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◆ 百花繚乱・美姫三人集!(3)
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その時だった。
驚くほどのタイミングのよさで、それはけたたましく鳴り響いた。
「!」
「…非常警報!」
研究室にいる者の視線が、一斉に上を向く。
スピーカーから流れる甲高いサイレン音は、明らかなる危険の接近を報じている。
「…来たようだな!」
神大佐の目が、にわかに厳しくなる。
「流中尉!いけるか?!」
「はい!…お前たちは?!」
うなずく流中尉。
すぐさまその視線は残り二人のチームメンバーに向く。
鋭い口調で問いかけるが…
「えっとぉー、わたしたちもぉー、しゅみれえーた?で…」
「エルレーン、それを言うなら『シミュレイター』だぜ」
「あっそーか、よく知ってるのエルシオン」
「…当たり前だぜ」
…彼女たちの周りだけは、その緊迫した空気も無残に霧散してしまっていた。
緊張感のかけらもない会話を聞くにつけ、がたがたと全身の力が引き抜かれていくのをリョウコは感じた。
「い、い、いいから!…お前ら、ゲットマシンは操縦できるんだな?!」
「うんー」
「ああ、もちろんだ!」
端的に問い直すと、何とか肯定らしき答えが返ってきた。
「…よしッ!」
きらり、とリョウコの瞳が闘志で輝く。
「いきなりだが、今から、ゲッターネチェレトで敵を殲滅するぞッ!私の指示に従えよ!」
「はう、いきなりなの…」
「ふん、俺が返り討ちにしてやるぜ!」
突然の出撃にため息をつくエルレーン、鼻息も荒く猛るエルシオン。
「おおおおし!おもっきしぶっ放して来い、エルエルコンビ!」
「はいなの、博士!」
「ここで見てろよ、くたばりぞこない!」
そんな二人に、作成主・敷島博士からの激励も飛んできた。
博士に元気なお返事を返す二人。
そして、格納庫に向かって駆け出すリョウコの背中に続く…!
「きゃーがんばってぇ、ゲッターチーム☆」
「…神大佐はとっとと司令室行ってくださいッッ!!」
…が、博士と同じく声援を送った神大佐のほうには、流中尉のすげない怒鳴り声だけが返ってきた。

「…ゲットマシンのほうはどうだ、三人とも?」
それから数分後、ゲッターネチェレト格納庫。
司令室に戻った神大佐から入った通信が、三機のゲットマシンそれぞれの通信機を鳴らした。
「ゲッターイシス、発射準備完了!」
「んっとぉ、げったああせくめとぉ、準備おっけーなの」
「俺のゲッターバステトも、準備は出来てるぜ!」
一号機・イシスにはリョウコが。
二号機・セクメトにはエルレーンが。
三号機・バステトにはエルシオンが、それぞれ搭乗した。
三人とも、実物のゲットマシンに搭乗するのは初めてだったが…それでも、あまり緊張した様子は見られない。
リョウコにとっては普段乗っている戦闘機とあまり大差はないわけであるし、エルレーンとエルシオンの二人にしても、専用シミュレイターでの訓練をかなり積んでいると見え、たいした動揺もしていないようだ。
すなわち、戦闘準備は完璧だ、ということだ。
「そうか。…『オーガ』の奴は、まっすぐこの基地を目指してきているようだ。どんな手段を使ってもいい、撃破してくれ」
「了解!」
「それでは、ゲッターチーム…出撃せよ!」
「ゲッターイシス、発進!」
「げったあせくめとぉ、発進!」
「ゲッターバステト、発進だぜッ!」
三者三様の掛け声とともに、ゲットマシンがまばゆい炎を吹き上げる。
凄まじいゲッターエネルギーの燃焼によって、三機のゲットマシンはカタパルトを滑るように進み…あっという間に、発射口へと吸い込まれていった。

「…いいか、二人とも…お前たちは、戦闘経験は皆無に等しいはずだ。だから、私の…」
「『かいむ』ってなあに、エルシオン?」
「さあな…俺に聞くなよ」
「…わ、私の話を聞けッ、二人ともッ!」
空を行く三機のゲットマシン。
その一号機・ゲッターイシスを駆る流中尉から、エルレーンとエルシオンに指示が飛んでいた。
が、いまいち緊張感の足りない二人。
その二人に対し、リョウコは細かい説明も何もかも省き、最低限のルールだけを押付けた。
「と、とにかく!私の命令どおりに動くんだ。いいな?!」
「…」
「…」
通信画面に映る二人の表情が、かすかに不服げなものになる。
だが、それは…すぐにはじまる戦いのほうに気をとられているリョウコの目には、映ってはいても見えてはいなかった。
「!…来たぞ!」
と…リョウコたちの瞳が、目標を捕らえた。
…森を食む、醜い茶色の…肉隗。
それには目があり、手があり、足があり、角があった。
それが、今回の敵…「オーガ」の一種だった。
今までは、数十mもの身の丈のあるこの怪物を倒すのに、ミサイルだの爆雷だのなんだのと、大変な苦難を強いられた。
だが…今は、違う。
この「オーガ」を倒すためだけに造られた、特別な、特殊な兵器が…ここにあるのだ。
「ふん…新兵器の力、見せ付けてやるッ!さっそく合体するぞッ!」
にやり、と笑むリョウコ。
彼女の手は、今まで何度もシミュレイターで繰り返してきた、合体手順を確実に踏んでいく…!
「チェンジ・ゲッターイシス!スイッチ・オ…」
だが、その時だった。
ゲッターイシスの通信機を、焦ったような少女の声が貫いた。
「…ダメッ!」
「?!」
「な…ッ?!」
思わぬ制止に、リョウコの表情が変わる。
その通信は、ゲッターセクメト…エルレーンからのものだった。
「え、エルレーン!どうした、何故…」
「今は、合体しちゃダメッ!」
「?!…な、何を言って…」
何をわけのわからないことを、と、リョウコがいさめようとした、その途端だった。
ゲッターバステト…エルシオンの駆るゲットマシンが、「オーガ」目がけて急激に加速した!
「?!…え、エルシオンッ?!」
「うおおおおおおッ!喰らえッ、『オーガ』の野郎めぇッ!」
バルカン砲を連射しながら、ゲットマシン・ゲッターバステトは「オーガ」へと突っ込んでいく。
撃ち続けられるバルカン砲弾は真っ直ぐに空を切り裂き、」この世のものならぬ怪物の身体を裂く―
のたうつ醜悪な肉隗。放たれる怖気のふるうような悲鳴。
身体を穿つバルカン砲の痛みに醜い身体をふるわせた「オーガ」は…すぐさまに、反撃の腕を振るう。
「…!」
「…くううッ!」
振り上げられた「オーガ」の肉は、触手のように伸び上がる!
そして、空を舞うゲットマシンを捕らえひきつぶさんと、その汚らわしい腕を縦横無尽に伸ばす―!
「オーガ」の攻撃を避けながら、リョウコは必死に体勢を立て直そうとする。
…が、ゲッターバステトは、エルシオンは…それにもかかわらず、触手を避けながらも、それでもたった一機で「オーガ」を攻撃することを止めはしない!
「一人で飛び出すな、エルシオンッ!無茶は…」
「ちっ、邪魔するなよリョウコ!」
「…な、何だとぉッ?!」
「ぐずぐずしてる暇があったら、手伝えよ!」
「…〜〜ッッ!!」
とどめる自分の命令を無視し、再び「オーガ」に向かってバルカン砲を連射するエルシオン。
…と、視界の隅では、もう一機のゲットマシン…ゲッターセクメト、エルレーンもまた、同じように攻撃を開始していた…
自分の命令など、何一つ聞きもしないで!
リョウコの胸に、熱いものがこみあげる。
命令を無視し続ける二人に向かい、声の限り怒鳴りつけようとした―
「…!」
しかし、その前に、「オーガ」が動いた。
無数に放たれたバルカン砲は、「オーガ」をひるませはしたものの…所詮は豆鉄砲のようなもの、たいしたダメージを負わせられてはいなかったのだ。
「オーガ」の触手が、鞭と化した―
「きゃあッ!」
「うわああ…ッ!」
振り下ろされる無数の肉の鞭を危うく避ける三機のゲットマシン。
大地に叩きつけられた「オーガ」の肉はひびを生み、木々を倒し、破壊の傷跡をひろげていく…
「オーガ」の攻撃を必死にかいくぐりながらも…リョウコの中を、焦りが侵攻していく。
自分の言うことを聞かない、二人のクローン。
だが、このゲットマシン形態では、到底この「オーガ」を粉砕できまい…
(くっ…こいつらぁッ、勝手なことばっかりしやがって!)
こころの中で、思い切り毒づいた。
いや、油断すれば…今にもそれを声に出していってしまいそうだった。
…しかし、ともかく合体しなければ。
そう思い立ち、リョウコが何とか気を取り直そうとした…その時。
強大な肉隗は、ふと…その鎌首をもたげ、天空を仰ぎ見た。
「あ…」
ぎらり、と照り付けるまぶしすぎる陽光の向こうに、巨大な影が飛びすさった…次の瞬間。
黒い影は、大地を跳ねるように飛び、自分たちから遠くへ、遠くへといくように去っていく。
その光景を、呆けたように見つめている間にも、遠くへ、遠くへ…
…そして、数十秒後。
戦場から、「オーガ」の姿は消えうせていた。
刹那、あっけに取られたが…じきに、その現実が、嫌な実感をともなって湧いてくる。
自分たちは、敵に逃げられたのだ。
しかも、自分たちがいざこざを起こしている、その隙を突かれて…!
ぎりっ、と、きしる硬い音が、閉ざされたリョウコの唇からもれた。
自分たちの不調和と不始末、そして不本意な結果。
最悪だった。
いつの間にか、リョウコは痛みすら感じるほどに、強く強く、歯を喰いしばっていた。

「どうしてだッ!」
ゲッターネチェレト・格納庫。
再び格納されたゲットマシン、そこから飛び降りるなり二人に詰め寄ったリョウコ…
彼女の口から放たれたのは、当然のように…先ほどの戦闘時、自分の命令を無視したことに対する叱責だった。
彼女の口調は荒く、それを聞くまわりの整備員も、他人事ながらにびくつくほどだった。
…だが、二人は無言。
怒鳴りつけるリョウコを、困ったような、だが何処かいぶかしむような顔で見つめている…
「どうしてだッ!どうして、私の命令に従わないッ?!くそッ、そのせいで…!」
「だ、だってえ!」
「…!」
リョウコがさらに言葉を継いだ、その時だった。
意を決したのか、顔を上げたエルレーン…
彼女が、反論を始めたのだ。
「…だって、あの時は!強い風が吹いてたの!…そんな中で、合体するなんて!」
「そ、そんなこと、お前が判断することじゃないだろうがッ!」
「!…な、何で?!だ、だって…」
「だってじゃないッ!」
「…〜〜ッッ!!」
リョウコの反応は、苛烈だった。
合理も何もなく、自らの意見も聞き入れてもらえず、ただただ上から押さえつけられる。
その理不尽さに、エルレーンの表情が悔しさで歪む。
泣きそうな顔になった姉妹の姿を見たエルシオンが、間に割って入ろうとした。
「り、リョウコ!」
「…お前もだッ、エルシオンッ!」
…が。
鋭い叱責の矛先は、今度はエルシオンに向けられた。
わずかにたじろぐエルシオンを、リョウコはぎっとにらみつける。
「な…お、俺が、何だってんだよッ?!」
「たった一人で『オーガ』に突っ込んでいくなんて、一体何を考えているんだッ?!」
「き…決まってるッ!そりゃあ、あいつらを倒しに…」
「私の命令も聞かずにか?!」
「そ、そんなの…そんなの、お前がぐずぐずしてるからじゃねえか!」
「…!」
リョウコの柳眉が、ぴくり、と不愉快げに歪んだ。
だが、エルシオンは自分なりの理由を述べ立てる…
何処かムキになったような顔で強弁する、自分と同じ、クローンの顔。
リョウコの目の前で、リョウコを否定する「リョウコ」たち。
…首筋が、強張るのがわかった。
こみ上げてきた、怒りのせいで。
「あいつらの気をそらすことぐらいにはなっただろうが!俺は、だから…」
「…うるさいぃッ!」
「…ッ!」
驚くほどの、大声がリョウコの喉から出た。
あまりに大声を出したので、喉がひきつれそうになるほどだ。
エルレーンとエルシオンが表情を強張らせたを見て、慌てて感情を抑える。
だが、無理やり押付けられた感情は、むしろマグマが煮えくり返るかのように荒れ狂った。
「うるさい、…人の命令も聞かずに暴走して、何をえらそうに…ッ」
「で、でもッ…!」
エルレーンが、反論しかけた。
だが、リョウコは…その反論の内容も聞きいれることすらしなかった。
「…〜〜ッッ!!」
があん、という硬い音がいやに派手に響いた。
まだ少しマグに入っていたコーヒーがこぼれ、小さな茶色い水たまりをつくった。
「?!」
「…!」
その音に、びくっと震える二人。
「…」
両拳を、思い切りテーブルに叩きつけたリョウコ。
随分痛かったはずだが、強く固めた拳と、気が昂ぶっているせいで、さほど痛みは感じなかった。
「…いいか、お前ら。これだけは言っておく」
押し殺した声。抑揚のない声。
それは、なまじ怒鳴りつけるよりも激しく、エルレーンとエルシオンをおびえさせる。
「ゲッターチームのリーダーは私だ…リーダーの命令には、従うんだ…!」
リョウコの眼光が、二人を貫く。
自分と同じ顔をした女の、その鬼気迫る表情に…彼女たちは、とうとう反論する気焔を奪われた。
「…」
リョウコの瞳に、もう二人の自分が映る。
彼女たちは、身を寄せ合い…何も言い返せないまま、怯えきった目で、こちらを見返していた。
(私も、昔は…こんな情けない顔をして、誰かを見ていたのだろうか)
まったく関係のない、そんな感想がこころの何処かから浮かんできた。
それが、目の前に在る彼女らを貶めていることになど、何一つ気づかないままに。

「…」
廊下を歩くリョウコの表情は、浮かないままだ。
自分たちの無様な敗北、しかもその原因はチームワークの乱れ…
まったく、頭が痛かった。
自分のクローンだというあの二人が、あれほどまでに御しにくいものだとは思わなかった。
チームメンバーを変えるべきではないか、とも思ったが…
よく考えれば、そのような適切な人材がいなかったために、あの二人が造られたのではないか…というところにまで考えが及ぶにつれ、ただただ落胆で肩が落ちるのみだ。
…ともかく、訓練を。
さらなる訓練で、何とか…あの二人を、自分に従うようにしつけなければ。
次なる「オーガ」の襲来に備え、ゲッターネチェレトの実機訓練を行う。
悩んだリョウコが最終的に選んだのは、そのような考えだった。
その嘆願のため、彼女は神大佐の元へ向かっているのだ。
神大佐の部屋のドアの前まで来ると、何やら中から会話が聞こえてきた。
その会話は…二人の不満げな少女の声と、やたらにうれしそうな神大佐の声で構成されていた。
「あのねぇ、あのねぇ…私たちね、いっしょうけんめーがんばってるのにね?リョウコが私たちをいじめるのぉ」
「俺たちばっかりのせいにして…ずるいぜ、リョウコは!」
「はっはっは、そぉかそぉかぁ!」
…ぴくり、と、リョウコのこめかみが動いた。
悪魔がドアの向こう側にいるともしらず…エルエルコンビにはさまれてご満悦の神大佐、彼のセリフは止まらない。
「流中尉にいぢめられちゃったのかなあ、エルレーンたんとエルシオンたんはー?
ああ、それはかわいそうに…どうかねお嬢さん方、よければ憂さ晴らしにでも、私が君たちを遊園地に…」

「いっぺん死んでこいゴルァアアアアァアァァァアァ!!」
ドアが勢いよく開き、暗黒の影が空を舞った。






「…」
「…は、はわわわわ…」
「…(真っ青)」






…とりあえず、それがぴくりとも動かなくなるまで殴ったら、ちょっとはスッキリした。
それの残骸と凍りつく二人のクローン娘をその場に残し、足早に立ち去る(訓練の嘆願書は、丸めて大佐の口の中に突っ込んできた)。
何も言わないままに。
今、口を開けば、恐らくまた二人を面罵してしまうだろうから。
いらついていた。正直、顔つきが変わるほどに。
しかし、そのいらつきは、どこか…もどかしさにも似ていた。
まるで、触れられるはずにもかかわらず手の届かない、そんな予想外の無力感のように。