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鋼鉄のAphrodite


弓教授は、見つめている。
真っ直ぐに、見つめている。
眼前に立ち尽くす、鋼鉄の女神を見つめている―


アフロダイA。
ガラスを隔て、弓弦之助教授の前に立ちはだかる巨大な女神の―それが「名前」。
己が造った女神を前に、弓教授は浮かぬ顔つきのまま、立ち尽くしている。


…娘は、今頃泣いているのだろうか。
教授は、ふとそんなことを思った。


先ほどまで、会議が開かれていたのだ。
今はたいした武装もしていないアフロダイAを、さらなる戦闘用へと改造すべきか…という議題で。
会議は、割れた。
これからも間断なく襲ってくるだろう機械獣に対して有効だと言う意見、
もともと採掘・調査用のロボットを戦闘用にして意味があるのかという意見…
甲児君が反対票を投じたのは意外であったが。
結局、三博士と甲児君の意見は、二対二にきれいに分かれた。
…私は、「否」に投じた。
それが決定票となり、アフロダイAにさらなる武装を加える提案はお流れとなった…
さやかはかんかんに怒り、会議室を飛び出てしまった。
ああなってしまっては、しばらく手のつけようもない…
仕方なく、私はしばらく彼女をそっとしておくことにした。
だが、その時最後にさやかが見せた顔が忘れられない。
彼女は、「お父様まで、どうして?!」と今にも言いたげな、落胆と困惑と衝撃がない交ぜになった表情で、自分を見つめていた―


あの子は、何故あんなにしてまで、身体を張って戦おうとするのか。
弓教授の口から思わずため息がこぼれ出る。
だが、その自分の嘆きがお門違いのものであることはわかっていた。
そうでなければ、…偽善者だ。


わかっている、自分の言動が矛盾そのものでしかないと言うことは。
もし本当にさやかが戦うことを望まないのなら、アフロダイに乗せてはいけない、研究所を守るために出撃させてはならないはずだ。
もし本当に研究所を守るために戦わせるなら、超合金Zで剣でも盾でも槍でも斧でも弓矢でも、何でも造って持たせなくてはならないはずだ。
私は、そのどちらともはっきり選ばずに、そのくせにさやかにいつも強いている…
マジンガーが機械獣を倒すまで、研究所を守るための時間稼ぎを。


さやかが鬱屈する気持ちもわかる。
蹴られ、倒され、気を失い、時には大怪我をし、命の危険すらさらしているのにもかかわらず、結局自分はいつも機械獣にひどい目に合わされるばかりなのだから。
もともと地質調査用のロケットをつけただけの装備では一矢報いることもろくに出来ず、気の強いあの子にとっては悔しいことだろう。
甲児君のマジンガーZに比肩出来ないのも、あの子の苛立ちに拍車をかけている。
甲児君は甲児君で、攻撃力に著しく劣るアフロダイとさやかを「足手まとい」としか見られないのかもしれないが…


それでも。
アフロダイを、戦闘用に改造することに…私は、すさまじい不快感を抱いている。
自分の矛盾を、痛いほど理解しながらも。
それでも、私はそれをしたくないのだ―
まったく理性的な考えからではなく、まったく感情的な理由から。


私は、きっと…見ることを、拒絶しているのだ。
あのアフロダイが、剣を手に取り―敵を無慈悲に切り裂く様を。


「アフロダイ」と名づけたのは、設計者の私自身だ。
アフロダイは、すなわち"Aphrodite"…ギリシャ神話の女神。
愛と美を司るという彼女の名を、採掘用ロボットに名づけたのは酔狂にもほどがあるかもしれない。
それどころか、何故にそのボディーを女性の形に造ったのか、何か理由でもあるのか、と様々な人から質問された。
中には、露骨に怪訝な顔を見せる人もいたな。
だが、理由もなくそうしたわけではない。
何故なら、あれは…アフロダイAは、はじめからさやかのためのロボットだったのだから。
光子力研究所を兜十蔵博士に託され、私は光子力の平和利用に尽力することになった…
その象徴が、アフロダイA。
光子力を人を傷つける力ではなく、人のためになる力として使う。
中学にいた時分から、卒業後は私の研究の手伝いをする、と進路を決めてくれたさやか。
そのさやかがパイロットとして搭乗するロボットなのだから…
女の子が乗るロボットなのだから、少なくとも「可愛らしい」「綺麗な」モノにしよう…
そう思って、私はアフロダイを鋼鉄の女神として造ったのだ。
―まさか、その数年後に。
こんな血みどろの戦いが、さやかとアフロダイ、そして自分を巻き込むなどとは、まったく予想など出来なかった…


弓教授は、鋼鉄の女神の相貌を見上げる。
人の手によって造られた女神は、静謐な無表情を決して崩さないまま、彼を見下ろす。


―ふと、その顔に重なるように…一人の女性のイメージが浮かんだ。
弓教授の網膜に映ったその残像は、彼の妻だった女(ひと)の幻想。
教授が齢を経て、青年の頃を過ぎ去り、壮年にさしかかった今なお…その幻想は、若き日の彼女のままで。
年若くして天に召された彼女は、残された弓教授の中で変わらないままでいる―
永遠に。




お前は、こんな私を見て、どう思うだろうか?




亡き妻に、心の中で問いかける。
答えが返らぬことなど、承知の上で。
あの日、彼女がこの世を去ったその瞬間から、幾度、幾十度、幾百度、幾千度繰り返してきた、一方通行の言葉。


お前を亡くして、男手ひとつでさやかを必死に育てた。
だがお前は怒っているのだろうか、この有様を空の上から眺めて…
私は懸命にやってきた、それでもお前がいなければ駄目なんだろうか?


さやかといさかいを起こした後、弦之助が妻に対して呼びかける言葉は、いつもそんな弱音ばかり。
父親一人に、娘の教育は難しいといつも痛感しながら…
亡き妻に、心の中で問いかける。
答えが返らぬことなど、承知の上で。


だが…
弓教授は、やがて頭を垂れる。
ゆっくりと目を伏せ、その視界から鋼鉄の女神が消える。


アフロダイを女性の形にした、もうひとつの理由がある。
アフロダイの武装を望まない、もうひとつの理由がある。
誰にも言うことはない、誰にも言うつもりはないけれど。




アフロダイは、お前だからだ。




頭を上げる。
もう一度、鋼鉄の女神を見上げる。
そして、遠い過去を思い出す。
亡き妻に、心の中で問いかける。
答えが返らぬことなど、承知の上で。


私の研究のことなど、ちっともわからないといつも言っていた。
それでも研究所にこもりきりになる私を、文句も言わずに支え、心身ともに助けてくれたのは…他ならぬお前だった。
シャツにアイロンをかけ、おいしい食事を作ってくれて、私のくだらない愚痴だの泣き言だのを、笑って聞いていてくれた。
仕事に疲れ果て我が家にたどり着いた時、玄関でお前とさやかが出迎えてくれた時の、
あのあたたかさ―
あのあたたかさこそが愛おしく、大切で、有り難かった。
だから、だからこそ…私の研究は、私一人のものではなく、お前がいてくれたからこそ出来たものだ。
その思いを、私は何らかの形に残したかった。
だからロボットに名をつけた、愛と美を司るギリシャ神話の女神・アフロディーテ。
私にとってのアフロディーテは―お前だ。
今私の目の前に立つ鋼鉄の女神は、お前のために。
誇らしき、気高き女神の「名前」とともに、お前のために。


そして。
お前は、そんな優しい女だったから。
お前は、そんな思いやり深い女だったから。


お前は、望んで誰かを傷つけない。
お前は、望んで誰かを殺さない。
お前が戦う時があるのなら、それはおそらく唯一…
お前の大切な人々を、護るため。


そうだ。
さやかは、お前に似ているのだ。
確かにお前のようにおっとりもしていなければ、穏やかでもない。
しかし、さやかは強い。お前と同じように。
大切なものを護ろうとする、そのこころの強さ。
そのこころの強さが、さやかを支えている。


きっと大丈夫だ。
私は、そう信じている…
根拠もないそれは、私の勝手な祈りでしかないものなのかもしれない。
理由もないそれは、私の勝手な願いでしかないものなのかもしれない。
それでも、私は信じている。


アフロダイに乗っている限り、さやかは決して死なない。
アフロダイに乗っている限り、さやかは決して消えない。
何故なら、
アフロダイAは、お前だからだ。
娘を護るアフロダイAは、お前そのものだからだ。
お前は、絶対にさやかを護り通す。
なあ、そうだろう―
それが、「母親」ってもんだろう?!


弓教授の顔が、笑みのようなものに変わった。
だがまるで泣き顔にすら見えるその笑みには、何処までも―その影は消えることはない。
鋼鉄の女神が、そんな彼を見下ろしている。


弓教授は、鋼鉄の女神の相貌を見上げる。
人の手によって造られた女神は、静謐な無表情を決して崩さないまま、彼を見下ろす。




二つの視線が、絡み合う。
音もなく、静かに。





弓弦之助教授について…少しばかり、思うこと

弓教授はダンディズムにあふれておられます。ええ、まったく。
好物はビーフシチューです。
頼りがいのある、ご存知我らが光子力研究所二代目所長!

DVDを見返していていろいろ思ったのですが、弓教授って意外とシナリオで性格がちょっとずれている気がします。
それは甲児やさやかもそうなんですけど(特に甲児たちの言動はシナリオライターさんによって特徴が出ていますね)、弓教授も割とぶれてたりします。

今回ショートストーリーの題材にしたのは、第八話においてさやかが「アフロダイを戦闘用に改造してほしい」と懇願した時に、弓教授は反対票を投じた…というエピソードです。
そのように、彼は戦闘を好まない、望まないというスタンスがこの章では描かれていたように私には思えます
(小説中にも書きましたが、その割に行動は矛盾している…戦闘用にしない割には機械獣が出てきたら出撃させる…ので、さやかにとってはいろいろとつらかったのではないかと思います)。
と思えば第八十九話では、光子力研究所の地底のマグマを活性化させ機械獣を誘い出す、という「えっじゃあその後研究所にも被害来んじゃねえの危ないYo!」な危険作戦を平然と立案。
第四十三話では、ブロッケン伯爵率いる鉄十字軍団に研究所に乗り込まれても、逃げ出すことをせずに「私は責任者としてこの光子力研究所と運命をともにしなければならないんだ!」と絶叫。
そして第五十七話では、やはり研究所に攻め込まれ「もうダメだ!」とばかりに拳銃を頭につきつけ…((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
もう、大胆なんだか細心なんだか、どっちだかわかりません。
というより、「どっちも」持っている、ということが弓教授の一番のアドバンテージなんでしょうね。
これと同じように…彼は天才のかけらを持つ、れっきとした凡人でもある男。
私はそう見ています。
ある種天才的な能力がなければ、純然たる天才・兜十蔵の後を継ぐことはできなかっただろうし、それでいて凡人であるという事実から来ている控えめで高ぶらない努力家のパーソナリティこそが、
甲児を始め研究所の面々をあたたかく包むことができる(その逆の悪い例を、ドクター・ヘルや…そして残念ながら、マジンガーZ時代の兜甲児の中に見ることが出来ます)。
そんな彼だからこそ、光子力研究所の所長を勤め上げることができるのだと思います。
彼が所員たちに慕われているのは一目瞭然で、第四十五話・研究所10周年記念パーティ中に機械獣が襲ってきた時「博士には知らせたくないんだ…」と
強襲してきた機械獣を確認した管制員がその情報を握りつぶす、というシーンの中にも見ることができます。
いつも戦っている弓教授に、パーティを楽しんでもらいたい…
そういう思いやりが感じられますね(ノД`)

ですが、甲児とさやかのケンカでとばっちりを喰って一番絵になる(笑)のはやっぱり弓弦之助!!
第五十二話(かの有名な「さやかマジンガー」の回ですね)では、花瓶をぶつけられるなどの被害を…
ど、ドンマイ!ドンマイ弦之助!
鉄仮面につかまって脅されたり、とっつかまってニセモノ送り込まれたりしてもめげるな、ビーフシチュー食べて今日もがんばれ、弓弦之助教授!