思ったのだ、何故か。
その理由すら、判然とはしなかったけれども。
それ故、彼女は銀の狼をその名で呼んだ…
神龍剣、と。


そして、彼女たちが家に帰ると―
当たり前のことだが、賊の討伐に出て行ったはずの二人が、巨躯の狼を連れ帰ってきたことに副将たちは大混乱した。
さらにその狼が人語を解し人語で語るのを目の当たりにするや、約一名などは物の怪の類と断じその偃月刀で叩き斬ろうとしたほどである。
しかしながら、エルレーンと鉄甲鬼が事の顛末を説明するに至り、何とか彼らにも事情が飲み込めた。
まあ、要するに、副将がひとり…一匹?増えた、と言うことなのだ。
心強い仲間が増えたのだから、不快なことではない。
…もちろん、難しい顔をしていた男もいたのだが。


次の日。
朝日がまばゆく、降り注ぐ。
その窓から差し込む白い光の中で、大柄の男が己の大偃月刀をいらっている。
陽光の中で、その尖った刃はぎらり、と光り。
傷やひびがないか、と仔細に見つめる車弁慶の目線もまた鋭く尖り。
…と。
『ほう、武具の手入れか。怠らぬことだ』
「…」
そんな男の背に、呼びかけたのは低い声。
新たにエルレーンの副将となった、気高き狼…神龍剣。
が、この偃月刀使いは、その新たなる戦友に少なくともまだ好意は抱けないようだ。
何故なら、狼に向けた彼のいぶかしげな疑いの目が、それを如実に物語る。
『…何やら物言いたげだな、車弁慶』
「…あの鉄甲鬼の阿呆が」
もちろん、狼の化身がそれを察せぬはずもなく。
苦笑しながら漏らす言葉に、車弁慶は吐き捨てるように言う。
「余計な問題を抱え込んでくるばかりか、こんな得体の知れぬ獣を…」
『ほう、これはご挨拶だな』
皮肉にもなっていない、明らかな悪意。
冷たさを存分に含んだその言葉に、銀色の狼がかすかに戦慄く。
その場の空気が、ぴりり、と不吉に張り詰めた…
―が。
その時だった。
鈴を転がすような、愛らしい声。
「弁慶先生、ちょっと私出てくるね!」
「!」
反射的に。
ぱっ、と、振り返り、思わず立ち上がる偃月刀使い。
そこにはエルレーンが立っている…
「…?!」
すると、その姿を見たなり、彼の顔が真っ赤に染まった。
何故なら、嗚呼、それは…
「昨日の賊の討伐の件で、太史慈様にご報告しようと思って」
「お、お前…そ、その格好で行くつもりなのか?」
「え、そうだけど…何か?」
声音が微妙に震える。視線を真っ直ぐ向けることはあたわない。
それでも、おほん、と、殊更にわざとらしく咳払いをして、何とか言葉を継ぐ。
問われたエルレーンは、きょとん、としている…
碧衣軽甲を着た、衛将軍の少女。
そのあまりにも露出度が高い鎧は、この硬骨漢の目に余る代物だ。
「お…俺は!その破廉恥な鎧を着て主君のところに出向くつもりなのか、と言ってる!」
「…もーう、弁慶先生はぁ!私はこれ、好きなの!気に入ってるの!」
「お、お前はもう衛将軍だろう?!にもかかわらず!
そんな慎みのない武装で街をちゃらちゃら歩くなど、どれ程恥知らずなことか!」
「んもぅ…こんなの普通だし!
弁慶先生がこれ嫌いなだけじゃない、しつこいよぉもぉ」

そして、いつかやったような不毛な問答。
車弁慶は必死に諭すものの、エルレーンはそれを一向に聞き入れない。
かなりきわどい部分までさらしているような鎧。
そのしなやかな肢体が、街の男どもの好奇の目に晒されると思うと…気が気でない。
だからこそ、こんなにも言ってやっているのに!
しかし、偃月刀使いが懸命にいさめているにもかかわらず…
「え、エルレーン!」
「じゃあね!お昼までには戻るから!」
それに飽いた少女は、ぷいっ、と顔をそむけ。
その説教から逃げるように、さっさと家を出て行ってしまった―
がたり、と、扉が鈍い音を立てる。
閉じられたそれは、まるで拒絶そのもののようで。
男の表情が、哀しみと憤りに歪む。
しかし、それでも偃月刀使いの瞳は、未練ありげに彼女の背を追い、閉じられた扉の向こうを見てしまう。
未練ありげに―
「…」
『…ふむ、』
「…な、何だ、何をじろじろと!」
その光景を小首をかしげながら見ていた、銀色の狼。
じいっ、と、そんな偃月刀使いを見やっている。
短いうなり声が、狼の喉から出でる。
その不躾な視線に、不愉快げに怒鳴る車弁慶。
『そうか…いやいや、なるほどな』
「だから、何だ?!」
何処か楽しげに、おちょくるように。
こちらをじろじろと見る狼に、なおも彼の怒りは募る。
しかし、腹立ち紛れに強く怒鳴り返したその刹那、狼が言う…
言ってはならないことを、さっくり、と。

『お主は…主に気がある、のだな』
「?!」
『あの娘と番(つが)いたいのだろう?』
「な…あ?!」


動転と驚愕と困惑に、締め付けられた喉が音にならないような音を漏らす。
わかりやすい、わかりやすすぎるその反応に、齢を経た化生はなおも楽しげに笑う。
『くっくっく…そうか、そうなのだな』
「ちッ、違う!何を、わけのわからん勘違いを…ッ」
真っ赤な顔をしたまま、偃月刀使いはなんとか反論と否定の台詞を返そうとするものの。
しかしながら、動揺に彩られたその有り体では、何の説得力もなく。
だから、神龍剣はさらにからかうように…決定的なことを言ってしまうのだ。
『勘違い?勘違い…かのう?くっくっく。
お主の顔にはっきりと出ておるよ、間違えようもないほど』

『なるほどな…お主が「喰いたい」のだな、エルレーン殿を!』
「…〜〜ッッ?!」


ぶちり、と、頭の中の何処かの線が切れる音がして。
「こ、このッ!何てことを言うのだッ、この下品な犬っコロめえッ!」
『ぬ?!な、何を、やる気かッ?!』
「やかましいッ!」

罵倒しながら、銀色の狼に飛び掛る車弁慶。
思いもかけぬ突然の八つ当たりに、一瞬神龍剣も動じたものの。
それでも押さえつけてくる男を何とか跳ね返し、反撃に転じる!
いきなり始まった乱闘に、にわかに騒がしくなる空気。
すると、そこに―
扉を開いて中に入ってきたのは、
「はあ、重かった…」
大荷物を抱えた、繊細なる双戟使い。
市場での買い物を終え、やっと帰ってきた鉄甲鬼…
「おやぁ?」
そんな彼の目に、一風変わった光景。
床に転げ、楽しそうにじゃれて(?)取っ組み合っている、神龍剣と車弁慶。
そのほほえましい(?)光景に、思わず鉄甲鬼は微笑をこぼしながら言った―

「あはは、く、車殿…もうすっかり神龍剣殿と仲良くなったんですねぇ〜」
「…ッ!」


と、次の瞬間。
「ふぎゃッ?!」
まったく見当外れの間抜けな感想を述べた双戟使いの顔面に、思いっきり強く投げつけられた沓(くつ)の片一方が飛んできた。


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