A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(2)


「ぎ、ぎゃーっ!ててて、手加減してくださいよ少しは!」
「馬鹿な!訓練といえども気は抜くものではないぞ、鉄甲鬼殿!」
「しししし、しかし…うわっはあ?!」
訓練場。
多くの呂布軍の兵士たちがその武を磨くべく集まり、今日も鍛錬に余念がない…
その一辺で、一対一の試合をしている二人。
幻杖を振りかざす偉丈夫と、双戟を持ってそれを防がんとする鎧の男―
幻杖使い・流竜馬と、双戟使い・鉄甲鬼だ。
とはいえ、さっきから果敢に攻めているのは幻杖使いのほう。
双戟使いの動きはといえば…「防ぐ」というよりはむしろ「逃げ回る」といったほうがふさわしい。
少し離れた場所よりそんな彼らのやかましい対決を見ながら、偃月刀使い・車弁慶はふん、と鼻を鳴らした。
「鉄甲鬼の奴め。相変わらずぎゃあぎゃあとやかましいことだ!」
「まあ、あの御仁は戦場でも同じですから。いつものことですよ」
あぐらをかいて地面にどっかと座り込み、何処か不遜な口調でそう吐き捨てる彼をたしなめるのは、同じく隣に座す蛮拳使い、C・ラグナ
穏やかな笑顔のままさらりと言うその彼を見やり、車弁慶はまたふん、と鼻で笑う。
「それでいてある程度の武勲は稼いでくるのだからな。まったくわからんもんだ」
「頼もしいですね、ある意味」
「…」
何やら歯車が上手くかみ合わない会話。
この男と話す時は、いつもそうだった。
しかし、その温厚そのものといった風情の顔の裏に、一体何を隠しているのやら…
同じ将に仕える副将どうしとはいえ、車弁慶はこのC・ラグナが少し苦手であった。
そんな彼らの隣では、将棋板をはさんで対峙する大男と少年。
長身の青年、直槍使い・ブロッケン伯爵
小柄な少年、直槍使い・巴武蔵
直槍をすなる彼らは、その年・体格こそまったく違うが、その槍術の腕はほぼ互角。
だが…板の上でも同等かといえば、そうでもなかった。
「おっし!これで俺の勝ちだな!」
「く…くそッ、もう一回だッ!」
「えー嫌だよ、だってブロッケンマジで弱いじゃん、もう俺飽きちゃったよー」
意気揚々と、巴武蔵が最後の駒を打つ。
これで、連続六回目の勝利になる。
またもや敗北を喫したブロッケン伯爵が再戦を申し込むも、あまりの手ごたえのなさに嫌そうな顔をしてみせる。
事実、ブロッケン伯爵の打つ方は、その闘い方と同じく率直素直そのもので、槍でも勝負ならまだしもこのようなゲームでは相手をするのも飽きてくる。
「何ぃ、このチビめ!何なら、今度は俺の槍にて相手つかまつろう!」
「えー?うーん、俺今そんな気分じゃないんだよなー」
「じゃあ俺ともう一度勝負だ!」
「もー、そんなに勝負したいんだったら、神隼人とやればいいじゃん」
しつこく言ってくるブロッケンに、巴武蔵はそう言ってあごをしゃくった。
その先には…ずっと無言のまま両腕を組んで座し、二人の勝負を観戦していた男の姿。
寡黙な双錘使い・神隼人だ。
「…俺が、か」
水を向けられた神隼人は、やはり無表情気味のままに答え返す。
「そうそう、ブロッケンの相手してやってくれよ」
「…よかろう……」
が、その提案にはまんざらでもないようだ。
立ち上がり、自ら板の前に座り込み、ブロッケン伯爵と向かい合う。
新たな対戦者の登場に、闘志を燃やす。
「ふん、まあよかろう。では勝負だ、神隼人!」
「……来い」
再び綺麗に並べなおした将棋板を間に据え、板状の戦いが始まる―
「ななな流竜馬殿、きょ、きょ、今日はこの辺にしませんか?!」
あたかもその試合の開始を告げる鐘のように響いたのは、鉄甲鬼の気弱な叫び。
「何を言われる、鉄甲鬼殿!まだはじまったばかりではありませんか!」
「せ、拙者はもう、限界っていうか…」
「問答無用!」
「あぎゃーーっ!」
哀れ、必死に請うもすげなく裂帛の気合こめた一撃で返され。
まだまだ鉄甲鬼の受難は終わりそうもない。
「…そう言えば、C・ラグナよ」
と、車弁慶が(もう流竜馬たちの試合には興味が失せたようだ)、C・ラグナに声をかける。
「エルレーンがなかなか来ないな」
「まだお休みなのかもしれませんね?」
「まったくたるんでおるわ、あの小娘め…」
「おやおや、自らの主君をそんな風に言うものではありませんよ?」
車弁慶の悪口混じりのそのセリフに、整ったその美貌を少し歪ませるC・ラグナ。
が、一度火のついたその勢いは止まらない。
「ふん、あ奴には将軍としての自覚が足らんのだ!」
「車弁慶殿は厳しくていらっしゃる…特に、エルレーン殿には」
「当然ではないか!我らを率いる者として、もっとしっかりしてもらわねば!」
「ふふふ、なかなか厳格なことですね…まるで、」
が。
今まで受け流すようにそれを聞いていたC・ラグナが、にやり、と笑んだ。
「…まるで、自分の娘をくさす父親のようですよ?」
「な、なっ?!」
思いもかけない混ぜ返しに、突如の動転に叩き落される車弁慶。
浮かべていた峻厳さが一気に立ち消え、そのかわりに動揺と困惑が彼の顔に浮かぶ。
「おや、何もそんな真っ赤にならずとも。いいのですよ、『主君思い』で何よりです」
そんな彼の変化をなおさらに面白そうに見ながら、C・ラグナはくくっ、と音を立て、軽く笑った。
「……」
…だから、こやつは苦手なのだ。
赤くなった顔を彼の視線から遠ざけるごとく背け、また車弁慶はふん、と鼻を鳴らす。
今度は、照れ隠しのように。


「…皆揃っているようですよ、エルレーン様」
「うん!」
しばらくの後。
双戟使い、C・ルーガを伴って、彼らの主があらわれた。
「!」
「…エルレーン!」
彼女の姿を認めた刹那、彼らは途端に居ずまいを正し…一斉に拱手する。
「エルレーン、ちゃんと俸給もらえたかよ?」
「うん、大丈夫!」
「よかった…これで今月も何とか生きていけますね」
何やら所帯じみた、だが切実なことを言ってのけるのは、流竜馬。
「う、うん、そうだね…で、でも、まずは仲買商さんと骨董商さんにお金払わないと」
「あー…そうだな、借りたものは返さねばな」
「えー?!じ、じゃあ、拙者の新しい双戟は…」
「ご、ごめんね、また来月…ね?」
非難の声をあげる双戟使いに、エルレーンはすまなそうな表情を向ける。
「鉄甲鬼。状況が許さぬ。待つことを覚えるべきだ」
「う、うう…」
同じ双戟使いのC・ルーガにやや厳しい声で叱られ、しゅんとなる鉄甲鬼。
と、二人のやり取りに、ブロッケン伯爵が割り込んでくる。
「そうそう自分の願いばかり言っても仕方ないだろう!
そんなことを言うなら、俺たちの武器も相当に傷んでいるぞ」
「け、けれど…」
「けれど、じゃないだろう!そもそもお前には根性が足りないのだ!
いいか、闘う時に己を守るのは武器ではなく、何よりも強い精神力であるべきで…」
―だが、しかし。
熱血な彼の説教を遮るように、静かな声が背後からぽつり、と響く。
「…これで、終わりだ」
「えっ?!」
驚きに振り返るブロッケン伯爵。
見ると―そこには、既に詰んでしまっている将棋板。
あんぐり、と口をあけて見下ろすブロッケン伯爵を、無表情のまま仰いで。
双錘使いは、またもぽつり、と告げる―
「ブロッケン伯爵……お前、本当に弱いな」


「それでは、我々はこれで。また明日…」
夜。
しばしの時を鍛錬に過ごしている間に、あっという間に日は落ちた。
かがり火が照らす屋敷通りの中、エルレーンの家が在る。
その扉口まで彼女を送り届け、副将たちは自らの家へと散っていく。
「うん、もしかしたら明日は討伐に行くかもしれない。その用意も」
「了解しました」
命を言付かった流竜馬は、にこり、と微笑み、礼をした。
「それでは、お休みなさいませ」
「うん、お休み…」
暇を告げ、流竜馬はきびすを返そうとした―
その時。


「…ない」


「はい?」
鼓膜をかすかに揺らした、その鈴の鳴るような声に。
思わず振り返る、その視線の先に、己が主君たる少女。
「あ、ううん、何でもない…独り言。
…ごめんね、お休み」
「…はい」
頭を振る少女に、幻杖使いはもう一度微笑み、拱手して…そして、去っていった。
彼の後姿を見送りながら、エルレーンは…先ほどつぶやいた言葉を、もう一度胸の中だけで繰り返した。


(また、あの夢を見るかもしれない)


眠ったら、またあの夢を見るかもしれない。
あの、不可思議な夢を。


だから、寝台にもぐりこむその前に。
机に向かい、彼女は覚書がわりのつづり紙に書き付けた。
あたかも、それは自分への問いかけのようだった。




「名前」。
与えられし時より背負い続け、死してもなおその場に残る。
長く永くその者に絡み続けるそれゆえに、
「名前」は背負いし者の魂と半ば融合し、時には運命そのものをも占う導(しるべ)とも化すと言う。
では、「私」の背負うこの名も、何らかの運命を暗示しているのだろうか。
今この戦場(いくさば)にて得物を手にし闘う、それが「私」の運命なのだろうか。
さすれば、もし―
もし、「私」と同じ「名前」を持つ女が、この蒼天の下に他に在らば。
やはりその女も、「私」と同じ戦いの道に在るのだろうか。





あたかも、それは「彼女」への問いかけのようだった。
不可思議な夢の中、自分と同じ…「エルレーン(El-raine)」と呼ばれていた、あの少女への。





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