A War Tales of the General named "El-raine"〜とある戦記〜(1)
「…」
寝台に身を横たえていた少女が、ゆっくりと身体を起こす。
すると、そこには、いつもの自宅の風景が拡がる。
「お目覚めですか、エルレーン様」
涼やかな声が、まだ夢から覚め切れぬ彼女の耳朶を打つ。
「う…うん、おはよ…う」
白い鎧を身につけた女性に、彼女は寝ぼけながらに返事をした。
彼女の名は、キャプテン・ルーガ・スレイア・エル・バルハザード…通称、C・ルーガ。
C・ルーガは、眠りから覚めたばかりの主人を追いやるように、さっさと寝具を整えてしまう。
追い立てられた少女は、まだ半分ぼんやりしながらも、鏡台の前に座り、何とか身支度を始めた。
「他の、みんなは?」
「とっくにきていましたが、あまりにエルレーン様が遅いので…もう訓練場にいってしまいましたよ」
「…お、起こしてくれたっていいのに」
軽く皮肉を言うような部下の口調に、少しむくれ顔をする。
そんな主君の子どもっぽいしぐさに、くすくす、と微笑するC・ルーガ。
「あまりによくお休みでしたので…
それから、張遼様の使いより知らせがございました。俸給を取りにくるように、と…
準備が出来たら、参りましょうか」
「う、うん」
どうやら安穏と眠っている場合ではなかったようだ。
あわあわと顔を洗いくしけずり、服飾箪笥にしまった雲錦楽衣(うんきんがくい)を身につける。
―と。
鏡台の鏡が、ちかり、と、窓からの陽光を浴びてまばゆくまたたいた。
その中に。
また、彼女は見た。
自分の顔を。
そして…夢で見た、あの少女の顔を。
時は戦の時代。
この地においては、四つの軍がお互いの覇を争っている。
仁徳の大人・劉備が軍。
若き虎の王・孫策が軍。
乱世の姦雄・曹操が軍。
そして―
女武将・エルレーンが仕えるは、三国無双・呂布が軍の大将軍・張遼である。
「エルレーン殿、貴公か!ちょうどよいところに」
「はい、推参仕りました」
その主君の執務室に足を運んだエルレーンは、彼の前にて慇懃な礼をした。
武の道を極めんと闘うその武人の姿に惚れ込んだ彼女が、その部下となって早半年。
一介の雑兵であったころも今は昔。
現在の彼女は、張遼を支える前将軍の一人である。
「貴公の常日頃の働きに対しての俸給だ、遠慮なく受け取るが良い」
「有難うございます!」
「民たちの平和を守るため、貴公の武働きを期待しているぞ!」
「はい、命にかえましても!」
賜った布の小袋は、その小ささの割にずしり、と重い。
それは今まで斬り捨てて来た敵たちのいのちの重みなのか―
毎回俸給を賜るたびに、エルレーンの胸中にそのような痛みが走る。
戦いの中で生き、戦いによって身を立てる彼女の来た道は、修羅の物。
自らの決めたことだ、自分で選んできた道なのだから―
そう思ってみても、その罪悪感が完全に払拭されることはない。
…が。
エルレーンは面を上げ、もういちど自らの主の顔を見た。
主君・張遼の瞳を。
何かを求め、戦い抜いてきた猛将の瞳は、揺らがずにいる。
その揺らがない強さに、自分は魅了されたのだ。
この方のような高みに昇りたいと、自分は―
「どうした?」
「…いえ、何でもありませぬ」
自身をじっと見つめる少女の視線に気づいたのか、少し困ったような顔で問いかける張遼。
慌ててかぶりを振り、エルレーンはまた頭を下げ、一礼した。
―今の自分ではとどかない、その高み。
「…はう」
「どうされましたか、エルレーン様」
執務室から出ると、外で待っていたC・ルーガが近づいてきた。
「う、ううん、なんでもない。
それより…俸給もらったよ」
「いつもどおり、くらいでしょうか」
「そうだね…」
手にした小さな布袋に目をやる。
少女は、思った。
これは確かに、わが罪の証。
―けれども。
少女は、思った。
それでも、私は生きていくしかないから。
この世界で、生きていくしかないから。
戦いの世界で、生きていくって決めたから。
少女は、思った。
これからも、私はこの場所にいたいから。
我が主君、張遼様をお守りし、彼の方の道を追いかけてみたいから。
少女は、思った。
だから―
闘い続ける。
それが、誰かを傷つけ屠ることを避けられぬ道であろうとも。
「あー、でも結構ある…最近たくさん族の討伐とかしてたからぁ」
「それは何よりです」
「えへへ…これだけあったら、きっと買えるよね?」
「何が、です?」
「えっとぉ、前から欲しかった新しい鎧、碧衣軽甲+7(へきいけいこう)…!
仲買商でこの間見たんだ!」
「そうそう、その仲買商ですがね、エルレーン様」
「何?」
「この間まとめ買いした春秋左慈伝の代金を早く払え、と」
「!」
「それから骨董商からも貴石の代金を払うように、と。とてもそんな余裕はないかと…」
「…うぅ、もらったばっかなのに」
「これが現実ですよ、エルレーン様」
「うー…!」