--------------------------------------------------
◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜grandioso〜
--------------------------------------------------
焼け焦げた鉄片と硝煙の匂いの立ちこめる中。
少女は立ち尽くす、鋼鉄の伯爵の傍らで。
強烈なジェット音が、彼女の鼓膜を貫く―
そちらに視線を移せば、そこには…すさまじいスピードでメカ暗邪鬼に突っ込んでいく、ジェノサイダーF9の機影!
やがてそれは鋭い矢のごとく百鬼メカに突き刺さる、
そうしてその勢いをまったく殺すことなく、その背後にある巨大な戦艦に―
「…!」
「お嬢!」
刹那。
強く、腕を引かれる。
状況を察したブロッケン伯爵の残った左腕が、彼女の腕を引く。
伏せろ、と目で促す。
少女ははじかれたように、地に倒れこんだ―
その数秒もしないうちに、その時が来た…
すなわち、強烈な爆音!
何度も何度も破裂音が響き、そしてそのわずか後より、凶悪な爆風が吹きすさぶ…
恐ろしいほどの鉄片を空切る礫(つぶて)に変えながら!
爆心地から同心円状に拡がっていくその爆風は苛烈な破壊力を伴いながら、駆けていく駆けていく駆けていく―
ごおごおという風鳴りの音が、自分たちの上をも駆けていく。
―だが、やがて。
その勢いも、その風の音も、少しずつ少しずつ止んでいく。
次におとずれるのは、無音。
静まり返った戦場に、音は無く。
「あ…」
「…ふん、やりおった…らしいな」
ゆっくりと、二人は立ち上がる。
焼け焦げた鉄片と硝煙の匂いの立ちこめる中。
…敵機は、すべて消えうせていた。
あの百鬼帝国のメカロボットたちは、すべて。
戦いは、終わったのだ―
自分たちは、ここに、まだ、立っている。
彼らは、消え失せた。
つまりは、自分たちが勝利したことを示す―
「!」
飛行要塞グールのハッチが、鈍いきしり音をたてながら開く。
そこから、いくつもの人影が現れる。
十数名の兵士たちと早乙女元気、そしてあの半男半女の怪人―
あしゅら男爵。
まっさきに駆け寄ってくるのは、早乙女元気。
一直線に、エルレーンのもとへと走って行く…
「お姉ちゃん!」
「元気君…!」
安堵からか、元気の大きな瞳には涙が浮かんでいる。
エルレーンは彼を抱きしめ、微笑んで見せた―
「まったく…」
ため息。
振り向けば、目の前に、長身の男爵の姿。
「光子力研究所攻撃の切り札になるかと思い、連れて来たが…」
独り言のような、あしゅらの言葉。
嘆息でもあり、驚嘆でもあり、だがそれでいて何処か感嘆したかのような響きを持っていた。
「まさか、これほどの疫病神だったとは、な」
「…」
朗々と歌うように、彼は「疫病神」に語る…自らが、彼らのために負った被害を。
「わけのわからぬ輩どもに不意打ちされ、飛行要塞グールは中破した」
「…」
「おまけに、研究所を襲うのに使うはずだった機械獣は四体とも失った!」
「…う、」
「しかし―」
そして、最後に…本当の賞賛の言葉を。


「我らは、一人の犠牲も出すことなく…この危機を、乗り越えることが出来た」


「小娘…お前の、おかげだ」
「…」
己を称える言葉を聞いても、少女は無言。
いや、それどころか…少し哀しげな顔をしている。
「だが…ずいぶん、無茶をしたな?」
「…ご、ごめん、なさい」
「何故、謝る?」
「う…だ、だって、わたし、あ…」
少女は、下を向き、ぎゅっと眉根を寄せる。
拙いしゃべり方は、これがきっと彼女の常なのだろう。
あしゅらの青い瞳、黒い瞳に、一人の少女が映る。
あの、鬼神のような荒ぶる戦いぶり。
恐竜帝国の「兵器」。
「母親」の幻影に惑わされ、黄泉路に片足を踏み入れようとした「子ども」。
―目の前の、罪の意識で怯えている少女。
「…あのロボット、壊し…ちゃった」
「…」
「ご、ごめんなさい、私、私、そんなつもりじゃ…」
「―ふん!」
罪悪感に、また泣き出しそうになる少女。
だが、あしゅら男爵は、その泣きっ面を見下ろし、
軽く苦笑しながら―
「あうっ?!」
人差し指で、その額をちょっとばかりはじいてやった。
エルレーンは思わぬ痛みに目を白黒させる。
その額には、硬質ガラスが切り裂いた、痛々しい裂傷がいまだ少しずつ血を流している…
「やれやれ…顔に派手な切り傷を作りおって」
「え、あ、あの、」
「…動くな」
その傷に、何処かいたわるように触れながら。
あしゅらはつぶやき、そして―
何事かを、口の中でささやいた。
エルレーンの知らない、奇妙な音で構成される言葉。
同時に、かすかなほの赤い光が、あしゅらの指から放たれた―ように、見えた。
そして、その光はわずかな軌跡を描きながら、ふっと消散する…
あしゅらの手が、少女から離れる。
「…?!」
少女は我知らず、己の額に手を当てた。
「傷が…」
…そこには、もはや、傷はなかった。
固まった流れた血の残滓は感じられる。
しかし、あれほどまで大きく裂けるようにできていた傷は、もうその痕跡すら感じられなかった。
「―ああ、それにしても!」
傷の消失にびっくりしているエルレーンを前に、長身の怪人は大いに悲嘆に暮れる。
「用意した機械獣を、すべて失ってしまうとはな!これでは、今回の作戦…実行することも出来やしない!」
まるで、役者が演じるように、芝居がかった口調で。
そうして、己の身の不運を嘆いてみせた後で…彼は、にやり、と少女と少年に向かって、笑いかけた。
「本当に…これでは、『人質』をとっている意味もない…な!」
「!」
「え…?!」
「…ふん」
目をぱちくりさせるエルレーン。
あしゅらの言葉の意味がわからずに、不思議そうな顔の元気。
…ブロッケン伯爵が、軽く鼻で笑った。
「こんな疫病神たちに手を出した私が愚かだったのだ!これほどまでに恐ろしい子どもたちなど―」
一旦、言葉を切って。
あしゅらが、笑いかける。
何処か、いたずらっぽい瞳で。
「早急に、送り返してしまわねばな!」
「…え、えっ?!」
「そ、それじゃ…!」
「ああ」
困惑と期待半々の目で、自分をひたむきに見つめてくる子どもたち。
あしゅらは、うなずく。


「私たちを…早乙女研究所に、帰してくれるの?!」
「ああ!」
「ほ、本当?!」
「ああ…!」


幾度も、うなずく。
そして彼らを見やり、彼なりの賞賛の言葉を継ぐ。
「小娘。お前と小僧は、我々とともに彼奴らと戦ってくれた。
そのお前たちを、これ以上『人質』として使うことは出来ない…
私は、恩を仇で返すようなことはしない」
長身の怪人の語る言葉を、エルレーンと元気は何処か信じられない気持ちで聞いていた。
自分たちをさらってきたその張本人である彼が…自分たちを、褒め称えてくれている。
「しゃくだが、お前たちにはずいぶん助けられたことだしな。
…それに、また艦内で騒ぎを起こされても困る」
軽い皮肉も混ぜ込んで、彼はくすくす、と笑んだ。
不思議なことに、もうこの長身の怪人を恐れる感情はなくなっていた―
最初に見た時はあれほどに恐ろしげであったのに。
それはきっと、彼が今、自分たちに向けて笑っているからだろう…
元気は心のどこかで、そう感じ取っていた。
「…だが、この飛行要塞グールは早急な修理が必要だ。おそらく、早くとも明日まではかかるだろう…
それまでは待ってもらうことになるが」
「うん、ぜんぜんかまわない!」
少々すまなそうに付け加えられたあしゅらのセリフに、だが元気は心底うれしそうに答え返す。
何しろ、帰れるのだ―
家に帰れるのだから!
「そうか…では、」
明るい少年の笑顔に、あしゅらがまぶしそうに笑み返し、こう宣した―


「お前たちは、今からは我らが賓客だ…
『勇敢な戦士たち』に、我らは敬意を表しよう!」
「…!」


わあっ、と、兵士たちから軽い歓声と拍手が沸く。
自分たちに向けて―
照れながら笑み返す、エルレーンと元気…
「!…そ、そうだ…」
と。
彼女は、大切なことを唐突に思い出す。
「…ね、ねえ!あしゅらさん!」
「何だ?」
「あ、あの…ブロッケンさんも、けがしてるの!
私を助けてくれた時に、けがを…な、治してあげて?!」
「…いや、その必要はない」
あしゅらが返答するより先に、ぴしり、と切るような答え。
己の断たれた右腕を手にした、ブロッケン伯爵。
その傷口は、不吉な火花を散らしたままでいる。
だが、彼は…少なくとも、表向きは平静な表情で、淡々と告げた。
「我輩のは…『怪我』というより、『破損』なのでな」
「で、でも…い、痛くないの?」
「大丈夫だ。…我輩の身体は、痛覚がない」
冷静に、冷淡に、
鋼鉄の伯爵は、あえて少女と視線を交わすことなく言う。
自分を、涙がいっぱいにたまった瞳で、罪の意識に染まった目で見つめる少女と。
「この程度の『破損』なら、すぐ修理できるだろう。
…あしゅら、我輩は少し休ませてもらうぞ。疲れた」
「ああ。勝手にしろ」
そうして、言うことだけ言って、早々に彼はグールの中へと消えていった…
あしゅらのすげない返答にも、答えないまま。
冷静に。冷淡に。
それが演技なのかそれとも本当なのかは、その外見(そとみ)からはわからなかった。
やるせない心情のまま、飛行要塞の中へと溶けていく彼の背中を見送るエルレーンに、あしゅらの言葉が呼びかけた。
「お前たちも、少し休んだらどうだ…疲れただろう?」
「う…うん」
「食事まで、少し眠るがいい」
「あ、ありがとう…」
「…よし!それでは我々は、今からグールの補修を行うぞ!」
『はいッ!』
あしゅらの号令に意気あがる鉄仮面兵たち。
と、元気たちのもとに、二人の兵士がやってきた…
ともにジェノサイダーを操ってくれたあの鉄仮面兵のグラウコスと、鉄十字兵のルーカスだ。
「じゃあ元気様、エルレーン様…参りましょうか?」
「へへ、今度は『お客様』だしな!ついてこいよ、いい部屋につれてってやるぜ!」
「うん!…っと、」
彼らに笑顔でうなずく元気。
が、その時、何かを思い出したのか…その表情がはっと我にかえる。
「ね、ねえ、グラウコスさん、ルーカスさん!」
「ん?」
「はい、何ですか?」
見下ろす鉄仮面の兵士と軍服の兵士に、少年は笑いながら切り出した。
「あのさあ…」


一方。
その頃、ゲッターチームはと言うと…
あしゅらからの脅迫状を前に、さりとて自分たちからは何も出来ず。
ただただ険しい顔をして、甲児たちとともに光子力研究所・所長室のソファに座り込んでいた。
あれからずいぶん時間がたち、すっかり外の風景は夕暮れにも近くなっている。
しかし、相手からの更なる声明もなく、攻撃もない以上、彼らに出来ることは…
奴らの襲撃に備え、この場に待機することだけ。
その緩慢な、それでいて自分たちの無力さを痛感するしかない時間は、リョウたちの精神をじりじりとさいなむ。
が、そんな時だった―
弓教授のデスクの上、通信機が呼び出し音を鳴らす。
「ああ、私だ―えっ?」
通話機を手に取りそれを受けた教授。
と、その顔に軽い驚きが浮かぶ。
「わかった、すぐに彼らを連れてそちらに行く」
そう短く応じて、通信を終えた弓教授…
リョウたちのほうに向き直り、こう告げた。
「…早乙女研究所の早乙女ミチル君から、通信が入っているそうだ」
「!」
「ミチルさん…」
「ともかく、話を聞こう…さあ、司令室に」
教授に促され、ゲッターチームは不承不承席を立つ。
だが、その足取りは重い。
…当然だ。
「あなたの家族が悪漢にかどかわされました」などと告げることの、何が楽しいことか―!

ところが。
意外なことに、彼らゲッターチームを迎えたミチルからの通信は、
「あなたたち、一体どうしたって言うの?!格納庫の床に大穴開けて!」
彼女の怒り顔と、こんな問い詰めではじまった。
「り、理由があるんだよミチルさん、だから…」
「理由?!何なのよ、その理由って!」
「…リョウ、わけを話したほうがいい」
「ああ…そうだな」
どうやら、彼女はまだ何も知らないらしい…
ゲッターチームが格納庫から直接穴を掘って光子力研究所に行った、と言うこと以外は、何も。
小声で促すハヤトに、リョウは沈痛な表情でうなずいた…
「説明してちょうだい、何があったって言うの?」
「じ、実は…」
息を、呑む。
そして、一呼吸おいてから…彼は、言いがたい事実を発した。


「…エルレーンと元気ちゃんが、あしゅら男爵って奴に誘拐されちまったんだ!」
「―!」


「…ええ〜ッ?」
「!」
「…?!」
―が。
まったく、想定外だった。
ミチルのその言葉は、弟たちがさらわれたという事実に対するショックのセリフでは…まったく、なかった。
何故なら、彼女は次にこう続けたからだ。
「何言ってるの、リョウくんったら?冗談のつもり?」
そう言いながら、通信画面の中の彼女は軽く眉をひそめ、こっちをたしなめるかのような顔をしている。
もしや、これを自分たちが仕掛けた何かのジョークだとでも思っているのか…?!
ハヤトやベンケイが、すかさず真剣な顔で言い返す。
「な、何って!」
「ミチルさん、こいつぁ、本当の本当に冗談なんかじゃないんだぜ?」
「ええ〜、だってぇ…」
しかし、ミチルはやはり困惑顔で。
不可思議そうな表情で、首をひねりながら…彼女は、こう応じたのだ。




「…さっき家に電話かけてきたの、その元気だったのよ〜?」
『へ?!』





back