A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(23)


同時に正面よりぶつかった、エルレーンの真覇道剣とヘルの乾坤圏!
その衝撃は、叩きつけられたのと同じぐらいの勢いで、まったく相反した方向に跳ね飛ぶ!
瞬く火花を激しく散らし、銀色の軌道を描きながら。
「…!」
銀髪の男の顔に、わずかに浮かぶ冷や汗。
己の技量が、目の前に立つ少女に劣るとは思わない。
だが…相手は衛将軍。すなる武器は、宝剣の最上位、真覇道剣(しんはどうけん)。
それに対し、いまだ偏将軍の身である自分の得物は、夏圏・乾坤圏(けんこんけん)…
最上位の日月乾坤圏(じつげつけんこんけん)ではない分攻撃力に劣り、近接戦は多少と分が悪い。
ならば…
「暗黒大将軍!」
「承知!」
ヘルの呼び声に、大斧使いの老爺が応じる!
すぐさまに彼の豪大斧が振りかざされ…大地に力強く、その鋭い刃が突き刺さる!
生まれるは疾走する衝撃波、真っ直ぐにそれは馳せる、
「ッ?!」
銀髪の男に気をとられていた、宝剣使いの少女へと…!
「エルレーンッ!」
車弁慶の悲痛な叫びが、崩壊寸前の高楼拠点に響く。
少女はそれを辛くも…後方へ大きく跳び退って回避した。
しかし、しかしながら。
それこそが、銀髪の男の狙いどおり!
宝剣に出来ず夏圏に出来る戦法、それは…遠距離からの攻撃!
「はあッ!」
「?!」
振り下ろしたヘルの屈強な両腕から、それはまるで隼のごとく放たれた―
鋭利な刃を輝かせる乾坤圏!
イキモノを思わせるほどに一直線に、エルレーンに向かって斬りかかる!
「き、きゃあッ!」
さすがにその夏圏は完全にはかわしきれず、彼女は走る痛みに整った顔を歪める。
…彼女の左腕に、刻まれたのは真っ赤な一筋。
そこから滴り落ちていく彼女の血が、地面に黒いしみとなしていく…
ぽたり、ぽたり、と。
「え、エルレーン!」
主君を傷つけられる様を見た偃月刀使いの脳髄に、かあっと一挙に血が昇る。
びゅん、と振りかざすは大偃月刀、怒りの色を帯びた白銀が、空を乱暴に破り裂く!
「くっ、エルレーンをよくも…ッ!」
だが、彼がヘルに向かって突進するその進路を、
「!」
「…そうは、させません」
豪大斧を構えた暗黒大将軍がふさぐ…!
「はあッ!」
「ぐ…!」
がきん、と、斧の一撃を受けた車弁慶の大偃月刀が、悲鳴を上げる。
とっさに受けたその一撃は、存外に重かった…
面と向かっている老爺、その見た目からは想像も出来ぬ怪力だった。
ぎり、と、刃がまた、不愉快なきしり音を立てる。
押されているのだ―この、自分が!
精悍なる武士(もののふ)の表情に…焦燥がありありと浮かび出た。
「べ、弁慶先生ッ?!」
「他人(ひと)の―」
苦境の副将を案じる少女にも、更なる攻撃が降りかかる。
ざあっ、と、視界が一挙に薄暗くなる―
無意識に上空を見上げれば、
「心配をしている場合か、我が桃花よ?!」
そこには…逆光を受けて黒に染まる、夏圏使いの姿!
「く、うッ!」
大地に転がり、すばやくそれを身をひねっていなす…
何とか立ち上がり、宝剣を構え直した時。
少女は、いつの間にか、すっかりと息が上がっている自分に気づいた。
身分の上では格下ではあれども、少女はこの奇態な男に調子を崩されっぱなしでいる。
しかしながら、これほどまでにやられっぱなしになっていて、そのままで終わらせるようなことは出来ない!
「ていッ!」
「…ちッ!」
空を斬る真覇道剣の鋭さは、次元すらも断つほどの勢いで!
連撃、連撃、連撃、
それこそ、この銀髪の男が一発の反撃すら紛れ込ませることの出来ぬぐらいの瞬発で!
そして―とうとう、
「ッ?!」
その一撃が、男のむき出しの左足をかすめた!
走った痛みに、ヘルの深緑の瞳が確かに揺らぐ。
とっさに一歩、大きく退ってしまう…
だが、それをすぐに余裕の態度で塗りつぶし…エルレーンに向かって微笑すらして見せた。
「はは…剣呑だな」
「わ、私を、甘く見ないでッ!」
雄雄しく吼える、桃花と呼ばれた少女。
切っ先はぴたり、と、銀髪の夏圏使いに向けられたまま。
ドクター・ヘルも、負けてはいない。
乾坤圏にて身を護るようにしながらも、闘気に満ちた目線を決して少女から離さない…!
豹が、飛び掛らんと好機を待ち構えているように。
鷹が、刺し貫かんと相手の隙を探っているように。
二頭の獣が、お互いの油断を微塵とも見逃さぬよう、険しいまなじりにて睨み合う。
二人を分かつ空間に走る空気が限界まで張り詰め、そして張り裂ける瞬間、
豹が、鷹が、再び同時に動かんとする―!


しかし、その刹那―
戦場の空気を、轟き渡っていったものがあった。


「―!」
「あれは…ッ」
思わず、その場にいた誰もが…何もない上空を仰ぎ見た。
蒼空を伝わっていくのは、特徴的な銅鑼の音。
幾度も幾度も、特定の律動を持って。
…それはすなわち、「撤退」の合図。
その意味を悟ったのは…曹操軍が将、ドクター・ヘルのほうだった。
そう。
銅鑼の音は告げる。
この戦場を放棄する故、帰還せよ…との命令を。
すなわち、自軍の敗北を―
「ふん…どうやら、この地での勝敗は決したようだな」
一瞬、あっけに取られたような顔をして。
そのすぐ後で、銀髪の男は―多少、弱々しげに、敵将たちに微笑ってみせた。
が―
それも、やはり、一瞬のこと。
「!」
じゃりっ、と、踏みつけられた砂の音。
意表を突かれた少女は、図らずも言葉を失った。
彼は…くるりと背を向け、拠点を走り出てしまう。
そのまま後を追う暗黒大将軍を引き連れて、あさっての方向へ―
敵将である自分たちが、まだ目の前にいるにもかかわらず!
「ま、待てッ!」
「そうはいかん―俺も、次の戦場へ向かわねばならんからな」
車弁慶の怒号にも一向に堪えず、さらりとそう言ってのけたのみ。
そして、最後に…
遠くから。
ふっ、とエルレーンを顧みて、何やら意味ありげな微笑を投げる―
「ではな…いずれまた会おう、桃花の少女よ!」
「あ…ッ」
言い返す言葉も、出てこないうちに。
大斧使いを伴い、ドクター・ヘルは風のようにその場から駆けていく。
そうして、その二つの背中はやがてどよめく戦場の空気の中に溶け去ってしまった―
…半ば崩壊した、高楼拠点。
残された少女と偃月刀使いは、呆然とその場に立ち尽くすのだった…


「…まったく、あなたって人は!」
「何だ、暗黒大将軍?」
戦場を走り抜けるその最中に、呆れたような大斧使いのセリフ。
老爺はまったく呆れ果てたような、だが何処か面白がっているような気配を込めつつ、突拍子もないことをしでかした主君を皮肉ってみせた。
「こんな切羽詰った戦の最中、敵軍の将にあんなことを言い出すなど。驚かされますね」
「ふん、そうか?」
「しかも、相手は衛将軍…随分と危ないことをするものです」
ドクター・ヘルは、にやり、と微笑み。
刹那の間刃を交わした、あの少女のことを想い起こす。
「…何故か、あの娘を見た時に。不可思議なものを感じたのだ」
「ほう?」
「何かの縁(えにし)かもしれんな―それに」
「それに…?」
銀髪の男は、くすり、と、音を立てて笑う。
底知れぬ深緑の瞳、その水底に奇妙な実感を漂わせながら―


「あの娘とは、また再びめぐり合う気がするな―あの、桃花の少女と!」


…さて、一方。
その場に残された、エルレーンとその副将は、と言うと―
「…」
「…」
戦場にての勝利は決定したにもかかわらず。
次なる戦地へ赴こうともせず、ただただぼうっと立ち尽くすのみ…
いや、正確には、衛将軍殿だけが。
何処か熱に浮かされたような潤んだ瞳で、遠い目をして空を見つめている。
「…」
「…」
「…」
「…おほん!」
「え、あ…な、何、弁慶先生?」
と。
さすがに焦れたのか、偃月刀使いがわざとらしい咳払いをして、彼女の注意をひかんとする。
はっとなった彼女は、振り向いて表情を取り繕うものの…
「何を呆けておるのだ!今は国家存亡を賭けた大戦中で…」
「…」
だがしかし、やはり上の空は上の空。
車弁慶の叱責も耳にまっすぐ入っては行かず、またその意識はふわふわと何処かに飛んでいってしまうようだ…
心この場に在らず、といったその異常の原因が、彼には容易に感じ取れたので。
「〜ッ、…エルレーン!」
苛ついた彼は、半ば怒鳴るかのような大声を上げてしまう。
「お前は!あ、あんな…気持ちの悪い変態に粉をかけられて、それで喜んでいるのではあるまいな?!」
「えー…で、でも、」

…うれしくもなんともないが、やはり図星だったらしい。
ぼんやりとした表情のまま、ため息をつくように吐き出した言葉は…
「…あの人、間近で見たら、すっごく綺麗なカオしてた…」
「ば、ば、馬鹿者ぉぉぉぉッ!」
「そ、それに、『愛らしい』、とか、『邪気のない桃花』、とかぁ…
そ、そんなこと男の人に言われたの、初めてでぇ」

はうー、と、陶然とした様子で。
あの(服装の趣味はともかく)蟲惑的な美男子にささやかれた言葉が、余程彼女の乙女心をとろかせたのか。
うっとりと先ほどのことを思い起こしながら、再び頬を紅色に染めるエルレーン…
少女のそんな有様は、彼女の堅物な副将をなおさらにやきもきさせる。
あんな気味の悪い男のくだらない弁舌に騙されて、ぽうっとなっているこの馬鹿主君。
…そりゃあ、確かに、男の自分から見ても、目元の涼しい色男の類ではあったが。
だが、だからと言って、敵の…しかもあのような奇矯者のからかいにいとも簡単に引っかかり、
こんなにまででれでれとなっている彼女の情けない姿は、もう見るに耐えやしない(個人的に)!
「お、お前って奴は!そんなもの世辞に決まっている、べんちゃらに決まってる!」
所詮は甘言、ただの策略だ、と。
「お前を動揺させようとあの戯け者(たわけもの)が…」
「…」

何とかそれを彼女にわからせようと、言葉を重ねエルレーンを正気にかえそうとするのだが…
「…え、エルレーン?」
「…」

いつしか、少女は下を向いて黙り込み。
偃月刀使いの言葉に、何の返答すら返さなくなり。
「おい!エルレーン?!」
「…どうせ、」

きりきり、と、その透明な瞳が、凶悪な形に尖り。
不愉快千万といった面持ちで車弁慶を睨み据え、わめきたてたことには―
「どうせ、私は愛らしくも美しくもないよ、ッ!」
「え、エル…?!」
「ふんッ!弁慶先生の馬鹿ッ!」

―嗚呼、どうやら。
傷つきやすいこの衛将軍殿は、その煩悶をぜんぜん違う意味に捉えたらしい。
蛾眉をぎゅっ、と吊り上げ、怒りの表情で子どもじみたことを怒鳴り散らす…
思いもしない攻撃を受けた偃月刀使いは、必死に言いつくろうものの。
「ちょ、ちょっと待て!俺は、別にッ、お前がどうとか言いたいのではなく!」
「私は可愛くも綺麗でもない小娘ですぅ!それでいいんでしょおッ?!」
「ち…違う!だから、俺はそんな…」
ふてくされた少女の、八つ当たりのような自嘲を叩きつけられ、なおさらに面喰らう。
「…じゃあ、」
―と。
少女の透明な瞳が、揺らぐ。
その網膜の中に、車弁慶をさかしまに映しこんで、
彼女は問いかけた…


「私、可愛い…?」
「…〜〜ッッ?!」



ぼんっ、と、頭のてっぺんから水蒸気でも噴出しそうなほどに。
あっという間に満面朱をそそがんばかりとなった、謹厳実直四角四面の偃月刀使い。
真意すら素直に伝えられない融通の利かぬ男に、そんな気恥ずかしいことが口に出来るはずもなく―
「お、あ、あ…う、うぅ、ッ」
「…」
「そ、れは………あの、…」
「…もう、いいッ!!」
要領の得ない己が副将の有様に、少女の忍耐がぷちりと切れて。
半ば自棄になったような彼女の怒号に、厳格なる偃月刀使いは―
「あ、…ッ」
「もういいから!行くよ、弁慶先生ッ!!」
「…」
瞬間、心痛めたような表情を浮かべたものの。
すっかり機嫌を損ねてしまった衛将軍殿は、さっさときびすを返し、土踏む足音も荒くその場から立ち去らんとする。
肩を怒らせたその後姿に、途方にくれた視線を投げながら―
顔を火照らせたままの車弁慶は、困惑いっぱいのため息をついた。
(…言えるわけないだろうが、この馬鹿娘)
そんなことが何のてらいもなく口に出せるような気性ならば。
これまでだって、そして今だって、どれ程安楽だったか!
「…」
それでも、あの時のエルレーンの反応が、やはり看過できぬものだったので。
次にあの変態にあったら、間違いなく自らの大偃月刀にて斬り伏せてやろう―
車弁慶の脳裏によぎったのは、そんな剣呑な決心だった。

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