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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜subito forte〜
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それは、太陽がまぶしい光を惜しげもなく投げかけていた、そんな真夏のある日の事だった。




「はっ!たあっ!…てぇいっ!」
「ふわー…」
きらめく光が重なり合う緑の葉を貫き、森の大地に点となって落ちる…
その中に、人影が二つある。
一つは、踊るように木漏れ日の中を動き、もう一つは…そこから少しはなれたところに座り込み、それを見ていた。
踊る影は、両手に握ったナイフを自由自在に操っている。
刃はひらめき舞い狂い、大木の枝からつるされた仮想敵…木の板でできた的を襲う。
「ふっ!…はああッ!!」
「!」
そして、気合一閃!
少女が雄たけびとともに振り下ろした銀色の軌道は…まっすぐに的に喰い込んでいき、そしてそれを真っ二つに斬り割った。
それを見届ける少年の瞳が、驚きで大きく見開かれる。
そんな彼に、少女はくるり、と振り向いて…にこっ、と可愛く笑ってみせた。
「うふふ…!」
「相変わらずすごいね、お姉ちゃん!毎日そんなトレーニングしなくっても、誰が来たって楽勝じゃないの?」
「えへへ…でも、ちゃんと練習しとかないとぉ、すぐ下手になっちゃうんだもん!」
「ふーん…」
そう言って、きゃらきゃらと笑う少女の「名前」は…エルレーン。
恐竜帝国に造られた、ゲッターチーム・流竜馬のクローン少女である。
だが今は、彼らのいる早乙女研究所に身を寄せているのだ。
一方、少年の「名前」は…早乙女元気(さおとめ・げんき)。
その早乙女研究所の所長・早乙女博士の次男である。
夏休みに入ってもう十数日もゆうに経ち、彼は毎日毎日、やることも何も無い日常をもてあますようになっていた。
多忙ゆえに暇のなかなか取れない早乙女博士はもちろんのこと、クラブだ補習だと何かと忙しい高校生のゲッターチームも自分にかまってくれず…
こうやってエルレーンにひっついて、彼女の戦闘訓練を見物する手持ち無沙汰な日々を過ごしているのだった。
的を見事粉砕したエルレーンは、二本のナイフを一旦ベルトに収め、うきうきと大木に駆け寄る。
新しく的を付け替え、再び剣術の鍛錬に励もうとした…その時だった。
森の空気が、ざわめいた―
「!」
「…?」
エルレーンの視線が、突如あさっての方向を射た。
元気の目も、つられてその方向に向けられる…
そこには、第三の人影が…いつの間にか、在った。
「…」
それは、長身の女性。
長いストレートヘアを、夏の空気にさらしなびかせている…
奇妙なことに、この暑いのに、彼女は長袖のワンピースを身にまとっている。
青い瞳のその女性は、二人を見つめ…ふっ、と静かな微笑を見せた。
「…お、お姉さん…誰?」
「私?…なあに…ちょっと道に迷ってしまったらしくてね。君たちは、この辺の?」
女性にしてはやや低い声だが、それは落ち着いていて、とても穏やかな声だった。
浮かべている綺麗な微笑とあいまって、その声は…一旦は芽生えかけた、エルレーンと元気の中の警戒心を溶かしてしまう。
「うん!…僕、そこの早乙女研究所んとこの子なんだ!」
「!…ほう、やはり…!」
元気の言葉を聞いた女の目が、妖しく光る。
だが、元気たちは…迂闊にも、まったくそれに気づかなかった。
「…すまないが、道を教えてもらえないだろうか?」
「うん、いいよ!…それ、ちょっと見せて?」
そう気安く答えた元気は、その女性の持つ地図を見ようと近寄っていく…
エルレーンも同様に。
その瞬間だった。
元気とエルレーンの視界を、真っ白な空気が遮った―!
「?!」
「…けほ、けほッ」
突然純白に塗りつぶされた景色に、動転する二人。
が、驚きの声をあげることも出来ず、喉もその煙にふさがれた。
咳き込む元気とエルレーン。
しかし、それもそのうちにできなくなる…
吸い込んだ煙が頭をくらめかせる。同時に、意識が歪んでいく。
「ふにゃあ…」
「…!」
そして、二人は…何ら抵抗も出来ぬまま、やすやすと気を失ってしまった…
二人が地面に倒れ付したのを確認した女は、地図をかぶせて隠していた睡眠ガス発射装置のスイッチを切った…
途端、見る見るうちに、発生源を失った煙が消えていく。
薄まっていく白煙…やがて、そこには布きれで口を覆ったまま立ち尽くす女と、力なく地に伏している元気とエルレーンの姿が現れた。
「ふふふ…たやすいものよ」
女が、にやっ、と笑った―



それは、太陽がまぶしい光を惜しげもなく投げかけていた、そんな真夏のある日の事だった。



富士山麓・光子力研究所。
鉱石・ジャパニウムから採取することのできる超エネルギー・光子力と、その力を持って動くスーパーロボット・マジンガーZで名を馳せたこの光子力研究所に、今日も緊急事態が…いつものように、やってきていた。
鳴り響く緊急警報。
司令室に慌てて飛び込んできた光子力研究所所長・弓弦之助教授に、所員が大声でがなりたてる。
「弓博士、大変です!」
「どうしたのかね?!」
「ち、地中を掘り進んで、研究所に近づいてくる物体がありますッ!」
「?!…な、何だとッ?!」
…と、司令室の扉が勢いよく開く。
そこから飛び込むように入ってきたのは、三人の若者だ…
弓教授の愛娘にして、ダイアナンAのパイロット…弓さやか。
ボスボロットのパイロット・ボス。
そして、「鉄(くろがね)の城」こと、マジンガーZを受け継ぎし者…兜甲児。
「教授!」
「お父様!」
「おお、甲児君、さやか!…聞いてのとおり、この光子力研究所に近づいてくる不審機影が…」
「わかってますよ教授!どうせDr.ヘルのヘッポコ機械獣に決まってます!俺がマジンガーで…」
「私のダイアナンも出動させるわ!」
「お〜っと、おいらも忘れちゃいやなのよ〜ん」
「やられ役のボスボロットは出てこなくたっていいの!」
「なな、何てこと言うだわさ〜、か〜ぶとぉ〜〜〜!!」
闘志十分、猛る三人のパイロットたち。
軽い掛け合いも絶好調、急いで己が機体に向かおうとする…
が、その時だった。
「き、教授!」
「どうした?!」
突如あがった困惑気味の所員の声に、思わず立ち止まり、振り向く三人。
レーダーで監視をしていた所員が、戸惑いの表情を浮かべて弓教授に指し示したのは…
「こ、これは…この、機影は…」
「?!」
「え…?!」
…それを目視した弓教授の顔にも、彼と同じ表情が浮かび上がった。

「…」
「…」
数分後。
光子力研究所を取り囲む緑深い森…そこの中、指定されたポイントで、甲児たちはその来訪を待っていた。
…すると、程なく…不穏で不自然な振動が、だんだんと強まりながら地面を揺るがしていくのを感じる。
「…来るぞ!」
そして、とうとう「それ」が姿をあらわした…!
「!」
強烈な地震が、思い切り地面を揺さぶっていく。
目の前の地面、その一点を…その地震の原因が貫いた!
泡を喰ったボスが、慌てて十数歩ほど後ずさる…
…それは、巨大なドリル!
その巨大なドリルは、天を突くかのごとく地面から突き出され…そのドリルの根元、腕のような部分を露出させたところで、その回転をゆるめていった。
「…」
「…」
きゅんきゅん、というドリルの回転音も、やがて止む。
完全にドリルが止まった…その時を見計らって、甲児が大音声で怒鳴りつけるように言った。
「やいやい!電話連絡も入れずにいきなり人んちに押しかけてくるたぁ、どういう了見だ!」
「…すまない、甲児君!」
「!」
と、短い詫びの言葉が、ドリルの腕…そこから開いた脱出口から返ってきた。
そして、そこから駆け出てきたのは、果たせるかな…
「リョウ君!」
「悪いな、ちょっと火急の用でよ」
「空飛んでくるわけには行かない理由があってさ〜」
「ハヤト、ベンケイ!」
「弓教授、驚かせてすいません…」
「い、いや…久しぶりだな、ゲッターチームの諸君」
そう、流竜馬、神隼人、車弁慶…
彼らは、ゲッター線研究施設・早乙女研究所所属ゲッターチーム…
ゲッター線を使うスーパーロボット・ゲッターロボを操縦するパイロットの三人だ!
そして、このドリルの主こそが、そのスーパーロボット・ゲッターロボGである。
これは、地中を自在に掘り進むことのできる陸戦用形態・ゲッターライガーなのだ。
「しかし…何故また、こんな急に?…しかも、何の連絡も無しに、隠れるように地下から来たのかね?」
「そ、それじゃあ…そっちのほうには、何の連絡も入っていないんですね?!」
「え…な、何のことかね?!」
「じ、実は…」
が、リョウが説明を加えようとしたその時、光子力研究所の所員が一人、何やら慌てて…息せき切って、こちらに向かって駆けて来た。
「弓教授!」
「どうした?!」
「こ、こんなモノが、研究所の外壁に打ち込まれて…」
「…?」
所員に渡された、その白い紙切れ。
それを見る弓教授の表情が、見る見るうちに強張っていく…!
「!…こ、これは?!」
「…そうです、弓教授…」
「な…あ、あの野郎〜ッ!!」
紙切れを見た甲児たちの顔にも、怒りの色があらわになっていく。
彼らは、その途端理解した…
何故、ゲッターチームが、この場に急いでやってきたのか、ということを…
「エルレーンと…」
「元気ちゃんが、さらわれちまったんだ…」
ハヤトとベンケイが、ため息混じりにそれを口にする。
そして最後に、リョウが…まさしく、「吐き捨てる」というのがぴったりの口調で、その首謀者の名を放った…




「あしゅら、男爵に…ッ!」





『光子力研究所の者どもに告ぐ

明朝、貴様らの悪運もとうとうつくだろう
我が機械獣軍団の手によって。
完膚なきまで破壊されるその時までの短い時間を
せいぜい楽しく過ごすがいい。

なお、忌まわしいマジンガーZとダイアナンAは使わぬことだ。
今は我が手に在る、
早乙女博士の息子と流竜馬の妹のいのちを惜しむならば。

では、貴様らの破滅の瞬間を私も待ちわびていよう、

あしゅら男爵』



「で、では…」
「ええ…早乙女研究所の壁にも、奴からの警告文が…」
光子力研究所の司令室に通されたゲッターチームの面々。
リョウは、くしゃくしゃに握りつぶされた一枚の紙を、甲児に手渡す。


『早乙女研究所の者どもに告ぐ

早乙女博士の息子、そしてゲッターチーム・流竜馬の妹の身柄は
しばしこのあしゅらが預からせてもらう。
貴様らがこの二人の命を惜しく思うのならば、
これからしばしの合間、ゲットマシンを研究所から発進させるべきではない。

私がこれから為す事に、貴様らが何の手出しもしなければ
両名は数日の後、貴様らの元に帰ることが出来るだろう。

あしゅら男爵』



「ちっ…あしゅらの野郎、汚ねえ手口使いやがって!」
「つまり…彼らを人質に取っておいて、抵抗できない私たちを殺そうと言う事か」
毒づく甲児から脅迫状を受け取り、目を走らせた弓教授…
彼はあくまで落ち着いて、この事態を把握しようと努めているようだ。
その教授と対面に向かい合って、事情説明をするゲッターチームの三人。
「ええ…」
「けどよお、俺たちも、そんなコトになんのを黙ってみているわけにゃいかねえから…」
「だから、ゲッターライガーで地中から来たのね」
納得したように、そうつぶやくさやか。
彼らが、ゲッターライガーではるばるこの富士山麓まで来た理由。
通常通りにゲットマシン発射口からゲットマシンを発進させることが出来ない以上、この光子力研究所まで奴らに悟られることなくこられるルートは唯一つ…地中だった、ということらしい。
「ああ。…格納庫の床直接ドリルでぶち破って、まっすぐ…」
「早乙女博士見たら、きっと腰抜かすだろうなあ」
「え…?!で、では、早乙女博士は、」
「…早乙女博士は、学会に行ってて…
それに、こんなこと知らせたくない…」
沈痛そうに、そう吐き出したリョウ。
その表情が、だんだんと険しさを増していく…
「畜生…」
「リョウ君…」
「あしゅら男爵…よくも、よくもエルレーンを…」
立ち尽くし、うつむいたままのリョウ。
その両こぶしは、硬く硬く握られていた…
あまりに強く握るので、血が通わず白くなるほどに。
その姿が、彼の受けた傷心と衝撃、そして怒りを何よりも明白に示していた。
自らの分身、大切な「妹」をさらったあしゅら男爵…
今、リョウの胸に在るのは、その悪漢への憎悪…それだけだった。


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