A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(30)


期間限定特務「狼の化身」(2)

<戦場の東部から狼の遠吠えが聞こえる…>


雪の欠片が降り注ぐ河港。
薄暗闇の中に遠く響くのは、何処か憤りを含んだように聞こえる、獣の咆哮。
「もう少し東に向かいましょう!」
それこそは、今は人間の女に姿を変えた狼の化身…犀犬(サイケン)の友の声。
彼女の聴覚は、確かにそれを友の声と捉えた。
その感覚の導くとおり、彼女とエルレーン、そしてその副将・双戟使いの鉄甲鬼は、戦場の東へとひた走る。
―しかし。
何やら、東へ行けば行くほど、空気に別のものが混じ入りだした。
それは、野卑な男どもの叫び声…
やがて、エルレーンたちの視界の中にも、その正体が飛び込んでくる。
木々が立ち並ぶ林の中、薄汚れた鎧兜で武装した男たちが、何やら手に槍だの剣だのを持って斬りあっている。
どうやら、ここら一体を荒らしていると言う、賊どもの下っ端どものようだが…
「くっ…」
「ど、どうしたんです?!」
にわかに、犀犬の女はその場に立ち止まり、両手でその耳を覆った。
顔をしかめた不快そうな様子が、彼女の顔に浮かび出る。
慌てて駆け寄る鉄甲鬼に、彼女がささやいた。
「…賊が騒ぐので、彼の声がよく聞こえません」
狼の持つ聴力は、人間のものより遥かに高い。
それ故彼女には、わめく賊どもの声は相当に頭にこたえる痛覚となって響くのだろう。
こんな状態で、友を探すことに集中などできるはずもない!
「鉄甲鬼!」
「は、はい!」
エルレーンが短く叫ぶ。腰に帯びた真覇道剣の柄を握り締める。
鉄甲鬼が短く応える。背に負った一対の頑双戟を両手にすなる。

<周囲の賊をすべて撃破せよ!>

そして、二人は同時に駆け出した―
群れを為す、賊どもに向かって!
「はっ!」
「?!な、何だぁ?!」
少女は軽やかに宙に舞い、そのまま蜂のごとく襲い掛かる!
切り払う斬撃が、二人の男を吹き飛ばす!
悲鳴、動転。
どよめき、狂乱。
突如現れた闖入者に、賊どもは一挙に混乱の極地に落ちた。
「せ、拙者だってーッ!」
鉄甲鬼もそれに負けじと頑双戟を振るう!
振り抜くその一撃一撃は凄まじい重圧をもってして、眼前に立つ愚か者どもを喰らい尽くす!
二人の奮迅に、所詮付け焼刃の訓練しかつんでいない賊がかなうはずもない、
次から次へと地面に伏していくその数は、やがて五十を超え百を超え、
「あと少しです、がんばって!」
「てえええーーーい!」
犀犬の声援を背に、エルレーンが最後の一兵を吹き飛ばした時には、

<周囲の賊をすべて撃破した!>

その数は、ゆうに二百を超えていた!
邪魔な賊たちが皆沈黙した後に残るのは、再びの静けさ。
ちらちらと降る雪の沈む音だけが、またかすかに響くのみ。
「これで彼の声が…!」

<戦場の南部から狼の遠吠えが聞こえる…>

「もう少し南のようですね!」
その咆哮は、雪風に乗り南より漂ってきている。
またも三人は走る、走り抜ける戦場を。
すると、彼らの行く手に現れる…賊どもの拠点が。
わあわあとその中から、騒ぎ立てるやかましい男どもの声。
「賊が戦闘訓練をする声が…」
不愉快げな色が、犀犬の顔を彩る。
「わかったよ!」
「よ、よーし!」
二人は、跳躍。
互いに背を向け、まったく違う向きに。

<付近の拠点を制圧せよ!>

「うおおお?!」
「て、てめぇら、何者だーッ?!」
エルレーンが飛び込んだのは兵士拠点、
鉄甲鬼が飛び込んだのは兵長拠点、
だがどちらにしても大して変わりなどない、
彼らは戦士だ、歴戦の戦士だ、
戦士は目の前に立ちふさがる者を倒すことこそ使命、
それが誰であろうとも―!

<孫権軍 エルレーンの活躍により賊軍の拠点を奪取!>
<孫権軍 鉄甲鬼の活躍により賊軍の拠点を奪取!>


「ありがとうございます!」
犀犬が喜びの声を上げる。
またもや静寂を取り戻した戦場、これならば彼女の友の声を聞き取ることは容易い…!
「今度こそ彼の声が…!」
―が。
その瞬間。
「あっ…」
彼女の瞳の中に、瞬時…その影が、躍った。
「ど、どうしました?!」
「この先に、彼の姿が見えた気が…!」
「行こう!」
犀犬が指したのは、兵士拠点を通り抜けた、大きく草原が広がっている地帯。
一斉にそちらの方向に向かい三人は駆け出す、雑魚どもにはもはや目もくれないで!
…草原の遥か向こうに、確かに見える。
それは豪奢な銀の毛皮をまとった、一匹の猛々しい狼だ―!
だが、彼らがその狼に近寄ろうとした、その時!
「…何だぁ、てめぇら!」
「!」
「ひ、ひいぃ?!」
野蛮な怒声が、あさっての方向から飛んできた。
振り返るエルレーン、反射的に弱々しい悲鳴を上げる鉄甲鬼。
目を向けた先にいたのは、三人の大男。
そのどいつもが使い古した甲刀を弄びながら、いやらしいにやつきを浮かべながらこちらを見返している―
「俺がようやく『飼いならした』狼をどうするつもりだ?」
「お…お前ッ!」
友を侮辱するその言葉に、犀犬の顔が怒りに染め上がる。
しかし、彼女が即座にその荒くれ者に飛び掛ろうとした刹那、
「!」
すっ、と伸びた右手が、彼女を制止した。
その手に握られるのは宝剣、真覇道剣!
「…私たちに、任せて!」
閃く剣は衛将軍が得物、
エルレーンは短くそう言い置くや否や、男たちに向かって疾走した―!

「ぐ、ええおおお…ッ」
情けないうめき声を上げながら、最後の荒くれ者が地面に砕け落ちた。
所詮は調子付いた烏合の衆、幾多の戦場を渡り歩いてきた将軍にかなうはずもなく。
びゅん、と振り抜き、その剣呑なる刃を鞘におさめながら、衛将軍殿は冷たい憫笑を漏らす…
「…ふんッ!」

<荒くれ者を撃破した!>

あの狼を捕らえていた馬鹿者どもは打ち払った。
これで、あの狼…犀犬の友を連れ帰ることができるだろう。
エルレーンと鉄甲鬼の表情が、安堵からかふっとゆるむ。
彼らの目の前で、犀犬の女が、友を助け出した喜びにそのしっぽをばっさばっさと振っている。
…しかし。
「ああ…大丈夫ですか、我が友よ!」
彼女が狼に手を触れんとした―
その瞬間だった!
「グオオオオオッ!」
「き、きゃっ?!」
荒々しい咆哮!
突如むき出された鋭い牙、大きく開かれた口は明らかに彼女を狙っている!
犀犬の女が、思わず恐怖の叫びを漏らす。
それでも、後ろに大きく跳ね飛び、何とかその牙を避けたものの―
しかし、彼女が友の興奮はいまだ凄まじく、強烈な威圧感を交えながら異様なうなり声を上げ続けている!
「だ、大丈夫ですか?!」
「く…ど、どうしたんでしょう、何かおかしい!」
「え…?!」
慌てて駆け寄り彼女を助け起こす鉄甲鬼。
犀犬の顔は恐れと動揺で強張っている。
しかし、強張ってはいるものの―それでも、その瞳は真実を見抜いていた。
「あれは確かに彼ですが…あれほど怒っている彼は初めてです」
動じながらも、彼女は確かに異常を感じ取っていた。
それはただ怒り狂っているのではない、錯乱しているのではない、
そうではなく、何か別の力が働いている…
かすかに小鼻をうごめかせて、犀犬はその異様を明確に嗅ぎ取った。
「それに、あの漂う邪気の匂い…禍々しいあの匂い」
「じゃ、じゃあ?!」
「…何らかの妖術で、操られているようです」
「妖術…?!」
彼女の言葉に、エルレーンと鉄甲鬼ははじかれたようにその視線を狼へと向ける。
今なおその鋭い瞳に狂乱の闘志を燃え立たせ、こちらを油断なくねめつける…
これ以上少しでも近づけば、その牙にて饗応せん、とでも言いたげに。
人間はおろか、己の友にさえ攻撃を加えんとしたその様子は、明らかに常軌を逸している!
いくら語りかけようとも、おそらくこのままでは無益。
彼の正気を奪っている何がしかから、まず彼を助け出さねば…!
「まずは彼にかけられた妖術を解かなくては…」

<暴れ狼を操る妖術師を見つけ撃破せよ!>

「くっ…と、とは言っても」
「この戦場の、一体何処に…?」
妖術使いがこの狼を縛っている…
しかし、この広い河港。
一体何処を探せば、その悪辣なる妖術師たちを見つけられる…?
やるかたなく、無為にそこらじゅうに視線を飛ばすエルレーンたち。
…と、犀犬の女が、にわかにその表情を変える。
「…ッ」
ざっ、と、その険しい瞳が、南東の空を突き刺す―
「…こっちですッ!」
「!」
「ついてきてください!」
そして、彼女は奔り出す、妖術の気配が漂う場所に向かって!
エルレーンと鉄甲鬼も疾り出す、彼女の背中を追いかけて!
道を往き交叉路を超え森を抜け、そして―
「!」
そこで彼女たちは見る、黒煙が一筋、灰色の空にたなびいていくのを!
エルレーンたちの鼻腔を、奇妙な匂いが満たす。
あの煙は、得体の知れぬ薬やらを燃やしているのだろうか?
やがて彼女たちの目にも映る、その煙の元が。
薪がばちばちと不吉な音を立てて燃え盛っている、黒い煙と邪まな塵を撒き散らしながら、
そしてそれを取り囲むのは…白装束をまとった、如何わしい三人の妖術師!
「お前たちか、邪悪な妖術使い!」
「あ、あ、あ、あの狼殿を解放しろー!」
「あの犀犬を返せ、とな?!」
真覇道剣を突きつけ、エルレーンが凄む(あと、その背後で双戟使いが何か言った)
しかし、素性も知れぬ妖術師たちは、命知らずにもそれを鼻で笑い返した。
「幸運を招くという犀犬…手放すはずがなかろう!」
「おとなしく帰るのだ!」
「…口で言っても、無駄みたい…ね!」
ぎらり、と輝いたのは、真覇道剣の刃、そして少女の瞳。
もうこれ以上の問答も無用と悟ったか、エルレーンは最早何も言うこともなく彼らに向かって飛びかかる―!

<妖術師をすべて撃破した!>

「これで妖術は解けたはずです!」
邪悪な妖術師たちを倒し、その呪縛の炎を消し去り。
再び三人はあの草原へとひた走る…
駆ける、駆ける、ひたすらに、
そうしてやがて見えてくるのは…
「あ…」
雪が降りしきるその中に、大地を踏みしめ凛と立つ、
こちらを鋭利な瞳で見返し、微動だにせぬその姿は―
『…』
それは、結晶した銀のごとく。
流麗な毛皮をまとった、狼だ。
体躯大きく、その爪は鋭く、口から覗くその真白い牙は冷たく。
一対の獣の瞳が、澄んだ青に静まり返る。
だが、先ほどのように、怒気を四方八方に散らしてはいない。
恐る恐る近寄る三人にも、うなり声一つ上げることなく。
彼は…その瞳の中に、犀犬の女を映し。
一度、ゆっくりとまばたいてから、緩やかにその瞳を開き―
『友よ…心配をかけたようで、すまんな』
「正気にもどったのですか…!」
そのおとがいが蠢き紡ぎ出したのは、人語。
古風な語調で放たれるその言葉は、理性と落ち着きに満ちていた。
どうやら、彼を操っていた妖術の霧から、完全に解き放たれたようだ―
友の完全なる解放に、ぱあっ、と明るくなる女の表情。
「よかった!本当によかった…!」
友に歩み寄り、ほっとした面持ちを見せる。
『奴らに遣われている合間も…意識はあった…
あの忌まわしい妖術が呪縛に張り付けられていたとはいえ、数々の愚考を犯すとは…』
「で、で、でも、それは操られてたんだから、し、仕方ないですよね?」
『?…貴殿らは…』
―と。
恐縮する銀色の狼に、思わずいたわりの言葉をかけた鉄甲鬼。
それに受ける到り、ようやく彼もエルレーンたちの存在に意識が向いたようだ…
「ああ、この方たちは、あなたを助けるために力を貸してくださった方々です」
「…そ、孫権軍が衛将軍、エルレーン」
「そ、その副将の鉄甲鬼です…」
『…何と!貴殿らは武人であるか!』
「う、うん…」
と、彼女らが己の身分を明かすなり、その狼は驚きの呈を見せた。
そして、しばしの逡巡。
ためつすがめつしながら、無為にその前足で大地を数回叩きながら…
彼が何がしかのことを悩んでいる、それくらいのことは容易に見て取れた。
だから、犀犬の女が語りかける。
「…どうしたのですか?」
『友よ。…願わくば、我が利己を許してもらえるだろうか』
「何を…?」
『我は…我を救うために尽力してくれた、この者たちに恩を返したい』
「!」
狼は、低い声音で…友にそう告げた。
そして、エルレーンたちを見上げ。
銀色の獣は、静かに、そして強い意思に満ちた言葉を彼らに紡ぐ。
『エルレーン殿、鉄甲鬼殿よ。貴殿らは、我を救ってくれた。
貴殿らが、武人であると言うのならば…
我もまた、微力ながら。貴殿らの戦に力添えることができるであろう』
「…」


『それ故、我も…貴殿らの牙となり爪となり、その力となろう』


「え…?!」
「じゃ、じゃあ、つまり…い、一緒に戦ってくれる、ということですか?!」
『然り』
エルレーンの戸惑い、鉄甲鬼の問い掛けに。
狼は一言応え、大きく首を回し…そして、大きく誇らしげに、吼えた。
思わぬ申し出に、エルレーンたちは驚くしかない―
一方。
「…」
犀犬の女も、それは同様で。
目をぱちくりさせて、しばしあっけに取られていた…
…が。
それも、つかの間。
「…わかりました」
刹那、少しさびしそうな表情を浮かべたが、それを慌てて消し去って。
さっぱりした笑顔を、その代わりに貼り付けて―
彼女は、エルレーンたちに向き合って。
「彼のこと…よろしく頼みます!」
犀犬は、微笑しながら、元気よくそう言い、軽く頭を下げた。
「で、でも…いいの?」
と、エルレーンが、当惑がちに彼女に呼びかける。
確か、彼女は彼とこの世界を旅していたのではないか?
このまま彼が自分たちのところにとどまって、それでいいのか、と…
しかし、その質問にも。
「はい。彼が決めたことですから」
『…すまんな』
「いいえ、全然いいんですよ!あなたが無事ならば、それでいいんです。
…それに」
はっきりとうなずき、彼女はそう言った。
負い目を感じる友にも、笑顔を返し―
「エルレーンさんのもとにいるならば、いつでも会えますし…」
穏やかにそう答えて、目を細めた。
「…」
「それに…犀犬のいる家は栄えると言われているんですよ」
女は、にこり、と微笑んで、そうしてエルレーンたちに慇懃に頭を下げた。
「ありがとうございました、エルレーンさん…鉄甲鬼さん」
「い、い、い、いえ…」
「こんなものぐらいしか、差し上げられませんが…受け取ってください」
「あ、べ、別に、よかったのに…」
そして、何処かすまなそうな表情を浮かべながら、おずおずと差し出してきたのは…玄武甲が、3つ。
そう高価な品物ではないが、彼女にとってはこれが精一杯なのだろう。
受け取った玄武甲が、ちゃり、と、小さな音を鉄甲鬼の手のひらの上で立てる。
鉄甲鬼が、弱々しげな、だがとても誠実な笑顔を浮かべる…
と。
犀犬の女は、また―
うれしそうに、にこり、と微笑ったのだ。


「はぁ…これで全部、のはず…」
数日後。
小雪がちらつく、孫権軍が主要都市・建業。
その街中を、何やら大量の食材だの何だのを抱えて歩く、翠の鎧をまとった武官の姿。
双戟使いの鉄甲鬼は、また今日も寒風が吹きさらす中を買出しに追いやられていた。
人であふれる市場の中を、大荷物を抱えて彼は往く…

と。
その時。

「わんわん!…わんわんわん!」

子犬の声が、彼を呼んだ。
ふと、鉄甲鬼はそのほうに顔を向ける。
視線の先に、小さな茶色い子犬。
その子犬は、鉄甲鬼をつぶらな瞳で見つめ―
「わん!」
もう一度、短い声で鳴いてから。
くるり、と向きを変え、何処かへと走り去っていく。
「あ…」
思わず呼び止めようとして、彼は口を開きかけた。
だが、少し逡巡して…鉄甲鬼は、何も言わず。
何も言わず、彼女の出立を見送った。
これからまた、彼女は大陸を巡る旅を続けるのだろう。
今度は、ひとりで。
けれども、ここには、この建業には、
新たに主君が副将となった彼女の友がいる―
だから、きっとその時に。
再び、彼女とめぐり合うだろう。
鉄甲鬼は、何も言わず、彼女の出立を見送った。


そう。
生きていれば、いつかまためぐり合うだろう。


心やさしい双戟使いは、そう信じ。
胸のうちで、胸のうちだけで、彼女の旅の無事を祈った。



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