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誘拐狂詩曲(Kidnap Rhapsody)〜allegro vivace〜
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「ちいッ!このガラクタがあッ!」
暗邪鬼の振るう剣が、今まで叩き込んだのと同様に―デイモスF3に吸い込まれていく。
だが、その剣が当たるその前に、デイモスは四散。
再び五体ばらばらのパーツ群と化し、メカ暗邪鬼の周囲を四方八方に飛び回る…
それはこちらの隙を狙い叩きのめすためではない。
のらりくらりと攻撃をかわし、逃げ、それでいてこちらの動きを封じている。
仲間を救わねばならんと焦燥する暗邪鬼を翻弄し続ける。
「あ、暗邪鬼ッ!」
「馬鹿者ッ!わしのことなど気にするなあッ!それより火輪鬼を!」
彼を案じる恐角鬼の声に、すぐさま暗邪鬼は叫ぶ。
自分は大丈夫だ、それよりも窮地にある火輪鬼を救え、と…
「今、今行くぞッ!」
「させるかッ!」
だが、視界を遮る敵機がそれを彼には許さない。
ダイマーU5が、ブロッケン伯爵がそれを許さない。
「き、貴様らあッ…!」
「恐角鬼!」
だが、刹那。
メカ暗邪気から、放たれた漆黒…
デイモスの包囲網を潜り抜け、空を舞い、ダイマーU5の背に叩きつけられる―
それは、ミサイル!
激しい火薬の爆発に、さすがのブロッケンも一瞬、ひるんだ。
「…!」
「ぐ…!」
そして、次の刹那―はじけ飛ぶ。
一瞬の空白を逃さなかったメカ恐角鬼が、その巨体をそのままダイマーU5にぶつけ、弾き飛ばす。
強烈なタックルを受けたダイマーU5が、地面へと倒れ付す。
激しく地面をするほどのその勢いは強く、衝撃はコックピット内のブロッケンにも否応なく伝わる…
そのままメカ恐角鬼は駆け出した、大地を踏み出して、
もちろん彼が向かう先は―!
「ぶ、ブロッケンさんッ?!」
「構うな!早くそいつをッ!」
エルレーンからの通信。
しかし伯爵は間髪いれず怒鳴り返す。
お前の敵に集中しろ、と―
こうしている間にも、メカ恐角鬼が彼女たちのほうへと向かっているのだ!
「…うんッ!」
その言葉が、少女の耳に届くのと同時に。
彼女もまた、ブロッケンに勢いよく答え返す、
操縦桿に力を込めながら、鋼鉄の女神を舞わせながら、
メカ火輪鬼に向かって、再び攻撃を仕掛けんがために!
「ぐ、こ、このお、ッ…」
冷や汗が、壮齢の鬼の額を走っていく。
目の前でひらめく剣の一撃一撃が、確実に彼を終末へと追いやってくるのを感じながら…
「いい気になるなよ、この小娘があああああ!」
「…!」
火輪鬼のがなり声と同時に、ミネルヴァダブルエックスに幾度も幾度も衝撃が走る。
追い詰められ自棄になったのか、至近距離から何発も何発も打ち出されるミサイル…
狙いも定めぬまま放たれたそれらが、ミネルヴァダブルエックスの美しい鋼鉄の肌の上で炸裂する。
一つ一つのダメージこそ小さいが…だが、このまま攻撃を受け続ければどうなるかわからない。
「け、研究所を…研究所を、あなたたちなんかに…」
だからこそ、エルレーンは怖じない。
退かない。進む。剣を振るう。
「襲わせたり、しないんだからあああッ!」
「!」
大きく剣で空間を薙ぎ払う、襲い来るミサイルを弾き飛ばす!
弾かれたミサイルが散り跳ね、そちらこちらで無意味に爆発し、
火輪鬼の全身に驚愕が走り―
「邪魔なのおおおおおッ、消えちゃえええええッッ!」
少女の透明な瞳が、闘志を宿す―
彼女の愛する者たちを狙う邪悪を滅する、濃い闇色の闘志!
「恐竜剣法・必殺!」
その手にすなるは、銀色の剣。
邪を断つ退魔の剣、その名をミネルヴァブレード。
知恵つかさどる軍神たる女神、ミネルヴァの名を冠したその白銀が、
「邪龍剣ッ!」
討ち払うべき敵に向かって放たれる―!
放たれたのは一閃の鋭い突き
槍撃のごときその突きは哀れなる犠牲者の中央を貫く
回転が加えられた一撃は重く激しく比類なく
メカ火輪鬼の機構を破壊し破壊し破壊し―
「―?!」
そして、とうとう「貫く」…
メカ火輪鬼の胸から背中までを、一本の白銀を貫き通す!
背中から突き出た剣先に、青白い火花が散る
そのままミネルヴァダブルエックスは剣を思い切り振り払った
メカ火輪鬼の胴体が、まるでチーズのように切り裂かれていく


…少女の唇に、かすかな笑み。
勝利を確信した者の、それは何処か冷たい笑み―


鋼鉄の女神が、大きく後方に飛びすさる。
ばちばちと、青白い火花が切り裂かれた場所からあがり、やがて全身に広がり、
火輪鬼に末期の言葉をあげる時間すら与えぬままに、
激しい轟音を立てて、メカ火輪鬼が砕け散る―!
「か…」
真っ赤な炸裂。真っ黒な破片。
暗邪鬼の、恐角鬼の見ている前で、メカ火輪鬼は爆散した…
「火輪鬼ィィィィッ!!」
暗邪鬼の耳朶を打ったのは、通信機を震わせる恐角鬼の叫び声。
しかし、暗邪鬼にはその声すら聞こえていなかった。
散っていくメカ火輪鬼を、彼は目を見開いてみていた―
メカ暗邪鬼の中に在って、その光景を。
がらん、とした中で、その光景を―
また一人「仲間」が殺された、その光景を。
「――」
…びくり。
呆然としていた暗邪気の表情が、動いた。
「…る、さ、…ん」
唇が、蠢く。何らかの言葉を、あるいは彼の意思を、ぼろぼろとこぼしながら。
しかし、やがて。
全身がわななきだす。耐え難い怒りに、その身を焼き焦がされて。
「…〜〜ッッ!!」
声にならない声が、喉を壊す。
臓物から搾り出される感情があまりに重くて熱くて、強張る声帯が容易にはそれを音に変えられない。
だから暗邪鬼は歯を喰いしばる。
制御しようにも制御できないそのわななきを、感情を、押さえつけようと…
「おい!聞こえるかあッ!」
「は、はい!」
メカ要塞鬼の部下に、怒鳴りつける。
「あれを出せッ!奴らに、あれを浴びせかけてやるのだッ!」
「あ、『あれ』と申しますと?!」
「グラー博士がメカ要塞鬼につけた『あれ』だ…」
その名を告げるのももどかしい、といったふうに、焦れた暗邪鬼が武器の名を発した―


「…『クレイジービーム発射装置』だ!」
「!」


「タイミングを計って、奴らに浴びせろ!
奴らを狂わせ、その隙に叩き潰してやるッ!」
「し、しかし…」
「何だッ?!」
通信機の向こうから帰ってきた弱々しい反論に、暗邪鬼は叫び返す。
「た、確かこの艦に備え付けられているクレイジービーム発射装置は、試作品で…
どのような影響を与えるのか未知数だとか。もしかしたら、精神を破壊してしまうかも知れず…」
「…やかましいわあッ!!」
絶叫。怒号。そのどちらでもあった。
見開かれた暗邪鬼の両目からは、涙。
憎悪と狂気に満ちた涙が、ぼたぼたと頬をつたって零れ落ちていく。
「わしの!わしの戦友を、『仲間』を殺されて!このままで済ますわけにいくかあッ!」
「ですが、あの…あの娘は『人質』にするのでは?」
「『人質』ならあと一人、早乙女のガキがいる!…そいつだけで、事足りるわ!」
吐き捨てるように怒鳴り散らされた言葉には、既に正気の色は見られなかった。
だからこそ、部下も黙り込んでしまう。逆らう術を、それ以上持たずに。
その通信を聞いているはずの恐角鬼は、だが何も言わない。言わないままでいた。
それはすなわち、完全なる同意。
彼もまた、怒りに理性を焼き尽くされた…
それが故に、復讐を望む。暗邪鬼と、同様に。
「…」
「許さん…あの娘だけは許さん、」
ぎしりッ。
強く強く噛み締められた歯が、牙が、悲鳴をあげる。
血走った目に映すのは憎き戦友の仇、薄汚い「人間」の駆るロボットども―
「殺す…我が友を屠ってくれたその償い、己が身でしてもらうぞッ!!」
最早そこには鬼の傲慢も愉悦もない。
あるのはただ、煮えたぎったマグマのような復讐心のみ…!

グールの艦橋(ブリッジ)。
バードスの杖で機械獣二機を操り戦うあしゅら男爵の瞳に、奇妙なものが映った。
(…?)
悪趣味な黄色で塗り込められた敵飛行要塞。その頂点付近から…銀色の「何か」がせりあがっていく。
(あれは?!)
それが長大な砲身であることに気づいた、まさにその瞬間だった。
銀色の砲身が―なめらかにその狙う方向を右から左へと滑らせていく、
その砲口から金色の光を真っ直ぐに吐き出しながら―!
「な…何だ?!」
驚きの声をあげる間もなく。
光線は奔る、その通り道にあるものをまばゆく輝かせて。
機械獣の身体(ボディ)を一瞬金色にまたたかせて、あっという間に去っていく。
ダイマー、デイモス、ジェノサイダー、そしてミネルヴァダブルエックスを照らし出し―
そして、唐突にその金色は消え失せた。
「…!」
攻撃を受けた、と察知した途端に、あしゅらの表情が歪む。
が…
「機体損傷は?!」
「いえ…今の攻撃による損傷は、ジェノサイダー、デイモスともに見られません!」
だが、部下から返ってきたのは予想外の報告。
先ほどの金色の光が、何のダメージも与えなかったという…
「何だと…では、あの光線はただのこけおどしか?」
困惑の色が、男女双方の目に揺らぐ。
だが、機械獣四体を正確に狙って放たれた光線に、意図が無いはずはない―
「くっ、何だか判らんが!」
まったくダメージを受けない攻撃、などというわけのわからない光線にひるんだものの。
それは何らかの布石であるかもしれない、看過ならぬものかもしれない。
あしゅらが振りかざすは、バードスの杖。
念を込めて力を込めて、ジェノサイダーF9に指令を送る―
飛ばされた思念が電気信号となって知能回路を駆け巡り、彼が為すべき行動へと向かわせる!
大きく伸びたジェノサイダーの両翼から、数発のミサイルが発射される―
真っ直ぐに向かうのはメカ要塞鬼、そこから突き出た銀色の砲身!
「ひいいい!」
「う、うわあッ?!」
そして―
メカ要塞鬼の乗組員が、突如上がった派手な爆発に悲鳴を上げる。
放たれたミサイル、そのうちの一発が、違うことなくその剣呑な銃砲を破壊した!
(よし…だが、しかし)
狙いすましたとおりに怪しげな武装を破壊せしめたあしゅら。
だが、彼の胸にはやはり疑念…
(しかし、あれは一体…?!)
ジェノサイダーにも、デイモスにも、何の物理的ダメージを与えなかったあの怪光線。
だが、ではあれは一体何のためのものだ?
何のために、機械獣に向かって放たれたのか―
「―!」
刹那。
ようやく、あしゅらは異常に気づく。
飛行要塞グールのブリッジから見える戦場。
遥か向こうに、巨大な要塞。敵の戦闘ロボットが、二体。
そして…
「…おい?!どうした、ブロッケン、小娘?!」
あしゅらの呼び声。通信機を貫いて、とどくはずの。
だが、そこからは、何の返答も帰ってこない。
「どうしたと言うのだ!返事をしろ、ブロッケンッ!」
ダイマーU5。ブロッケン伯爵が乗っているはずの機械獣。
ミネルヴァダブルエックス。あの小娘が乗っているはずの機械獣。
「小娘!何故動かぬ、何かあったのか?!」
そのどちらもが―先ほどから、動いていない。
ぴくりとも、動いていないのだ。
まるで氷づけになったかのように、
まるで石像になったかのように、
生者を乗せているはずのそれらは動かない―!
「返答しろ!どうした、やられたのか?!」
ブロッケン伯爵も、
あの小娘も。
通信機は沈黙、何も言葉を返さない。
ぴくりとも動かない、ダイマーU5もミネルヴァダブルエックスも―
「…!」
あしゅらの双眸に、動揺がにじむ。
男の声が、女の声が、幾度も幾度も彼らを呼ぶ。
ただただその声はむなしく跳ね返る、ブリッジの中に響き渡る、
あしゅら男爵の焦燥を増幅して…!




「答えろ!…ブロッケン、小娘…ッ!」





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