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◆ 誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜capriccioso〜
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ほとんど引きずられるようにして、元気は歩いていた。
飛行要塞グールの廊下を、あの小さな小部屋に…結局それは牢屋に違いない…向かって。
彼の両腕は、がっちりと二人の兵士によってつかまれ、逃げ出すこともかなわない。
右腕を、鎧と鋼鉄の兜を身につけた兵士が。
左腕を、それよりはずっと現代のものに近い軍服をまとった兵士が。
それぞれに、元気の二の腕をつかみ、強く引っ張りながら彼をあの部屋へと連れて行く…
―と。
長い長い廊下の、中腹で。
突然…奇妙な、さみしげな音が鳴った。
その音は、がらんとした空間に、驚くほど大きく響く。
二人の兵士の視線は、自然とその音の発生源に向く…
…立ち止まってしまった、早乙女元気。
恥ずかしさと困惑と悔しさで頭がいっぱいになってしまったのか、真っ赤な顔をして。
「…」
「…」
「…」
「…」
二人の兵士は、思わずお互いを見交わす。
そうして、まったく同じように、また元気のほうを見て―また、少し困ったように、お互いを見交わす。
その後、またまた元気を見下ろす二人…
かわいそうに、元気は半ばふてくされてしまったかのように下を向いたまま、動かなくなってしまった。
生理現象だもの、それに昼ごはんだって食べないうちに勝手にここに連れてこられたんだ、仕方ない。
そう自分に言い聞かせても…不意に出てきた身体の弱音に、勝手に耳まで赤くなる。
「…」
「…」
しばしの空白。
元気の右腕をつかんでいた手が、離れる。
そうすると、皮鎧の男が…はじめて、元気にしゃべりかけた。
あくまで、短く。
「…ちょっと待っててください」
「…?」
「ちょ、何だよグラウコス…」
「いや…」
彼はもう一人の兵士を呼び寄せ、何やら彼に小声でささやいた。
それを聞かされた兵士が、やはり小声で異を唱える。
「…えーっ、そりゃちょっとマズいんじゃねえの?マジで」
「いやいや、だからさ、牢まで連れて行く途中なわけだろ?」
ひそひそ、ぼそぼそと話される二人の会話を、元気はよくわからないまま、立ちつくしたままで聞いている。
元気をぽつねん、と放り出したまま、二人は何事かを話し合って…
そして、
「だからさあ、ちょっとその通り道が長くなって、遠回りになっただけだって」
「うは…お前マジアッタマいいな!」
「馬ッ鹿、おだてても何も出ないっての!」
何だかよくわからないうちに、結論に達したようだ。
軽く笑顔を見せる二人組。
「…??」
元気はやっぱりわからない。
…と、二人組が再び元気の両腕をつかむ。
「お待たせしました」
「ま、ちょっとこっち行こうぜ?」
「???」
そうして、さっきとは明らかに違った様子で…元気にそう言い、また彼をどこかへ引っぱっていく。
元気はわけがわからないままに、彼らに連れて行かれた…

引っ張られて、引っ張っていかれて―元気が連れて行かれた先。
そこは、目を覚ました時にいた、あの少し狭い部屋では…なかった。
「え…?」
元気は、驚きに小さな声を漏らす。
彼らが元気を連れてきたのは、それよりもずっとずっと大きな部屋だった。
今、そこには誰もおらず、がらあんとしている。
あるのは、たくさんの長テーブル、それに添えつけられたたくさんのいす。
整然とそれらが並び、そして部屋の端に見えるのは…銀色の台、流し、いくつものコンロ。
そう、まるでそこは―「食堂」、のように見えた。
「あ、あの、」
「まあ、ちょっと待ってな、って!」
「おーい!ちょっとー!」
混乱する元気を、戦争映画の兵士が軽くいなす。
一方の古代ギリシア兵は、その厨房のように見える場所に歩み寄り、大きな声で呼ばわった。
…すると、すぐに返答。
「…何だ!うっせえな!」
乱暴な返事とともに、その奥から姿をあらわしたのは…やはり鎧と鉄の兜を身につけた兵士。
ただし、その兵士は…その上からさらに白い長エプロン(!)をかけ、右手には包丁を握っている。
(そうか、コックさんなんだ…)
その姿を見て、元気は何だか感心してしまった…奇妙なことに。
「何だよ、今夕飯の仕込みで超忙しいんだよ!」
「レアルコス!」
「だから何だよ、何か用?!」
コック姿の兵士は、呼びつけられて明らかに不機嫌そうな顔だ。
だが…その視線が、ふと、こちらを向く。
「…?!」
その途端、明らかに驚愕の色がそこにはっきりと現れた。
「レアルコス、悪いけどさあ…何かお菓子とか、そんなモノはないかな?」
「ちょ、ちょっと待てよお前ら、あの子どもって…」
「いいからいいから!」
「いいから、って…」
泡を喰う彼に、ギリシア兵はへらへらとそう笑うのだが…
やはり困惑した彼は、思わず元気本人のほうを見てしまう。
と、二人の目が合った。
「…」
「…ど、どうも」
「…あ、…ど、ども…」
つい、元気はぺこり、とお辞儀をしてしまった。
つられて、コックもお辞儀をしてしまう。
わけのわからない応酬をする彼に、二人組はあくまで急かしてくる。
「レアちゃん、何かないワケー?ゼリーでもケーキでもいいからさぁ」
「お、お前らなあ…バレてえらい目にあっても知らんぞ?」
「バレねえって、これくらい〜!」
「で、でもよ、」
「それにさ〜、お前、かわいそうと思わねえの〜?いきなりこんなところに連れてこられてさあ〜」
「食べ終わったらすぐに牢につれてくから大丈夫!」
「…そうかよ」
そうお気軽に抜かす彼らに、とうとう根負けしたのか…コック姿の兵士は、弱々しく笑って、呆れたようなため息を吐き出すのだった。

目の前に、三角形。
真っ白い皿に乗った、真っ黒なチョコレートケーキ。
大きめにカットされたそれは、きっとあのコックのお手製なんだろう。
ケーキ屋で売っているもののような華美な装飾なんかないけれど、それはとってもおいしそうだった。
銀色のフォークが、早く私を使って、と呼びかけてくる―
「…」
「さ、遠慮しねえで喰えって!」
「…え、えと、」
「構いませんよ、ここに連れて来られてから何も食べておられないんでしょう?」
食堂のいすに座らされた元気。
惑う少年に、二人組は笑顔で促してくる。
笑顔、といっても、鉄の兜やら、マスクやらで顔の半分は隠れているが…それでも、口調とその口元で、彼らが笑っているのがわかる。
それに―少なくともこれは善意、彼らの善意なのだ、ということも。
「…」
だから、元気は素直にフォークをそれに突き刺し…切り取って、口に運ぶ。
―甘い。
チョコレートのやさしい甘さ。
その甘さが、ちょっとだけ元気を安心させる…
こりかたまった何かが、少しほどけていった。
ほぐれたこころから、素直にその言葉が出る―
「…おいしい」
「それはよかった!」
それを聞いた古代ギリシア兵は、静かにそう言って笑った。
「だッろ〜?レアちゃんは口は悪いけど、シェフとしては小マシなんだぜ!」
「…おめぇなぁ、『小マシ』って何だコラ『小マシ』ってのはよッ!」
軍服男がけらけら笑いながらそう続けると、厨房からすぐさまに反撃が飛んで来る。
「あれ〜?ほめてんのに、何で怒るワケ〜?」
「『小マシ』の『小』がムカつくんだよッ!」
「いいじゃないか、『ヘタクソ』って言ってんじゃないんだからさー」
なおも軽口の応酬をコックと交わす彼らに、元気はおずおずと問いかけた。
「で、でも…いいの?」
「いいってことよ〜!てゆうか、んなこと気にすんなよガキのくせに!」
「そうですよ、それに…来たくてここに来た、わけではないんですから」
「…」
そう気楽に言ってのける二人組。
確かに奇妙だし、彼らは自分たちを誘拐した一味の手先に違いない、違いないけれど…
「お、おじさんたちは…」
「ちょ、『おじさん』はね〜だろ、『おじさん』はよ〜!」
「じゃ、じゃあ…『お兄さん』?!」
「おう、そうだぜ、『お兄さん』!」
軍服男は、にやり、と笑って応じる。
「私はグラウコスといいます」
「俺はルーカス!で、さっきのコックがレアルコス!…お前は?!」
ギリシア兵は、自分の名を名乗る。
軍服男も、自分の名を名乗る。
だから元気も、自分の名を名乗る。
「…さ、早乙女元気です」
「へえー、『ゲンキ』!」
ルーカス、と名乗った軍服の男は、感心したようにその「名前」を繰り返す。
それはまったく、自然に。
普通に知り合った、知らない子どもにするみたいに。
「お…お兄さんたちは、あの…あしゅら男爵、って人の部下…なんだよね?」
「う〜ん、正確に言うと、俺は違うんだよね〜」
「そうなの?」
「はい。あしゅら様の部下は、私たち『鉄仮面軍団』になります」
「じゃあ…」
どうやら、彼らの姿と服装の違いは、そのまま指揮官の違いを表しているようだ。
ギリシア神話に出てきそうな古めかしい武装をしたグラウコスは、「鉄仮面軍団」…あしゅら男爵の配下。
それに対して、戦争映画の登場人物のような、近代の軍服を着たルーカスは…
「俺たち『鉄十字軍団』は、ブロッケン伯爵の部下ってことになるんだよね」
「ブロッケンさんの?」
「おうよ。…それにしてもよ、お前ら、よく平気なカオしてついてこられたよなあ」
「え?」
と、そう言って軽く顔をしかめてみせるルーカス。
いぶかる元気に、彼はなおも大げさな口調で言ってくる。
「最初、艦橋(ブリッジ)に入ってきた時。俺ぁ目を疑ったぜ」
「何が?」
「何が、って…お前とあの姉ちゃん、伯爵に連れられてきたんじゃん?
…てゆうか、マジ怖くなかったワケ?」
「怖い、って?」
「いやあの人だよ、あの人!」
ブロッケン伯爵。
この飛行要塞グールの艦長であり、その首を断たれたデュラハン(首無し騎士)。
「バケモノ」そのものの姿。
「…ブロッケンさんが?」
「おうよ〜、マジ怖くねぇ?」
「う、う〜ん…」
畳み掛けてくるルーカスに、元気は少し困ったように笑った。
…「怖い」。
あの、ブロッケン伯爵が…?
「僕らと話してた時は、そんなに…」
「え〜ウッソ〜、それマジありえねぇって!」
ルーカスの反応からいくと、普段は相当に恐ろしい人物らしい。
しかし、あの艦長室で対峙していた時…元気がそれよりも強く感じたのは、別のことだった。
無表情気味なことも印象的だったが、だが、それよりも。
…黒い瞳。
そう、黒い瞳だった。
「あの人めちゃくちゃ怖いんだぜぇ!」
「そ、そうなんだ?」
「そう!もう、何かろくに誰ともしゃべろうとしないし、何より目が冷たい!
おまけに、部下の俺たちゃもう消耗品同然よ!」
「あー、近寄りがたいよな、確かに」
「だっろー?!もう俺たち多分機械獣のネジとか歯車と同列よあの人にとっちゃ」
途中からグラウコスとのしゃべくりあいになるルーカスの、ブロッケン伯爵に対する愚痴。
それをぼんやり聞きながら、元気は想い起こしていた。
あの、ブロッケン伯爵の瞳。
黒い瞳。
「…」
何故だか、その瞳が胸に残っている。
そのような瞳を、彼はどこかで見ていたような気がしたのだ…
…と、二人の会話の流れが、違う方向に向いたようだ。
「…まあ、でも、お前んところのボスもたいがいだし、どっちもどっちだよな!」
「あー、そうだなぁ…」
「ボスって、あしゅら…さんのこと?」
「そうです…まあ、キツい人には違いないですね」
苦笑するグラウコスの表情で、元気は何となくその「キツい」の度合いがわかるような気がした。
ブリッジで見た、あの長身の怪人…
自分を脅してきた、自分を見下してきた、あの半男半女の男爵。
だが、今回の誘拐騒動は…部下である彼らにとっても、寝耳に水だったようだ。
「でも、まさかあしゅら様がこんな作戦に出るとは思いませんでした。
しかも、ブロッケン様のグールを借り出してまで…」
「おうよ…そりゃ伯爵も怒るッつうの」
「…僕らを誘拐して、『こうしりょく研究所』?…を襲う、っていうんだよね」
「そうです…あなた方には、本当に迷惑なことだとは思いますが」
「ってゆうかさあ、これでもし、もしだよ?
早乙女研究所のやつがブチ切れたら、このグール落とされちゃうんじゃね?」
「…」
「ルーカス、めったなこと言うもんじゃないよ」
「でもそうだろ?…『ゲッターロボ』、だっけ?マジンガークラスのスーパーロボットがあるわけだろ?
機械獣は工場から新品四つも引き上げてきたわけだけどさ…正直、やばいんじゃね?」
「…」
ルーカスの予想は、もっともだ。
ゲッターロボは、ゲッターチームは…このことを知ったら、あしゅらたちを決して許さないだろう。
そして、このグールを追いかけてくるかもしれない…
いくら、人質の自分たちがここにとらわれていると知っていても。
その時、格納庫で見たあの四体のロボットたちが、一斉に彼らに襲い掛かる…!
四対一。
敵う道理もない、圧倒的なパワーゲーム…!
「…おい、ルーカス」
「!」
「…」
…ルーカスの調子付く軽口を、グラウコスがそっといさめる。
元気が、身体を強張らせて…黙りこくってしまっていた。
来るかもしれない「その時」のことを思い浮かべ、不安な感情に耐えている…
―と、その時。
「…おい、ゲンキ」
「あ…」
ぽん、と、右肩に、手のひらが置かれる感触。
ルーカスが、元気に呼びかける。
グラウコスが、穏やかに語りかける。
「あんま気を落とすなよ?…あしゅら男爵もさ、そうホイホイお前らを殺そうとはしないって。
大切な『人質』様だもんな?」
「それに…私が言うのも変ですが、作戦が無事に終われば…きっと、家に帰れますよ。
ですから、それまでおとなしく…していたほうがいいと思います」
「…」
「まあ、それまではよ?ちょ〜っと不自由かもしんねえけどさ。
ちょくちょく様子見に来てやっからさ、そんなつらそうな顔すんなよ」
そう言って、困ったように笑う。
仮面やマスクに覆われていても、彼らの迷う感情がわかった…
「…」
元気は、思った。
この二人は、自分に同情してくれている。
けれども、自分を助けてくれるわけではない、そんなことはできないのだ…彼らには。
彼らは、あのあしゅらやブロッケンに従う者なのだから。
…それでも。
それでも―彼らの気持ちが、うれしかった。
十分、うれしかった。
「それ喰ったら、部屋に戻ってもらうぜ…悪ぃけどさ」
「申し訳ないですが…」
「…」
二人の声が、しょぼしょぼとトーンダウンしていく。
それを聞きながら、元気はふと感じたことがあった。
口をついて、その疑問がこぼれ落ちる。
「…あの、ルーカスさん、グラウコスさん」
「何だ?」
「何です?」
「あのさ…」
元気が言葉を継ごうとした、その時だった。




天空遥か高くに在る地面が、激震した。





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