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◆ 満月〜光浴びて、初めて光り輝くモノ〜
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「…エルレーン。…今から、地上に出るぞ」
キャプテン・ルーガが書類を片手にエルレーンの自室に現れた。
もう既に本日の訓練を終えたエルレーンは、ちょうどそろそろ寝ようと考えていた時だった。
「そうなの?…私、もう寝ようかと…」
「…エルレーン。…お前は明日、早乙女研究所に対する攻撃のため、出撃する事になった」
キャプテン・ルーガは真剣な目でエルレーンを見据え、そう言った。
「……!」
エルレーンの顔に緊張が走る。
…とうとう、そのときがやってきたのだ。自分が作られた目的、「ゲッターロボの破壊とゲッターチームの抹殺」を実行する時が…!
「…案ずるな。そのためにも、今から地上に出、地形や周囲の状況を頭に叩き込んでおくのだ」
「地形を…」
「そうだ。あれからたびたび地上にお前と出ているとはいえ、早乙女研究所の付近にはまだいってはいまい。
…明日、お前はそこで戦うのだ。その場所の状況を知っておく事は決して無駄ではなかろう」
「…わかったわ」
エルレーンもすっと立ち上がり、キャプテン・ルーガに従う。
「さあ、それではいこうか。…今ごろ、地上は夜だろう…それに」
「それに?」
「…なあに、いいモノが見られるだろう。…今夜は、『満月』のはずだ…」
そう言って静かにエルレーンに笑いかけるキャプテン・ルーガ。
「マンゲツ…?」
その言葉をつぶやくエルレーン。それがなんなのかはわからないが、「いいモノ」らしい。
(…なんだろう?)
軽い緊張と、軽い期待。
その『満月』がなんなのか…彼女には想像はつきもしなかったが、再び地上に出られるとあって、その足取りはウキウキとしていた。

恐竜ジェット機が闇夜を切り裂き舞う。…そこには、真っ暗な空。そして、細かな星々がそこここにちりばめられている。
エルレーンはまだ、夜空をそれまでに見たことがなかった。
「…!」
瞳を輝かせ、その光景に目を見張る。かすかにまたたく星の光に、彼女はうっとりと見とれている。
「エルレーン、いったん地上に降り、早乙女研究所付近まで移動するぞ。…恐竜ジェット機では、レーダーにひっかかるかもしれん」
「…」
「…おい、どうかしたか?」
「!…あ、ごめんなさい…聞いて、なかった…」
口ではそう言いながらも、彼女の瞳は真上、星空を見つめたままだ。
…思わず苦笑するキャプテン・ルーガ。
「ふふ…まあいい。それでは、降下するぞ」そう言いながらキャプテン・ルーガが操縦桿を押し下げると、
恐竜ジェット機は静かな風切り音を立てて地上へと降りていった。

さくさくと草を踏む音をたてながら、二人は草原を歩いていく。遠くに小さくぽつんと明かりが見える。早乙女研究所だ。
周りの風景を確かめるようにしながら、キャプテン・ルーガとエルレーンは歩いていく。
取り立てて急ぐわけでもなく、月光の中を、ゆったりと。任務の一部とはいえ、散歩のような感覚なのだ。
エルレーンはふっとまた空を見あげた…空は、いつ見ても…飽きない。
特に、今日生まれてはじめてみる夜の空は、昼の空と違った、まったく違う表情を彼女に見せている。
その時エルレーンの目に、天空高くに位置する円い光のカタマリが映った。
「…ねえ、ルーガ!」
「…何だ?」
「あれ、なあに…?」
そう言いながら、天に光るそれを指差すエルレーン。
「あれか…?あれは『月』という天体だ。この地球をめぐる衛星…」
と、そこまでいってキャプテン・ルーガはきょとんとしているエルレーンに気づいた。
「…はは、今のお前にはちょっと難しすぎたか?」
「むー…」
眉根をよせてふくれるエルレーン。
「まあ、夜になるとああして見る事ができる。とくに、今日は…欠けている場所がない、『満月』だ…美しいだろう?」
そういって、キャプテン・ルーガもその満月を眺めた。
「どうしてあれって光ってるの?電気?」
キラキラと幻想的な光を投げかけるその月を見上げ、不思議そうに問い掛けるエルレーン。
「ああ、あれは…太陽の光を反射しているだけだ。決して、あれ自体が光っているわけではないんだ」
「…そうなの…」
一瞬、エルレーンは黙り込んだ。
…自分では光らない、月。
自分では光れない、月。
でも、自ら光り輝く太陽があるから…月も、また、美しく光る事ができる。
それは、なんだかとても不思議な感じがした。月の光は、太陽の光とまったく違う…青白く冷たい光。
同じ太陽の光をはじいているだけに過ぎないのに、どうしてこうも違うのだろうか…
考えてもその理由はわからない。…だが、月光がとても美しいという事だけは確かに感じていた。
「ルーガ…私、『満月』が…とても、気に入った、わ…」
「…ふふ、そうか…」
微笑するキャプテン・ルーガ。
「うん…明日も見られるよね?」
「いや、明日は『満月』ではないはずだ。あの月は…28日周期で、その形を変える。次に満月が見られるのは…だから、来月だ」
「えー?!」
不平の声をあげるエルレーン。
「ハハハ、どうして?」
「だ、だって…」
ふっと一瞬、彼女の顔に影がさした。
「…それじゃ私、あと4回しか、『満月』を見られない…だって、私の身体って、6ヶ月しか持たないんでしょ?」
「!」
一瞬、キャプテン・ルーガの顔に「しまった」という表情が浮かぶ。
…だが、予想に反して、エルレーン本人の顔には何の暗さも浮かんでいない。
そのことに思い至った時、ようやくキャプテン・ルーガも理解した。
…この子は、自分が生まれて半年後に死ぬと知っているけれども…その「意味」を、まだ理解してはいないのだ…
生きてきたものが「死ぬ」ということをどんなに恐れているかということが、わからないのだ…
それはきっと、彼女が生まれてまだ間もないからだろう。なにしろ、培養機から出て一月ほどしかたっていないのだ。
もちろん、赤子の状態で生まれたのではなく高い知性を持つ成体で生まれてきたのだから、
その一ヶ月という期間は普通の者にとっての生後一ヶ月とは訳が違う。
だが、それでも「生死の重さ」を知るにはぜんぜん足りない。
(この子は…あと、五ヶ月あまりで、死ぬ)
キャプテン・ルーガの胸に、その事実が否応なくよみがえった。
ガレリイ長官の言うとおりなら、いくら地上に出て太陽の光を浴びたところで、
調整(モデュレイト)時に起きた代謝機能の欠陥という異常を克服する事は出来ず…エルレーンは、死ぬ。
(五ヶ月…なんと、短いのだろう…)
改めて、目の前の少女を見つめる。
彼女はその酷薄な運命の意味すら理解しえないまま、美しい夜空を眺めている。やわらかな微笑みを浮かべながら。
キャプテン・ルーガは、もはやこの少女に対する愛情を否定しえなかった。明るく、素直な少女。
…だが、その運命はあまりに彼女に残酷だ。
五ヵ月後、確実に彼女は死ぬ事がわかっているのだから。
そこまで思いが至ったとき、キャプテン・ルーガの胸に、ある思いが生まれた。
(エルレーン…私は、お前に……何も、与えないでいよう)
それは深い哀しみ、寂しさをともなった決断。
(お前が死ぬ時…避けられない死を迎える時、もし思い残すものがあれば、
その苦しみは耐えがたいものになるだろうから…だから、『戦う』こと、それ以外のことは…何も)
本当はエルレーンに教えてやりたい事がたくさんある。生きることの喜びを形作るさまざまなこと…
だが彼女がそれを学べば、その分…生きることに執着する。そして最期の時、絶大な苦しみを味わう事になるだろう。
だから…せっかく生き延びたお前に、生きることの楽しさ、喜びを与えない私を…許してくれ。
「ねえ、ルーガ…明日、私、勝てるかな?」
物思いに耽っていたキャプテン・ルーガの心を、エルレーンの声が呼び覚ます。
「!…あ、ああ。…今のお前なら、油断さえしなければ勝てるだろう」
「本当?!うふふ…」
にっこりと笑い、振り向くエルレーン。
月光に照らされたその姿は、まるで可憐な妖精のようだった。
だからこそ、キャプテン・ルーガはそのあらがえない事実を許せず、強く呪った。
この強く優しい…だが、臆病で傷つきやすい少女の未来が、存在しない事に。
彼女の命が、誰よりもはかないものであることに…

二人が基地に帰るころには、すでに2時間あまりの時がすぎていた。
キャプテン・ルーガはエルレーンに「今日はよく休むように」と言い残し、自室に帰っていった。
後には、エルレーン一人。
彼女は自分の部屋に戻り、ベッドにどさっと身を投げる。
心地よい疲れが感じられる。エルレーンはふうっとおおきなため息をついた…
と、ベッドサイドから何かを取り出す。
…それは、数枚の書類と、写真が数点。
流竜馬、神隼人、巴武蔵のデータが記載された調査書と、彼らゲッターチームを写した写真だった。
今まで幾度となく眺めたそれを、真剣な目でみるエルレーン。…その透明な瞳が、一瞬ゆらめいた。
彼女の目に映るのは、その中の一枚の写真。
自分のオリジナルである「人間」の青年、流竜馬が、愛車であるサイドカーの横に立ち、笑いかけている写真…
…やっと、会えるのね、オリジナル…「リョウ」。
そして、私と同じ…「人間」…
ふっとその顔に柔らかな笑みが浮かぶ。
…そして、彼女はその写真にそっといとおしげなキスをした。
それは、彼らを殺すために造られたモノのしぐさとはとても思えないものだった…


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