A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(11)






不可思議な、夢を見た。
私は、それをただ見ていた。
いつもの、あの夢。
私と同じ「名前」で呼ばれる、あの少女の夢。
満月の飾る夜空の下、少女は長身の騎士のそばにはべっている。
身体をもたせかかりうれしげにしゃべっているその様は、まるで甘えたがりの「子ども」のようで。
だが、その騎士は明らかに「人間」ではなかった。
その頭には大蛇のようであり、つやめく皮膚は爬虫類のごとく、そして片脚に絡む長い尾。
しかし、少女を見下ろすその表情は、とても美しく―やさしい。
そう、異形の女騎士は、「母親」のような表情で少女を見つめている…
彼女の「名前」を、私はなぜか知っているような気がした。
嗚呼、そうだ。
とても、よく、知っている。

―「キャプテン・ルーガ」。




205年 秋
期間限定特務・『月見れば…』」



<袁紹軍 エルレーンの活躍により月亮軍の拠点を奪取!>
<1番拠点を制圧!2番拠点も青に反転!>



「うきゃああああ!し、しまったなのおおお!」
「…また青になってしまいましたね」
少女の絶叫が、夜のしじまに響き渡る。
夜闇の戦場に在るのは、二人の女…
袁紹軍四征将軍・エルレーン。
そして彼女に付き従う副将が一人、流麗なる双戟使い。
「あああああもおおおお!わけわかんない、もうやだああああああ!」
「落ち着いてください、エルレーン様」
混乱のあまりに半ば自暴自棄に陥る少女に穏やかに語りかけ、なだめる彼女は何処までも冷静。
沈着な双戟使いの「名前」は―
キャプテン・ルーガ。
キャプテン・ルーガ・スレイア・エル・バルハザード―
「もう一度落ち着いてゆっくり、規則を見つけ出しましょう」


街の長史から請け負ってきたこの依頼は、こんな前口上からはじまった。


秋といえば仲秋の名月
満月になぞらえた月餅を食べ、豊作を祈る祝いごとです
仲秋の名月のような月は望月といい、暦の15日に見られます
7日や22日に見られるのは半月ですね
なお 右が輝き左が欠ける月を上弦の月と呼び
逆に右が欠ける月を下弦の月と呼びます
月の形を弓に見立てて、欠けた側…
つまり弦にあたる部分が左か右かで上弦・下弦と呼び分けたのです
月には伝説の美女・嫦娥(じょうが)や、彼女が連れていったウサギが住んでいるという話もあります
そんな月の美しいこの季節に、玉兎(ぎょくと)と名乗る女性から、とある依頼が舞い込みました
なんでも主のために集めた薬草を得体の知れない何者かに盗まれてしまったとか
腕の確かな方の力が必要とのこと
いかがでしょう…彼女の依頼を引き受けてくれませんか?



話が長いともっぱらの評判の長史の依頼は、突き詰めれば「悪者に薬草を盗まれた女性がいて、それを取り返して欲しい」ということだった。
敵は何でも好奇心の強い変わり者で、どこかで騒ぎがあると興味を光れて姿を現す…とか。
そして、二人はその玉兎(ぎょくと)なる女性に会いに来たのだ。
―奇妙なことに、彼女は「夜」に来るよう指定してきた。
軽く首をかしげながらも、とある戦場に出向いたエルレーンたちを、月明かりの下で迎えたのは―
「話は聞いているわ!あなたが協力してくれるのね?」
ちまっ、としたお団子頭のその女性・玉兎は、鈴のなるような愛らしい声でそう言った。
そして、敵が群れる戦場の一辺を指し示して言うことには…
「わざと騒ぎを起こして盗賊をおびき寄せるのよ…
まずは小手調べよ!200人ほど撃破してみせて」
彼女から出された最初の課題は、たいしたものではなかった。
今まで幾多もの戦場を駆け抜けてきた四征将軍に、有象無象の200人が何だと言うのか。
あっという間に200の敵を切り払ったエルレーン。
だが、この依頼が大変だったのは、ここからだった…
「まずまずね!でも、盗賊は出てこないわ…じゃ、次よ!」
くふん、と軽く鼻を鳴らした少女は、すらすらと語りだす。
水の流れるがごとくにすらすらと、よどみなく―
このように。


この戦場では不思議なことが起きるの
赤色の拠点を制圧すると…
その拠点番号と隣り合う拠点番号の赤・青が反転するの
たとえば 4番拠点を制圧すると…
3番と5番の拠点の赤・青が反転するってわけ!
これを利用して下弦の月側の陣をすべて青色に…
上弦の月側の陣をすべて赤色の拠点にしてみて!
そうすれば 盗賊も面白がってきっと出てくるわ!


「…え?」
よどみなく、このように。
よどみがなさ過ぎて、エルレーンの思考はそれを追いきれなかった。
「え、あの、」
「さあさあ早く!急いでよねッ!」
ぱんぱん、と手を叩きながら、困惑する少女を追い立てる玉兎。
「ちなみに1番と6番は隣り合ってると見なさないわ!
どちらかの兵糧庫に入れば拠点の色が元に戻るわよ!」
そして更にぽぽいと説明を投げつける。
あっけにとられているエルレーンのことはお構いなしだ。
「…え、っと、あの、要するに」
「拠点を制圧すればよいのでしょう」
混乱し始めた主君に、あくまでも冷静にキャプテン・ルーガは為すべきことを端的に告げる。
しかしながら、ただ制圧するだけでは駄目らしい…
戦場の東半分の拠点は、赤、敵側拠点に。
戦場の西半分の拠点は、青、味方側拠点に。
一つの拠点を落とせば、隣り合う拠点の色が変わる…?!
「と、ともかく、近いところ一個やってみよう!」
「ええ」
惑い始めたエルレーン、論より証拠とばかりに近場の3番の拠点に駆け出した。
敵側の赤拠点である兵長拠点に飛び込み、瞬く間に4人の拠点兵長を斬り倒す、
すると―!


<袁紹軍 エルレーンの活躍により月亮軍の拠点を奪取!>
<3番拠点を制圧!2番・4番が赤に反転!>


「あ、ああっ?!」
「…一瞬で変わりましたね」
それはまさに瞬時。
その拠点を制圧すると同時に、2番と4番の拠点が敵側拠点と変わったのだ!
「こ、これ、中の人たち、大変そうだね?」
と。
何だか面白がるようなふうで、エルレーンが微笑する。
「隣の拠点が制圧されたら、すぐ敵と味方交代してさぁ」
「そうですね、骨折りなこと…」
そして、くすくすと笑う女二人。
「じゃあ、次はあっちの拠点!」


<袁紹軍 エルレーンの活躍により月亮軍の拠点を奪取!>
<5番拠点を制圧!4番・6番が赤に反転!>


「きゃはは、おもしろーい!」
ぱたぱたと連鎖反応で色を変える拠点に、少女は楽しげにきゃらきゃら笑う。
そうして笑いながら、また次の拠点に走っていく…


…が。
そうやって笑っていられたのも、最初のうちだけだった。


後1個で完成、と思えばまた別の拠点も色が変わる。
その拠点を制圧するために戦場を横断、また制圧。
今度は同時に2個が変わり、成功はまたもや遠ざかる。
西へ、東へ、北へ、南へ、
戦場を走って走って走って走り続けて―


そうして。
冒頭の絶叫と相成るわけである。


「えっと…5番が、4番と6番で」
「6番はその5番しか変わらないわけですね」
戦闘開始からかなりの時が経って。
さすがにただ闇雲に走り抜ける無策では完成に到らないと悟り、地面に座り込んで作戦を立てるエルレーンとキャプテン・ルーガ。
拠点の変化の経緯を正確に書き付けていたキャプテン・ルーガのおかげで、少し落ち着いて考えればその規則性も読めてきた。
そして、その上で、次に落とすべき拠点を勘案する二人。
赤の拠点は、1番、4番、6番。
青の拠点は、2番、3番、5番。
「…で、今、1番は赤で」
「2番は青ですから」
「もうここさえ何とかすれば、」
「完成…では?」



―そう。
規則に従えば、1番を落とせば2番は赤になる。
すなわち―
「ってえええええい!」
裂帛の気合が、拠点兵長どもを吹き飛ばす。
そして1番拠点を制圧した瞬間…!


<1番拠点を制圧!2番拠点が赤に反転!>
<下弦側の拠点がすべて青に 上弦側がすべて赤になった!>



「やるじゃない!さすがね!」
とうとう完成した上弦と下弦の月に、玉兎がうれしげにぴょんぴょこ跳ねる。
「や、やったあ…!」
安堵の表情を見せたのは、エルレーンも同じ。
が、さすがに疲れてしまったのか、地面にへたり込む…
しかし、その時。
「なんか楽しそうなことやってるなあ!俺も混ぜてくれ!」
野太い男の声が戦場に響く。
そしてその男のせりふを聞くなり、玉兎が叫ぶ―
「あっ、あいつよ!あいつが私の薬草を盗んだの!
やっつけて!あなたならできるわ、お願いッ!」


<月蝕蟾蜍(げっしょくせんじょ)を撃破せよ!>


「…!」
「エルレーン様、あれが首魁のようです」
ばね仕掛けの人形のように、少女は再び立ち上がる。
地に放り出していた真覇道剣を、手に握る。
キャプテン・ルーガに、軽く目配せして。
「…行こう!」
少女は、夜闇を疾走する―!


「あいたたた!わかったよう、返すよう!」
現れた大柄の男は、思ったよりも手ごたえなくあっさり降参した。
軽く無双乱舞でのされると、しくしく泣きながら(ひげ面のごつい風貌にもかかわらず!)奪った薬草を差し出す。
そして、ぐすぐすしゃくりあげつつ、彼は夜の中へと消えていった…
「ありがとう!あなたのおかげで取り戻せたわ!」
その薬草を渡すと、玉兎はにこおっ、と笑い…また、ぴょんぴょこその場で飛び跳ねる。
ぴょん、と、大きく月の下。
「私は月から来た玉兎!月の仙女・嫦娥(じょうが)様の家来よ」
ぴょん、と、まばゆく月明かり。
「嫦娥様から預かった大切な薬草を盗まれちゃったの」
不可思議なことを告げる玉兎を前に、エルレーンたちは思わず目を見張る。
玉兎の全身が、それ自体ぼんやりと輝きだしたのだ―
そう、それは、まさしく月光のごとくに。
ぴょん、と、跳ねれば、身体が踊り。
「これで嫦娥様の機嫌も直る!私も月に帰れるわ!」
ぴょん、と、跳ねれば―
驚きのあまり、声も出せない二人の目の前で。
玉兎、と名乗った少女は、月光に包まれ、
一瞬、白兎へと変幻し―
そして、そのまま闇に溶け、消え失せてしまった。


「ありがとう!それじゃ満月の夜に会いましょ!」


―後には、柔らかな月光の下、取り残された女が二人。
りいりい、りいりい、と、虫が鳴いている。
静まり返った、戦場で…


「…び、っくり、したねえ」
「ええ…まさか、神仙の類でしたとは」
家路を往く、エルレーンとキャプテン・ルーガ。
深夜に馬を進める彼女たちを見ているのは、月ばかり…
静かな夜道に明かりを投げる、刻一刻と満月へと近づいていく、月ばかり。
「…」
自然。
少女の視線が、上空へとのぼっていく。
その先にあるのは、月―
あの白兎が還っていった、あの天体。
…と。
隣で馬を進めるキャプテン・ルーガが、くすくす、と笑うのが聞こえた。
「なあに?」
「いえ、」
微笑みながら。
白銀の鎧をまとった双戟使いは、言う。
「エルレーン様は、本当に月がお好きなのですね」
「…うん」
少女は、照れ混じりにうなずく。
「何でかは、わからないけど…でも、何だか好きなんだ」
エルレーンは、昔よりずっと月を愛していた。
夜闇の中でやさしい光を放つあの月を、いつでも彼女は追いかけてしまう。
「一番好きなのは、満月…でしょう?」
「うん」
またうなずいて、ふと思い出す。
昨晩に見た、あの夢のことを。
自分と同じ「名前」を持つ、あの少女の夢。
「…夢の中のあの子も、月が好き…だった」
「また、あの夢…ですか?」
「うん」
ぽつり、とつぶやいた独り言に、キャプテン・ルーガが問い返す。
ゆったりと進む夜道に、彼女たちの言葉が散っていく。
「最近は、ほとんど毎日…見るように、なってる」
「エルレーン様と同じ顔、同じ『名前』の?」
「…」
またも、うなずいて。
ぽつり、ぽつり、と、少女は続ける。
鮮やかに胸に残る、あの奇妙な夢を物語る。
「それだけじゃなくて、その子の周りにはね…
みんなと同じ『名前』の人たちがいるんだ。姿かたちはぜんぜん違うけど…」
「副将の皆と、ですか?」
「うん」
「それじゃあ、私と同じ『名前』の者も?」
「うん、見たよ」
「ふふ…では」
くすり、と、流麗なる双戟使いは、微笑んで。
何処かいたずらっぽい表情を浮かべながら、エルレーンに問う。


「その者は、どんな風に見えましたか?」
「え、っとお…」


彼女のことを、異形の女騎士のことを、そのまま伝えるのは気が引けた。
だから、エルレーンは言う。
それ以上に印象的だった、彼女の瞳に焼き付いていたもの、それは―


「とっても、やさしそうだったよ。…キャプテン・ルーガと、同じように」


女騎士が少女を見つめていた、あのやさしげな微笑。
それは、今そばにいる、彼女と同じ「名前」を持つ双戟使いが自分に向けてくれるものと同じ。
そう―
まるで、「母親」のような、
月光のような、
あの、微笑。


期間限定特務・「月見れば…」ランクC・達成度S

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