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◆ 星の名を数えて
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浅間山に、今日もまた静かな夜が訪れる。今宵はよく晴れており、空には満天の星が瞬いている。
…空気がすんだこの場所では、星空はちょっとしたみものなのだ。
そんな夜の浅間山に、研究所から少し離れた場所に立つ早乙女家へ向かって走る車のエンジン音が響く。
早乙女博士とミチルが、母と元気の待つ家へと急いでいる。
後部座席に座るミチルはぼんやりと流れいく景色に目をやっていた…闇夜が溶け込んだ草原、夜空、星くず。
窓の外を矢のように流れていく光景の中に…彼女は、不審な人影を見た。
「?!…ちょ、ちょっと、お父様!」
「?…どうした、ミチル?」
運転席の早乙女博士が、急に声を荒げる娘をたしなめるかのようなのんびりした口調で問い掛ける。
「あ、あそこに…あそこに!」
彼女が窓ガラスの向こうを指差す。早乙女博士がその方向に目をやると…
「?!」
キキィッ、と鋭い音を立てて博士の車が急ブレーキをかける。
「…あ、あれは…?!」
博士は一瞬我が目を疑った。
…だが、もう一度その姿を見てみると、自分の見たものが錯覚ではなかったという事がはっきりわかった。
…それは、エルレーン…リョウのクローン、恐竜帝国のパイロットである、彼女そのものだった。
彼女は上空を、美しい綺羅星の輝く夜空を見上げて、その場にたちつくしている。
二人は急いで車から降り、彼女のほうに目を向ける。
…エルレーンのほうも、先ほどの急ブレーキの激音で、そこに誰かが来ている事がわかったようだ。そして、ゆっくりとこちらに向き直る。
「う、動かないで!」
ミチルが鋭く叫び、護身用の短銃を取り出しエルレーンに向ける…!
が、その一瞬、エルレーンがひゅんと右手を鞭のように振り下ろしたのが見えた。
「?!…!!」
刹那、銃身を伝わる鈍い衝撃。ミチルの目が驚きと恐怖で見開かれる…
いつのまにか、握っていた短銃の銃口に…細身のナイフが刺さっていた。へたへたと座り込むミチル。
「み、ミチル!」
慌てて娘を抱き起こす博士。
「え、ええ、大丈夫…」
気丈にも彼女はすぐ立ち上がり、きっと険しい視線をエルレーンに投げつけた。
「あなた…一体、ここで何をッ?!答えなさいッ!」
「あなたは…ミチル、さん、それに…早乙女…博士?」
穏やかな口調で相手の名を呼ぶエルレーン。
彼女は何の警戒心すら抱いていないようで、その態度は実に落ち着いているようだ。
「エルレーン君…君は、本当に恐竜帝国の…?」
「そうだよ。…もうわかってる、でしょう?」
「な、ならば…何故」
早乙女博士がつっかえながらも敵であるはずの彼女に向かって問い掛ける。…緊張のあまり、口の中がからからだ。
「…以前、リョウ君たちを殺すチャンスがあったにもかかわらず…彼らを殺さなかったんだ?」
それは彼らの報告を聞いてからずっと疑問に思っていた点だ。今までの恐竜帝国の兵士達なら、明らかにその時点で彼らを殺していただろう。
…だが、彼女はそうせず…しかもリョウ君やムサシ君によれば、彼らの高校、浅間学園に現れたり、世界発明研究所の紋次君のところに現れたりしているらしい…
それは、一体何の目的があってのものなのか?
「…」
しかし、エルレーンはちょっと微笑んだだけで、その質問には答えなかった。
ふいっと身をひるがえし、手に持った何かを見ながら、再び闇色の空を見つめた。
「ちょ、ちょっと!お父様の質問に答えなさいよ!」
気の強いミチルがその態度に腹を立てる。
…と、エルレーンは彼女のほうに視線を移し、ちょっと困ったような表情をした。
「…あまり、考えて、ないだけ、だよ」
「?!…な、何ですって?!」
「私…まだ、時間はあるから、その間は…別に、急いで、あなた達を殺す必要は…ないもの」
「…?!」
その答えの意味がつかめないまま、ぽかんとエルレーンを見つめるミチルと博士。
…そんな二人にちょっと笑みを返してから、みたびエルレーンの視線は夜空に移る。透明な瞳に、星々の輝きが照り返す…
「…アークトゥルス…そこからまっすぐ隣に行けば、…かんむり、座」
と、二人の耳に小さなつぶやき声。
それは、何かを見ながらエルレーンが口ずさんでいる言葉だった。
「…へび座、へび使い座…さそり座の…アンタレス…」
今度ははっきり聞こえた。…それは、星の名前だった。
「…?!」ミチルと博士の胸に戸惑いがうまれる。
「…あれがヴェガ、アルタイル、その上に…デネブ、白鳥、座…」
「あ、あなた…ここで、何してるの…?」
「?…星を、見ているんだよ?」
そういって無邪気に笑うエルレーン。
「ほ、星…を…?!」
敵地に現れ、敵であるゲッターチームの仲間に会いながら闘う事もせず、ただ「星を見ている」だけ…?
にわかには信じがたいし、常識はずれのようにも思えた。
…だが、二人の目に映るエルレーンはまっすぐに夜空を見つめているだけだ。それ以外、何も目に入らないかのように。
「……今夜は、『三日月』…月が、どんどん、欠けていく…」
独り言のようにつぶやくエルレーン。そして二人のほうに顔を向け、にこっと笑って続ける。
「そして…『新月』が、何もない月の夜が、来て…またどんどんおっきくなって、『満月』になる」
「…?」
「私…『月』が、とても…好きよ…」
そして、その『三日月』の光のようにやわらかい微笑を二人に投げかけた。
…一瞬、二人は…彼女が敵であることを忘れた。
いや、彼らの目にエルレーンはまったく普通の『人間』の女の子のようにしか見えなかった…
たとえ、かつてその彼女自身がメカザウルスに乗ってゲッターチームを屠ろうとしたという事実を知っていたとしても。
「え、エルレーン…さん…」
「…この、『星図』、っていうの…おもしろい、ね?…星の名前が、わかるんだ」
彼女は、手にもった星座早見版を示し、そう嬉しそうに言う。
「…」
「こうやって…まわすと、その月の夜空が、わかる…今は、8月」
「…?」
「…冬には、もっとたくさん大きな星が見られるんだね。…プロキオン、シリウス、ペテルギウス…カストル、ポルックス」
星座早見版を回しながら、そこにかかれている冬の星の名をつぶやくエルレーン。
「ああ…でも」
ふっと彼女の顔が悲しみを帯びたように、ミチルの目には見えた。
「私には…見えない。見られ、ない…」
「…?」
その言葉が、ミチルの心のどこかにひっかかった。
(…『見られない』…?…そりゃあ、今は8月だもの…冬の星座なんて見えるはずがないわ)
始めはそんな風にその言葉を解釈した。
…だが、エルレーンの哀しそうな、そしてあきらめきったような表情は…そんなことを意味していたのではないような気がした。
「…私…そろそろ、帰ら、なきゃ…」
と、エルレーンは右手をちょっとあげ、二人に手を振った。
そして、ふっと身をひるがえし、二人を置いて夜の草原の中に向かっていく。
「…!」
一瞬その後を追おうとしたミチルの肩を、博士がぐっとつかんで止めた。
「…ダメだ。我々では…今、彼女を追っても、返り討ちにされるだけだ」
「お、お父様…」
ミチルは歯がゆい思いをしながら、エルレーンが消えていく様を見ているよりほかなかった。
…そして、その姿はあっという間に闇の中に溶け込んでいった。
「…エルレーン…彼女は、一体…何を企んでいるんだ…?」
早乙女博士が、まったく見当もつかないといった口調でつぶやく。
ミチルの胸にあるのもまったく同じ思いだった。

『プロキオン、シリウス、ペテルギウス…カストル、ポルックス…ああ…でも…私には…見えない。見られ、ない…』

エルレーンの言葉が、心のどこかにかすかに残る。
恐竜帝国のパイロット、エルレーン…
だが、今しがたまで早乙女博士とミチルの目の前にいたのは、そのような恐ろしげな人間ではなかった。
…満点の夜空を見上げ、星の名を数える少女。
無心に綺羅星を見つめていたその透明な瞳がひどく心に焼きつき、二人を戸惑わせた…


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