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◆ Requiem〜今はもういない少女のために〜
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「…ええい、あのできそこないめ!イーグル号だけ壊してどうするのじゃ!
まったく、メカザウルス・ラルを破壊しただけもったいなかったわ!」
恐竜帝国マシーンランド、帝王ゴールの間。先ほどのエルレーンとゲッターチームの戦いを見ていたガレリイ長官が口汚く罵る声が、帝王の間に響く。
バット将軍も無言でうなずく。
結局あの「兵器」、No.39はゲッターロボを破壊するために造られながら、その使命を果たすことはできなかったのだから。
「…やめんか」
だが、帝王ゴールは違った。
低く静かな声で、今は亡き少女への罵倒を続けるガレリイ長官を制す。
「ゲットマシンは三機そろってこそ、ゲッターロボへと変形が可能だ…
そのうちの一機を破壊したということは、ゲッターロボへの変形が不可能になったということだ。…十分だ、研究所を攻めるチャンスとしては…」
「は…はあ…」
「…ガレリイ長官よ、メカザウルスの準備はできておるのか」
「はっ?!…あ、は、はあ…」
帝王の唐突の質問にしどろもどろになるガレリイ長官。
「め…メカザウルス・ゴラが、最終調整に手間取ってはおりますが、何とか…」
「手間取っている、だと?!」
帝王ゴールの表情が不快げにゆがむ。があん、という強烈な音が帝王の間に反響した。
…ゴールが拳を思い切り玉座の肘掛にたたきつけた音だった…帝王の突然の激昂にすくみ上がるバット将軍とガレリイ長官。
「何をもたもたしておるのだ!…あのNo.39が、その命と引き換えに作った好機をみすみす失うつもりかッ!
…ガレリイ長官、ゴラの調整を急がせろ!…イーグル号を修理される前に、研究所をたたくのだ!」
「は、はい!かしこまりましたッ!!」
「バット将軍!ゴラに乗る部下を決めておけ!いつでも出撃できるようにしておくのだ!」
「は、はい!」
ゴールの命令を直立不動になって聞く二人。
「…わかったらさっさといかんか!」
「!…は、はい!」
ゴールの一喝で、慌ててガレリイ長官とバット将軍は礼もそこそこに帝王の間を辞去する…
そして、再び帝王の間にはしいんとした静けさが戻った。
そこには、玉座に座った帝王ゴールのみ。
しばらく彼は動かずにいた。そのままじっと何かを考え込んでいた…
ふと、彼の目が傍らに設置されたモニターに止まる。
そこには、何も映ってはいない。
だが、ほんの少し前までは、そこに彼女が、彼女が駆るメカザウルス・ラルが映っていた…泣きながら、ゲッターチームと戦っていた、あの「人間」の少女…
(…No.39よ…)
帝王ゴールは、心の中でその「兵器」の名を呼ぶ。
彼は、キャプテン・ルーガがその「兵器」に与えていた…そしてゲッターチームが呼んでいたあの名前を思い出そうとした。
だが、どうしてもそれは思い出せなかった。
ナンバーで呼ばれる、「兵器」としての彼女しか、彼は知らなかったのだ…
(お前は、本当によくやった…安らかに、眠るがいい…キャプテン・ルーガとともに…)
届くはずのないねぎらいの言葉をかける。
それを当の彼女が聞いたらどういう顔をしただろうか、そんなこともふっと思った。
(安心して眠れ、No.39…)
帝王ゴールは、静かに目を閉じた。
…出撃前、数時間前…格納庫、メカザウルス・ラルの前でNo.39が自分に見せた、あの哀しげな微笑が思い浮かんだ。
(…わしが、お前のことを…忘れずにいよう…お前が、誰よりも勇敢で、立派に戦った戦士だったということを…)

意識を取り戻したリョウは、そのまま退院することを許された。まったくといっていいほど外傷もなく、脳波も異常がなかったためだ。
…早乙女博士の勧めもあって、彼らはいったん寮に戻り、休息を取ることにした…
がちゃり、と三人の部屋の扉が開く。
ドアの真正面に位置する窓からは、夕日の光が差し込んでいた…部屋中が、燃えるような橙色に染められている。
「…」
リョウは無言のまま自分のベッドに横たわった。
部屋の真ん中に座り込んだムサシが、そんなリョウに遠慮がちに声をかける…
「…な、なあ、リョウ…」
「…何だい?」
腕を頭の下で組んだまま、天井を見つめたままでリョウが返事をした。
「あ、あのよぅ…もし、オイラたちと一緒でさあ、なんか…よくないところとか、都合の悪ィことがあったらさあ…」
少し困ったように微笑いながらムサシは続けて言う。
「…何でも、言ってくれていいんだぜ。…オイラたち、なんでも協力するから…。できることならさ」
「…」
自分が男装した女だと知ったから、ムサシは自分に気を使ってくれているのだ、とわかった。
…リョウは思わずふっと笑みをこぼした。
…その気持ちがありがたい。
それに、ムサシたちは自分を受け入れてくれた…もう、こだわる気持ちも、恐れる気持ちも浮かんでこなかった。
「いいよ、別に…だって、お前ら何にも気づかなかったじゃないか、ずっと同じ部屋で暮らしてたのに?」
半身を起こし、ムサシに笑いかけるリョウ。
その笑みには、いたずらっぽい表情すら浮かんでいる。
「…あ、そっか!」
ようやくそのことに気づいたムサシ。ちょっと赤くなった顔で、照れ笑いしてみせる…
そんな気のいい親友のリアクションに、リョウは思わずふっと笑ってしまった…
「まったくだ…すっかりだまされたもんだぜ」
自分の机の引出しから何かを探しながら、ハヤトもそう口をはさんだ。
…そしてようやく探していた数枚のそれを見つけ、引出しから取り出した。
「…リョウ」
ぴっ、とそれをはじくようにして、三段ベッドの上のリョウに手渡すハヤト。…何気なくそれを捕まえる。
それは写真だった…そして、その写真に視線を走らせたとき、リョウの表情が変わった。
「!…は、ハヤト、これ…?!」
「よく撮れてるだろ」
自分でも、焼き増した同じ写真を見つめながら、ハヤトはそうつぶやいた…
リョウの視界があふれてきた涙でぼやけた。
あんなに枯れ果てるほど泣いたのに、まだこんなにも涙があふれてくることに、自分でも驚いた…
「…?!」
同じものをハヤトに渡されたムサシも驚きの表情を浮かべる。
その写真には、彼女が映っていた。もはや、この世にはいない少女が。
草原に両足を曲げて座り、少し小首をかしげ、こちらに向かって微笑いかけている…そのバックは、紺碧の夜空。
空には月が白い光を放ちながら、彼女の姿をぼんやりと照らし出している…
「エルレーン…!」
「…いつだったか、撮った写真だ」
「…」ムサシも無言で、その写真の彼女を見つめている。
「リョウ…あいつは戦いの前に、俺たちに言ったんだ」
「…」
「自分のことを、忘れないでくれって。…恐竜帝国の『兵器』じゃない、『エルレーン』としての自分を…」
写真を持つリョウの手がかすかに震えている。ぽたっ、ぽたっ、と写真の上に涙がこぼれおちる…
「だから…忘れるな、リョウ。あいつのこと…それが、あいつにとって何よりのことだと俺は思うぜ…」
「ああ…忘れるもんか、…忘れられるもんか…!」
こぼれる涙をぬぐおうともせず、リョウはぎゅっと目を閉じて誓った。
ふっとまた心にあの残像が浮かぶ…自分が救いたかった、でも救うことができなかった、あの少女の姿が。
ムサシも今にも泣きそうな顔をして、それでもしっかりとうなずいた…
その時だった。突然三人の腕につけられた通信機が甲高い呼び出し音を鳴らす。
「!…はい」
「リョウ君、ハヤト君、ムサシ君…!…メカザウルスが出現した!研究所にまっすぐ向かっている!」
早乙女博士の声だ。
それは、研究所に戻っていた博士からの緊急通信だった!
「!!」
三人の顔に緊張の色が走る。
「イーグル号は何とか応急修理を済ませた…ゲッター1で戦うことはできないが、ゲッター2、ゲッター3への合体はできそうだ…!」
「…」
「すぐに、こちらに向かってもらえるだろうか…?!」
「…はい…!」
きっとリョウの目が鋭くなる。ムサシ、ハヤトの顔つきも瞬時に変わる…「戦士」のものに。
早乙女博士との通信を終えた三人。…お互いの顔を見合わせ、何かを確認するようにうなずいた。
「ハヤト、ムサシ…俺は、恐竜帝国のやつらを、絶対に許さない!
エルレーンの命を、エルレーンの運命をもてあそんだ奴等を、決して許せない…!」
「…そいつは、俺たちだって同じだぜ!」
「オイラだって!」
「…行こう!あいつのかたきを、俺たちが討つんだ!」
リョウの瞳が、怒りで燃え上がるかのごとくきらめく。
その奥には、強い意志。今はもういない少女のかたきを打つという、強い意志。
ハヤト、ムサシも同じことを誓う。人類の敵、そして彼らの大切な「トモダチ」をもてあそんだ、恐竜帝国をこの手で倒す…
彼らの身体に、今だかつてないほどの闘志がみなぎっていた。
それはゲッターロボを無敵の戦士に変え、凶悪なメカザウルスどもを打ち倒す、強大な力。
三人は部屋を飛び出し、研究所に向かう。メカザウルスが襲い来るであろう、戦場へ…
そして、再び彼らの部屋は無人になり、もとの静けさを取り戻した。
夕日のオレンジに染まったその部屋…その光もだんだんと勢いを無くし、その代わりに夜闇が窓から忍び込んでくる。
空には月が姿をあらわしていた…やわらかな光が薄明かりとなって空を照らす。
今はもういない少女のあの微笑みのような、やわらかな光が…


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