A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(18)


「小説・四征将軍、南天舞踏衣を買わんとす」


「もうすっかり秋だな、流」
「そうですね…」
ざわわ、と、風が凪いでいく度に、赤く染まった木々が鳴く。
頬に当たるその空気も、一日一日、その中に冷気を含んでいく。
静かに、だが確かに、秋は深まっていく…
袁紹軍の都・洛陽。
その市場を二人連れで行くのは、偃月刀使いに幻杖使い。
四征将軍、エルレーンの副将・車弁慶と流竜馬は、市場の人ごみの中を行く。
多くの人々が行きかう市場は、いつ何時訪れてもその人並みが絶えることはない。
活気と熱気で満ち溢れるその場所は、人々の生きる意思をそのまま反映しているのだ。
この戦乱の世にあっても、強く生きる意志を。
「しかしながら、相変わらず市場は混んでいるな…」
「以前の争奪で、都市を一つ占領しましたからね。
いろいろ新しい品物が流通し始めたので、そのためでしょう」
「ふむ」
そう、戦の末にその支配が他の都市にも及べば、その実りもまた人々を潤す。
今この大陸において最も栄えている袁紹軍の都には、それ故多くの地から多くの物資が流れ込んでいるのだ。
「まさに飛ぶ鳥をも落とす勢い…か。
このまま天下平定が成ればよいのだがな」
「ええ。そのためには、我等も全力を尽くさねば」
そのような話をしながら、二人が通りを歩んでいた時だった…
「…!」
「…う、」
思わず、二人の男は同時に息を止めてしまった。
…眼前を、足早に歩き去っていった女戦士。
彼女の纏っていた鎧が、二人の網膜に突き刺さった。
我知らず、呼吸を忘れてしまうくらいに…その鎧は、凄まじかった。
「…」
「…」
何が、かと言うと…その、露出度が。
鎧の部分は、ほぼ胸と局所。それに肩当てと腰布。
もう半裸としか言いようのない、それはどうしようもなく妖艶な鎧だった。
あまりの光景に、二人は半ば呆然と立ち尽くしてしまう。
が、当然ながら、彼女は何にも気づくことなく、やはり足早に去っていった…
…一瞬の、間。
「は、はしたない…何と言う破廉恥な!」
「あ…あれは、どうやら南方の鎧のようですね」
彼女の姿が消えて、ようやく二人は正気に戻る。
いうまでもなく、どちらの顔も真っ赤に染まっているのだが。
「と、言うと?」
「やはり、勢力が増大したことで、新たに手に入るようになったのでしょう。
今まで見たこともない鎧ですから」
「ま、まったく…世は乱れておるわ」
えへん、と、軽く咳払いをして。
まったく硬骨そのものである偃月刀使いは、ことさらに嘆く。
「あんなものをエルレーンが着ていたら、即座に頭を張り飛ばしておるわ!」
「ははは、まったく車殿は手厳しい…」
「何を言っておる、それは…」
その時だった。
二人の目線が、ふと…ある館の窓を、射た。
「な、なッ?!」
「え…ッ?!」
途端に。
再び、二人は石化した。


「…ッ!!」
「?!い、いったああああーーーいッ!」
思いっきり全力で振り下ろしたものだから、ごきゃん、というものすごい音がした。
偃月刀使いの渾身の拳骨一撃は、四征将軍の頭をしたたかに打ち付けた。
仲買商の構えた店の中に派手に駆け込むなり、の出来事である。
「おおおおおお、お前と言う奴はあああああッ!!」
「な、何?!べ、弁慶先生、流…」
突如頭をがつんとやられたことに目を白黒させていたエルレーンも、その絶叫で事態をある程度察したようだ。
自分の副将、車と流がいきなりその場に現れたことに、頭をさすりながら驚きのていを見せている。
そう、そして彼女は―先ほどの女武将が着ていた、あの破廉恥そのものの鎧を着ていたのだ。
「な、な、何をやっておられるんですか、エルレーン殿?!」
「何、って…」
整った顔を高潮させながら困惑した叫び声を上げる流竜馬に、首をかしげながら彼女は答える。

「新しい型の鎧が入ったって言うから、買おうと思って…」
『南天舞踏衣(なんてんぶとうい)』と言うらしいです。遥か南方の女戦士が使うものだとか」
「きゃ、キャプテン・ラグナ…お、お前、何故止めぬ!」
解説を付け加えてきたのは、同じく彼女の副将、蛮拳使いのキャプテン・ラグナ。
見れば、女双戟使いのキャプテン・ルーガの姿もある。
しかしながら、彼らは少女の暴挙を止めようとすらしていない。
それどころか、こともなげに。
「止める、も何も」
にこり、と笑ってこう言う始末だ…
「…別に、いいじゃありませんか。エルレーン殿自身が欲しがっているのだから」
「うん!これ、かわいい…私、気に入ったよ!」
「お、お前の感覚はどうかしてる!」
車弁慶の悲痛な絶叫は、しかしながら華麗に無視された模様だ。
うれしそうな様子で鎧姿を確かめているエルレーンに、店主の仲買商が盛んに売り込みをかけている。
「どうだい?!今ならおやすぅくしとくよぉ」
「それは渡りに船。よかったですね、エルレーン様」
「うん!」
「何が『うん!』だ、この馬鹿娘ええええッ!!」
が。
無視されてもめげない、厳格な偃月刀使いはあきらめない。
ほのぼのしたキャプテン・ルーガとエルレーンの会話をわめき声で引きちぎって、彼は何とかそれを止めんとする。
「だ、だ、駄目だッ!そんなモノを買うのは許さんぞッ!」
「な、何でよ、弁慶先生!」
「この間の碧衣軽甲よりもっと悪いではないか!そんな、ふしだらな…」
反論し返した少女の言を、車は上から押さえつけるような説教で封じようとした―
―と。
その刹那。
「…えー?」
少女の声が、わずかに…熱を帯びた、ように、聞こえた。
どくん。
心臓が、戦慄いた。一瞬。
「何で?こんなに、かあいいのに…」
「!」
甘さを帯びた、ように、聞こえた―
どくん。
心臓が、硬直した。一瞬。
視線が、吸い寄せられる。
見てはいけない、と、叱咤するのは理性の声。
けれども、動かない…引き寄せられる。
すらり、と伸びた両脚は、白く。
そのほっそりした流れるような曲線は、太ももの付け根まで隠されることなく。
きゅっ、とくびれた腰、そこから官能的に描かれる軌跡は、見る者を魅了する。
何も覆い隠すもののない腹部。
引き締まったそこはへそまでさらけだされ、むしろ潔いほどだ。
…強く抱きしめたら折れてしまいそうな、ほっそりした腰。
そして、そのままゆるやかに上方に縁取られる―
男の目を惹き付ける、最も女性らしい、その場所。
本人はそこが貧弱気味だというのをいたく気にしているようではあるが、それでもそこはそれなりに誇らしく…前に、大きくせり出している。
白い金属板が包んでいるが、その面積はとても控えめで。
豪奢な金の縁取りがされたその胸鎧、その隙間から―
嗚呼、背の高い自分からは、見えてしまう、
自分の手のひらに、すっぽりとおさまるくらいの、
まるい、白い、愛らしい、
彼女の、やわらかな、胸乳―
「…〜〜ッッ!!」
ざあああっ、という音が、耳の中にこだました気すらした。
それに、どくどく、どくどく、という、連続した低い音。
滾るような血が凄まじい勢いで身体を流れる音。心臓が早鐘のように打ち付ける音。
その音に、はっ、となる。
我に帰った彼は、はじかれたように視線をあさっての方向に跳ね飛ばした。
そして、今時分脳裏に去来した思考のあまりの下種さに、慌てて偃月刀使いはかぶりを振る。
必死にそれを振り落とそうと、忘れようと―
そんなさなか…
…ぱん。
「車弁慶殿。…随分、顔が赤いですよ?」
「…ッ」
突如肩を軽く叩かれ、反射的に振り返る。
すると、そこにいたのは…にやにや、と、笑みをたたえているキャプテン・ラグナ。
からかい混じりの指摘に、車弁慶は不快げに顔を歪める。
だが、それすらも彼には楽しい反応のようだ。
小さなささやき声で、なおも悩める偃月刀使いを刺激する。
「くっくっく…ほら、もっと必死に止めないと、あの鎧を買われてしまいますよ?
随分お気に召されたようですから」
にやり、と、またもや浮かんだその笑みに何かが入り混じる。
表向きは柔和そのもののこの蛮拳使い…
笑顔の悪魔がそそのかす声が、じりじりと車弁慶を追い詰める。
「そうしたら、きっと戦場にもあれを着ていかれるのでしょうね。
『あなた以外の』男も、あの姿をまじまじと見るのでしょうね。
…それがお嫌なんでしょう?あなたは」
「き、キャプテン・ラグナ…貴様、」
含みを持たせて、面白げに自分の顔を覗き込みながら。
まるで、自分の浮かべるその反応その全てが興味深い、とでもいうように。
そう、あの主君に対する反応が―
ぶしつけなその視線に耐えかね顔をそらすも、彼はなおも追撃の手を緩めない。
「まあ、私はどちらでもかまわないのですが…
あなたが嫌なら、ほら、もっと懸命に止めなくては」
「き、き、貴様…お、面白がってるだろう?!」
「ええ」
小声で、だがしかし充分に怒気がこもった車弁慶の反発。
飛ばす眼光は、それだけで相手を射殺せるほどに鋭く尖り―
しかし、キャプテン・ラグナは平然と言い返す、
あくまでさらり、と言い返す。
そして、人好きがする温厚そのものと言った笑顔のままで―
「素直じゃないあなたを見ているのは、とても面白いですよ?」
「ッ!」
あっさりと、そんなことを言ってのけるのだ、この蛮拳使いは。
その笑みの中で、黒い瞳の中で、にやにやと…狼が、面白がって笑っている。
「ふふ…流殿では無理ですねぇ。嗚呼、もう言いくるめられている」
そう耳打ちされはっと視線を転じれば、果たせるかな。
エルレーンにその鎧の購入を何とか思いとどまらせようと努力している流竜馬の姿。
が…
「…って、すごくいい物だし、呪法がかけられてるから」
「華奢な見た目に反して、防御力もかなりあるようですね」
「で、でも…」
「『でも』、何なの?」
「う…」
あまり口が上手くない、それにこう言ったことにはからっきし弱い武張った彼に、それはあまりにも酷と言うものだった。
エルレーンとキャプテン・ルーガ、二人に畳み掛けられ、結局は口ごもってしまう。
真っ赤な顔で、うつむいたまま。
…嗚呼。
「…」
「さあ、どうします?車弁慶殿」
「…〜〜ッッ!」
結局は、自分しかいないのだ―
自分、しか。
車弁慶は、決断することを迫られる。
そう、いつだって自分しかいないのだ。
あの馬鹿な小娘を止められるのは―!
「さあぁ、どうされますか?お嬢さん」
「はい!決めました!」
仲買商の促しに、彼女は元気よく答え返す。
そして、とうとうその決断の言葉を口にする―
「これ、ください…」
「…ま、待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッッ!」
が。
彼女の言葉を掻き消すように、店の中を男の決死の絶叫が貫いた。
「?!」
「べ、弁慶先生!」
「だッ、駄目だ!それを買うのは許さんぞ!」
未だ、真っ赤な顔をしたまま。
両腕を組み、エルレーンは睨みつけたまま。
偃月刀使いは、厳格にもそう言い放った―
しかし、そんな押し付けに、少女がしおしおと従おうとするはずがない。
予想通り、不機嫌な表情を浮かべ、車弁慶に言い返す。
「ゆ、許されなくったって買うもん!
欲しいのは私なんだからぁ!買うのは私なんだからぁ!」
「…な、なら!」
だが、車弁慶も一歩も引かない。
彼は、険しい相貌を崩さぬまま、それでも彼なりに随分とがんばった譲歩を出す。
「た、ただでとは言わん!もし、その鎧をあきらめると言うなら…
お、俺が、何でも好きな物を別にお前に買ってやるッ!」
「!」
思わぬ申し出に、少女の表情が変わる。
「ど、どうだ?!だから、それは…」
「…本当?『何でも』、弁慶先生が買ってくれるの?」
エルレーンは、「何でも」という単語に、奇妙な強調を込めた。
それは、すなわち…その提案がまんざらでもない、とでもいう風に。
どうやら、多少なりとは彼女の心を動かしめたらしい…
「ああ!約束する、何でも好きな物ひとつ買ってやるからッ!」
「…!」
うなずく車弁慶の言葉に、少女はうれしげな笑顔を浮かべる…
輝くような笑顔。
そうして、彼女はくるり、と振り返る。
踊るような足取りで、彼女はある棚へと駆け寄り、
その中に陳列されているある物を指差した―
「じゃあ…!」


「へえ、いいじゃん、それ!」
「ぶ、『舞姫金翼櫛(ぶききんよくしつ)』でしたっけ、綺麗ですね」
「でしょう?!ふふ、これ、前からずっと欲しかったのぉ!」
数十分後。エルレーンの自宅。
早速手に入れた新装備をお披露目する少女の姿がそこには在った。
彼女の髪を飾るのは、金色の繊細な細工が施された櫛…舞姫金翼櫛。
副将の巴武蔵、鉄甲鬼たちから賞賛の言葉を受け、彼女はうれしそうに微笑んだ。
「でもさ、エルレーン。それって、高かったんじゃねえの?」
「そ、そうですよねえ。+8なんて、ものすごい値がついてたような気が」
「えへへ、弁慶先生が買ってくれたの!」
「え、えー?!何それ?!」
「ななな、何で?!」
エルレーンの言葉に、驚愕する巴と鉄甲鬼。
何でまた、あの男がそんな物を…?!
事情がまったくわからない二人は、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔。
だが、彼女としては、念願の品を手に入れたことで何もかもどうでもよくなったようだ…
「さあ、よくわかんない!」
本当にうれしそうな顔で、そう言って。
くるり、と身を翻し、姿見に映った、金翼櫛を身に着けた自分の顔を満足げに見つめ、歌うようにつぶやいた…
「本当はあの鎧がほしかったけど、でも…もう、いいや♪」
そんな彼女を少し離れた場所から、二人の副将が見ている。
座り込んで茶を啜っているのは、キャプテン・ルーガとキャプテン・ラグナ。
普段から冷静なキャプテン・ルーガの相貌には、やや呆れ顔めいたものが浮かんでいる。
「…まったく、あの御仁は」
「くくく…面白いですね」
それに対して、キャプテン・ラグナは何処か楽しそうだ。
くすくす、と笑むその裏に、静かな邪悪の色が射す。
そんな彼の企みを見透かしているのか、キャプテン・ルーガはため息混じりに言った。
「キャプテン・ラグナ。またいらぬことを焚きつけたのでしょう?」
「とんでもない」
しれっとした態度を崩さぬままで。
己の悪戯を、まるで善行のように語る。
「煮え切らぬ硬骨漢の背を後押しして差し上げているだけですよ」
「よく言ったもの…」
また、ため息一つ。
どうやら、この男は何処までも確信ずくらしい…
―と。
そう言えば。
「それにしても、その当人は?」
「…さあ?」


その噂の当人が一体何処にいるかといえば、自宅に引きこもってしまっていた。
薄暗い室内、中央に座し、ひたすらに―
「…」
己の精神を落ち着けようとしている。
落ち着けようと、している―
が。
「…違う」
ぼそり、と、呟く。
耳の奥で、あの憎たらしい男の、あの台詞が反響する。
知ったような、こしゃくな台詞。
(『あなた以外の』男も、あの姿をまじまじと見るのでしょうね。
…それがお嫌なんでしょう?あなたは)
「俺は、単に、仮にも主君たるあの女が、あんな碌でもない格好をしているのが嫌だっただけで…」
だが。
反論は、正論は、何て力弱いのだろう。
それもそのはずだ。
…己の深層と、反しているから。
嗚呼。
畜生。
あの男の言葉は、そこを貫いている。
(素直じゃないあなたを見ているのは、とても面白いですよ?)
「…俺は、単に…ッ」
反論も、正論も、もうまともに出てこない。
何故なら、まぶたを閉じれば、そのたびに、
その暗闇の中に浮かぶからだ―
彼女の、あの肢体。
あの挑発的な鎧を纏った、なまめかしいあの姿態…!
「…〜〜ッッ!!」
すぐさまにそれを振り払おうとするものの、その幻影は消えてくれない。
だから耐えられずにすぐ目を見開いてしまう。
すぐに昂ぶる動悸を、呼吸を、押さえこもうと苦慮しながら。
「違う、絶対に違う…」
反論も、正論も、もう無意味。
自分でうすうすそれをわかっていながらも、それでも厳格な偃月刀使いは続けんとする―
たった一人の部屋で、いつまでもやかましいひとり芝居。

Back