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The devilish Heaven or The angelic Hell(悪魔の天国/天使の地獄)(2)


おおおおおおー、というどよめき!
専務の、まだ幼い社長を想う、その親心にも似た忠孝の証。
その言葉に共鳴した観客たちの口から、意図せずして漏れる嘆声が形作るどよめきが、瞬時にしてスタジオを埋め尽くす…!
陀和キア子(だわ・きあこ)・立古地偉朗(たちふる・ちいろう)が司会を務めるクイズ番組・「クイズ悪魔のささやき」。
「零細企業ビンボー」こと柿小路梅麻呂(64)の真情のこもったアピールは、彼らに強いインプレッションを与えたようだ…!
と、ここで。
立古アナが、何やら思わせぶりな口調で、こう専務に告げた。
「いやぁ、素晴らしい!何と言う思いやり、何と言うやさしさ!」
「い、いえぇ…」
「これはもう、ね!その社長さんや、会社の皆さんにも!専務さんのがんばりを、ね?」
くるり、と通路に視線を飛ばす、
まるで、何かの合図のように…!
「是非ね!見てもらおうじゃありませんか!」
「…?!」



その途端だった。
ばたばた、と、聞き覚えのある、たくさんの足音。
たくさんの足音が、それぞれの個性を奏でながら近づいてくる―
通路を駆けてくる、四人の姿。
作業着を着た大柄の常務取締役・「鉄さん」こと厚井鉄男。
スーツを着たひょろ長い営業係長・木下藤八郎。
心やさしい会社の紅一点・経理事務担当の砂原郁絵。
そして…
年齢の割には小柄な、だが元気いっぱいの少年。
彼が、彼こそが「竹尾ゼネラルカンパニー」の代表取締役社長・竹尾ワッ太少年…!


「は…しゃ、社長、みんな!」
思いもせぬ社長と同僚の姿に、専務は動転の極み。
相当どきりとしたのか、額にはいつの間にか汗が浮かんでいる。
そんな彼の下に駆け寄り、同僚たちが口々に言うことには―
「水臭いぞ、専務!何でわしらに相談してくれなかったんだ?」
「いやあ、TV局から電話をもらったときは本当びっくりしましたよ〜!」
「驚きましたわ、まさか専務がクイズ番組に出るなんて…」
どうやらこの番組に出場することは専務の独断だったらしく、彼らには何も知らされていなかったようだ。
そうして、それは…
専務が何とか力添えようとした、この年若い社長も同じ。
じっ、と、己を見つめてくる、ワッ太の視線。
自分がこんな番組に出ている、などと言う現実がいまだ信じ切れていない、と言うような、
驚いたような、戸惑っているような、そんな視線。
その視線に耐えかね、専務はばっ、と頭を下げた。
「しゃ、社長、すみません…独断でこのような行動に出て、誠に…」
「…謝んなくてもいいよ、専務」
詫びようとする専務を制して、ワッ太は…笑った。
確かに。
観客に己の苦境を晒し同情を買い賞金を得ようとするこんな番組に出るなどと言うことは、一種の恥かもしれない。
それを誰に言うこともせず、誰に断ることもせず、自分一人で行なったなどと言うことは、一種の勝手かもしれない。
…けれども。
「だって、専務は…俺のために、がんばろうとしてくれたんだろ?」
だから、ワッ太は笑う。
専務を責めようとするどころか、それどころか。
「でも、ぜんぜん気にすることなかったのに」
「社長…」
「だって、俺は…社長なんだから!社長が仕事をやるのは、当たり前のことじゃん!…な、専務!」
「う、ううッ…!」
そんな専務をむしろ気づかう、優しい言葉をかける。
12と言う若年に似合わぬ少年の懐の深さに、思わず専務の瞳が涙に曇る…
「…えーと、ワッ太…君?」
「はい!俺、『竹尾ゼネラルカンパニー』代表取締役社長、竹尾ワッ太です!はじめまして!」
と。
呼びかけた陀和に、ワッ太はぱっ、と振り向いて。
元気いっぱいのごあいさつをしてみせる。
それは如何にも年齢相応で、その何処にも大人びたところのない、普通の小学生のそれそのものだった。
「あら〜、ちゃんとしてるわぁ」
「ワッ太君は、自分の今の生活…つらいとか、大変とか、そういうのはないですか?」
「う〜ん」
立古の問いに、ワッ太の表情がちょっと歪む。
もちろん彼は、大人が喜びそうな建前を言うこともできただろう。
けれども、彼はそんなことをしない。
素直に、自分の心境を、まっすぐに口にする。
「そりゃあ確かに、友達と遊ぶ時間とかが無くなったりするのは面白くねぇけど…
でも、これは俺が決めたことなんです」
にっ、と、少年は笑った。
何の影もない…いや、それを乗り越えた者の持つ、裏打ちされた、それは強い心。
わずか12歳にして巨大ロボットを操り、そして会社を背負う少年。
竹尾ワッ太は、その艱難辛苦なる己の苦境を笑い飛ばすことが出来る。
彼は笑うのだ、鮮やかに快活に。
そうして、軽々と誓ってみせる、
何故なら、彼は強いからだ。
それを仲間とともに叶えてゆける、強い心を持っているからだ…!
「俺は、父ちゃんの残したこの会社と、トライダーG7を守っていきたいんです!
自分で決めたことだから、いい加減なんてできませんッ!」
『おおーーーーーーーッ!!』

会場から沸きあがる歓声!
拍手と感嘆の声が、少年に向かって降り注ぐ…!
「…ッもう!けなげ、すっごいけなげや!アタシは感心したで!」
「へへへ、いやあ…」
褒めちぎる陀和に、さすがに顔を赤くして照れるワッ太社長。
ここまで陀和キア子が出場者を賞賛することはなかなかない…
これは、かなりと印象強いアピールとなった模様だ。
それが証拠に、立古地偉朗も…
「こりゃあねえ、こんだけ普段からがんばってくれてるんだから、せっかくの修学旅行ですもんね?
ばっちり楽しんできてもらいたいですねえ」
にこにこ笑いながら、専務たちにしゃべりかけている。
「さあ!皆さん如何でしょうか?!」
そして、立古アナが大きくその右手を掲げ、客席にむけ語りだす!

「世の中、いろんな事情を抱えた人がいます。誰もが自分の人生を懸命に戦っています。
彼のように、年若くして社長業と言う重い職を背負う…それは想像ができないようなことでしょう。
ですがワッ太君、前向きに強く生きていらっしゃる。がんばっていらっしゃる。
そんな彼の『子ども』として当たり前、当たり前な思い出作り。
それをお望みになる専務さんに共感された方…ボタンを押してください」

「さあ、如何ほどかッ?!」
叫びとともに、トータライザーの数字が激しく空転し始める!
今、この観客席にいる100人の観客―
そのひとりひとりがもつボタン、その一押しが1万円の価値となる。
そして、その金額を賭けてクイズが行われるのだが―!


ジングル!
同時にトータライザーの数値がぴたりと止まる、
それが示した数値は…


「!」
「うわあ…!」
鉄さんが、郁絵が、木下が、
思わず、目を見張った―!

[064 万円]

「あ、あ、あ、ありがとうございますです!あ、ありがとう…ッ!」
「えへへっ、ありがとうございまーす!」
ぶるぶる、と。
男・柿小路梅麻呂専務の肩が震え。
彼は幾度も幾度も観客席に頭を下げる。
こらえ切れなかった涙が、じわり、としわを刻んだ目じりに浮かぶ。
一方の代表取締役社長殿は、相変わらずきゃらきゃら笑っている…

「それでは、参りましょう―『最後の一葉』!」

立古アナの言葉に、舞台袖から速やかに運ばれてくる…
それは、七色の色鮮やかな風船。
赤、オレンジ、黄色、緑、青…
女性アシスタントが握るその紐の先で、ふわふわと頼りなげに揺れている、
まるで専務のこころのように―
「いつまで経っても年を取らないサザエさん一家。フグタ家とイソノ家には、全部で7人の家族がいます。
では、今から10秒間、その7人を思い浮かべてください…ただし、ネコのタマは数に含みません」

「…」
専務は、ひた、と、自分を映し込むカメラを見据えている。
その表情にはにわかに緊張が浮き立ち、
さあ。
勝負時が…来たのだ。
「がんばって、専務!」
「専務…!」
静まり返った、テレビスタジオ。
かすかに響いたのは、郁恵の祈りか、木下の応援か。
見守る会社の同僚たちの前で、専務はただ一人立ち向かう…!

「それでは、私が今からそのうち六人のその名前を言ってしまいます。
残りの一人の名前をお答えください」
すうっ、と、風船を持つ女性アシスタントのそばに、もう一名のアシスタントが近寄る。
その手には、尖った針―

「参ります」

「マスオ」
       ぱんッ
「カツオ」
       ぱんッ
「タラ」
       ぱんッ
「フネ」
       ぱんッ

一瞬の間を置いて。
「後三人です」
「…」
専務は、口を硬く閉ざしたまま。
こわばったままで、前を見つめたままで―

「サザエ」
       ぱんッ
「ナミヘイ」
       ぱんッ

―そして!
残ったたった一つの風船の色は青、
残った答えも…たった一つ!
「…残りの一人は?!」

「…わ、ワカメちゃんですぞ!」
「……正解ッ!」


ジングルと、拍手の渦!
「64万円獲得!」という派手なテロップが、破顔一笑する専務のバストアップにかぶせられる!
「やった、専務!」
「専務、すごいですわ!」
「やったあー!」
歓喜に飛び上がるワッ太、鉄さん、郁絵、木下!

「…さて、そこでなのですが」
…が、その喜び合う彼ら5人を前に。
立古が、歓喜を押さえ込むような、対照的に厳かな声で問い掛けた。


「考えてもらいましょう。64万もらって帰るか、それとも100万円に挑戦するか」


そう。
この「クイズ悪魔のささやき」は、二段階のチャレンジを設けている。
観客のトータライザー支持分の金額を賭けたクイズが、一回。
そして、さらにもう一回クイズを正解すると…100万円を手に入れることができるのだ!
すなわち、トータライザーの金額が多寡であろうと過少であろうと、合計で二回のクイズにさえ成功してしまえば100万円。
それがこの「悪魔のささやき」なのだ―
「64万円だと、一回の仕事量にちょ〜っと足りませんねえ」
「でも、十分なお金とちがうかなあ?」
立古の意味ありげなセリフに、陀和の反駁。
ここで帰るのか、それとも一攫千金を目指し、最後の挑戦をするのか、と。
強烈な選択を迫られた竹尾ゼネラルカンパニー社員一同、彼らもまた…
「せ、せ、せんむ!これで帰りましょうよ〜、そんでもって久々にパーッと…」
「係長!ここまで来たら最後までいけるぞ!」
「でも、せっかく手に入れたのですし…う〜ん」
その二つの選択肢に、踊らされている。
64万円と言う、大きすぎる、大きすぎる現金。
粗利益を出すのにすら苦難する中小企業にとって、それは大きすぎる誘惑。
しかし―それよりずっと額の大きい「100万円」を、たった一回のクイズで得られる。
ただ、やはり100万円獲得クイズに出される問題は、普通のそれより難解なものが選ばれる傾向にある。
だから、専務は惑った。
「…しゃ、社長」
「ん?」
ちらり、と、
彼は、隣に立つ、小さな少年に目をやる。
困惑しきった表情で、己が上司の意趣を問う。
「い、如何致しましょう…?!」
「…んー、」
少年は、少しだけ考え込むような顔をして。
だが、すぐに。
老境の域に入った、その忠実なる部下を見上げて、
太陽のような眩しい笑顔で、こう言ったのだ。


「専務が決めてよ!だって、専務ががんばってくれたんじゃん?!」
「…!」



銀縁眼鏡の、その奥で。
柿小路専務の黒い瞳が、意気に燃えた。
照明が落ちる。
残るのは、舞台中央を照らす一本のピンスポット・ライト。
オレンジを帯びた光に照り付けられたその中で、
十秒の時が刻まれる。
それは、時計の秒針が刻む、無機質で無感情な音。


かつうううん、かつうううん、かつうううん、かつうううん、


<ルール>
100万円チャレンジに失敗すると
獲得賞金は0円になります


かつうううん、かつうううん、かつうううん、かつうううん、

かつうううん、

かつうううん。




「…さあ、どうする?!」
「!」





立古の促しに、とうとう専務はその面を上げて―!