--------------------------------------------------
◆ そして、少女はもう一つの世界を見た
--------------------------------------------------
エルレーンが生まれて、20日あまりの日々が過ぎた。
彼女は驚くべきスピードで恐竜剣法を学び、メカザウルスの操縦や格闘法をマスターしていった。
その能力の高さには、キャプテン・ルーガも目を見張るほどだった。なまじ、エリート兵士などよりずっと覚えが早い。
だが、さすがのキャプテン・ルーガにも、『人間』の身体を持つ彼女に限界が近づき始めている事にはまったく気が付かなかった。

「エルレーン…入るぞ」
キャプテン・ルーガがエルレーンの部屋に入ってきた。ベッドの中にエルレーンが身体を丸めて横たわっている。
「…どうした、訓練の時間はとうに過ぎているぞ?」
軽く責めるような口調でエルレーンに語りかける。だが、返事は返ってこない。
「…エルレーン?」
ベッドサイドに近寄り、エルレーンを覗き込むキャプテン・ルーガ。
「…?!」
その表情が一挙にこわばる。
エルレーンの白い頬が、赤く染まっている。触れるとそこから、尋常ではない熱さを感じた。
「お、お前…熱が…あるのか」
「…あ…ルー…ガ…」
うっすら目を開け、うわごとのようにつぶやくエルレーン。
だがその目は潤み、キャプテン・ルーガをうつしてはいない。熱に浮かされているように熱い呼吸を繰り返す。
「…待っていろ。医者を呼んできてやる」
立ち上がり部屋を出て行こうとする手を、何かがつかんだ。…エルレーンの右手。
「…い…いか…ないで…いかない…で……ルーガ…」
「エルレーン…」
その手から、熱さが伝わる。
「大丈夫だ、すぐに戻ってきてやるから!」
そっとその手を握り返し、彼女は部屋を駆け出していった。
「…や…あ…ルー…ガ…」
必死にキャプテン・ルーガを呼ぶエルレーン。
その目からは、心細さと恐怖からか、それとも熱に浮かされたせいか、いつのまにか涙が流れだしていた。
「…っく……あぁ…」
だが、そのすすり泣きを聞くものは、誰もいない。

「…わかりません。人間の病気など、私の知った事ではないですよ」
丁寧な口調ながら、小馬鹿にしたような口ぶりで医者は最後に言い放った。
「?!な、なんだと…?!」
気色ばむキャプテン・ルーガ。その勢いに気おされ、医者は思わず息を飲んだ。だがそれでも、強気な態度で押し通す。
「…だいたい、それを作ったのはガレリイ長官なのでしょう。だったら、ガレリイ長官に聞いてみるんですね、その兵器の事を」
いうだけ行って、医者は部屋をそそくさと出て行った。
「くっ…役立たずが」
思わず毒づくキャプテン・ルーガ。エルレーンはいまだ苦しそうにしている。
うっすらと開いた瞳から、涙がつたい、ベッドにこぼれおちていく。
「エルレーン…苦しいか」
「…」
もはやその声すら聞こえていないエルレーンは、何の反応も返さなかった。
キャプテン・ルーガはエルレーンをベッドから抱き起こし、自分の腕に抱きかかえた。
「苦しいだろうが…少々我慢してくれ。お前を、ガレリイ長官のところへ…連れて行く」
「その必要はないぞ、キャプテン・ルーガ」
「?!…ガレリイ長官」
いつのまにか、ガレリイ長官が部屋の入り口のところに立っていた。
「…やっぱり、こうなったかのー」
「?!や、『やっぱり』?どういうことですか!」
「しょせん、そいつの身体はサルどもの身体だという事じゃ」
ガレリイ長官がこともなげに言い放った。
「?!」
「われわれはゲッター線のせいで、地上では長くは生きられん。…じゃが、人間は、逆に…地上でなければ長くは生きられんのじゃ」
「?!…そ、それでは」
「そうじゃ。太陽の光の射さんこの地底では、それの身体は正常には動かん。…太陽の光は、人間の身体にさまざまなものを与えておるようじゃ」
「…どうすれば、直りますか?」
「そりゃあ、太陽の光を浴びさせれば元に戻るじゃろうよ。
…まあ、わしの概算から言うと、こやつは一日の半分くらいの時間を地上で過ごさねばまともには生きられんじゃろうなあ」
「…では、地上に出せば、エルレーンは元に戻る、ということですね」
「まあ、とはいってもそれにはゴール様の許しもいるし…って、オイ!…キャプテン・ルーガ!どこにいくんじゃ!」
エルレーンを抱えたまま、自分の横をすり抜け、廊下に出たキャプテン・ルーガにガレリイ長官が呼びかける。
「知れた事です。…ゴール様の元に」
「な、何のため…」
「許可をいただければいいのでしょう」
それだけ言って彼女はまっしぐらに帝王ゴールの元へと急ぐ。その目には、強い決意が表れていた。

「…キャプテン・ルーガか…突然の来訪とは、何かあったのか」
帝王ゴールが重々しい声で、玉座から呼びかける。
「…はい。お願い賜りたい事がありまして、推参いたしました」
すっと礼をするキャプテン・ルーガ。
恐竜帝国の王、帝王ゴールの前だけあって、さすがの彼女の声にも…緊張があらわれている。
「…これから6ヶ月間の間、私と、このエルレーンが自由に地上へ出入りできるよう、許可をいただきたいのです」
帝王ゴールの目をしっかりと見つめ、キャプテン・ルーガは意を決して言った。
「?!…な、なんと?!きゃ、キャプテン・ルーガよ、何のつもりだ?!」
傍らに立つバット将軍が間髪をいれず問い詰める。
「…『人間』の身体であるこのエルレーンには、太陽の光が必要なのです。
…ですから、いつでも彼女が望むときに地上に出られるよう、許可をいただきたいのです」
「し…しかし、そんなことが本当に必要なのか?!そのNo.39をそこまでして…」
「思考スピードに勝る『人間』に対抗するため、同じ『人間』を造ると言ったのはバット将軍、あなたではないですか。
…このままでは、ゲッターチームと戦わせる前にエルレーンは死んでしまいます」
「…むむ…」言いよどむバット将軍。
「…それに、この子は『人間』です。…地上で活動するのに、変装用外皮もゲッター線防護スーツも必要としません
…地上での諜報活動を行わせるには、うってつけだと思いますが」
「…キャプテン・ルーガよ。『私と』ということは…お前もそのクローンとともに、地上で行動するつもりなのか。
…そやつはともかく、お前は…ゲッター線を受け付けられぬであろう」
帝王ゴールの威厳ある低い声がそう問うた。
「…できる限り、そばにいたいとは思います。…一人で行動させるには、まだ危なっかしすぎますので」
「…そうか」
帝王ゴールは瞳を閉じ、しばらくの間口を閉ざした。
「…よかろう。許可しよう」
「!…ありがとうございます、感謝いたします」
キャプテン・ルーガは深々と礼をし、帝王の間から去っていった。
「ご、ゴール様。よろしいので?」
バット将軍は予想外の展開に驚きを隠せない。
「まったく自由に…とまでしてしまって…」
「…何、かまわぬ」
帝王ゴールは鷹揚に答えた。
「確かに、ゲッターチームと戦う前にあの兵器に死んでもらっては元も子もないのだ。
…それに、あの誇り高い戦士キャプテン・ルーガがあそこまでいっておるのだ。…断れようも無かろう」
「はあ…」
「その上…地上に出ればゲッター線に我が身を冒されることを知っていて、ああ言っておるのだ…
そこまで覚悟があるということだろう」
ゴールの半ば一人言のような返事。
ゴールの目に、先ほどまで帝王の間にいたキャプテン・ルーガの姿が浮かんだ。
ぐったりとその腕に身をあずけた「エルレーン」と呼ばれた流竜馬のクローン、No.39を抱きとめているその姿は…
まるで、我が子を守る母親の姿を思わせるものだった…

「…?」
まぶしい白い光が顔に射したのがわかった。
なんだかあったかい。不思議な感じだ。
それになんだか、まわりの様子がヘンだ。
私、部屋のベッドで寝ていて…それから、どうしたんだろう…?
そっとエルレーンは目を開けてみた。とたんに、かあっと目の前で光が炸裂した。
その光にくらくらと頭がふらつく。真っ暗な闇が、光になれない目を覆った…
そしてその闇が、目が光になれると同時にすうっと晴れていく。その闇の向こうに、彼女は信じられないものを見た…!
それは、真っ青な世界だった。
「…!!」
胸にしみとおるような青。透明な青。今まで、見たことも無いような青が広がっている。
「…ああ、目が覚めたのか」
ふいに、声が自分の前の席から聞こえた。
そして、その時はじめて自分が恐竜ジェット機の後部座席に座っているということに気づいた。
「ル…ルーガ…?」
まだ熱にふらつく頭でも、その声がキャプテン・ルーガのものであるということだけは分かった。
「ああ。そうだ…大丈夫か?」
そういって操縦席から顔を出したキャプテン・ルーガ。
「?!」
エルレーンの目が驚きで丸くなる。
その顔は、いつも見ているハ虫人のキャプテン・ルーガの顔では無く…自分と同じ、人間の顔だった。
「フフ…驚いたか?これは変装用外皮だ。ゲッター線から防護する効果もあるんだ」
人間の女性の外皮をかぶったキャプテン・ルーガが、おかしそうに笑っている。
「こ…これ、どこに…いくの?」
「…今日はどこでもいい。お前を太陽の光に当てるのが目的だからな。…それより、見ろ」
そういって下を見るよう促す。
「…!!」
「これが地上だ…かつて、我々の先祖が住んでいた…美しい場所だ」
「これが…地上…」
エルレーンの透明な瞳に、美しい風景が映る。緑の木々。色鮮やかな花。空に浮かぶ白い雲。家々。大地…
その全てが地底には無い、見たことも無い…まるで、幻想のような風景。
まるで心を奪われたかのように、後部座席から必死で外を見ているエルレーン。その姿を、キャプテン・ルーガは複雑な思いで見ていた。
「…着陸するぞ」
エンジン音が小さくなり、ゆっくりとジェット機が人気の無い森の中に降下する。柔らかな草をふみあらし、ジェット機は着陸した。
ハッチが音も無く開き、そこからキャプテン・ルーガが地面に降り立つ。
「エルレーン…出られるか?」
「…」
無言のまま、必死で熱でふらつく身体を動かそうとするエルレーン。だが、身体はよろめくばかりで立ちあがってはくれない。
「…無茶をするな。無理なら無理といえ」
キャプテン・ルーガは再びジェット機のコクピットに飛び乗り、エルレーンを抱き抱えてぽんと地面にジャンプした。そして彼女を、傍らの大木の元にそっと横たえる。
「…エルレーン。しばらくここでじっとしていろ。そうすれば気分がよくなるはずだ」
「…?」
エルレーンはじっとキャプテン・ルーガを見上げる。
「『人間』であるお前の身体は、太陽の光を…一日の半分くらい浴びなくてはもたないらしい。
だから、これからも時々こうやって地上に出てくる必要がある」
「…」
「いいな、しばらく、そうやって日光を浴びているんだぞ」そういってキャプテン・ルーガはどこかへ行こうとする。
「…ど…どこ…いく…の…?」
「…ふふ、まわりの様子を見てくるだけだ…いい子に、していろよ」
そういい残して、彼女は森の中に消え去っていった。
そして、そこにはエルレーン一人が残された。
静かな場所だった。ときおり、さわさわと風が木々を揺らす音が聞こえる。遠くで何かが鳴いている…あれは、何?
匂いがする。これは何の匂いだろう…すごく強い、すうっとする匂い…
それが、目の前に生えている草の匂いだと気づいたエルレーンは、恐る恐るその葉をちぎり、手にとってみる。
光に透けてみえる葉脈。深い緑色をしたその葉は、陽光の中できらきら輝いているようにみえた。
「…」
思わず笑みがこぼれる。
何故だろう、何故こんなに…この場所は美しいんだろう。地底より、ずっと…
太陽の光、白いその光を浴びていると、自分の中からエネルギーがわいてくるような気がする。あの熱も、だんだん引いていくような気すらする。
「…」
ゆっくり身体を起こしてみる。そばにある大木に、目がいく。その巨大な幹にそっと触れてみた。
…かさかさとする感触。添えた手のそばを、ちいさなモノがかけ上っていく。これは…地虫かしら。
不思議な感覚だった。地上、この場所は初めてのはずなのに…
何故か、何もかもが「懐かしい」。
そう、「懐かしい」のだ。
生まれてから20日ほどしか経っていないにもかかわらず、昔からずっとこの世界のことを…知っていたような。
とても心地よかった。ゆっくりと時が過ぎていく。静かな森の中で、その美しい世界をエルレーンは見ていた。
自分の属する種族、『人間』の支配する世界…地上。
…こんなキレイなところで、暮らせたら、いいな…ルーガと、一緒に…
エルレーンはふっとそんなことを思った。

「待たせたな。大丈夫か?」
数十分ほど後、キャプテン・ルーガが再びその場所に帰ってきた。
「!…エルレーン」
エルレーンを見るその目に微笑が入り混じる。
エルレーンは、眠っていた。森の緑、太陽の光に抱かれて。その寝息は安らかで、もはや苦しそうな呼吸をしてはいない。
そっと彼女の頬に手を当ててみる。…朝方までの異常な熱さは感じられない。熱は完全に引いたようだ。
「…エルレーン。そろそろ帰るぞ」
優しくゆすぶって起こしてやる。
「…」
しばらく後、エルレーンも目を覚ました。その目には光が戻っている。
「さあ、帰るぞ」
「…やぁん。…私もっと、ここに、いたいな…」
甘えた声でエルレーンがつぶやいた。
「いつでも来られるさ、これからはな。…さあ、立って!」
そういってキャプテン・ルーガは彼女に笑いかけた。
「…いつでも?本当に?」
恐竜ジェット機のコクピットに乗り込みながら、おずおずと問いかけるエルレーン。
「ああ。お前は太陽の光を浴びなくては生きていけない。
だから、これからは地底にいるよりも地上に出ることのほうが多くなるはずだ」
「本当?!きゃあ、うれしい…!」
それを聞いて、ぱあっと顔を輝かせるエルレーン。
それを見たキャプテン・ルーガの胸に、またあの複雑な思いがよみがえる。
エルレーンにとって、地底は光の射さない、すなわち死を意味する世界。
この地上こそが、『人間』の身体を持つ彼女にとってはふさわしい世界。
…だが、我々ハ虫人にとっては、逆なのだ…
それにもかかわらず、我々は地上の美しさにあこがれ、人間を滅ぼしその世界を奪おうとする。ゲッター線という悪魔が降り注ぐ地上を…
そして、エルレーンはそんな我々の側に立つ、『人間』なのだ…
大いなる矛盾、避けがたい皮肉。エルレーンの邪気の無い笑みを見て、その現実が重くキャプテン・ルーガの心にのしかかる。
「…ああ」
それでも、彼女に対して弱々しい微笑みを返した。
「ねえねえ、こういうところにきてもいいの?」
「ああ。お前と私はこれから6ヶ月の間、自由に地上に出入りする許可を与えられている。
…私もできるだけ同行するが、望むならお前一人でも自由にこの地上にくるがいい」
「本当?!…うわあ、うれしい☆」
「…そうか。…だが、遊んでばかりいられるわけではないぞ。
お前には、地上での諜報活動を担当してもらうのだからな」
いたずらっぽく、半ば戒めるようにキャプテン・ルーガが言う。
「うん、わかってる!私、がんばっちゃうから!」
にこっと笑うエルレーン。それは、太陽の光のようにまぶしい笑みだった。
「…ああ」操縦桿を強く引くキャプテン・ルーガ。恐竜ジェット機のエンジンは低いうなりを上げ、始動した。
「さあ、行くぞ!」
と同時に上空にまいあがる恐竜ジェット機!
そして再びエルレーンの目の前に、青の世界が広がる。
「ねえ!ルーガ!…これ、『空』っていうのよね!」
エンジン音に負けないくらい大きな声でエルレーンが言う。
「そうだ!」
「やっぱり!…私、気に入った、わ!」
「…」
「私、『空』が…大好きよ!」
その声は透き通るような青の中にすいこまれていった。


back