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◆ 彼女には存在しない、「未来」
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「…!」
「……」
恐竜ジェット機からひらりと飛び降りた少女を、周りの恐竜兵士たちがひそひそ話をしながら…ちらちらと見やっている。
だが、決して近づきはしないで。
エルレーンはそんな彼らの様子を気にしながらも…何も言わず、格納庫を出た。
…いつもの事だ。彼女はそう一人ごちた。
いつもの事だ。彼らが、自分に対して…ああなのは。
そう心の中でつぶやきながら、廊下を歩くエルレーン。通りすがる者全てが、彼女に…視線を投げる。
冷たい視線。
本来なら賞賛と笑顔で迎えられるべきの…ゲッターナバロン砲を破壊したエルレーンに対して投げかけられるのは、それだけだった。
…嫉妬まじりの、冷酷な視線。
「…!」
いつのまにか、歩みは走りに変わっていた。周りの恐竜兵士、キャプテンたちの視線から逃れるように…一心不乱に彼女は走る。
…そして、目指していた場所にたどりついた。
エルレーンはノックするのももどかしいといわんばかりの勢いで、そのドアを開いた。
「?!…エルレーン!」
その部屋には、キャプテン・ルーガがいた。
キャプテンに与えられた自室で、彼女は椅子に座り書物を読んでいた…
その視線が、いきなり扉を開けてそこに立ち尽くすエルレーンに向けられる。
と、途端にその表情が満面の笑みでいっぱいになる。すぐに立ち上がって彼女のほうに近寄ってきた。
「ルーガ…!」
愛しい友人の顔を見て気が緩んだのか、ふっとその目にうっすら涙が浮かんだ。
「お前、よくやったな!…ナバロン砲を破壊する事に成功したと聞いたぞ!…よかった!」
そんな彼女を笑顔で迎えるキャプテン・ルーガ…エルレーンの帰還を、彼女の成功を心から…喜んでいる。
…だが、彼女は…その当の本人が、ぼんやりと部屋の入り口で立ち尽くしていることに気がついた。
「?…どうした?…そんなところに立っていないで、入れ」
ぽん、と彼女の肩を叩き、部屋に入るよう促すキャプテン・ルーガ。
後ろ手にドアをパタン、と閉める。…と、その途端…エルレーンがキャプテン・ルーガにいきなり抱きついてきた。
唐突に抱きつかれ、ちょっと慌てる彼女…だが、エルレーンが、瞳いっぱいに涙をためている事に気づき、いぶかしげな顔をする。
「…どうした?…当の功労者が、そんな顔をしていて…」
「ルーガ…ルーガだけだよ…!」
「…?」
「…ルーガだけだよ、そうやって…私が、うまくやったこと、ほめてくれるの…!」
「…!」
キャプテン・ルーガの顔が強張る。
「みんな…誰も、ほめて、くれない…!…ねえ、私、ゲッターナバロン砲を、壊したの!
…研究所に入って、ナバロン砲の場所を調べて、壊したの!一生懸命、やったのっ…!私、本当に、一生懸命…!」
今にも泣き出しそうな顔で、必死にそう訴えるエルレーン。
…ナバロン砲を破壊するという困難な任務すらこなした自分に投げつけられるのは、ただ憎悪と冷たい視線のみ。
彼女は混乱しきっていた。ナバロン砲破壊に成功したにもかかわらず…恐竜帝国のキャプテンたち、兵士たちは、それでもなお…
キャプテン・ルーガは自分の胸が押しつぶされるような思いで、彼女の悲痛な叫びを聞いていた。
「エルレーン…そうだ、お前はよくやった!…お前は、勇敢な戦士だ…」
すっとエルレーンの両肩を抱き、彼女の瞳をまっすぐ見つめ…キャプテン・ルーガはそう言った。そして、にこりと笑ってやる…
と、ようやく安堵した彼女もふっと微笑した…
「…座るがいい。…疲れたろう?エルレーン…」
そっと彼女の身体を引き離し、ベッドに座らせてやった。
そう言って自分もその隣に腰をおろした。
「ううん…平気…」
そう口では言うものの、彼女の顔には疲労の色が色濃く漂っている。
それを感じ取ったキャプテン・ルーガがいたわるように声をかけてやる。
「無理をするな。…あれだけの大仕事をやり遂げたんだ。…しばらくは、ゆっくり休むがいい…」
「…」
無言でその言葉を聞くエルレーン。…と、彼女は唐突に奇妙な事を聞いた。
「…ねえ、今度は…いつ、ゲッターチームと…闘うの…?」
「…いつ?…いや、それは…わからない」
「そう…ねえ、ルーガ」
キャプテン・ルーガを見つめ、エルレーンがぽつりと言う…哀願するような目で。
「…何だ?」
「…私…いい、ことをした…よね?…ねえ、ゲッターチームを倒したら…また、さっきみたいに、ほめて、くれる…?」
「…?!」
「ルーガ…」エルレーンが、どさっとその身をキャプテン・ルーガのほうに投げかけた。
首に手を回し、そっと自分の頭を彼女の胸に持たせかける。仔猫が親猫に甘えるように…
「ねえ…ルーガ…私、いつか絶対…死ぬ、前に…ゲッターロボを倒す、わ…
だから、その時は…みんな、私を…ほめて、くれるかなあ…」
「…!!」
キャプテン・ルーガの胸をショックが鋭く走った。
(…まただ。また…この子を…)
胸を突き刺す痛みのような、罪悪感が彼女を責める。
自分の仲間たちは、いくらエルレーンが成果をあげようとも、この子を自分の「仲間」として認めるつもりはさらさらないのだ…「人間」である、エルレーンを。
そして今、そのことに怯え、混乱しきったエルレーンは…自分に頼るほか、見出せないのだ…自分の居場所を。
「…ああ。もちろんだ…!」
そのことを口にはせず、その代わりに彼女はエルレーンの身体をぎゅっと抱きしめてやった。
…頼るよすがを、自分のほかにはまったく持たない…孤独ではかない、その少女を。
…抱きしめられたエルレーンは、安心しきった表情で…安らかに彼女の胸に抱かれていた。
「ルーガ…私、ルーガのために闘う…ルーガが喜んでくれるなら…」
「…エルレーン」けなげな、けなげすぎるその言葉に、キャプテン・ルーガの胸が痛む。
「ねえ、ルーガは…何のために、闘うの…?」
「…ん…そうだな…」
その突然の問いに、虚を突かれふっと一瞬考え込むキャプテン・ルーガ。
いったん逡巡したが、やがて微笑って言った。
「恐竜帝国のため…そして、自分のためだ」
「…?」
少し不思議そうな顔をしたエルレーンに、笑いかけるキャプテン・ルーガ。
「私は恐竜帝国の兵士…仲間たちが、幸福に生きられるなら…私は、明日さえ欲しがらない」
「明日さえ…欲しがらない…」
「…それに、私はもともと軍人の家庭に生まれ、軍人になるように育てられた。…戦いの中で死ぬのが、私にふさわしいと思える」
「…」
「それに…あの美しい地上で、私の父上や母上、リーアや…友人たちが暮らせるようになれば、どんなにいいことだろう…
そのためなら、その『未来』のためなら…私は…命をかけよう」
いつのまにか、彼女の口調には熱がこもっていた。
恐竜帝国の悲願、再び地上に戻るその日のため…その輝かしい「未来」のため…彼女は命を惜しもうという気すらなかった。
…と、エルレーンが少し悲しげな顔をしていることに気づく。…その理由に気づいたキャプテン・ルーガははっとした。
エルレーンには、その「未来」が、存在しないのだ。
彼女の限られた生は…その日まで、持たない。
「その『ミライ』…私は、きっと…見られない、ね…」
「エルレーン…」
うかつな事を言ってしまった自分を心の中で罵るが、もう遅い。
キャプテン・ルーガの表情に悔恨が浮かぶ。
だが、一瞬の後、彼女はきっぱりと、だが優しく…エルレーンにこういった。
「いいや、お前は…再び、ここに帰ってくるがいい」
「…?」
「全てのイキモノは、死ねば皆同じ場所に行くという。…そして、再び新しい生命となり、生まれてくるのだ」
「…」
「…だから、お前も…また、ここに帰って来い。…私が、お前を…見つけてやる」
「…本当?…ルーガ…また、私を…見つけて…『トモダチ』にしてくれる…?」
「ああ!…当たり前だ…お前は、私の大切な…『トモダチ』だからな…!」
しっかりとエルレーンを見つめ、キャプテン・ルーガはそう言った。
それは彼女の…まぎれもない、本心だった。…そんな彼女を見つめる、エルレーンの顔が…にっこりと、微笑んだ。
「…さあ、もう部屋に帰って休むがいい」
そう言いながら、エルレーンを引き離そうとしたキャプテン・ルーガ。
…だが、彼女は身体を放そうとしない。
「やなの…もう少し、このままでいさせて…」
キャプテン・ルーガにすがりついたまま、エルレーンは小声でそっとそう言った。
「…ふふ、わかった…好きに、するがいい…」
小さな子供のように自分に甘えるエルレーン。
彼女の頭をそっとなぜてやりながら、キャプテン・ルーガは心の中で…エルレーンにつぶやいた。
言いたくて言えなかった、その言葉を。
(エルレーン…お前は、我々のために、私などのために…戦わなくていい。
…お前には存在しない「未来」…そんなもののために、犠牲になる必要はない。
…ただ…苦しまずに、最期の時を…迎えて欲しいのだ。
それがお前を自分勝手に生み出し、戦いへと追いやった我々のできる…唯一の、罪滅ぼしだろうから…)
自分の腕の中で安らう少女。「兵器」として作られた、「人間」…
彼女を待ち受ける残酷な運命を、「未来」の存在しない運命を…キャプテン・ルーガは呪わずにはいられなかった。


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